エリス王妃様の疑惑と秘密
ラリアルにも手伝ってもらって、午後一杯、魔王様の真似を特訓してみた。特訓の合間には日記を読んで魔王様の日常を頭に入れる。そのぐらいで、王妃であるエリスを騙せるとは思えないのだが、とにかくやれるだけの事をやった。
そうして夕方になり、扉がノックされ「わが君。戻りました。エリスです。」
ついに来た! 後は運まかせだ!
急いで扉を開ける。
開けた扉の向こうで驚いたような表情のエリスが「どうしたのでしょう? こんなにすぐに開けてくださるなんて……。」
しまった。早々に失敗したか! 魔王様が、そんなにすぐにドアを開けるわけ無いよな。
「き、気にするな。たまたま扉の近くに居ただけだ。」と言ってみたが苦しいかな?
「……。いえ、良いのです。黄泉の国から戻られて、わが君は変わった……のかもしれませんね。」
そういう事にしてくれ!!
レムリハが、俺の後ろから、ここぞとばかり「その通りです! 黄泉の国より戻るというのは生まれ変わるも同じ! 多少の変化は当然です。 後遺症で魔術が使えませんし、男としてもアレですし、記憶も一部が欠落していますが、いずれ戻ると思いますので気になさらずに……。」恐らくは考えていたらしい設定をエリスに吹き込もうとするレムリハ。男としてって何?
だが、エリスはレムリハの言葉を遮って「それよりも、私は既に限界です。早く、わが君の霊力を頂かないと体が維持できません。」
来た――! 日記にあったやつだ! だが、どうすれば良いのだ? とりあえず「す、すまんが、俺はまだ、体が本調子で無いから……待ってもらえないだろうか。」とか言って誤魔化してみる俺。
そう言いながら、良く見ると確かにエリスの様子はおかしい。少しフラついている。昼間は俺が緊張していてエリスを見る余裕など無かったのだが、或いは昼間からそうだったのだろうか。そして俺にすがるように「そ、そのような事を言わないでください! 忘れてしまったのですか? あなたによって注がれた鬼人の血が体内で一定以上になると、私の、、このエルフの体は壊れていきます。あなたから頂く霊力無しには体がもちません! 」 そう言いながら胸をはだけると、ただれたようなアザが広がっている。見ると腕にも同じようなアザが。どうみてもやばそう! でも、どうしたら良いのだ? 日記には具体的に何をするとか書いて無かったぞ。
と、レムリハが後ろから俺の袖を引っ張る。振り返るとレムリハが何やらうなずいて分かったというような表情。何か策があるのかな? レムリハは医者みたいだしエリスの症状から何か分かったのかもしれない。レムリハが、エリスには分からないように寝室を指さす。
俺はエリスに向き直って「分かった。寝室でやろう。」。「はい。ありがとうございます。」エリスは俺の言葉で納得してくれたようだ。エリスが寝室に向かうと、そのすきにレムリハが俺の耳元で「鬼人の血の毒性を抑えるために、あんた体の霊力が必要なんだと思うわ。たぶん、あなたの体は鬼人の血から回復したのね。それ自体が奇跡的だと思うけど……。私が妖術であんた魔術器官を操作して、あんたの霊力を彼女に送ってみる。あんたは彼女に触れていて。」ん?医療行為みたいな感じ? だが注射器とか要らないのか? まあ、ここは言われるままにするしかない。
エリスは理解しているらしく寝室のベッドの上で、さきほど以上に胸の周りを広げ、横になった。ただれた皮膚と、そして、あまり大きいとは言えないが、形の良い胸が目に入って、ちょっと俺の視線がさまよう。地上波では放送できない情景。レムリハは彼女に触れていろと言っていたし、胸をはだけたと言う事は、そういう事しか無さそうなので……、俺は彼女の胸にそっと手をあてる。そういえば、この世界に来て最初に目覚めた時、俺の胸にレムリハの手があてられていた。同じような事なのだろうか。
ところが……
「どうしたのでしょう?」と少し驚いたようなエリス。うわっ! 違ったのかな?
「いつもはもっと乱暴に……。なのに今日は、やさしいのですね。」と少し微笑みながら。
おい!魔王様はいつも何をやってるのだ!? レムリハは触れていれば良いと言ったよな?!
