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王国物語 砂の国編  作者: 爆風ごりら
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「ああっ、まただ…また居ない!」

砂の国の王居に、悲痛な声が響き渡る。周囲の女官たちは慣れっこで、悲壮な顔であたりを見渡す彼の姿をくすくすと笑ってみていた。彼の名前はムーリアス・サマルカンド。砂の国を守る任を与えられた、血統正しき龍の一族、サマルカンド家の4男坊。金の髪に金の瞳が鮮やかな龍の青年だ。とはいっても男兄弟の末っ子、彼の仕事といえば軍に属して国を守ることでも政に関わることでもない。では何をしているのか?彼としては大変不本意なのだったが、この国の第一皇子のお目付け役を任されていた。しかし、この第一皇子が、ムーリアスにとって非常に鬼門だ。


「アズ様?またユーリ殿下をお探しですか?」

「そうなのです!これから地理のお勉強の時間だというのに…!全く、殿下には次期国王の自覚が本当におありになられるのか、甚だ疑問でございます!」

「そう怒らないであげてくださいまし。殿下はまだ16歳、ヒトでいえば遊びたい盛りの年齢…ただでさえ命儚い種族なのです、たまのサボりくらい見逃してあげても良いではありませんか」

「たまに!?恐れながらヤマ様、この1ヶ月で殿下が城下へ抜け出された回数を覚えておいでですか!42回でございます!1日2回も抜け出されている時さえあるのですよ!」


息巻くムーリアス…アズを優しく宥めるのは、同じ龍の一族であり、現王の側室でもあるヤマ・ラーシャ。緋色の髪に琥珀色の角、燃えるような真紅の瞳を持つそれは美しい龍で、御年743歳。不老は龍の性質であるが、龍から見ても永劫に感じられるような743年を、年若い姿で生き長らえているというのはやはりある種そら恐ろしい。

けれど、穏やかで優しい彼女を慕うものは多く、アズもまた彼女を慕い、彼女もアズを孫のように可愛がっている。アズの言うことなんかいつも聞かないユーリ殿下だって、彼女の言うことには素直に従うことが多いのだ。


「ふふ、でもそんな時のためにあなたはいらっしゃるのではなくて?殿下の御身を守るということは、龍を守るこの国を守ることと同義。お与えいただいた任に優劣はありませんよ、ムーリアス。…ほら、お行きなさい。幸いここ最近は戦も内乱もございませんが、何かあってはいけません。貴方は殿下の教育係ですが、同時に護衛でもあります。お父上から言われていらっしゃるでしょう?」

彼女の言うとおりである。本来なら、目を離した自分も悪いのだ。責められてしかるべきなのに、そうしない王や彼女、穏やかな情勢に甘えていたのは自分なのだ。探しに行こう、いつもの様に。アズは聞こえないくらい小さくため息をついた。

「もちろんでございます…。」


とぼとぼと城門の方へ向かうアズを、にこにことヤマが見送った。



砂の国は砂漠に出来たオアシスを中心に発展した国だ。栄養のある土や海には恵まれなかったものの、湧き出る水のおかげで水不足になることもなく、強い霊脈も通っている。この国に龍が多いのは、その強い霊脈のおかげだ。龍が本来の姿へ戻るのには膨大な魔力が必要だが、この地ならば霊脈から魔力を吸収することが出来る。本来の姿を取り戻した龍のその軍力は、1匹で一個師団を潰すというから、いわば、砂の国は戦闘機の燃料が豊富な国ということになるだろう。この数100年、1度も敵勢力の侵入を許したことがないのも、そういったことが大きな理由だ。

そのおかげで、砂の国の首都は数百年前からその姿を変えていない。白い石灰石の石畳、砂嵐に負けない土壁でできた家屋。あまり高い建物はなく、横に横にと広がっていく傾向がある。大通りには露天が軒を並べ、富める者も貧しいものもみんな一緒くたになってくらしている、ここはそういう国だった。

城門から出ると、どうやら昼の休みの時間が終わったらしく、行商人や学徒がせわしなく行きかっている。城から町の中心部まではそうかからない。白いガラビアの裾を翻し、アズは早足で最も栄える市場へと向かった。


