小姓ラリアルの絶望と希望
天井が高く装飾も多いので宮殿のような建物かもしれない。そこをレムリハが先導して、その後を俺とエリス王妃がついていく。しばらく歩くと、古臭い感じの丸いボタンが並び、蛇腹のドアが着いたエレベーターの前についた。博物館物? だが、エレベータがあるという事は中世世界への異世界転生……では無いらしい。 そういえば天井には電灯がついているので電気もあるらしい。何かこう文化遺産的な古い建物なのだろうか? そういう建物に拉致されただけ?
エレベータの上に付いたランプの数字で十階まで上がり、手で蛇腹のドアを開けエレベーターを降りる。さらに廊下を進むと銃を背負った犬頭の二人の衛兵が守っている重そうな扉の前に着いた。
俺たちが近づくと犬頭は黙って敬礼し、頑丈そうな扉を開け中に入れてくれた。
その扉を入ると周りの雰囲気が変わった。床には絨毯が敷かれ、壁にも装飾が施されている。VIP用の階かな?
さらに階段で一つ上に上がる。そして、装飾の多い扉の前に。
扉には、それっぽい紋章が刻まれている。
レムリハが扉の前で立ち止まり「お願いします。」と言うと、エリス王妃が鍵を出して扉を開けてくれた。鍵を開けるためにはエリス王妃が必須だったらしい。
そして、どうやら、ここが魔王様の自室(?)らしいのだが、部屋の中は整頓されていて、壁の棚に書類が並び、ソファーにテーブル、そして机。机の上には古臭いダイヤル式の電話が置いてあり、ちょっとした執務室のようだ。魔王様の仕事部屋でもあるのかな? いかにも魔王様って感じの玉座とか、恐ろし気な武器とかは見当たらない。どことなく俺が仕事をしている会社の部屋にも似ている……ようにも。 ただ、いずれの家具も重厚な石造りで高そうではある。今一つ、落ち着けないのは木製の家具が無いからだろうか。魔王様の趣味かな?
周りには、いくつかの扉がある。ここを中心にして続き部屋になっているようだ。
レムリハは、キョロキョロとあたりを見回している感じだが・・。もしかして、あまり知らない? そんなんで、ここへ誘導して、どうするつもりだったの?
俺とレムリハが立ち尽くしていると、エリス王妃が執務室を横切り一番奥にある扉を開けてくれた。開けた扉の向こうにはベッドが置かれていて寝室のような部屋。それとなく誘導している感じだし、俺に、そのベッドで休めという事らしい。
まあ、実際、俺は疲労感というか痛みというか、体全体が重い感じなので、。遠慮なく奥の部屋に入りベッドに倒れこむ。フカフカのベッドが気持ちが良い。あまりの気持ち良さに、もう、なんでもいいやって感じもしてくる。
だが、俺に続いて寝室に入ろうとしたレムリハを、エリスが制して「レムリハさんは、ここまでにしてください。」 怪訝な顔のレムリハに、エリスが「魔王様の寝所に入れる女性は王妃の私のみです。」
そういう決まりなのかな? 大奥的な扱い?
レムリハが少し慌てて「で、ですが、魔王様には、さらなる治療が必要です。医者が寝所に入るのは当然かと思いますが。」
俺としてもレムリハに聞きたい事、相談したい事が山ほどあるし、ぜひ、近くにいて欲しいわけだが……。
レムリハの言葉にエリスは少し考えていたが、「わかりました。では、。そこで、少しお待ちなさい。」と言うと、いったん部屋の外に出て、そして、ほんの1~2分で戻ってきた。
戻って来た彼女が手にしていたのは、あまり実物は見た事が無いのだが、いわゆる貞操帯と言うものだろう。金属の枠と皮の帯で出来ていて鍵がついている。「これを付けてください!」 レムリハは首をふりかけたが……、ふーっと息をしてあきらめたようにうなずいた。そして、俺に見えないように扉を閉じて……。
俺がいる寝室と執務室の間の扉が閉じられたので、レムリハとエリスが執務室で何をやっているのか見えなくなったわけだが。たぶん、レムリハが服を脱いで貞操帯を付けているのだろう。
耳を澄ますと声だけは聞こえる。ちょっとドキドキ。
エリス王妃の「酷い体ですね。その体でよくまあ……」という驚いたような声。おい! 確かにエリスに比較したら、レムリハは貧弱な幼児体系……かもしれないが……そこまで言うか? このエリス王妃と言うのは顔だけじゃなく性格も悪魔だな!