小柄なレムリハが俺の影に隠れるようにして服の間から俺の背中に手を入れた。触れた瞬間のレムリハの手は冷たかったが、その手から、何か暖かい物が伝わってくる。熱……というよりは、もっと強い何か。それが俺の手の甲にある青い血管の塊みたいな物を光らせているのが分かる。そして、何かを巻き込みながらエリスの体に流れ込む。俺の体からは血が吸われているような感触だが。これで良いのだろうか?
だが、エリスの表情を見れば正解なのはすぐに分かった。
「あー。すごい。こんなに頂けるなんて……」と嬉しそうに言うエリス。
驚いた事にエリスの顔の恐ろし気な文様が薄れていく。文様も鬼人の血への拒絶反応だったのか!?
そして、俺は……、
俺はクラクラするぞ! かな~り気持ちが悪い。血清的な成分輸血じゃないの? こういう副反応があるのか!? 先に言ってくれよ!
エリスは「ありがとうございます。わが君。こんなに頂けたのは初めてでしょうか。鬼人の血が薄まって、だいぶエルフの頃に戻った心地です。」と嬉しそうに。
それは良かった。
だが、それはつまりレムリハがやり過ぎたと言う事じゃないのか! ただでさえ、俺は弱っているのに!
それにしても、エリスは嬉しそうだ。それで、なんとなく聞いてみたくなって「エルフに戻りたいのか?」と俺。
ところが、その俺の言葉に撃たれたようにエリスが飛び退ってベッドの上で跪いた。罰を恐れるかのように。
「も、申し訳ありません。恐れ多い事を申し上げてしまいました。戦乱に焼き出されて死にかけていた私を鬼人の血でお救い頂いたご恩。決して忘れる物ではありません。」と、頭を下げるエリス。そして「今のわが身で十分に満足しております。」とエリス。
そういう過去があるのか。
顔の文様が薄くなり、いくぶんか、かわいくなったせいか、こういうエリスは愛おしい気もする。或いは、俺の中に眠る魔王様の心情、、でもあるのだろうか?さっきまでの印象とは少し違う。
だが、そう思うと鬼人の血で醜くなったエリスはかわいそうだよな。鬼人の血が無くなれば、もっと綺麗で、かわいくなりそうだし。 かつての魔王様はどう思っていたのだろう?
エリスは、少し間をおいて言葉を続けた「そ、それに、鬼人の血を消し去るほどの霊力注入は、わが君にとっても危険でしょう。」
俺にとって、危険? いろいろと分からんが、この処置についてはレムリハは理解しているらしい。
もう少しレムリハに説明してもらうべきかな?
「少しまってくれ!」と俺。俺の対応に怪訝な顔しているエリスを残して、寝室から執務室っぽい部屋に戻った。寝室の扉を閉めてエリスに聞こえないようにしてから、小さい声でレムリハに「さっきのはどういう原理なんだ?」。
「鬼人の血は普通、一時的な延命に使う物なんだけど・・。注入すると極めて高い生命力を得られて、致死的な怪我でも回復するの。だけど、その後、その血に侵されて死ぬのよ。ただ、極めて稀に、鬼人の血を克服して正常に戻る人間がいたりする。おそらく魔王様はそれだったのね。そして回復した者の霊力を魔術的に入れる事で鬼人の血の悪い効果を打ち消す事ができるの。」とレムリハが説明してくれた。鬼人の血というのはウイルスみたいな物で、俺の体は、それに対する血清? 抗体?を持っている? 「魔王様は定期的に霊力を必要とさせる事で、彼女をしばっていたのでしょうね。」とレムリハ。そして「彼女が魔王様の復活を強く望んだ理由も、これでしょう。」とレムリハ。
なるほど。そういう話しか。
「それなら、もし、俺が偽魔王とバレても殺されたりしないのじゃないか? 彼女には俺の、そのなんとかが必要なんだろ?」と少し期待して聞いてみたが。
「偽魔王は、彼女だけの問題じゃないから無理でしょ。昼間の話から見て、彼女も、その覚悟でいると思う。」とレムリハ。
つまり、俺を殺すというのは彼女自身も死ぬ覚悟なのか……。それはそれで、なんだか少し可哀そうでもある。
「もしかして大量に俺の、その血清……霊力を送れば彼女の鬼人の血を完全に消し去れる? 」と俺。レムリハがあきれたように「消し去ったら、あんたは用済みよ!」
俺が「でも、毎回、レムリハに手伝ってもらって、これをやるのは難しいだろ? そのたびに俺は疑われるかもしれない。一度で終わらせれば、その必要は無くなるのじゃないかな。」
少し考えてレムリハが「原理的には一定量以上で消し去れると思うけど。その前に、あんたは死ぬわよ。消し去るまで、あなたの体は持たない。死んだら、あなたの手の魔術器官が使えなくなるから注入は途絶える。つまり、無理!」
俺は少し驚いて「へっ!?」
「それだけ大量に必要という事よ! エリス王妃もそれを理解しているのじゃないかしら…… 」それは怖すぎる! さっきエリスが危険と言っていたのはそういう事か。じゃぁ、まあ、考えない方が良いか。
扉を開けて寝室の方を覗くと、まだ罰を恐れているらしいエリスが小さくなっている。
やっぱり微妙に可愛く見える。俺の目がおかしくなってきたのかな。
レムリハが言うように、魔王様は、こんな彼女をしばるために鬼人の血というのを使ったのだろうか? エリスは、そうやってしばれた事を恨んだりしていないのだろうか?
