魔王様というハイリクスな職業について
頭が痛い。いや、頭だけじゃなく体中が痛い。そして、ものすごく寒い。寒くて全身が震えている。痛い頭で思い出そうとしたが、仕事をしていて、突然、眠くなった、、、までは覚えているが、その後の記憶が無い。何かの病気なのだろうか。横になっているようだが、病院のベッドとか?
寒くて死にそうだと思ったが、、急に胸のあたりが暖かくなった。そして、そこから暖かさが全身に広がっていく。何が、どうなっているのだ? 確かめようと、なんとか目を開けたが……。
異様な光景しか見えない。天井には、見たことも無いような装飾。お寺か何か?
そして、俺の体には何本もの針が刺さっている。おかげで、ろくに動く事もできない。
暖かいと思った胸のあたりに誰かの手があった。あまり大きな手では無い。それにしても人の手とは、こんなに暖かい物だったろうか? しかも、その暖かさが全身に広がっていく。どういう事?
腕にそって視線を上げると、俺の胸に手を置いているのは丸いメガネをかけた少年・・、いや小柄な若い女性だった。フードのついた灰色の、全身を覆うゆったりとした服を着ている。どうみても医者や看護士……という感じでは無い。修道女? 天井もそうだけど、宗教的な感じがする。どこかの如何わしい宗教団体にでも拉致されたのか?
メガネの女性の視線が動いて俺と目があった。一瞬、驚いたような表情を浮かべ、そして、安堵したような表情。俺が目覚めたのが嬉しい?
彼女は、振り返ると大きな声で「せ、成功です! 魔王様! 魔王様を黄泉の国から呼び戻しました!」。今にも裏返りそうな声で叫ぶ。何かにおびえている?
俺は寝ているので良く見えないが部屋には他にも人がいるらしく、彼女の大きな声に呼応して、どよめきが広がった。俺の足元の方だろう。
しかし、魔王様とは中二病過ぎるなぁ。それでなくても頭が痛いのだから、妙なことを大きな声で言わないで欲しい。
叫んだあと、眼鏡の女性は、俺に刺さっている針を一本づつ外し始めた。抜くたびに少し痛い。そして、外しながら、さりげなく俺の耳元で「ごめんなさい。あなたが魔王様で無い事は分かっています。」そりゃぁそうだ。そしてさらに「ですが魔王様のふりをしてください。お願いします! あなたが魔王様で無いと分かったら殺されます! あなたも私も……。」その声も恐怖で少し震えている。
だいたい分かったぞ。何処かのキチガイ、カルト宗教集団に拉致されて、その儀式に付き合わされているのだろう。それにしても、殺されると言うのは尋常じゃない。そんなカルト宗教集団が日本にあっただろうか?
それでも彼女の態度から恐怖が伝わってくる。危険を避けるために、今は彼女に合わせて、この儀式を終わらせるべきだろう。俺は小さい声で「分かった。だが、魔王様のフリと言われても、。どうすれば良いのだ?」
俺の問いに「そうですね。『自分の部屋で休みたい』とだけ言ってください。できるだけ尊大に。」 なるほど。それで、この儀式から逃げる事ができると言うわけか。俺は小さくうなずいた。
針を外してもらったので体を動かす事が出来るようになった。俺はベッドの上で上半身を起こして……
冗談だろ!?!? 目の前の光景に思わずベッドの上で後ずさってしまった。
部屋には明らかに人間で無い者たちが並んでいる。ほとんどが獣、いや、伝説の悪魔のような姿の者ばかり。特殊メイク? 被り物? それにしては出来過ぎだ!
ドラゴン風の頭の人間なんか、少し開けた口の中のキバまで完全にそれになってる!
眼鏡の女性が怖がるのも当然だ! 非現実的!? これは夢なのだろうか?
もしかして、異世界?!?! 俺はニートでも引きこもりでもゲーマーでも無いし、死んだ覚えも無いのだが……
異形の者たちの先頭にいた一人が近づいてきた。ドレスのような服の印象からすると女性なんだと思うが、、だが顔には、まがまがしい文様が浮き出ていて額には角が生えている。そして不気味な赤黒いとがった耳。その悪魔的な女性が俺に向かって「わが君。黄泉の国よりのご帰還、心よりお喜び申し上げます。」そう言いながら頭を下げた。そして、メガネの女性に向かい。「良くやってくれた!大妖狐アービハの弟子レムリハ。アービハが、おまえをして自を超えるとまで言ったのは真実だったようですね。望みの報酬を与えましょう。」メガネっ娘の名前はレムリハらしい。ここにいる獣人や悪魔たちと違って、彼女は唯一、人間だ。お世辞にも色っぽい感じでは無い、と言うか男の子っぽさもあるが、小さい顔にレンズ越しにも分かる大きな目は十分にかわいい。
悪魔女の言葉が終わると、皆の視線が上半身をおこしてベッドに座っている俺に集まった。微妙な沈黙が部屋を満たす。
もしかして俺の言葉を待っている? だが、そうだとして、俺は何を言えば良いのだ?
