異変の原因
フィリルが目覚めてから2年が過ぎた。
日を刻む石はとうに沢山の小さな線で埋まり、森で3番目に大きな大木、ヌシの半分くらいの太さで、薄紫色の栗の花のような花が咲くミンジュの木に刻み始めていた。
中型の魔物[ウルフェン]狩りでの騒動から半年は経っているが、フィリルは迷いの森について未だ聴けていない状況である。
ヌシとリシリーは、南の区切りの調査にかかりっきりで、邪魔をしてはいけないと考え、聞けなかったのだ。
その間、フィリルは変化魔法を習得し、狩りのほとんどを変化した姿での肉弾戦がおもとなり、"黒炎"の習得はあと少しで出来そうというところまできていた。
そんななか、フィリルは今日も狩りを行なっていた。
ドドドドドド。 魔物が何かから逃げている。木々をかき分け、時には自身の持つ角を使い木を押し倒しながら。
ダ、 地面を蹴り眼前の獲物の上に飛ぶ。そして自身の体重と腕の振りかぶりを利用し、勢いをつけた引っ掻き攻撃を繰り出す。
ザシュッ! グオオオオォォォ
獲物の背中が骨ごと裂け、裂けた肉からは血飛沫が勢いよく飛び散る。
獲物は雄叫びを上げ、ドサリ と地面に倒れ込む。 ドズン! 変化姿のフィリルが、獲物の傍に降り立った。
フィリル「はぁー。段々、狩りが楽になってきたな。今じゃ[イーバス]くらい余裕だし。」
[イーバス]とは、牛に似た牛より一回り大きい魔物。気性が荒く、大きな角を使い突進する攻撃が強い。
ガシッ フィリルは獲仕留めた獲物の頭を掴むと拠点に戻るため歩み始めた。
拠点に戻る途中、何やら木々が騒がしい気がした。
フィリルはそのことが気になったが、まずは獲物を拠点に持ち帰らなければ。フィリルは拠点に着くと獲物を放り投げ、すぐさま木々の騒めきだした場所まで走った。
南、ヌシとリシリーが調査している方角。リシリーから、 「危ないから、南に行っちゃダメ!!」 と言われ、ヌシは優しく 「フィリルはまず魔法の練習からだろう。」 と言われて、大人しく言いつけを守ってきたが、コレはあまりにおかしい。
フィリル「木々が騒ぐのが僕に分かるほどのことが、あっちで何かあったんだ。」
好奇心よりも、調査に出ているリシリーが心配で、フィリルは南に脚を進めた。
かなり走った感覚がある。南に向かい始めたのは昼頃であったのに、今は日が沈み、夜になっている。
辺りは暗く、獣の夜目が使えて無ければ、転んだり木々に当たったりで身体中傷だらけだが、フィリルは変化した際に夜目を習得しているため、上手く木々を避けて走っていた。
フィリル『騒めきが強くなった。もう直ぐかな。』
そう思い、走る速度を下げ始めた時、
ブンッ フィリルの目の前に閃光がはしる。
フィリルは咄嗟に閃光の角度から右下に避け、さらに右方向に飛ぶ。
バキャァァ! ギギギギギ、ダァーーン。
閃光は、フィリルが先程まで居た近くの大きな木を切り裂き、倒した。
フィリルはすぐさま閃光がきた方向を向く。そこには、人の様な姿のものが2人、その2人に対峙する様にリシリーが居た。
そこからどの位だろうか、広い範囲。円形に周囲にあったであろう草木が薙ぎ倒され、見通しが良くなっている。 下手に動けばリシリーが危なくなるかも知れないと、フィリルはリシリーが対峙している相手に気づかれ無い様、今いる草木に身を潜め、息を殺す。
???「ちっ、避けんなよ小虫。」
面倒くさそうに、浅黒い肌で人の様な見た目のされど、頭に角が2本生えていて、黒いコウモリの様な翼を持ち、長い爪がある方が言う。
???「あんな小さな生き物に避けられるなんて、アンタ、案外弱いのか?」
続いて発言した方は、蛇の頭で、頭から腰にかけてヒレの様なものが生え、下半身はヤギっぽい姿をしていた。
???「あぁん?喧嘩売ってんのかテメェ!」
翼が生えたヤツが喋る。馬鹿でかい声だ。