彼女を伴侶に選ぶ魔王様というのはどういう趣味をしていたのだろう?
まあ、そもそも魔王なんだから、そういう物なのかな……
レムリハの声が「つまり、そのような物は必要無いと言う事です。こんな私をどうこうしようという男はいませんよ。」 いやいや、そこまで自分を悪く言うものじゃないぞ。 ここにいる獣人や悪魔に比較したらレムリハは十分にかわいい。
エリスが「それでも規則ですから。」
やがて、扉が開いてエリスに許されたらしいレムリハが入ってきた。微妙に腰のあたりを気にしている。エリスの手には扉の物とは違う小さい鍵。
エリスが俺に「このような時に申し訳ありません。私には内政の統括としての仕事が残っています。夕食には戻りますので。」 そしてレムリハに向かい「レムリハさんには、魔王様の治療を頼みましたよ。」 俺の傍らでレムリハが「お、おまかせください。」と少し焦り気味に。
エリス王妃が出て行くと、崩れるように緊張を解いたレムリハが「うわ~。なんとか、最初の難関は切り抜けたわね。」
やっぱり難関だったわけか。
俺が「説明してくれるか? いったいどうなっているのだ? ここは何処で、俺はいったい……」
レムリハの話によると2日前に、この国を治める魔王様と言うのが殺害されたのだそうだ。遅効性の毒薬によって暗殺されたらしい。だが、魔王様はこの国にとって、とても重要な存在。
そこで、その死んだ魔王様を蘇生させるために、この国で最高の妖術医とされる大妖狐アービハという者が呼び出された。
ところが、その大妖狐は「私を超えるすばらしい弟子レムリハなら必ずや魔王様の蘇生を成功させるじゃろう」と言い残して、逃げてしまったそうな。
そのため、魔王様の蘇生はレムリハの役目になったわけだ……が。
レムリハが言うには「確かに魔王様の体は完全な形で保存されていたし、私の妖術で毒を取り除く事もできたわ。でも死んだ人間を蘇らせるなんて絶対に不可能なのよ! 一定時間、脳への酸素供給が停止した時点で全ては終わっている。それが分かっていたから、あのクソジジイは逃げたのね。私を身代わりにして。エリス王妃がどういう伝承を聞いていたか知らないけど死者の蘇生なんて迷信だわ。」
俺が「無理なら無理と言えば良かったのじゃ?」と言うと。
「何、甘い事を言ってるの? この国の存亡がかかっているのよ! 師匠が出来ると言ってしまったのだから、私が無理なんて言ったら殺されるに決まってる! 」とレムリハ。
うわ~……、とんでも無くブラックな世界だ!
「それで私はイチかバチか脳の周辺の空間属性を最大限不確定にして、異次元から生きている別の魂を召喚したわけ。驚いた事に、それが、うまく行ったのよ! ほとんど奇跡的だったと思うけど・・。召喚した別の魂を、修復した魔王様の脳に憑依させれば、魔王様の体は動くでしょ?」と説明してくれたが。さっぱり分からん。
だが「つまり、その魂ってのが俺だって言うのか?」「そうよ。魔王様と波動が似た魂が、次元空間をさまよっていたのでしょうね。」ほぼ拉致じゃないか! 魂の拉致だ! レムリハは続けて「でも、それをこの世界へ召喚できたのは、ほんとうに奇跡と言って良いわ。もしかすると、空間の意志……かしら?」
いやそう言われても……「何が似ていたのか知らんが、俺は魔王様じゃないぞ。」と俺。
「もちろん、その通りね。そして、それが、ばれたら殺される……! というのが今の状況! 分かったかしら?」とレムリハが言い切る。
なるほど、。良く分かった。控えめに言って無理ゲーと言う事だ。拉致された上、ほぼ死ぬしかない状況に追い込まれている。
あ、いや、でも、もしかすると異世界転生とやらのパターンとして「ここで殺されたら、。俺は、元の世界に戻れる?! とかだよな? 」と聞いてみたが。
「そんなわけないでしょ! 元の世界のあなたの体は既に死んでるのじゃないかしら。」とレムリハ。うわ~、それ、どういう死因になってるのだ? ぜんぜん自覚無いけど!?
