体育祭その2
放課後、応援団が練習をしている中体育館へ向かう。
ドンドンドン―。
近づくにつれ、太鼓の音と応援団の気合の入った声が聴こえてくる。
すげぇな。圧巻だ・・・.
一糸乱れぬ動き、掛け声、それになんともいえない一体感。
そらそうだよな、3ヶ月も前から練習してるんだ。
しばらく見入ってしまった。
『休憩!』
団長らしき人から休憩の合図がでると、応援団のメンバーは水を飲みに出て行った。
「すまん、ちょっといいか?」
水をのんでいる団長に声をかけると―。
「よぉ、遅かったなケイゴ!」
振り向いた団長は、ベシベシと肩を叩きながら笑いかけてきた。
そんなこと俺にできる奴は・・・
「貴樹?なにしてんだお前。」
「なにって〜。応援団の練習だぞ?」
「お前応援団だったのか。」
「おう、一応団長だぞ?敬いたまえチミィ〜」
腰に両手を当ててエッヘンといわんばかりに、いや、口に出しながら胸を張った。
とりあえず、みぞおちに軽く正拳をいれてさしあげる。
(ぐぼほぉぉっ!)
そんなにおなか突き出されたら、殴るしかないじゃん。
「それはしらなかった。実は助っ人として入ることになった。よろしく頼む。」
「あぁ〜聞いてる。ちとばかし大変だが、お前なら大丈夫だろ。よろしくな相棒」
貴樹にはあの程度の突きは効果ないのか。よし、次からもう少し激しく愛情表現してやろう。
「そろそろ休憩も終わるから、皆に紹介するか!」
『集合!』
体育館に貴樹の声が響くと、先ほどまで雑談をしていた応援団のメンバーが走って集合し、団長を中心に円になった。
円になっただけだが、なんかすごい。ビシッっと背筋が通っている。
「事故で抜けた奴の代わりに入ることになった貴柳ケイゴだ。紹介しなくても知ってるだろ?」
俺的には全員初めて見る顔なんだが、皆は違うようだな。
(あの貴柳先輩だ!)(俺の会長を・・・)(かっ、かっこいい!だっ、だいす―)
今なんか変な言葉が聴こえたが・・・?気のせいだといいな・・・。
なにかざわざわした雰囲気で気まずい。
「貴柳です。よろしく。」
やはり、大勢の前というか、初対面の人間は苦手だ。
「口数は少ないけどいい奴だから皆宜しく頼む!じゃあ、皆はさっきの続きから、ケイゴは俺が教える。」
貴樹の解散の合図でそれぞれが別れて練習を始める。
普段はヘラヘラしたように振舞っているが、リーダーシップを発揮しだすと別人のように
うまく集団をまとめあげる。
俺が一番苦手とすることを簡単にしてしまうあたり、はやりすごいと思う。
思うが、褒めてはやらん。なんか褒めるのは癪に障る
「さぁケイゴ君、おにぃさんが手取足取り教えてあげまちゅ(ガツン)―いってぇぇぇ!団長になにしやがる!」
「俺にふざけた口を利くな。それより早く教えろ。」
なにせ時間がない。あの団結感を俺が崩したら申し訳ないだろ。
ブツブツいいながらも演舞の説明に入った貴樹が団長の顔に変わっていて、なんだか頼もしく見えたのは秘密だ。
褒めたらダメになるからなコイツ。
それから夜9時までみっちりと練習をしたおかげで、大体の演舞を覚えることができた。
「えぇ〜じゃあ今日はこれで解散!皆おつかれぃ!」
「「「おつかれっした!」」」
貴樹の号令で皆帰り支度をはじめる。
さぁて、俺も帰るかな。腹減った。
「あの、先輩」
2年の・・・名前なんだったか忘れちまった。
「ん?どうした?」
それに何でニヤついてやがる?
