困惑 魔王。
フィリルもリシリーも時が止まったかのように動かない。いや、動けない。
動けないならまだいい。思考も停止していた。
突然ヌシの口から、この黒い炎は魔王しか使えないと言われて、直ぐに反応出来ようがない。
へ あ まお え?
フィリル『魔王?人間と敵対してる…魔王?そ、それは、僕が魔王ってこと?僕は人間と敵対?』
フィリルの左手の上に出来ていた黒い炎は、ふわーっと消えていて、フィリルが動揺しているのが分かる。
フィリルが動揺するのも仕方ない。世界を旅したいと考えていたのに、人間と敵対している魔族の王といわれたのだ。
正確には、"黒炎"という魔法を使えるのは、魔王ということなのだが…
色々と思考が追いつかないフィリルより先に、リシリーが我に帰りヌシに問う。
リシリー「ま、魔王って…。フィリルは人間だよ?実は人の形をした魔王だってヌシはいうの?!」
ヌシは困ったようにリシリーに向き直り、答える。
ヌシ「いや、違う。フィリルは人間、人の子だ。魔力も人の持つ魔力の質であることは確かだ。だが、フィリルが出した"黒炎"からは、フィリルの魔力とは別に、魔族の、魔王の魔力の質も感じるんだよ。」
リシリーはフィリルを見る。
いまだ戸惑って自身の手を見つめるフィリルの姿がある。
リシリーが今感じているフィリルの魔力に魔族の魔力質は感じられない。
リシリー「フィリル、フィリル‼︎」
リシリーはフィリルに駆け寄り、フィリルを呼ぶ。
フィリル「……。 ッ、あっ、な、なに?」
不安げな、困惑しているフィリルが、近づいてきたリシリーに顔を向ける。
リシリー「フィリル、もう一回、黒い炎、"黒炎"出して!あの魔法に魔族の魔力質があるか、ボクも確かめたい!」
リシリーは、真剣だ。
フィリルはリシリーの思いに応えて、もう一度出してみた。
すると、"黒炎"が現れる。が、両手に出るようしてみても左手にしか現れず、大きさはフィリルの動揺を形にしたかのように、今度はフィリルの拳大の大きさになった。
リシリーはその"黒炎"を見つめた。
リシリー『…た、確かに魔族の魔力質を感じる。コレが魔王のかはボクには分かんないけど…。なんで?』
リシリーが もういいよ と、声をかける前にフィリルの左手にあった"黒炎"はシュっと消え、フィリルは手を下ろし、また手を見つめた。
ヌシ「フィリル、其方が魔王かはまだ分からぬ。もし魔王であるなら、魔族の住む異空間で魔族として生まれるはずだよ。フィリルが人の子であるのは、我らが保証する。」
ヌシは心配そうにフィリルに声をかける。
フィリルはそんなヌシの声に反応し、ヌシを見た。
とても哀しげな、心配そうな顔。
困惑しながらも、フィリルの口が開く
フィリル「ヌシ….、リシリー…。僕、なんなんだろう。人の子でも、人間の敵になっちゃうのかな…。人間と戦いたくないよ…」
フィリルの目には涙が滲んでいた。
『不細工でいい、男として生きる。不幸でもいい、俺として人間の人生をやり直す。』
これが、願いの結果なのだろうか。
人の姿でも、右上半身は黒く、普通ではない。恐らく顔も普通ではないはずだ。
今のところ、人間に悪意は持ってない。故に、出来ることなら、穏やかに旅をして、この新たな人生を送る世界を知りたいと考えている。
フィリルは、どうすべきなのか、判断出来ずにいた。
フィリル「魔王…。ヌシ、魔王って怖い?悪い?200年に1度の人間との戦いをするの?」
目の前が霞む。涙が溜まっていくのがわかる。
ヌシ「フィリル。我が知る魔王は怖いものではない。悪い方でもなかった。それに、200年に1度は、闇の王だよ。魔族は200年という時をかけ、2000年前に封印された魔王を復活させようとしているが、生まれるのは闇に馴染んだ魔力の多く濃い闇の王だけだ。魔王じゃ無い。」