「とにかく、あの女が戻って来るまでに、あなたは魔王様になり切るのよ!」と無理を言うレムリハ。
「そんな、むちゃな!」と俺。
「死にたく無ければむちゃでもやるの! 表の部屋に書類があったでしょ。参考になるかもしれないわ。」
完全に転生して、すぐに死ぬパターンだ。主役ではありえないが、脇役では良くある話だよな。もしかすると、どこかに主人公がいて、俺は脇役? 次の回から主役が出て来て、ストーリーはそっちがメインになるわけだな。
レムリハが思い出したように「ところで、元の世界でのあなたは、どんな種族だったのかしら?」
種族ねぇ。この世界にはいろんな種族がいるみたいだよな。
「人間だよ。」と俺。
「人間? ……、旧人って事?」とわけの分からん事を言うレムリハ。俺は原始人じゃないぞ!
「いや、昔の人間というわけじゃなくて現代の普通の人間。」と俺。
レムリハがもどかしそうに「旧人は今でもいるわよ。魔王国には、ほとんどいないけど、帝国は大半が旧人。」
どういう意味だろう。
レムリハはさらに続けて「波動が魔王様に似てるような気がしたから、あなたも魔王様と同じ魔人かもしれないと思ったのだけど……。さすがに、そううまくはいかないわね。或いは私の魂が干渉したかしら。」
魔王様は魔人? それなら「この体が魔王様なら、今の俺は魔人って事?」と俺。
「確かにそうね。でも、あなたは魔力の使い方を知らないでしょ? だから旧人と変わらないわ。」と残念そうにレムリハ。
魔力の使い方だって? それって例えば「え~と……。魔法のステッキを一振りして、呪文をとなえてお願いする……?」と言ってみたが。レムリハは明らかに軽蔑したような視線を俺に向けて「……、。分かった!あんたはバカね。」ヒドイ言われようだ!
レムリハがため息をつきながら「しょうがないから、魔術は『復活の後遺症』で行使できないって言っておくわ。」 それで良いのか? 魔術無しの魔王様で……。
と言うか、無理ゲーすぎる以上「ここから逃げるというのはダメなのか? その師匠さんは逃げたのだろ?」 だがレムリハが「この城から? 不可能よ! それに、その師匠も捕まるみたいだし。 」
まいった! 逃げ場無し!
しかし、ゆっくり休んでなどいられないのでレムリハと二人で書類をあさり始めた。魔王様の事を知るために。
良く分からんが俺にも文字が読めた。そういえば会話も問題無く出来てる。
社員リストみたいな物を見つけた。恐らくは、この城(?)の幹部の名前と地位や能力が書いてある……が。誰がだれやら。
せめて顔写真を入れてくれよ! まあ、入っていたとしても、どれだけ覚えられるか分からんが。
レムリハが「まずは、エリス王妃よ! 彼女との今晩の会話で、バレないようにしないと、。さもないと、明日の朝日を見る事無く私たちは殺される!」 「今晩って何があるのだ?」と聞いてみる俺。
「王妃って、と言うのだから、あんたとベッドを共にするのじゃないかしら?」と、レムリハ。
いやいや、スタイルの良い体と白い肌はすばらしいと思うけど顔が悪魔だから無理だぞ!
ってか、そういう問題じゃないか。普段から身近にいたであろう王妃と一晩過ごして別人とバレないようにする?!
無理だ! 絶対に不可能だ!
レムリハはどうして、そんな無謀な事を俺に期待できるのだ?
棚の書類はあまり参考にならなかったが、幸い机の引き出しに日記のようなものを見つけた。魔王様、意外と几帳面? 鍵がかかっていたが別の引き出しに鍵もあった。魔王様を続ける気なら、この日記はバイブルにしないといけないな。
少し読むとエリス王妃についての記述もあった……が。理解できない!