この国の現王、アトラスニーア国王のその息子、名前をユーリロト第一皇子という。項を隠すほどに延びた黒曜石のような髪、インディゴブルーの瞳。ヤマ様に言わせれば、海に似ているらしい。自分は海を見たことがなかったから、分からないけれども。ヒトの年の割には体格が出来上がっていて、好青年の出で立ち。ただ母君譲りの切れ長の目が、妙に取っ付きづらい。

魔術は苦手、学問は普通。決して才能がない訳では無いのに、いつも最後まで努力をなさらないのだ。だからなにも実を結ばない。王宮の近衛兵に学ばれた体術と、抜け出した城下で覚えなさった舞踊だけは1級品だが、それが治世の役に立つだろうか。

「(立つわけがない…!)」

陛下も王妃もヤマ様も、彼に甘過ぎる!この国の将来をもしかして私は背負わされているのでは?よく分からない焦りに苛まれつつ、アズは石畳の上を小走りで進む。

ふと顔を上げると町の中心部から少し外れた広場に、小さな人だかりができていた。弦楽器や太鼓の軽やかな音楽も流れていて、アズの直感がぴん!と音を立てる。あそこに居られるはず!あの方は人目を引くし目立つのがお好きだ。外に脱走されている時は、大抵人だかりを作る。人混みを押しのけて、囲まれている人物を確かめると、案の定そこには探し求めた姿があった。しかし、その服装が朝見たものと全く違う。しかもあれは…

「(なん、な、なんで女物の服をお召し

に…!?)」

何があったのか鮮やかな深い青のサリーを身につけた彼は、もう1人のダンサーの男を相手に踊っている。まるで、誘惑するように絡みつくような視線を投げかけて、体をしならせる。肌を露出しているから、決して女性には見えないけれど、柔軟な筋肉のすべりが異様に蠱惑的だった。ひらひらと青い布が目を誘う。狼のような瞳がそっと伏せられ、憂いを帯びたような表情を形作るのにどこか不快な気分になった。それにしたって大体、皇子にあんな服を着せるのは不敬罪じゃないのか。そしてそれ以上に、媚びるようなその姿に対し、王としての自覚をもってくれと苛立ちが湧く。なにを呆然としてしまっているんだ、こんなの止めさせなければ。そう思った時には遅く、音楽は緩やかに止み、女性の方が男性の方にキスをして舞踏も終わった。…いや待て。キス?いやいやいやいやいや待て。待って。頼むから待って。……今殿下は何をなさった?


「ちょちょ、殿下ッ!!!!!!!!!!!!!!!」


美しい踊りを賞賛する拍手や口笛にかき消されないほどの大声でアズは叫んだ。いやキスって!駄目でしょう!?当然のようになさったから一瞬見てしまったけれど、もし相手が口の中に毒物でも仕込んでいれば?何のために王宮に毒味役がいると思っているんだこの…このバカ皇子は!

声が聞こえたのか、ユーリの青い瞳がアズを捉えた。焦ってくれれば少しでも溜飲が下がるものを、何を考えているのか彼はにやっと笑って近づいてくる。周囲の人だかりがまた殿下とお目付け役様が喧嘩していらっしゃると苦笑しているのを情けなく感じながら、アズは眉を釣り上げる。


「殿下!あなたは一体…一体何をお考えなのですか!午後の学問の時間をぬけだして…いやそんなことより!なんですかその格好!この国を預かる皇子が婦女子の…しかもそんな露出が多い…いやもう言わせないでくださいよ!恥ずかしいと思われないのですか!?いや違う、、そんなことより最後のあれ、あれ…あれ…!!!!!!!!!!!!!!!」

「ああ、キス?」

「あああああああああほんっっっっと貴方は!!!!もし何かあったらどうするんです!」

「あったらどうする?」

「私が責任をもって腹を切りますよ!!」

「ハラキリ…」

「何であんなことしたんですか!毒味役が何故居るかお分かりでしょう!!」

「アズが見てたからだけど」

「もっ、意味がわからない!!!!!!!!!!!!!!!」


頭を抱えると、殿下はけらけらと笑う。この少年はほんとうに、本当に何を考えているのかわからない。私が困るのを見て楽しんでおられるのだろう。けれど、あんまりにも無責任な振る舞いや行動に、けれどその結果得ている国民からの愛情に、何が正しいのか分からなくなってくる。