フィリルには、2人の会話の内容が理解できた。 どうやら彼らは魔物の言葉を使っているらしい。会話の内容が分かるのは助かる。フィリルは少しほっとしながらも気配を消し、2人とリシリーの動きに集中する。
リシリー「…痴話喧嘩もいいが、主ら何用でここに参った。」
リシリーの顔が見えない角度に居るせいで、フィリルはどんな顔をリシリーがしているか分からないが、いつもと違う口調、それにトーンを下げているので、険しい顔つきだというのは想像出来る。
???「はあぁ?! 誰が痴話喧嘩だ!細切れにすんぞ虫!!」
翼付きが吠える。
???「そう熱り立つな、話ができん。」
蛇頭が翼付きをいなし、リシリーの問いに答えた。
???「半年ほど前からこの森で妙な魔力を感じた。それを調べる為、俺たちが遣わされたのだが。」
???「おい、小虫。この森に何が入った。ヌシは何で動かねぇ。」
翼付きがイライラしながら言う。
リシリーは威嚇しながらも冷静に答える。
リシリー「主らに気を使われる必要は無い。ヌシが動かぬ以上、問題は無いということ。主ら魔族に関係ない。去れ。」
リシリーのいいようにムカついたのか、魔族と呼ばれた翼付きが閃光を放った。が、リシリーは華麗にそれを避ける。
???「ちっ、関係あんだよボケ!その妙な魔力に微かだが魔王の魔力があればな!!」
翼付きは声を荒げ、次の一手を撃とうと構える。
フィリル『魔王の魔力?…異変が起きたのは半年より前だったよな….?』
フィリルが変化し、同時に"黒炎"を出したのは今から7ヶ月前の事。その頃から[ディビノス]が入らない西の区切りにいた。それを考えると、彼らとは別の原因で、[ディビノス]は移動したのだろうか。
フィリルは他の原因を考える。ヌシやリシリーが半年以上かかっても未だ解決していない。
リシリー「魔王の魔力など、この森から出ても何ら不思議ではなかろう。迷いの森は魔王が封印されし場所。大地や木々をつたい、微量ながら漏れ出てもおかしくはない。」
フィリル『ふーん。魔王ってこの森で封印されたんだ………。 フェ?!』
フィリルは唐突に出た新たな情報に1人で混乱する中、魔族とリシリーの会話は続く。
???「これ迄は微量ながら、一定を保ってた。しかし、魔王の魔力質をこれ迄より多く感知しているらしい。」
蛇頭はリシリーに対して言う。
???「こっちとら、魔王復活に馬鹿みてぇに時間かけて来てんだ!それに城には『タマゴ』がある。 っつーのにこっちに魔王の魔力だぁ?!ふざけてんじゃねぇよ!!」
翼付きは言い終わると同時にまた閃光を繰り出す。リシリーは避けたが、翼付きは放ったと同時にリシリーに飛び掛かっていた。
空中で何とか交わしたものの、翼付きの動きは止まらず、あまり距離を取らず閃光を避けたせいでリシリーが咄嗟に物理攻撃の盾魔法を繰り出すが、翼付きは口から何か吐こうとしていた。
フィリル『ッチ』
フィリルはリシリーを守る為、"黒炎"を翼付きに向かって地面伝いに這わせるよう放つ。
???「!!!」
しかし 翼付きは吐くのをやめ、後ろに飛び"黒炎"を回避した。
???「そこに居んのは誰だ!!」
翼付きはフィリルのいる方向へ怒鳴る。フィリルは変化した姿のまま、リシリーの元まで飛び魔族の2人の前に姿のを現した。
リシリー「フィリル⁈」
リシリーはフィリルがこの場に居ることに驚いた。
フィリル「ゴメン。木が煩かったから気になって…」
翼付きと蛇頭はフィリルの姿を見て息を呑む。闇を纏う其の姿は、とてつもない圧を放ち、異様でないものを2人は感じ取ったのだ。
???「何なんだよてめぇ………」
???「先ほどの"黒炎"は、アンタが放ったのか…?」
禍々しい魔力に圧倒されながらも、何とか言葉を紡ぎ、問いかける。
フィリル「ああ、僕が放った。で?いつまで居るつもりだ?魔王の魔力の出所は今、目の前に居る。分かっただろ?」