日記は第三者が読む事を前提にしていないから当然と言えば当然か。
「この『エリスへの霊力注入』ってなんだと思う?」とレムリハに聞いてみたが。
「知らないわよ! 私に聞かないで! 」とイラついたように答えるレムリハ。そして、少し顔を赤らめて「ま、まさか、そういう行為の隠語?」と。
俺が「いや、違うだろう。そういう時間帯では無さそうだし。そういうのは、こっちに書いてある夜の記述……、。あれ、でも!?」 レムリハが俺が読んでいたページを手で覆って「そこは読まなくて良いわ。18禁になったら作者が困るでしょ。」期待している読者がいるならそういう物を書いても良いかもしれない……と作者は思っていそうだが。
レムリハが「ベッドでのそれも復活の後遺症で出来ない事にしておきなさい! それで乗り切るのよ!」 ベッドでのそれって何? もちろん、俺に、その気は無いわけだが、。それ以前にレムリハは、させたくない?
俺が日記を調べているうちに、レムリハは部屋にあった蓄音機の下の棚のレコード板をあさり始めた。元の世界のアナログレコードと同じ物に見える。黒い円盤。
音楽でも聴くのかな? 意外と余裕だな。
と思っていると。
レムリハが「あった! 戦勝記念式典の実況で魔王様の演説が入っているレコードよ! これで魔王様の口ぶりがあんたにも分かるでしょ。」 そんな物があるのか?!なるほど。それは名案だ!
再生してみると声は今の俺と同じようだが、はるかに力のこもった言葉だ。単なる形だけの演説では無く、強く訴えかけてくる。
『今、もう一度、この10年の帝国の残忍な侵攻を思い出して欲しい! みなの肉親がどれだけ殺されたか! どれだけ傷ついたか! やつらは容赦なくわれわれを殺してきた! なんの罪も無い仲間がどれだけ死んでいったことだろう! 私自身、どれほどの・・』
レムリハは平然と聞いているようだが、なんだかとんでも無い事を言ってないか? 確かめる意味で俺が「この演説って事実を言ってるのか?」と聞いてみた。「そうね。異世界から来たなら分かって無いかもしれないけど、この世界は、今、お互いの生存をかけた戦争をやっているのよ。」とレムリハ。
う~ん。平和ボケな国から来た俺には理解できない。というか理解したくないかもしれない。
レコードは叫び続けている『だが、今、皆が手を繋ぐ事で、我々は、こうして一つの勝利を手にする事ができた。・・・。この勝利のためにも、どれだけの犠牲が払われた事だろう。それでも、我々は勝利の一歩を踏み出す事ができたのだ! これから、我々は帝国に復讐する事できる! この勝利が、それを証明している! 我々は・・』
この魔王を俺がやる?! 重すぎだよ!
とりあえずレコードを再生しながら魔王様の口調を練習してみる、、が、無理すぎ!
それでも、とにかくやってみる。
ふと気になって俺が「ところで誰が魔王様を殺したのだ?」と聞いたが。レムリハが「まだ分からないみたい。」
「まあ、権力者に敵は多いよな。」と俺
「あんたが何を考えているのか知らないけど、この国は魔王様がいたから、かろうじて戦争に勝てていたのよ。魔王様の死は、この国の存亡にかかわる。だから、この国に、魔王様の死を望むものがいるとは思えない……のだけど……。」とレムリハ。この国の内部にいない……なら、犯人は敵の暗殺者とか、なのかな?
いやでも、内部の反逆者・内通者という可能性もあるだろう。戦争を否定する勢力だっているかもしれない。俺が「和平論者とかかもしれないぞ。戦争に負けて国がほろんだからと言って誰もが死ぬわけじゃ無い……。」と言いかけた言葉を、レムリハは遮って「死ぬわよ。さっき、お互いの生存をかけたと言ったでしょ? 帝国は彼らの言う亜人、つまり私たち全員の殺害・抹消を目的に戦争をしているの! 既にどれだけ殺されたことか……。」
なにそれ!? 戦争ってレベルじゃないだろう。やっぱり、とんでもない世界だ。
「良いけど……。そんなに大変な役目だとしたら、、。俺が魔王様のふりをするのは、いけないのじゃないか? 俺には、そんなすごい魔王様の代わりなんて出来ないぞ。」と俺。
レムリハは少し笑って「私にもそう思えるのだけど。それでも、あんたが、ここに来たのは世界の意志でもあると思うわ。あなたは、この世界で何かをやらないといけない。」意味が分からないのだが、レムリハは続けて「あんたに何もできないとしたら、魔王様は死体のままでも同じだったでしょ? なのに、あんたが、この世界に来た。それはつまり、何かが出来るって事よ。」どことなく宗教っぽいなぁ。何かって何? 神様の意志みたいな? レムリハは何かを信じているみたいだが、俺にはさっぱりだ。レムリハは、さらに付け足すように「私にとっても最後の……。」 レムリハは言葉を飲み込んでしまったが、最後って?