エリスに近づいて「もし完全にエルフに戻れたら、魔王様……俺から離れて、ここを出て行くのか?」と聞いてみた。鬼人の血でしばられる事が無くなったら・・。
「何を言われているのでしょう? 今の私には、わが君しかおりません。いかなる時も、わが君の傍を離れないで来たのはご存じでしょう?」とエリス。「だが、それは鬼人の血が……」俺の言葉を遮って「いいかげんバカにしないでください! これでも誇りあるエルフ王家の最後の生き残りです。魔王様へのご恩に報いると誓った日から、これまで、どんな仕打ちを受けようと……。」そして、ふと我に返ったように「も、申し訳ありません。」あやまる必要は無いだろう。「再三に渡り無礼な事を申し上げてしまいました。この上は……いかようにも。」だからあやまる必要は無い。俺は、その魔王様じゃないし……。
だめだ良い子過ぎる。俺が、この無理ゲーで死ぬとしても……、彼女を死なせて良いのだろうか。
俺は後ろにいるレムリハに向かって小さい声で「なんとか出来ないか? 鬼人の血を消し去るまで!」 レムリハが「……。バカを言うわねぇ。」そして「でも、そうね。私の妖術で、あんたの体を支えていれば、完全に消し去るまでぎりぎり維持する事は出来るかもしれない。短時間で終わらせる事が鍵だろうけど、あなたの体が死に切る前に終わらせる。でも、その後、確実にあんたは死ぬのよ。」
なんだか、もうそれでいいや。俺は「どちらにしても俺に先は無いのじゃないか? 魔王様は無理そうだし。」どうせ無理ゲー「だったら、最後に彼女を救ってから死ぬって言うので良いのじゃないか。」
レムリハが言うように、そんなものがあったとして、それこそが、俺がこの世界に来た理由かもしれない。ラリアルの件よりは、よほどそれらしい。
レムリハは軽くため息をついて「あんたが死んだら、その後、私もどうなるか分からないわ」。「すまん」と俺。
だが、レムリハは笑って「そうね。あんたは、そういう人間って事なのでしょうね。そして、或いは、それが世界の最適解なのかもしれない。師匠も最後まで邪悪になるなと言っていたし。」師匠はどこぞの検索サイト企業か?いや、最近、あそこは結構邪悪だが。
「レムリハに丸投げして逃げたと言う怪しい師匠が言ってた?」と俺。「そうだけど。師匠は、ある点では、ほんとうの事を言ったのよ。」「ん?」「私は師匠を超える妖術が使える。だから、まあ、私なら、やりようはあるって事ね。あんたが死んだあと、私一人なら、その混乱に紛れて脱出する事も出来るはず……、。たぶん。」そう言って笑った。本当だろうか? そんな、スゴイ事が出来るなら彼女の今の窮地はありえないのじゃないか?
けげんな顔で俺たちを見ていたエリスを再びベッドに寝かせた。微妙に勘違いしている感じで、やたらすなおなエリスの胸に手をあてると、エリスは目をつぶって「覚悟はできております! 」。どうやら、これから罰を受けると思っているらしい。そういう罰があるのか? 魔術が使えたという魔王様は罰として何をやっていたのだろう……。だが、もちろん、覚悟しないといけないのは俺だ!