フィリルは、これ以上攻撃されないよいにと、魔力の圧を上げつつ2人に言う。
???「っく、コイツが魔王だってか?ざけんな!何もんだてめぇ!!」
翼付きは圧に押されながら、フィリルにかみつく。
???「馬鹿か?!"黒炎"を使えるのは魔王しか居ない!無礼をはたらくな!!」
蛇頭は、慌てて翼付きをいなすが、翼付きはフィリルを睨み、威嚇し続ける。
???「なら今城にある 『タマゴ』はなんだってんだよ?!」
翼付きが言う。蛇頭はその言葉にたじろぐ。事実、魔族が拠点にしている異空間の城には、魔王或いは闇の王の生まれる『タマゴ』が有る。タマゴからはまだどちらも生まれておらず、『タマゴ』無しに魔王が他の形で復活する事はないのだ。
蛇頭が、それでも翼付きを落ち着かせようと言葉を選ぶ中、フィリルが先に動いた。
フィリル「僕は、多分魔王じゃない。」
そう言って、フィリルは変化魔法を解き、人の姿に戻った。
フィリルの、人の姿を見て、魔族の2人はまた言葉を詰まらせる。先程の姿からは確かに魔王の魔力を感じた。しかし、それとは別に人間の魔力も感じていた。故に、納得した部分も有るが、今 人間の魔力しか感じない人間の子供に、何故、魔王の魔力を感じたのか。
???「…てめぇ、どんな手品使いやがった。」
翼付きは顔をしかめる。
???「………。」
蛇頭は何やら考え込んでいる。
リシリー「フィリル、アイツらは魔族だよ?!危ないから下がって!!」
フィリルにリシリーは訴えかけるが、フィリルは頭を横に振り、動かない。
フィリル「手品…が有るのかは知らないけど、僕は特別何かしたわけじゃ無いよ。ただ、変化魔法を解いただけだし、"黒炎"も突然使える様になっただけ。こっちが色々知りたい状況なんだから…」
何の感情ものせないように、フィリルは言葉を2人に向けて言う。
フッ っと、翼付きの姿が消えた。
フィリル『?!消え…?!!』
フィリルが気づいた時には、翼付きはフィリルの真後ろに移動した後で、離れようとした時には翼付きの右腕に捕まれ、動けなくなった。
フィリル、リシリー「!!」
???「おい、動くな。ジッとしてろチビ。」
翼付きはジッとフィリルの顔を見つめる。フィリルを助けようとリシリーが翼付きに魔法を放とうとすると、未だその場から動いていない蛇頭が言う。
???「止めておけ、アンタよりソイツの方が上だ。」
その言葉にフィリルがリシリーに言う。
フィリル「リシリー、今は殺気立って無いし大丈夫だよ。」
リシリー『バカか!相手は魔族だっての!』
リシリーは心の中で叫んだ。
???『この目の色…間違いねぇ。伝承に聞く魔王特有の目の色だ。何で人間に……。コイツのこの顔…いや、魔物の言葉を話してる事自体おかしいな。』
翼付きはフィリルの顔をしかめっ面で見た後、フィリルに切り出した。
???「チビ。顔の右半分はどうした。生まれつきか?」
フィリルはこの問いに答えあぐねる。自身の顔を未だ見ていなかったのだ。ほけーっとした顔をしていると、知らないようだと判断したのか、翼付きは大きなため息をついて蛇頭に話しかけた。
???「ギリル、コイツ魔王の目の色してやがる。」
ギリルと呼ばれた蛇頭は、かなり驚いた様子だったが、すぐさま何か考えだし
ギリル「ルカイン。俺たちではその人間の子をどうしようも出来ん。一度城に戻って、四柱斎のユーバッハ様に伺ってみるか?」
ルカインと呼んだ翼付きに尋ねた。
ルカイン(翼付き)は、あからさまに嫌な顔をし、言う。
ルカイン「ユーバッハ?アイツより、アスラスのほーが良くね?」
ギリルはその言葉に溜息を付き、 それはアンタがユーバッハ様を嫌ってるからだろ と呟く。
フィリル「んーん。」
ルカインの片腕で小脇に抱えられている状態のフィリルがもぞもぞと身動きを取る。
ルカイン「あ?ジッとしてろっての。」
