悪役令嬢は平穏な日々に不安になる
魔法学院に入学して早一ヶ月が過ぎた。
しかし、驚くほど何も起こらない日常に、私は不安を覚え始めていた。
学院の授業はとても面白い。魔法の座学も実習も初めて学ぶことが多くて、毎日充実している。
私は元々友達を作るのが苦手だし悪評も広まっているから、まだクラスメートと打ち解けることは出来ない。でも、最近クラスメートに「おはようございます」と言うことが出来るようになった。進歩だ!
ミアとはクラスも同じになり、日々友情が進化していると思う。出身(?)が同じ日本ということで一緒にいて安心できるし、もしかしたら初めての親友と言えるかもしれない。
ミアから聞いた話は彼女の許可を得て、レオたちにも共有している。レオたちもミアを仲間と認めて仲良くなったし、みんなでワイワイ過ごしている時間はとても楽しい。自分がこんな素敵な学院生活を送れるなんて信じがたい。何か悪いことが起こる予兆なのではないかと不安になるくらいだ。
レオは王家の諜報の力も借りてマルバスの行方を追っているが、完全に消息不明だ。どこの誰かも謎のままだという。
ミアの話にあった、15年以上前に死んだソロモン帝国の魔術師マルバスのことも調べさせているというが、それも全く情報がない。ソロモン皇帝も謎ばかりという状況らしい。
また、私たちはノーフォーク子爵家が我が家で起こした騒動についてもミアに説明した。これも謎だらけの事件だ。
トーマスは明らかに誰かに(=黒い靄に)操られていた。あくまで私の感覚だけど、それは王宮で国王を操っているものと同じ、あるいは同種のモノだと思う。
私たちは当初何らかの怪しげな薬が使われているのではないかと疑っていた。でも、あれは薬じゃないと思う。だから、解毒剤が無くても黒い靄が消えたら、みんな自然に元に戻った。
魔法だったのか?しかし、様子がおかしくなった使用人全員にいちいち魔法を掛けたのだろうか?どちらかというと感染が広がるように人々がおかしくなっていったように私は感じた。まるでウィルスのように伝染するモノ・・・。
あれの目的は何なのか?
どうやってノーフォーク子爵家のトーマスを操るようになったのか?
そいつは私を狙っていた。私がゲーム通りの悪役令嬢になるように体と意識を乗っ取ろうとした。何故?
分からないことだらけだ。
それらの答えを探し出さないといけない、とレオは真剣な顔つきで言った。
ちなみに中庭のテーブルを囲み、皆でランチを食べている最中だ。平和だな~。
寮の自室でも料理が出来るようにキッチン付きの個室をお願いしたので、私は毎日自炊している。
常に毒の心配をしてきたレオから頼まれて毎日お弁当を作っている内に、ミアやクリスが羨ましがるようになり、結局私は全員分のお弁当を作って持って来るようになった。
ジェフリーだけは
「私も料理を勉強したいので」
とみんなでシェア出来るように数品のおかずやデザートを持って来てくれるので、とても助かる。
テーブルには、たっぷりの万能葱をまぶしたチキンピカタ、肉巻きおにぎり、トマトのおひたし、ポテトサラダ、サンドイッチ、デザート用にラズベリーとホワイトチョコレートのマフィンが広げられている。
「んー、うま!ソフィア、最高!」
とサムズアップをしてくれるミア。美味しいって言って貰えるとやりがいあるなぁ。へへ。
「本当にソフィア様の料理の腕には毎回驚かされます。私も精進しなくては」
と言ってくれるのはジェフリーだ。
「まだまだ全然よ。ジェフリーだってすごいわ。ジャンがジェフリーの料理の腕を褒めてたわよ。・・・でも、いずれ公爵家を継ぐのにそんなに頑張って料理しなくてもいいんじゃない?」
「いえ、私に公爵家を継ぐ資格があるとは思えませんし・・・それに、私の夢はいつかソフィア様が病気になられた時に看病しながら手料理を食べてもらうことなのです。その時のために頑張ります!」
と力強く言うジェフリー。
それを聞いて持っていたお箸をボキッと折ったレオ。爆笑するミア。
「ええ!?そんなに気を遣わなくても大丈夫よ。それに、ソフィアって呼び捨てにしてくれていいのに・・・」
「宜しいのですか・・?」
というジェフリーに私は笑顔で頷いた。
しかし、レオが抗議の声をあげる。
「いや!呼び捨てはまずいだろう?ソフィアを呼び捨てにしていいのは今から俺だけってことにしないか?な!?」
と周囲に同意を求めるレオを全員が無視した。
「それよりも、話を戻そうよ。ノーフォーク子爵家のトーマスとやらを操っていたのは誰なのか?」
ミアが大きめのピカタを口一杯に頬張りながら言った。ワイルドだな。
ジェフリーの顔に緊張が走る。この話題になるとどうしてもジェフリーに辛いことを思い出させてしまうので、心苦しい。
でも、ジェフリーは私の顔を見て優しく微笑んだ。
「ソフィア。私は大丈夫。それより、トーマスを操っていたモノはソフィアを狙っていました。また何か仕掛けてくるかもしれない。ソフィアを守るためにもきちんと調査しないと」
「ありがとう・・・。でも、辛かったら遠慮なく言ってね」
二人で顔を見合わせて微笑むと、クリスがゴホンと咳払いした。
「えーっと、レオが暴走するから、その辺で・・・」
と気まずそうに言うクリスの言葉を受けて、レオに視線を向けると目で射殺しそうな勢いでジェフリーを睨みつけていた。
