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#9 後方

 試験場に戻ってみると、量産ラインから出てきた何台か完成したものが総合試験を始めていた。

 こいつらは量産ラインの調子を見るためのサンプルだ。総合試験で出てきたエラー、精度不良、問題点はまず何より量産ラインの問題点である。


 実際には無線機器がまだ付いていないそうだが、代わりの装置を付けて試験は可能だ。無線機器は暗号化システムが後付けで仕様に盛り込まれたせいで遅れていた。


 ロケットランチャーのような円筒から何かが勢いよく火炎の尾を引いて飛び出し、H型1号スーツの正面にぶつかると、またたくまにスーツを火達磨にした。新兵器、ロケット焼夷弾だそうだ。発射時に火を点けてしまうので信管は無く簡素な仕組みだが、その分射程はゼロに近い。

 と、バシュッと勢いよく高圧弁の開く音がして、白い泡が噴き出して瞬く間にスーツを覆い、焼夷弾の炎を消火してしまった。周囲で何枚も写真が撮られ、消火班が安全をまず確かめると試験担当者がスーツに駆け寄る。


 向こうでは、スーツ二体がかりで、スーツの背中に荷物を背負おうとしている。H型1号スーツのアームは人間の腕には程遠く、それ以上に入力チャンネルの数とフィードバック比が足りないせいで、理屈の上で出来る筈の動作もなかなか出来ない。そのため、補助用に幾つかの使用頻度の多いと考えられた動作が最初からアナログ回路に作り込まれている。その確認だ。

 あまりうまくは出来てはいないようだ。少し離れたところに机と試験員がいて、スーツから引き出された機器が机の上にあるのを試験員が少し弄っては手元のクリップボードに何か書き込んでいる。可変抵抗か何かを弄って回路パラメータを調整しているのだろう。


 組立棟の壁に張られた線表の内容は順調に消化されていた。建屋の奥では、耐久試験に供されたらしい機体が分解されれ、細部を点検されている。

 その横では、出来たばかりの組立マニュアルを実地に適用してマニュアルの出来を評価していた。


 俺の仕事として整備マニュアルの作成が廻されてきた。不具合票を洗って対応をまとめて、耐久試験機を解体しているところに言って意見を聞いたり、今機体を弄っている奴らの意見を聞いたりして、対応法をまとめていく。

 部品のうちどれを消耗品や交換機材として指定するか、その辺りは俺の考え一つだった。俺は消耗品指定部品の表を作ると生産計画を立てて生産見込み書を書いた。あとは戦時生産局の仕事だ。

 交換機材も生産見込み書を書く。あとは交換手順書と故障診断マニュアルだ。ここは他の人にも手伝ってもらう。


   ・


 量産準備の終わりと量産の開始の境界は曖昧だった。俺の気力も尽きかけており、この時期は朧とした記憶の中だ。


 残りの初期生産機が量産ラインに乗って組み立てられてゆく。この最初の32機は生産ラインを評価するための機体だ。この32機はこれまでの試験とは違い、その製造品質を評価されることになる。


 品質評価レポートがまとまる前に、機体を受領するために陸軍から搭乗者たちがやってきた。


「とりあえず乗ってみたい。良いか」


 襟章は軍曹か。今は軍の体制が拡張されているから、どのくらい偉いかはあまり分からない。

 

「建屋奥の、青い札が下がっている奴は良い。運用簿に名前と運用時間を書いてくれ。いや、俺が書こう。手伝いも要るだろうし」


「特に手伝いは要らんよ、試験機なら扱ったことがある」


 5機つくった試験機の経験者か。だが量産機は色々と違う。


「機体点検からきちんとやるぞ。ほれ」


 刷りたてのマニュアルを渡す。点検マニュアルと運用マニュアル、故障診断マニュアルを合本したものだ。あと一冊、整備手順書を渡す。重いぞ。

 他の奴らにもマニュアルを渡し、実地に機体点検個所を示す。


 機体点検は思った通り、時間がかかった。


    ・


 連中が実地にスーツの出来を試しているうちに受領文書は出来上がった。正式に受け渡しがされたことを確認すると、連中はそのままスーツで歩いて帰っていった。

 H型1号スーツは一般的な搬送台車に収まらない。ゴリラ型より大きくすることが設計時の要求だったH型1号スーツの、これは問題点だった。

 恐らく敵のゴリラ型は搬送台車にぎりぎり収まるサイズで設計されていた筈だ。こちらは生産されたスーツ全量を運搬できる搬送台車の数は無かったから、これはこれで仕方のない事、割り切るべき事項だった。