俺の背中にレムリハの手が触れる。少しだけ振り返るとレムリハが真剣な表情で構えていた。そして、今度は容赦ない力で熱い何かを送ってくる。俺の手の甲が焼けどしそうなほどに熱くなり体中から、何かが、えぐり取られるようにエリスに向かって伝わっていく。俺の皮膚が気持ち悪く波打つ。さすがに厳しい。歯を食いしばったが、それでも俺の口からうめき声がもれる。骨が震え、体が崩れていくようだ。目の前が暗くなっていく……
エリスが自分自身と、俺の異変に気付いて、大きな声で「やめて!死んじゃう!」。あー、その通りだ。だから魔王様の事は忘れて生きてくれ。そう言葉に出そうと思ったが、出来なかった。
エリスの叫び声が最後に耳に残ったまま意識が消える。
気が付くて女性に抱かれるように寝ていた。銀色の髪と透き通るように真っ白い肌、そして人形のように美しい顔立ち。少し泣いた後がある。もしかして、これが天国と言うところ? 彼女は天使?
昨日は悪夢の世界だったが、今日は天国!?
だが、ふと見るとベッドの反対側でレムリハが寝ている。
つまり天国では無く、昨日の続き……らしい。でも、なぜ、生きているのだろう。
レムリハは昨日と違ってメガネを外しているが狐の耳はレムリハのそれだ。メガネを外して寝ているとソバカスが目立つ。それと、目の周りにクマが出来てる? 反対側に横たわる天使とは対称的にやつれている。
俺の体は鉛のように重いが、意外に気分は良い。
俺が動いた事で、隣で寝ていた天使も目を覚ました。蒼い大きな瞳が俺に向けられ「大丈夫でしょうか?」と心配そうに。
「あー。うん。大丈夫だけど、。きみは?」と問いかける俺。君は誰?
「ありがとうございます。完全に鬼人の血が消えたようです。」それは、つまり、エリスなのか!?
顔の文様はともかく、角は何処へいった!? 良く見るとうっすらと跡があるようだが。
「良かった。」と答える俺。
「わが君は変わられたようですね。」いやいや、そういうエリスも変わり過ぎだろ。声もやわらかくなって完全に別人だ。
「すまん。」と俺。社会人はとりあえずあやまっておく。
「ふふっ。以前のわが君は、私にあやまったり、しませんでしたよ。」とエリス。そして目を閉じて「つまり、そういう事なのでしょうね。あなたは、……、。」と少し悲しそうなエリス。
これはもう、どう考えても俺が蘇生前の魔王様と別人ってバレてるよな。エリスは独り言のように続けて「あの方は・・、。もし天国で彼女と会っているのだとしたら、その方が幸せなのでしょう。」
俺は、なんかもう、いろいろと、どうでも良い気がして「あー。でも、本当に良かった。後は好きにしてくれ。」と投げやりに。
エリスは笑って首を振り「あなたは私を救ってくれたのです。」 あなた? わが君じゃなくて? 「受けた恩には報います。」やさしい声だが強い意志が込められていた。
すぐに殺されるわけでは無さそうだ。
俺たちの会話のせいでレムリハも目を覚ました。眠そうにこすっている黒い大きな目にはクマができているし顔色も悪い。疲れている? いやむしろ病的な感じがする。 天使に見紛うエリスとは対称的に、みすぼらしくなっている。
エリスが俺に「昨夜、死にかけていた、、。いや、むしろ一時的には死んでいた、あなたに、レムリハさんが必死に回復術をかけ続けてくれたのです。それが無ければ、あなたは完全に死んでいました。」
ん? レムリハは逃げるって言ってなかった?