メガネのレムリハが俺に向かって目くばせしてくる。
そうだった!レムリハが小声で言っていた言葉を。
なんとか口を開いて「わ、わたし、。いや、その……。お、俺は、俺様は、、自分の部屋で休みたい!ぞ!?」と言葉にしてみたが、。とても尊大とは言い難い。魔王様、やった事無いし……。
俺の言葉に悪魔女が怪訝な表情で「わが君? 大丈夫でしょうか?」と問いかけてきた。
疑っている? まあ、そうなるよな。
しかし、そう問われても、、大丈夫なわけがないし、。だが、だからと言って、何を言えば良いのだ?
俺が、それ以上の言葉を失っていると、メガネのレムリハが「魔王様の体と魂は、未だ安定しておりません。完全なる復活のため自室にて、さらなる妖術による治療が必要です。」
ありがとう!レムリハ!君だけが頼りだ。
レムリハの言葉に悪魔女は軽くうなずいたが、、。それでも懸念があると見えて、俺に向かい「わが君。私が分かりますか?」
もちろん俺には、まったく分からない! お前は誰だよ!
その魔王様なる存在は彼女を知っていて当然?らしいが。
さて、俺は、なんと答えれば良いのだ? 下手に応えると魔王様でないとバレて殺されるのか?
レムリハは少し離れてしまったから、今更、耳元でささやいてもらう事も出来ない。彼女は、ただ、不安そうに俺を見ているだけ。
とりあえず、何か……。
魔王様という名称と場の雰囲気からして、俺に期待されているのは、この悪魔女の上司、上官、上の立場だと思って間違い無いだろう。こういう場合、社会人的に、当たり障りの無い言葉……と言うと……、部下をほめておけば良い……、かな?
さっきは少しひきつってしまったから、今度は、できるだけ落ち着いて、レムリハに言われた通り尊大に「あ――。おまえは良くやってくれている。」と俺。たぶん、さっきよりはうまく出来た。
幸いな事に、俺の言葉を聞いて悪魔女の顔がやわらいだようだ。そして「わが君から、そのような、お言葉を頂くのは久しぶりです。」少し嬉しそうにも見える。一応、成功?
だが、久しぶり……というのは、まずかったかもしれない。それはつまり、異常な事?
懸念した通り部屋にいた別の悪魔、虎頭の獣人が「おい! そいつは本当に魔王様なのか?」。声からすると、この獣人も女性らしい。頭が大きいので、虎……というより猫にも見えるが、言葉を発するたびに肉食獣特有の鋭い歯が並んだ大きな口がひらく。噛まれたら痛そう、なんてもんじゃない。そして、彼女は明らかに俺を疑っている。
やばい!と思ったが、悪魔女が「無礼ですよ! 四大将軍といえど魔王様への無礼は許しません!」と窘めてくれた。
それでも虎頭は納得していないようで「申し訳ありません。ですが、エリス王妃様! はたして、その者は、本当に魔王様でしょうか? そもそも死者の復活など、、聞いた事が無いのですが・・。或いは、見た目がそっくりの別の人間と入れ替わっていませんか?」
その言葉にエリス王妃も疑問形の視線を、俺とレムリハに向けて来る。
レムリハが「死者の復活は一般には知られていませんが古よりの秘術です。」悪魔女がうなずいて「そうですね。私も、その伝承を聞いた事があります。」 レムリハが「はい。もし、ご不信であれば、魔王様のお体をご確認ください。」 悪魔女がうなずくと俺に近づいてきて「失礼いたします。」。俺は裸と言って良い状態だから、まあ、いろいろ確認できそうだが。そして、「確かに小さい傷の位置まで魔王様ですね。それに、お体を運んで来たのも信用のおける者たちです。」そして、俺を見ながら「ただ、どうも、以前のような覇気が感じられないのですが……。」 レムリハがすかさず「先ほども申し上げた通り、魔王様の心と体は黄泉の国より戻られたばかりで、未だ安定しておりません。ですが、いずれ以前の魔王様に戻りましょう。」
エリスが「分かりました。少し様子をみましょう。我々には魔王様が必要です。」
虎頭はやはり納得していないようで「もし、万一、それでも魔王様と別人だったなら、どうなさるおつもりです?」
問われた悪魔女のエリス王妃は「その時はもっとも残忍な方法で殺すだけです。我々を騙したレムリハ殿、そして大妖狐も共に。」 やっぱり殺されるの!? もっとも残忍な方法って……何?!