 32体のスーツが一列になって遠ざかるのを、俺たちはしばらく眺めていた。


 彼らがその後どうなったのか、戦いの帰結については皆知っての通りだ。


    ・


 彼らがスーツを受領したわずか11日後、東大陸の人口希薄な沿岸部に中央政府の言うところの"平和部隊"が上陸、内陸に向けて電撃的に侵攻を始めた。


 潜水艦からの揚陸と思われるが、今回その規模は桁違いのものだった。ゴリラ型が50機、そして歩兵がおよそ千人。充電器と無線地上局を兼ねてるらしい装置をはしご状に有線で繋いで設置しながら、その設置域を内陸へと延ばすことで兵站線としていた。


 対してこちらは当初敵上陸を把握しておらず、対応は後手後手に廻っていた。


 上陸二日後の夜、地図ではウィリアム渓谷とされている涸れ川で、こちらはようやく敵前衛と接触、交戦にはいった。こちらは配備されたばかりのH型1号スーツを主力として編成された部隊で、その場に敵前衛を釘付けにすることに成功した。


 白いキノコと茶色の繁殖体に彩られた岩場の渓谷で、戦闘は丸一日その場に膠着した。その後敵の増援が到着するにつれて戦況は不利に傾き、夜間のうちに味方部隊は退却した。

 この戦闘でゴリラ型を11機または12機を撃破したが、こちらは16名を失った。


 この一日の間に戦況は大きく変わった。

 まだ評価試験中だった対潜機2機が遥か沖合いの遠洋まで護衛機無しで遠征し、予想された中央大陸からの送電通信の敷設線を発見、これを水雷投下により破壊切断することに成功した。


 核融合炉という究極の電源を擁する中央政府側には、核融合炉からの送電で済むところに発電機を設置する発想は無い。連中は発電機の製造開発にあまり熱心ではなく、すると遠方の東大陸で運用するゴリラ型などのバッテリー駆動機器への給電をどうするのかという問題に対して、送電線を敷設するのではないかという予想が立てられた。

 長距離の送電はそれだけで結構なテクノロジーだ。連中は超電導送電技術を用いていると推測されていたが、どのようなものであれ送電線はその周囲に電場を作り、高性能な磁気検出器を使えば潜水艦と同じくらい見つけるのは容易いだろう。ただ、電流を流さないうちはそれを見つけることは難しい。

 戦闘が激化し送電量が増したことで、対潜機は大洋のど真ん中を一直線に横切る送電線を検出できたのだ。


 ゴリラ型を始めとする敵の上陸部隊への電力供給はすぐに潜水艦からに切り替えられた。しかし潜水艦もバッテリー駆動であり、早晩電力は尽きると思われた。


 翌朝早くこちらの駆潜艇ベルヴァが揚陸地点を強襲、陸揚げされていた物資のうち一部を焼くことに成功した。この中には充電装置が含まれていて、ここで送電線と通信線は切断された。

 すぐに切断された線は繋ぎなおされたが、その機を突いて、増援を得て再編成されたH型スーツ部隊が敵主力と接触、通信帯域不足で動きの鈍いゴリラ型を面白いように撃破していった。この戦闘でスーツの損失は2機、対してゴリラ型の撃破は19機に及んだ。

 ベルヴァは現地を離れて退却する際に敵潜水艦に捕捉されて沈められ、乗組員の全員が死亡した。


 敵の作戦目的は連合首都の強襲にあったものと思われる。ほぼ山岳地帯であるおよそ250kmの距離を数日で踏破して、ソーセージを打ち込んで占領を実現する、これで東大陸の政治指導体制は崩壊して中央政府の下に降らざるを得なくなる。

 ただ、やはり動員兵力が少なすぎた。数倍の兵員と装備が必要だったろう。敵の作戦の失敗は必然だったと言える。


 敵は退却に入った。揚陸地点の外縁に防衛線を敷き、撤収を支援した。

 敵の潜水艦には潜航したまま人員や機材を収容する能力は無いらしく、巨大な姿を二隻、浮上して晒した。

 これは当然、これまでにない好機だった。集中的な艦砲射撃と爆撃を受けて潜水艦のうち一隻が轟沈、もう一隻は収容を中止して潜航、そのまま戦域を離脱した。

 恐らく同型の揚陸潜水艦が数隻、同じ海域に居た筈だが、全部撤退したものと思われた。揚陸地点には敵兵600名近くがそのまま取り残され、彼らは即座に降伏した。


    ・


 我々は敵の作戦を挫き、150名ほどの犠牲で一桁多い敵を退け、600名の捕虜を得た。駆潜艇一隻、23機のH型1号スーツと搭乗者を失ったが、巨大揚陸潜水艦一隻とゴリラ型ほぼ50機すべてを撃破することに成功した。