エリスの言葉にレムリハは少し笑って「私にも責任があるし、目の前であんたに死なれるのはいやだからね。それに・・。」少し小さい声で「エリス王妃様のためにあんたが死ぬのは違うと思うの。」
それでも、かなり弱っているレムリハを見ると、そこまでする必要は無かった……のじゃないかと思う。その後の自分の窮地を考えたらなおさらだ。この状態では逃げようが無い。
見た目の天使がエリスだとしても、その行為において天使なのは、このやつれたソバカス娘と言う事だろう。この後、どうなるか分からないが、彼女だけでも、なんとか助かる方法は無いだろうか。
エリスは「とても良い方のようですね。レムリハさんも。」そして、エリスは改まったように「でも、レムリハさんには、いろいろと説明して頂きたい事があります。 あなたは魔王様に何をしたのでしょう? 」
やはり、そうだよね。
いまさらのようにレムリハは焦りぎみに「で、ですから、魔王様は黄泉の国に行っていた事で、記憶の混乱と……」
エリスは首をふって「そんな詭弁が私に通じると思っているのですか? 魔王様の一番近くにいた私に! 」 まあ、無理だわな。 「今の魔王様は見た目以外、まったく別人と言って良いでしょう。 」とエリス。
終わった!! 予想していたとは言え絶望感が半端無い! 昨日の特訓は、何だったのだろう、……。
レムリハは少し肩をすくめてため息を吐くと「そうね。……、。確かにこの魔王様の中身は以前とは別人よ。同じなのは外側だけ。つまり私は皆を欺いたのよ。だから、私が殺されるのは止むを得ないのでしょうね。そもそも私の命にたいした価値は無いわ。」何を言ってるのだ? そして、でも、強い口調で「だけど、この魔王様は空間が選んだ最適解よ。もしかすると最高の魔王様なの! だから、殺さないで!」
何を言ってるのだ? 冗談じゃないぞ! エリスに向かって俺が「待ってくれ。レムリハの言葉は間違っている。俺に魔王様は無理だし、俺が魔王様をやるべきではない。だから俺は殺すべきなのだろう。でも、レムリハは他に方法が無かったから、そうしただけで彼女に罪は無い! 悪いのは彼女を追い詰めた師匠という人だよ。そして、、そして、彼女はとても有能な医者だ。レムリハが生きていれば多くの人を救えるのだぞ! 有能な彼女を、こんな事で殺すなんて、ありえないだろ!」 レムリハは俺の言葉に「ちがうわ!」 そして、まだ何か言おうとしたが、エリスが俺たちの会話を遮って「だいたい、わかりました。私は、……、私は、お二人を殺すつもりはありません。……。でも、……、、他の皆が納得するとは思えませんね。」
そして少し考えたエリスが「助かりたいなら逃げる以外の選択肢は無さそうですけど、……、お二人で逃げるのは……。」
なんだか微妙な言い方だなぁ。どういう意味なんだろう? 逃がしてくれるのかな?
「三人で逃げましょう! 」と決意したようなエリス。 え? 三人? この人、何を言ってるの?
レムリハも驚いたように「三人って、誰を言ってるの?! 」
エリスは当然のように「私を入れた、ここにいる三人です。お二人を死なせないためには、それしかありません。」う~ん……、何を考えているのだろう。
それにしてもエリスは落ち着いている。「とりあえず朝食を食べながら考えましょう」と言いながら、エリスはベッドの近くにあった古風なダイヤル式電話で誰かを呼んだ。
エリスの顔は昨日とまったく違うわけだけど、人を呼んだりして大丈夫なのかな?
と思っていると突然、エリスの顔が変わった。手を一振りしただけ。
それで昨日と同じ顔の文様・悪魔女!角も戻った!? 一瞬だぞ! ありえないだろ!
レムリハが「すごい。一瞬で顔を変えるなんて……。」 エリスはレムリハの言葉に振り返って、平然と「私は高位の聖霊術が使えます。まあ、これは見た目だけなんですけど。 」
レムリハが「分かってますよ。エルフの聖霊術は近傍の光子をあやつる。 つまり、光の関係で、そう見えるだけね。そして、出力はせいぜい第三位階。連続だと100Wぐらいでしょ? 外の日の光の下だと、ばれるのじゃないですか? 」 エリスが笑って「一般には知られていませんが、エルフ王家の秘伝は位階が違います。この魔王城で王妃をやっている私を舐めないでくださいね。 」 なんだか微妙にドヤってる?