だが、とくにかく殺されるのはイヤだから、日記を読んだり、魔王様の練習をしたりしていると……。
突然、ドアがノックされた!
時計を見ると、まだ、お昼過ぎなんだが、エリス王妃が早く帰って来たの? だとしたらヤバイな。まだ、ぜんぜん準備できていない! まあ、夕方でもたいした準備なんか出来ないだろうけど……。
ドアの向こうから「ぼくです。ラリアルです。魔王様が戻られたと聞いたので……。よろしければ、昼食をお持ちしましょうか?」
誰? レムリハが小さい声で「たぶん、魔王様の、身の回りの世話をしている小姓だと思うわ。昼時だから食事を気にして来たのでしょう。」
そういえば、お腹が減っている。小姓ならたいした会話も必要無いだろうし魔王様風の話し方の成果を試してみるのには良いのかな? 食事をレムリハと二人分、持って来るように言えば良い、ぐらい?
と考えて、ドアを開ける。
ドアの向こうに立っていたのは、第二次成長期、直前ぐらいの少年……なのは分かるが、目が青いガラス。それも不透明なガラス玉。顔の向きも少しおかしいし、視力があるように思えない。目の不気味さをのぞけば美少年と言えなくもないが……。
肩に乗ったネコが飼い主の代わりと言わんばかりに、丸い目でこちらを見ている。
もしかして、盲目の種族? 杖は持って無いようだが良くここまで来れたな。まさか、盲導犬ならぬ盲導猫?
いや、だが、ここで驚いていてはいけない!虎や竜より、よほど普通の人間だ! こういう世界だし、そういう種族もいるのだろう。
俺は、とにかく食事の注文だけすれば良い!!!
しかし、俺が戸惑っているうちに、先に言葉を発したのは、ラリアルという少年の方だった。
「どなた、でしょう?」
そうか目が見えないから、この魔王様そのものである俺の姿が見えていないのか。
「魔王様では無いようですが。」と不安そうにラリアル。
ちょっと待て! 見えないのに魔王様で無いのがバレてる?
いや、見えないからバレてるのか!? この子は何を感じているのだ?
ヤバイ! どうすれば良いのだ?
「魔王様と、……、リリルルはどうしたのでしょう? お二人が病気と言うのは本当でしょうか?」見えない目をこちらに向けて必死に訴えている。
どうしよう! リリルルって誰? レムリハなら分かるだろうか……。
「すまん。少し待ってくれ。」とだけ言って、俺は一度、扉を閉めた。
扉を閉めたあと、小さい声でレムリハに「何故バレたのだ!? あの目は……、。どういう種族なんだ?」。
レムリハが答えて「彼も魔人族ね。もう一人、魔人族の小姓がいると聞いていたわ。あなたの今の体と同じ種族よ。この階は基本的に魔人族だけの物なの。」 俺が「いやでも、あの目は!」
「たぶん、奇形ね。遺伝的な病気。同一種族の人口が一定以下になると、遺伝的な奇形が増えるのよ。あの目は義眼でしょ。」とレムリハ。
「じゃあ、あの子は何を見て俺が魔王様じゃないと言ったのだ?」俺の質問にレムリハは「分からない。何かの能力か、。あの猫が関係してそうだけど。」
う~ん。
とりあえず、もう一つ質問「あの子が言っていたリリルルって誰か分かるか?」と俺。
「確か、魔王様と一緒に死んだ、もう一人の魔人族の小姓の名前。魔王様を蘇生する前に、彼女の死体も確かめさせてもらったわ。魔王様と同じ毒で死んでいた。おそらく、毒見役だったのね。遅効性の毒だったから、彼女が死んだ時には既に魔王様も毒が回っていた……みたい。」とレムリハ。
扉の向こうの子は病気と聞いている、っと言っていたが。もしかして、まだ、同僚が死んだ事を彼には伝えていない? 魔王様の事も彼には病気・・という事にしてあるのかな。 既に死んでるのに……。
いや、魔王様は俺でもあるから死んで無いとも言えるが。俺と以前の魔王様を一瞬で区別できる以上、『死んだ』で正しいだろう。
う~ん。 いずれにしろ、ここは、とにかく、ごまかすしかない!