 これは敵との人口比率からくる人員損失の影響のペナルティよりも大きな戦果だ。


 犠牲は大きかったが、この戦いで政府は、いや俺たち東大陸の人間はみんな、この戦争の究極の勝利を確信したと思う。

 ただ、俺の確信は別の所から来ていた。


 量産準備開始から半年。今や毎日10機づつ、H型1号スーツはロールアウトされてゆく。毎日毎日、ずっと、生産予定を満たすまでずっとだ。

 これが量産の威力だ。数こそが力だ。


 思ったのだが、そもそも量産機とは、この量産設備からポンポン毎日10機出てくる代物のことではなく、量産システムを指すべきなのではないだろうか。

 量産システムを機関砲、量産システムから出てくる生産物を銃弾に例えてみればイメージは掴めると思う。肝心のモノは機関砲のほう、量産システムのほうだ。


 量産機の製造とは、量産システムの構築が工程の99.99パーセントを占める生産工程だ。

 つまり実質、量産機とは量産システムのことなのだ。


     ・

 

 陸軍は当初、毎日受領に来ていたが、やがて週に一度まとめて持っていくようになった。消耗品の要求はすぐに大きくなった。予期せぬ故障や破損も出た。設計変更まで達した不具合が幾つも出て、まとめて量産バッチ2として仕様変更に反映された。


 何か仕様変更するたびに量産委員会と30名ほどの下請け関係者、皆個性の強い技術マネージャたちに説明と調整を繰り返すことになる。この作業は俺の気力をひたすら削っていった。


 生産工場の方で解決できない品質問題が発生したと聞いて駆けつけて見れば、素材材質が素材供給側でこっそり変更されていたというオチだった。これはかなり大きな問題になったそうだが、後のことは良く知らない。

 相変わらず忙しい日々だったが、山は越えたと明らかに感じられた。


 将来の生産計画の話などもぽちぽちと話が入ってくる。

 高性能な新型機を作るためには生産システムを高性能にしなければならない。作るものもはっきりしないうちに、生産システムの高度化にとどまらない再構築の話が進んでいた。

 次世代システムは物理的なボードを使ったカンバンシステムの導入から始まる。開発工数の半分をソフトウェアが占めるようになり、開発体制も全く別物になる。

 プログラマーの養成が既に始まっていたが、これは全く違う養成スタイルをとる必要があるという。幼年学級向けに、教育用ゲーム機械が配布されるとか。なんじゃそりゃ。


 更に将来は、量産という概念も消滅する。生産バッチの数量は事前準備抜きに、任意の規模で実現できるようになる。一つ作るのも一万個作るのも、作り手の手間は同じになる。

 量産向け設計という概念も消え失せる。コンピュータによる設計補助によって、最初から量産向けの設計が出てくるし、規格品を組み立てるだけで製品が完成する。規格品を組み立てた規格品、さらにそれを組み立てた規格品を組み立てるだけでよいのだ。

 これはまだ十分に先の話らしいが、そうか、俺の学んだこともやがて無駄になるのか。


 更に未来では、生産リソースの九割がソフトウェアの生産、いや、制作に充てられるのだという。プログラムやコンテンツ、そしてシステムそのものが制作対象になる。ハードウェアはソフトウェアの目立たない共通プラットフォーム、見えない基礎にまでその意味は後退する。

 ソフトウェアに量産の概念は無い。生産は再び一品づつの制作の時代に逆戻りするのだ。


 この段階の産業世界では、兵器も情報兵器になる。人工狂気(AM)、そんなもの知らなければ良かった。勿論、そんなものが開発される前に、この惑星から戦争は消えている筈だ。


 この辺りの話を俺にしてくれた人によれば、量産という概念は、地球の20世紀半ばから21世紀半ばの生産システムに特有の、過渡的な概念なのだそうだ。


 まぁ、この辺りは多分俺には無縁の話だろう。しばらくすれば俺は斥候隊に戻るのだ。そしてその時は近い。


 そしてようやく、今の仕事の任期の終わりの話が正式にやってきた。ひと区切りついたのだ。

 量産開始から半年。俺にとってのこの戦争は、まずここに終わった。

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