「あの、先輩の奥様がお待ちです。」
ニヤついてる理由を突き止めたぞ?この推理力は名探偵も真っ青だろ。
「あぁ、ありがとう。ただ、奥さんじゃない。」
2年の頭をグリグリし”奥様”とやらの元に急ぐ。
急がないとまた回避不能の核弾頭が飛んでくるからな・・・。
「待たせたな。」
「あっ、ケイちゃん!おつかれさま〜♪」
振り向きながら抱きつきに来たが、ひらりと華麗にかわす。
就職に困ったらどっかで闘牛士になれるな。
「ずっと待ってたのか?」
「うん、夫の帰りを待つのは妻のつとめでしょ?」
この牛しつこいな、まだ抱きつこうとして身をかがめてる。
「妻にした覚えはまだないぞ?それにここは家じゃない。」
次は足にタックルしてきた。ジャンプして交わしながら距離を取る。
「まだってことは将来はしてくれるんだ!」
足へのタックルと思わせて胴体に来た。だがお見通しだ桜子。
これまたさらっとよけながら歩き出す。
これじゃきりがねぇ。
「・・・。かえるぞ。」
「ちょっとまってよ〜!照れるからって避けないでもいいじゃない!」
こいつのポジティブシンキングには敵わない・・・。
帰り道、俺の横には帰宅する夫を待つ妻の心境を熱心に説いてる奴が一人。
俺は脳内で今日覚えた演舞の復習をしているため、話なんて聞いてない。
「だからね!・・・って、話きいてるの〜?」
「あぁ、そうだな。」
適当に相槌を打っていたら、横を歩いていた桜子が急に目の前に出て
「ん?―っ!いららららら!いらい(痛い)!いらいって(痛いって)!」
目一杯頬を摘まれ伸ばされる。
「夫の帰りを待つ妻の心境が分からない子にはお仕置きします!」
「わはった(分かった)!わはったはら、はらひてふへ!(わかったから離してくれ)!」
必死に哀願すると、どうにか離れてくれた。
離しはしてくれたが、ご機嫌は斜めらしい。ほっぺたをぷ〜っと膨らませている。
「そんなに待つのが嫌なら待たなければいいじゃないか」
第一待っても一緒に帰れるのは駅までの10分程度なのだ。
そのために放課後から9時まで待たせるこっちも何か悪い気がする。
「ケイちゃん・・・」
うつむきながら、ボソッっとつぶやく
いかん、言い過ぎたか・・・。
「すまん、その待つなとかそういうことじゃな・・・『ケイちゃん天才!』」
顔を覗き込もうとした刹那、勢いよく桜子の頭が跳ね上がってくる。
―っ!鼻っ柱直撃。
「そうだよ!待つのが嫌なら毎日迎えに行けばいいんだね!ケイちゃんやっぱり天才だよ!」
あぁ〜なんだろう。本当に言い過ぎたみたいだ。
痛む鼻を押さえながら悔やむ
ここは全力で拒否させていただこう。
じゃないと絶対に、百発百中目立ってしまう。
「いや、ダメだ。」
「なんで〜?私に迎えられるの・・・嫌?」
ちょこんと首を傾げながら見上げてくる。
キュン―。
最近このしぐさをされると、こう、胸のおくが締められるというか・・・。
お願いだから上目使いをしないでくれ・・・。心臓に悪い。
「帰るのが遅くなるだろ?お前は女の子なんだから危ない。だからダメだ。」
なるべく優しく語り掛けるように説明する。
「む〜!やだっ!」
やっと元通りになった頬がまた膨らんでいく。
・・・まったく。お前は小学生かよ・・・。
「お前に・・・桜子に何かあったら、その・・・困る。だから、ダメだ。・・・な?」
顔を覗き込み、頭に手を置きながら言ってみるが、ぎこちなさ満載だ。
とはいえ、これで少しでも伝わるなら、しかたがない。
なんだかんだ言っても、俺の彼女なのだ。
いくら唐突で、突拍子もなくて、ガキっぽくても
俺のことを誰よりも想ってくれる子なのだ。
だから、なるべくなら危険な目にあわないでいて欲しい。
「ケイちゃん・・・。わかったよ。そんなに心配してくれてたんだね♪大好きだよ!」
しぶしぶながらも分かってくださった様で・・・。
わがままな姫を持つ家臣って感じだ。
時代劇とかじゃよく見るが、実際この立場になると厄介なもんだな。
まぁ、これで余計に目立つことはどうにかさけられそう―っ!
不意に、桜子が首に手を回してきて、顔をグイッっと引き寄せる。
ドクン―。
2人の時間だけが、周りの時間から遅れ、止まった―。
唇に当たるやわらかくて暖かい感覚。
お互いの鼓動が交じり合い、共鳴している。
桜子の長いまつげと形の整った眉が目の前にある
つやのある髪が甘い香りとともに頬を撫でる。
俺、今・・・キス・・・されてる・・・・?
ドクン―。
「今のは応援団に入ってくれたお礼!じゃあ、また明日ね!」
桜子は首に回した手を解くと、見向きもせず駅のホームに走っていく。
俺はその場に金縛りにあったかのように動けなくなり、町から色が消えていた。
今まで経験したことのない違和感。
誰かに夢といわれればそう信じてしまいそうなほど、
現実味がないようで、
それでいてとてもリアルなもの。
そんな不思議な感覚。
唇ってあんなに柔らかくて、暖かくて・・・
世の中にはあんな感触のものがあるのか・・・。
何分ほど経ったのだろうか、どこかの店のシャッターが降りる音でやっと動けるようになった。
自販機で缶コーヒーを買い
呆然とする頭で考える次の行動を考える。
・・・帰る・・・か。
「・・・ただいま。」
おでこをさすりながらの帰宅となった。
帰り道でもずっとキスのことが頭から離れず、3回も電柱に頭をぶつけてしまった。
「おかえり〜遅かったな?飯は?」
リビングから姉貴の能天気な声が聴こえてきた。
「いらん。風呂入って寝る」
「お前が飯食わないの?珍しいな。なんかあったか?」
「んにゃ、別に。」
会話もそこそこに風呂に入る。
湯船につかると、その暖かさに疲れが溶け出していく。
立ち上る湯気を見ていると、あの時のことが脳裏によみがえってきた。
桜子、いい匂い・・・だった・・・な。
唇にはあのやわらかくて暖かい感覚が残っている。
「ファーストキス。だな。」
つぶやいて、湯船に張られたお湯に頭まで沈める。
どっかの誰かが初恋は甘酸っぱいものだとか言ってたが
少しだけ、ほんの少しだけ、分かった気がした。
4話構成になりそうな予感です(汗
もう少しスマートな文章が書けるように精進しますorz