レムリハは「まさか第四位階? 1000W級? 」 エリスは笑って、それには答えずに「あなたこそ、大妖狐アービハ様に匹敵するとなると、その妖術は第四位階でしょうか? 」 レムリハは不満そうに「アービハ様の言葉がちゃんと伝わっていなかったようですね。匹敵するでは無く、大妖狐を超えると言ったはずですよ。」喧嘩になりそうだし、張り合うのはやめて欲しいかも。だいたいにおいて、言葉は威勢が良いが今のレムリハは立つのもやっという感じだ。昨日から足を引き摺るように歩いていたが、今は完全にフラついていて、まともに歩けていない。ベッドから立つのにも俺が手を貸して立たせている。
電話で呼ばれた人が来たらしくドアがノックされた。エリスは悪魔顔でドアを開けて「朝食を3人分、お願い。」
すると開けた扉の向こうから「王妃様、角が無くなったのですね。顔もきれいになられて。」とラリアル。
呼ばれて来たのはラリアルだった。彼は、そもそも目が見えないわけで……
エリスはため息をついて「そうでしたね。ミーちゃんの見る色は私には良く分からなくて……。」 ミーちゃんって誰? ラリアルの愛称がミーちゃん?
ラリアルはエリスに「良かったですね。」と笑いかける。いや、でも、どうして分かるのだ?
エリスが悪魔女の冷徹な表情のまま「何を言います! 良いものですか! この城の王妃として私には威厳が必要です。」と冷たく言い放つ。
「でも王妃様は、とても嬉しそうですよ。」とラリアル。 ラリアルが見ている物と、エリスが見せている物が違うのだよな。おかげで会話がかみ合わない。
エリスは無駄だと悟って顔を戻し「あなたにはかないませんね。私の顔の事は秘密にしておいてください。それと、朝食を3人分、持ってきて頂けますか?」
それを俺が後ろから訂正する「4人分で頼む!」
エリスが「何を言ってるのですか? あなたは一人で二人分食べる……とでも?」
俺が「いや、ラリアルも一緒に食べようと思って。」
エリスがあきれたという表情で「私たちが、これから何を相談するか分かっています?」
「ラリアルは俺が以前の魔王様じゃないと既に分かっているよ。」と俺。
少し考えたエリスが「そうでしたね。この子なら・・。」 と言ってため息をつく。
4人分の食事をラリアルがワゴンに乗せて運んできた。
食べながらエリスが「それで、どうやって逃げるか、なのですが……。」
ラリアルが驚いたように「逃げるのですか? 何故です?」。ラリアルの理解は違うよな。やっぱり一緒に食べない方が良かった?
エリスが「ラリアルは分かっていないようですが、この人に魔王様は無理なのです。だから逃げないといけません。」と子供に諭すように。
けげんな顔でラリアルが「無理でしょうか?」
エリスが「無理ですよ。なんていうか甘すぎます! 」
レムリハも「常識が無くてバカっぽいしねぇ。」 おい! さっきと言ってる事が違うぞ!
ラリアルが「確かにそうですね。」そこは同意するなよ! そして、ラリアルは続けて「でも、王妃様がいれば大丈夫じゃないでしょうか? 以前の魔王様だって王妃様がいたから……。」
エリスがラリアルの言葉を遮って「それ以上言うと不敬罪ですよ。」いまさら何を言ってるやらだが。
それにしても、ラリアルは優秀かもしれない。
エリスが「まあ、確かに、こういう人の方が楽かもしれない面はあるのですけど。」
ラリアルはエリスを自分の思う方向に誘導しているようだ。俺は逃げたいのだけど……。
「魔術は使えない……のでしたっけ?」と俺に確認してくるエリスに「まったく使えない!」と、ほぼドヤ顔で返す俺。
エリスは「どちらにしても城内の人間への精神系の魔術は禁止なんですが・・。」
魔術が使えたら何をする気だったの? 「でも皆が納得してくれるかしら……。」
話していると突然、机の上の電話のベルが鳴った。エリスが電話に付いているボタンを押すと壁のスピーカから女性の声が。
「失礼します。ドレイク提督が魔王様へのお目通りを願っております。」
秘書? 交換手?
「四大将軍の一人、ドレイク提督ね。どういった要件でしょう?」とエリス。
スピーカーが「戦況報告と作戦のご相談との事です。」
エリスが「分かったわ。食事が終わったら連絡するから、それまで待ってもらって。」
食べながらエリスが「どうしましょう? 今のあなたは、、魔術が使えないとして、何か戦闘に役立つような剣術とか格闘技とか……、。」と俺に聞いてきたが。もちろん、「無い!」と、ドヤる俺!