やるだけやってみよう!
扉を開けて俺が「魔王様とリリルルは、まだ病院だ。俺は魔王様の代わりをやるためにここにいる。」
それで、信じてもらえるかな?
ラリアルが「それで魔王様、そっくりのお声なのですね。確かに魔人族の方ですし。……、。で、でも、……、ウソですよね。」
うわ~。なんで速攻でバレるの?
ラリアルが続けて「近くの軍病院を初め、市内の病院は全て探しました。魔王様もリリルルも、どこにもいません!」
もしかして、必死で探し回っていた?
「ここに戻ったら、守衛さんが魔王様が戻られていると言うので、行き違いになっただけかと思ったのですけど。」と悲しそうに。
ほとんど泣きそうになりながら「ここで、こんな僕を受け入れてくれたのは同じ魔人族のリリルルと、魔王様だけだったのに! 二人とも何処にも……いないのです!いったい、どこに行ったのですか?」
二人とは家族みたいな関係だったのかな? だとしたら、二人の死はつらいだろうな。
あまりに残酷な事実だから、今まで周りの人間は、伝える事が出来なかったのだろうか。
「本当の事を言ってください。二人は、どうなったのでしょう?」ラリアルの言葉は重くて、いまさらウソは通じそうにない。
でも、なぜ、俺が二人の死を、この子に伝えないといけないのだ? 別の世界から来たばかりの俺が……
それでも、もし、誰かが言わないといけないとしたら、むしろ、関係の薄い俺の方が良いのかもしれない。あるいはレムリハの言う、俺に、この世界に来た役割りとか言うのがあったとして、それがこれなのか!?
軽く深呼吸してから俺が「……、すまん。二人とも亡くなったと聞いている。」
俺の言葉を聞いた瞬間、、特にショックを受けたような様子もなく僅かに首が動いただけで……、。だが、それでも必死にこらえているのは分かった。
「大丈夫か?」と聞いてみたが。
「大丈夫です。慣れていますから。これまでも、みんな死んでいきました。」だが、とても言葉通りには見えない。そんなものに慣れるはずはない。細かく震えていて、見ているだけでつらい。
俺が思わず手をのばして頭をなでると、彼の目から、こらえていた涙があふれだした。こっちまで泣きそうになるので、泣き止むようにと思わず抱きしめてしまった……が。
それで、なおさら声を出して泣き出して……。
どういう世界に来たのだろうなぁ。
ひとしきり泣いたあと、見えない目を俺に向けて「ありがとうございます。こんなにやさしくされたのは、久しぶりです。」
いままで、どういう暮らしをしてきたのだろう。
「両親が生きていた頃を思い出しました。大人の同族のやさしい……感触……。」
つまり、両親も死んでいるわけか。
そして、ねだるように「魔王様の代わりとおっしゃいましたが、。……、ここで新しい魔王様……になってくれるのですよね!?」
それは無理ゲーなんですけど。どっちか言うと逃げたいのですが。
レムリハが後ろから「そうよ! 彼が新しい魔王様なの! だから、協力してくれる?」
ちょっと待て! 勝手に話をすすめるな!
「はい!僕に出来る事なら!」とラリアル。
おい! 二人で俺に無理ゲーを強いる気か!