レムリハが少し顔を歪め苦しそうに笑う。そして、ふと思いついたように「エリス王妃様。今、大妖狐も共に、と言われたでしょうか? あのジジイ……いやアービハ師匠の行方は分かっているのですか? 」
エリス王妃が「いいえ、未だ分かっておりません。ですが港は抑えていますので魔王国本島から出る事はできないはず。いずれ知れるでしょう。」
良く分からんが俺には関係無い話しだな。
とにかく、俺は、自分の部屋という所に行けばなんとかなる……のかもしれない。少なくともレムリハはそう考えている。
そう思って、もう一度、「とにかく、俺は、自分の部屋で休みたい!」と、言葉に出してみた。いささかアホっぽいが、レムリハの言う魂が安定していない状態なら、これでも良いだろうか。
そう言ってベッドを降りようとする俺に、悪魔女のエリス王妃が甲斐甲斐しくマントをかけてくれた。俺の体は、裸に近い状態だったから暖かいマントはありがたい。王妃と言っていたし、この女性は魔王様の伴侶なのだろう。真っ白い肌に浮き出た禍々(まがまが)しい文様と、鋭くとがった角が恐ろし気だが……、それが無ければ白いドレスに包まれた透き通るように白い肌と、服の上からも分かる、すらりと伸びた足、細い体は魅力的と言えなくも無い。スタイルが良いし言葉にも威圧感があるので大きく見えたが、俺自身が立ち上がってみると彼女の身長は俺よりも低い。いや、そもそも、今の俺はどうなっているのだろう。皆が誤解する程度に外見が魔王様してるのか? なんかこう、異世界転生で俺も悪魔的な外見になっているのかな? 鏡でもあると良いのだけど。そう考えながら自分の手を見たが、以前の俺と同じよう……。やはり単に拉致されただけ?
いや、手の甲にふくらみがあって、皮膚を通して青い何かが入っているのが見える。血管の塊か何か? 両方の手にあるので先天的な物かもしれない。以前の俺には無かった。それはつまり、転生的な感じ? それとも実は寝てる間に埋め込まれた?
他には特に変わった感じはしない。触ったみたが、角や牙は無さそうだ。
レムリハは俺に刺していた針とかの器具を片付けて自分の鞄に詰めている。詰め終わると、その鞄を手に持ち、俺についてこいというような仕草。彼女は王妃に比べるとずっと小柄だ。そして、ここにいる他の者たちよりかわいい。
だが、後ろ向きになったレムリハには、、、。尻尾!? 狐風の尻尾? もしかして彼女も人間では無い?! そう思って良く見るとレムリハのフードの頭の部分に、大きな耳のようなふくらみがある。顔は普通の人間なんだけどね。少し小柄だし、ほんとにかわいいのだが。この場には、他にそういう個性はいないようだし、かわいいは正義と言う格言(かくげん?)もあるぐらいだから、たとえ人間で無くても彼女について行くのは正解なのだろう。・・たぶん。
俺は寝台のかたわらにあったサンダルを履いてレムリハについて歩き始めた。レムリハは、少し足を引き摺っているようにも見える。怪我しているのかな? それでも、レムリハが魔王様の自室という所へ案内してくれる・・と思って良さそうだ。このまま魔王様の部屋に行って、レムリハと二人だけになれば、いろいろと聞けそうだし、この異形のキチガイ集団から逃げる事もできる……のかな?
だが、それが当然であるかのように、エリス王妃も俺たちに付いてくる! 部屋にいた他の者は、一礼して部屋を出て行く俺たちを見送ってくれたが。
エリス王妃がついてきたら逃げられないのじゃないか? それどころかエリス王妃に俺が魔王様じゃないとばれたりしたら、殺される!? もっとも残忍な方法とやらで……
オリンピック四連休で何話か入れてみます。
少しでも需要があると嬉しいのですが・・