俺の答えにエリスがため息をつきながら「ドレイク提督は近接格闘戦の能力は低いですし、私とレムリハさんが同時に相手をすれば拘束できるかもしれません。先ほどのレムリハさんの言葉が本当ならば。」とか物騒な事を言う。
俺が「戦況報告なら構わないのじゃないか? 脱出には準備も必要だろうし、時間稼ぎに対応しても良いだろう。」と。
レムリハが「話の進み方で考えれば良いのじゃないかしら。怪しくなったら二人でなんとかしましょう。」。エリスが「そうですね。……。でも、いざと言う時は、彼の正面に立たないでください。竜人は正面近傍の状態量を操り温度を高めて炎を吐きます。もし、戦闘になったら私がドレイクの目をふさぎますから、そのすきにレムリハさんが倒してください。近づけば妖術が使えるのでしょ?」 レムリハ「分かった。」そう言いながら鞄から何かの棒を出して手に持つ「これで触れる事ができれば気絶させる事ができるわ。」スタンガン? ラリアルが驚いたように「もしかして神経操作ですか?」レムリハが「そうよ。魔力が残っていれば、もう少し、、出来るのだけど、。」ラリアルが「精神や神経への魔法行使は魔人族だけと思っていたのですが、妖狐族でも使える方がいるのですね。」 レムリハは少し笑って、それ以上、説明しなかった。
ラリアルは食事を片付けると、それを持って出て行った。
そして、、。
電話で食事が終わった事を告げると、やがて、ドアがノックされドレイク提督が入ってくる。
竜人との事だが、体の半分が鱗でおおわれていて、竜頭、そしてトカゲのような尻尾がある。真っ白い軍服に、やたらと光る勲章がたくさん。肩にも金の房のような飾り。一礼した後、俺の許可を得て、執務室の応接セットの一方に座った。反対側には俺と悪魔顔に偽装したエリス。レムリハは少し離れて壁に寄りかかるように立っている。
「早々ですが、昨夜のタクワカン島での上陸作戦は敵の抵抗も無く無事に成功しています。」そう話しながら、ドレイク提督は地図を広げた。地図上に、いくつかの島が並び、その一つに印がつけられている。「現在、ご指示通り、わが龍人部隊300名が、上陸後、そのまま浜辺に待機しております。」 そう言って、今度は島の拡大地図を広げた。上陸したのにそのまま?「浜辺に待機?」俺の疑問に……、ドレイク提督は「お忘れですか? この部隊は敵を引き付けるための囮です。敵が、この上陸部隊を攻撃している間に島の反対側より本隊を上陸させます。」そう言いながら、島の別の地点を指す。それでは、この部隊はどうなるのだ? 海岸で文字通り背水の陣で無謀な戦いを強いられるのか?
「300名の犠牲、、で、この島の5000の帝国人を首を取れましょう。」犠牲という言葉で少しくちびるを噛んだようだが。こいつは味方を犠牲にすると言ってるのか?!?! だが俺が下手な事を言うとまずいかもしれない。ある意味、論理的作戦だし、この世界での戦争とはそういう物かもしれない。
でも尋ねるぐらいは「ひとつ聞いて良いか?」と俺。「はっ!なんなりと!」 いかにも軍人らしい。四天王の中では弱いのかもしれないが忠誠心はありそう……。「この島を攻める理由は? 何か戦略的な価値があるのか? 」と俺。提督は一瞬、とまどった後、。「戦艦は入れない小さい港しかありませんし、資源もありません。戦略的……かと言われると、そのような島ではありません。」俺が「では何故、そこまでして攻めるのだ?」「お忘れですか? 神殿があるから攻撃しろと、おっしゃったのは魔王様ご自身ですよ? 多くの狂信的な帝国人の首を取れると。」提督が吐き捨てるように言い放つ。良く分からないが、この世界では神殿に価値があるのだろうか? 「戦力、国力という面から神殿に価値はあるだろうか?」と俺。「そうですえねぇ。戦死者への祈り……という意味なら多少は価値があるかもしれませんが。所詮は迷信かと。」と提督。ならば、俺の元の世界と同じようなものだ。
「もう一度、海図を見せてくれ。」と俺。提督が広げた海図で「この隣の島も帝国側の旗になっているが、ここにあるマークは?」やぐらっぽいマークを指して俺が訪ねると「油田ですね。良質の石油が取れます。帝国の需要の四分の一はこの島で取れた物と聞いています。」そう言いながら提督は少し笑った。そして、続けて「さらに、この島には戦艦が入れる港があり、今も帝国の戦艦が1隻おります。この図には書かれていませんが帝国が前線基地としての空港を建設しているという情報もあります。」