レムリハがさらに勝手に「とりあえず食事を二人分もってきて。私は朝から、ほとんど何も食べて無いのよ。」
俺が訂正して「それなら、三人分、でどうかな? 良かったらラリアルもここで食べよう。」
ラリアルが嬉しそうに「はい! ぜひ、ご一緒に! 」
だがレムリハが少し怪訝そうにラリアルに向かって「あなたが作るの?」。
笑いながらラリアルが「まさか。僕は厨房にお願いして出来上がった物を持ってくるだけですよ。」
そして、目が見えないとは思えない確かな足取りで去っていった。
ラリアルを見送りながらレムリハが独り言のように「もしかすると、あんたが選ばれたのは……。」 気になったので俺が「何を言ってるのだ?」 「なんでも無いわ。でも、なんていうか、あんたは良い感じよ。」
ほどなくてして、3人分の食事をワゴンに乗せて運んできてくれた。猫はラリアルがワゴンを押している時はワゴンの先端に乗っていた。そして部屋に入ると、またラリアルの肩に。
食事は魚料理と海藻のサラダで、十分に美味しかったのだが、ごはんが無い。それどころか、パンも無い。まあ、異世界だから、しょうがないけど。
レムリハが食べながら「それにしても、魔人族が少ないわね。本来、王宮のこの区画には、次期魔王候補や、次期王妃候補の魔人族が何人もいるはずじゃない? それが、あなたと魔王様、それに亡くなったリリルル以外、、いない?」
ラリアルが悲しそうに「既に、いませんから。」
レムリハもマジメな顔で「もしかして5年前の帝国の侵攻で?」
ラリアルが「はい。ほぼ虐殺されています。前の魔王様は、その時の事を地獄だったと。そして、それ言う時は必ず復讐の誓いを口にしていました。」
レムリハが 「そこまでとは知らなかったわ。まあ、あまり外部に言う事じゃないわね。」と納得したように。
そして「それで、あの女が王妃なのね!? 魔人族でも無いのに。」レムリハは、どうもエリスが嫌いならしい。まあ、変なもの付けられたしな。
俺が「王妃は同族じゃないと、ダメなのか?」。
レムリハが軽蔑したように俺を見ながら「どこの未開の世界から来たか知らないけど、。生物種の基本も学んでいないみたいね。同種じゃないと子供はできないの!」そして「或いは、死んだリリルルが、子供を作る役目だったのかもしれないけど……。」
レムリハは、そこまで言ってから、突然、食事の手を止めて目を見開き、。
「 、……、もしかして、犯人が分かったかもしれないわ!」とドヤ顔のレムリハ。
こいつは「何を言ってるのだ?」と俺。
「魔王様を殺害した犯人よ!」 今の俺たちにとって、そこは重要じゃないと思うけど。
「この城の人たちは、犯人の目的が魔王様殺害でリリルルはそれに巻き込まれた、と考えたから分からなかったの。」と名探偵レムリハ。
「でも、目的はリリルルの殺害だった! そう考えれば犯人がだれか分かると言うものよ。」
そして一人でうなずいて、。
「あの嫉妬深い王妃が犯人ね。間違いないわ! 魔王様とリリルルの関係に嫉妬してリリルルを殺害した。 魔王様は、むしろ、それに巻き込まれたのだわ!」
まあ、一応の推理にはなっているけど、。
ラリアルが「リリルルは確かに僕より大人でしたけど、子供作る役目としてはどうでしょう……。」
レムリハは引かずに「そうね。彼女はアルピノ。色素異常で真っ白だった。でも、そういうのも魅力に感じる人はいるわ。 ……、いいえ、むしろ、リリルルと魔王様の関係は重要じゃないかもしれない。王妃の嫉妬心に繋がる何かがありさえすれば動機としては十分なのよ!」
まあ、確かに動機としての可能性はあるが、。だけど、それ以前に……。
俺が「いやいや、。
王妃様が犯人なら、たとえ間違いでも魔王様が巻き込まれるような手段は取らないだろう。」
ラリアルが「僕も、そう思います。王妃様が魔王様に危険が及ぶような事をするとは思えません。」
レムリハは少し無念そうに「……。そう、かしら? 事故はあるものよ。」
そして、午後は俺の魔王様特訓タイム!
レコードの真似をする俺にラリアルがダメ出しする。「まるで威厳がありません!もう一度!」結構、容赦ない。「甘いですね!もっと強い口調で!」あまり説明していないのだが、ラリアルは偽魔王という事の意味を、それなりに理解……誤解?しているらしい。特訓の合間には日記を読んで魔王様の日常を頭に入れる。
しかし、そのぐらいで、なんとかなる物だろうか?
ラリアルは夕方近くまで特訓に付き合ってくれたが、王妃が来る前に帰っていった。
そうして夕方になり、扉がノックされ「わが君。戻りました。エリスです。」
ついに来た! やれる事はやったし、後は運まかせだ!