「そんなことよりさ~。そのトーマスに憑いてた黒い靄が国王も操ってるんでしょ?その話をしようよ。私たちまで操られたら堪んないし」
そう言ったミアのおかげで空気が変わった。ほっ。
「そうだな。特に最近は父上だけでなく、その周囲の人間まで影響を受けているような気がするんだ」
とレオも真面目な表情になった。
「魔法とか薬で誰かを操れたとしても、それが勝手に周囲の人間に伝染するようなことはないよね?あの黒い靄の影響は、両親や屋敷の使用人にも広がっていったわ。どうなってるのかしら?」
という私の言葉にレオが頷いた。
「そうなんだ。最近では王宮が似たような状況で変な空気になっている。父上は元々武人だが、不必要な戦を始めるような人間じゃなかった。それなのに、最近は隣国ソロモン帝国を攻めたいと言い出した。そしたら、周囲の高官や貴族たちもそれに同意し始めたんだ。自然発生的に主戦派と呼ばれる派閥が出来たくらいだ」
「戦争!?」
思いがけない言葉に私は驚いた。
「ああ、そうか。他のルートと違って、ソロモン・ルートは隣国との戦争の話がメインだものね。・・・ソフィアが戦争を引き起こす切っ掛けを作るのよ」
と事もなげに言うミアの台詞を聞いて、その場にいた私たちは硬直した。
「・・え?私が切っ掛けを作るってどういうこと?」
「えっとね。ソロモン・ルートを開くには、二周目でも全攻略対象の好感度はある程度のレベルを維持してないといけないの。それで、結局ソフィアはレオに振られちゃうんだよね。レオを取り戻すためにソフィアは人身売買組織と手を組むの。そいつらにミアを誘拐させて、外国に売り払おうとするのよ。でも、その人身売買組織は実は人間だけじゃなくて、精霊なんかも誘拐して売り払う組織だったの。アビントン王国はそうじゃないけど、ソロモン帝国には精霊族が多く住んでいるでしょ?皇帝自身が精霊の血を引いてるしね。ソフィアは人身売買組織に協力して、精霊をソロモン帝国から誘拐してアビントン王国の貴族に売るビジネスを始めたの。それに怒ったソロモン皇帝はアビントン王国を滅ぼしてやろうとするんだよね。それをミアが止めるっていうストーリーよ」
うわ・・・私、最悪だ・・・(涙目)。
レオが手を伸ばして私の頭をポンポンと撫でた。
「ソフィア。お前はゲームのソフィアとは違う」
優しいレオの言葉に胸が詰まる。
しかし、レオの目つきが鋭くなった。
「なるほどな。なんか分かんねーけど、黒い靄の目的は戦争なのかもな・・」
というレオの言葉に私は戸惑う。
「どういうこと?」
「今、父上は他の国々と手を組んでソロモン帝国包囲網を作り、大戦争を引き起こしたいと主張してるんだ。周囲の人間もそれに賛同し始めた。そして、黒い靄はソフィアをゲームのような悪役令嬢にさせようとした。それは戦争を引き起こす切っ掛けになって欲しかったからじゃないか?ソフィアに憑りつくことが出来なかったから、諦めて父上の路線で行くことにしたのかもしれない」
なるほど。確かにそう考えると辻褄が合う気がする。
「・・・でも、何のために戦争を起こしたいのかしら。皇帝ソロモンは不世出の大魔術師よ。はっきり言って、複数の国が連合を作って攻撃したとしてもソロモン一人で撃退出来るくらい強いんだから。あっという間に国ごと滅ぼされちゃうと思う。下手したら全世界が滅亡するよ。」
ミアはソロモンの強さを信じて疑わない。でも、ゲームの設定でそうだったからと言って実際もそうなるんだろうか?
「あとね・・・国王を操れれば戦争を引き起こすのは簡単じゃない?なんでわざわざソフィアを狙ったの?国王を手中に収めていたら、ソフィアが悪役令嬢にならなくても戦争を始められるでしょう?」
ミアの言葉にクリスが口を挟んだ。
「確かにその通りだ。だが、王宮には・・・王妃の周辺にはマルバスがいる。黒い靄は明らかにマルバスから逃げている。だから、マルバスが来ると国王陛下が正気に戻る。戦争を計画中に突然国王陛下の気が変わったら大変だ。それでソフィアを狙ったのかもしれない。黒い靄はソフィアを操るのに失敗したが、その後マルバスは王宮に姿を見せていない。現在主戦派が強くなってきているのはそのためじゃないか?」
ああ、なるほどね。クリスの言うことも辻褄が合っている。
マルバスが何者かは分からないけど、あの黒い靄を追っていることは間違いない。そして、黒い靄は彼が来る前に逃げ出した。
戦争を起こして人々を苦しめることが目的だとしたら、黒い靄は間違いなく悪者だよね。薄々勘付いてはいたけれど。
ふぅと溜息をつくと、隣に座っていたレオが私の肩を抱きよせた。
「それが何だったとしても俺がソフィアを守るよ。でも、父上たちを何とかしないといけないし、戦を回避する方法を見つけないといけないけど・・・」
「まぁ、でも、まだ子供の私たちに出来ることはないわよ。もし、戦争になりそうだったら、私がソロモン帝国に行って、ソロモン皇帝を口説き落として戦争を止めさせるから安心して!」
ミアが本気なんだか冗談なんだか分からない口調で言う。確かにゲームだとそういう展開だったけどさ。
結局その後も特に大きな事件が起きることはなく、私たちは平和な日々を過ごしていた。
こんなに何もなくていいんだろうか・・と不安になるほどに。
それが嵐の前の静けさであることに私たちは気がつかなかった。