ルカインにぎゅっと力を入れられて、フィリルはしゅんっとなった。が、こうルカインに切り出す。
フィリル「僕、ヌシのとこでお世話になっているんです。それじゃ駄目なんですか?」
威圧する必要がなくなり、フィリルは敬語で話しかけた。
ルカインは、敬語になったフィリルに少しばかり驚きつつも 言った。
ルカイン「お前、ヌシんとこで世話になってたのか。だからヌシは動かなかった訳な。だが魔王関係はなー。……ギリル、戻んか。で、報告はアスラスな。」
ギリル「はぁ、分かった。アスラス様も四柱斎で有るし、問題なかろう。」
ルカインとギリルは、どうやら戻るらしい。余計に降ろせとフィリルがバタバタと手足をバタつかせる。
ルカイン「あー、ガキ。お前ヌシに鏡出してもらえ。水と光属性は鏡替わりの魔法だせんだ。自分でちゃんと顔見たほうが良いぞ。」
この言葉にフィリルは動きを止める。
フィリル『そんな事、聞いたことない。』
そう思い、視線をリシリーに向け、ジーッと見る。リシリーは何やら後ろ暗いのか、ゆっくりと顔を背けた。
ルカイン「はっ。情けねぇーな。自分の姿がどんなかは知っとかなきゃなんねーだろっ、」
ダァァァァァン 何かがルカイン、リシリーの後方に落ちてきた。
ルカインとリシリーは それ から距離を取った。ルカイン、ギリル、リシリー、フィリルの目の前には、二階建ての一軒家程巨大な豚に似た魔物が居た。
ルカイン「なんだよコイツ。[ビッグツィ]だよな…」
[ビッグツィ] 豚に似ているが、鼻の頭に小さな角が有り、体は毛で覆われ、耳が4つ有る。4人の前に居るのは、確かに[ビッグツィ]という魔物だ。だが、大きさが違う。本来は大きな豚位のが一般的だ。二階建ての一軒家位の巨体は有り得ないのだ。
それに、この[ビッグツィ]らしき魔物は、腐乱している。悪臭が酷く、リシリーは少しずつ後退している。
リシリー「こんな時に現れなくても…」
リシリーの呟きにフィリルが聞く。
フィリル「南の異変って、コレが原因だったりする?」
リシリーは悪臭に耐えながら話す。
リシリー「う、ん。 コイツ遺跡に居たんだよ。でも、ドラゴンでも無いのに、ゾンビに、なるなんて。」
ゾンビはこの世界に存在する。しかし、それは魔法を使い、わざわざ死体を傀儡として動かしたものの事を言う。
だが例外も有り、ドラゴンという魔物は、死骸となった後、自身の魔力が死骸周辺に残留し、その魔力が死骸に入り込んでゾンビとなる事がある。
ゾンビはこの2択しか無い。故に、目の前のゾンビと化した[ビッグツィ]は誰かにゾンビにされた可能が高いのだ。
フィリルは[ビッグツィ]から視線を逸らさず、ルカインかギリルに問う。
フィリル「まさか…とは思うけど…貴方方がコレを…」
ルカイン「あぁ?! 何疑ってやがる。こんなんする暇ねーし、弱かねぇ!」
[ビッグツィ]を威嚇しつつ、また右腕に力を入れ、フィリルを黙らせた。
ギリル「ルカイン、俺がフィールドを展開する。これ以上森に損壊を出しては、ヌシに殺されるからな。」
ギリルはジリリ、ジリリと[ビッグツィ]と距離を取りながらルカインに告げる。
ルカイン「OK。んじゃ 突進以外してもらうかね。」
ルカインは独言、フィリルを抱えたまま上に飛び上がった。
リシリーはすぐさまこの場に居る、フィリル、ルカイン、ギリル、そして自身に魔法攻撃の盾魔法を唱え、物理攻撃の盾魔法の準備をする。
ルカイン「ナイスフォロー。小虫。」
ゾンビと化した[ビッグツィ]は急に動いたルカインに標的を定めたようで、空中に留まるルカインを睨み、鼻息を荒げた。
ルカイン「そうだ!こっちだ!殺れるもんならやってみろ!クッセー豚野郎!!」
ルカインが大声をあげたのを合図かの如く、[ビッグツィ]は、鼻の頭の角に魔力を貯め出す。
フィリル『へー、この世界にも豚っているんだー。』
フィリルは1人別の事を考えていた。