ヌシの答えを聞いても、安堵が頭に胸に、流れ込まない。ヌシを見上げたまま、フィリルは黙り込んでしまう。
リシリー「まずは落ち着いて。なんで魔王しか使えない魔法をフィリルが使えるかなんて、今は分かんないんだから、凄い魔法使えるってとこだけ理解しとこ!ね!」
リシリーが明るく話しかけてる。
ヌシ「リシリーの言うとうりだ。フィリル、"黒炎"は強い魔法だ。燃やしたい対象のみを燃やすことの出来る魔法なんだよ。魔力の量で威力が変わるから、使い慣れることに今は意識を向けてみないか?」
ヌシの声は低くとても優しい。
フィリルはもう一度両手を見た。
何故、左手だけがこの"黒炎"を使えるのだろう。
何故、右上半身は黒く鉄のようなのだろう。
しばし手を見つめながら、考え込み、ヌシとリシリーが不安そうに見つめる中、すくっと顔を上げた。
フィリル「そうだね! これから"黒炎"を上手く使えるように練習する!あと、変化魔法も習得したい!でっかいと便利だし。」
完全に吹っ切れた訳ではない。
だが、答えのない答えを考え続けるのは、得策でない。
自身が魔王であっても、人間と戦わなければいいだけだ。
人間であるなら、なぜ"黒炎"が使えるのか、それを知るのは大きくなってからでもいいはず。
フィリルは、そう整理し、気持ちと思考を落ち着かせ、答えをだした。
「よし!そうとなれば腹ごしらえからだ!!」と意気込み、[ウルフェン]の処理を始めるフィリル。
無理した空元気でなのは、はっきりと分かる。
そんなフィリルを見て、ヌシとリシリーは安堵する。
しかし、ヌシはまだ気になることがあった。
ヌシ「リシリー、すまぬが、まだ気になることがあってな。聞いてもよいか?」
ヌシはフィリルの解体作業を見つめながら、リシリーに問うた。
リシリー「? いいよ?気になるってなにが…あ!」
問われたリシリーは、フィリルから少し距離をとり、応えた途中で何か思い出した可能に大きな声を上げた。
フィリルは作業の手を止めず、耳は2人の会話に傾ける。
ヌシ「[ディビノス]が出たと言っていたね?方角は?」
リシリー「ここからだと西だよ。南には行ってないからね、フィリルには、まだ危ないもん。」
ヌシ「ふむ。ならば不可解だな。[ディビノス]は、南に縄張りを張ってる。縄張り争いに負けて、居場所を探していたにしても、南の区切りから北方面には来ないはず。」
リシリー「[ディビノス]自体、あっちに十頭位しかいないよね?単独種でもそんな狭くないし、目の前にいた時はビックリしたよ!威嚇しても動じながったんだよ?!」
ヌシ「リシリーの威嚇に動じないか….。[ベリシオラス]と[アリイーデ]ならいざ知らず。」
リシリー「うぬぐぐぐぅぅ。ボ、ボクも大きくなって、ヌシみたいに睨んだだけで逃げてくように強くなるもん!」
ヌシ「ふふ、楽しみにしているよ。」
何やら不穏な内容で、後半は楽しそうだな。あと、リシリーは本来、[ディビノス]より強いのか。
フィリルがそんな感想を抱く中、まだ会話は続く。
ヌシ「[ディビノス]が生息区域から外れるとは、南で何かあったのかもしれない。リシリーの威嚇が効かないのも異常だ。」
リシリー「ヌシ、分身使う?」
ヌシ「ああ、そのつもりだよ。密猟者くらいならリシリーに任せられるが、それ以外なら…」
リシリー「分かった!密猟者なら教えて!この森のルールを奴らの命を持って教え込むから。」
物騒。楽しそうな空気から急に物騒になった。特にリシリーの奴らの命を〜がかなり物騒。
なんて思いながら作業を続け、『後で、どれくらいこの森があるのか聞いてみよう。』とフィリルは思った。