そうこうしているうちに人だかりは捌け、楽器を引いていた人も殿下に手を振って去っていく。集まるのも早ければ捌けるのも早い。楽しいのも気持ちいいことも大好きだけれど、時間を無駄にしない。それはこの国の国民性だ。なのにほんとこのかたと来たら。


「ま、そんな怒ってちゃ体温上がって暑いだろ。さっき果物もらったからアズにやるよ。毒味して、毒味」

「どっから出したんですかそれ…」

はい、と自然に赤い果実が手渡される。つやつやとしたそれはいかにも熟れ時で美味しそうだ。これは毒味…これは毒味…一口齧る。瞬間、瑞々しい果汁が口の中に広がり、甘く優しい香りが鼻に抜けていく。おいしい、そういえばもう収穫の時期か、と考えて、ふと殿下を見ればなぜか違う果実を齧っていた。


「だから毒味の意味!!!!」

「大丈夫大丈夫。変な味しねーから」

「変な味の毒だったら気付かれちゃって使う意味ないですから…!そんなアホな暗殺者いるわけないでしょう!ああもう、ほんとに貴方という人は!」

「今日も説教が絶好調だな」

「誰のせいだと!!!!」

「おれのせい?」

「そうですよ!」


ついつい声が大きくなってしまうのは私の悪い癖だ。ごほん、と一つ咳払いをして声のボリュームを整える。そんな私を殿下は意地の悪い笑顔で見ていた。


「殿下、そろそろ戻りましょう。前回のように行商の視察などと嘘をつかれて、賭博場に連れていかれては困りますからね」

「まぁだ根に持ってんの?いいだろ、勝ったんだし。…まぁ、今日はお前の顔を立てて帰るか。しないといけない話もあるしな、帰るすがら耳を貸してくれ」

「勝った負けたの話ではありません!どちらにせよ違法スレスレのグレーな賭博場だったんですから…貴方を皇子だと認識していない手合もいたのですよ?何かあってからでは遅いのです」

「何も無いって、何回も言ってるけど。…行こうアズ、」

むくれたように私を置いて、殿下は踵を返した。鮮やかな青いサリーが翻る。

「ところでその…衣装は?お着替えなさらないのですか?」

「ああこれ、返さなきゃなんねーから。このまま帰る」

「返す?誰にお借りしたんです」

「ヤマ」

「…………………」

この国の未来を本気で憂える。

よりによって…いえ、貴方様もそういうところがおありになりますが…体面というものをですね…と心の中のヤマ様に文句をぶつけながら、気持ちを切り替えようと先程から気になっていたことを問うた。


「…ところで、話とはなんですか。こんな往来で?」

「うん。あのさ、俺旅に出るから。アズ、ついてきてくれ」

「………………………………は?」


今この皇子はなんと言ったか。

旅?


「父上の許しも得てる。勿論、お前を連れてゆくことも、だ。期間限定だけどな」

「………………私以外の、供は」

「要らないだろう。旅をするのにお前以外の供が必要か?」

「…それは、要するに外遊という形ではないのですね…?」

「最初からそう言ってるだろ?…楽しみだ、どこに行こう?アズ、お前行きたいところはあるか?俺としては製鉄の盛んな町を見学してみたいなって考えてんだけど……おい、聞いてんのか?」

「いや…えぇ…?なんでそんな、どうして許可が…陛下に何か盛ったのですか…?」

「不敬にも程があるだろ。…そうか、アズは今年で36だよな。それなら知らないだろうけど、この国の皇子は生涯に1度だけ、国を離れることを許される。国民は知らない、まあ箝口令を引いている訳じゃねーから、知っている者がいないわけではない。…俺も幼い頃、よく父上から旅の話を聞かせてもらったもんだ。順番が来たってことだな」

「……っていう嘘」

「じゃない。旅支度をしておいてくれよ」


有り得ない。どうしてこうなった?っていうか何が起こっているのです?混乱と戸惑いでいっぱいいっぱいで、アズはその時、殿下…少年ユーリロトがどんな顔をしていたのか見る余裕なんかなかった。

そしてそれを、狂おしいほど後悔する日が来るなんて、彼はその時、ちっとも思っていなかったのだ。


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