ならば簡単だ。俺もゲームでは良くやっている。「目標を油田のある、こちらの島に変えるのはどうだろう?」 提督は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに「名案だと思います。」と言って笑う。 俺は続けて「だったら、昨夜、上陸した部隊は大至急、海岸を離れ、森に逃げ込み今夜まで待機。そして、今夜、船を島につけて撤収させろ。できる限り兵を失わないように戦闘は避けてくれ。神殿の島からは撤退して、目標を油田のある島に変更するように。」
提督は「……、。ですが、それでは敵の首はあまり、、」。「神殿の坊主の首に戦略的価値など無い。そうだろ?」と俺。「ありませんね。」と言いながら提督は笑った。「ですので、魔王様がそうおっしゃるなら目標の変更は私も賛成です。」 さきほどから隣に座ったエリスが盛んに俺を小突いている。そして小声で「ちょっと来て!」と俺を寝室に引っ張っていく。
寝室の扉を閉めると、小声で「あなたは何をやってるのですか!? 」。俺が「いや、戦略的には正しいと思う。提督も賛成していただろ?」 エリスが「竜族は我々の国に加わったばかりで分かっていないのです。魔王様は殺戮と恐怖の象徴! 恐怖のあまり帝国兵は戦わずして逃げる! それこそが魔王様ですよ! 敵の首の数、それも僧侶の首なら、なおさら畏怖の対象になりましょう!」 むちゃくちゃだな。俺が「分かった。いずれは、神殿の島も攻撃する……。だとしても、先に油田を抑えた方が、そこを拠点に他の島も攻撃できるだろ? 順番の違い……と言う事だよ。」 エリスは「まあ、そういう事なら……。」
戻ると提督が海図をにらみながら考えていた。そして、「目標の変更は賛成です。ですが、こちらの島の港には戦艦1隻がおりますし、さらに帝国機械化兵団の守備隊が配備されています。戦艦の相手は我々の艦隊で、できると思いますが、機械化兵団の相手は、どのような作戦を取っても、われわれの陸戦隊では難しいかと。」 何を言ってるか良く分からんが「どうすれば良い?」と俺。「元帥の……、アムール元帥の協力が得られれば、占領が可能かと。」そう言いながら海図の近くの点を指さして「元帥の強襲揚陸艦が、このあたりにいるはずです。作戦を2日後とすれば合流できましょう。そのように、魔王様からアムール元帥にご命令頂ければ、必ずや島を占領できるかと。」 じゃあ、それでいいや。「分かった。アムール元帥にここに来るように伝えてくれ。」と俺。
だが、隣のエリスが天をあおぐように。終わった!というしぐさ。何か、まずかった?
ドレイク提督が帰った後、エリスが叫ぶように「すぐに逃げましょう! 」 俺は「どういう事?」 エリスがため息をつきながら「あなたも昨日、見たでしょ?アムール元帥はあなたを疑っています!」 え~と誰だっけ? 「そして虎人の彼女は地上最強の戦士です。彼女は時間を加速させて短時間なら常人の5倍の速度で動ける。私とレムリハさんでは、どうやっても勝てないでしょう。」とエリス。虎・・、そうか虎猫頭の人だ! 彼女が地上最強なのか? って言うかこの世界の物理法則はむちゃくちゃだな。
レムリハがエリスに呼応するように「分かった。すぐに逃げましょう! 」とドアに向かったが。エリスが「待って! そこから出ると廊下かエレベーターでアムールと出会う事になります! 逃げる途中で出会ったら言い訳できません! 」 俺が「通路はひとつなのか? 」 エリスが考え込みながら「 ひとつです。セキュリティエリアに上がるエレベーターもひとつだけ。だから、出会うのは確実と言っても良いでしょう。非常階段は使う時に非常ベルが鳴ってしまうし・・。」そして少し考えて「窓からなら……。 シーツをさいてロープを・・」 レムリハが「そんな時間は無いでしょ!」
とか言いあっているうちにドアがノックされてしまった!
エリスが苦しい表情で「あなたに・・、魔王様の対応に頼るしか無いようですね。絶対にばれないようにしてください!」
うわ~。無理すぎる!