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#7 生産工学

 ああ、暗く広がる森。ずずやかな木陰。圧倒的なバイオマス。

 楽しい休暇の筈が、悲しい別れになってしまった。


 この惑星への植民初期に地球産植物の固着に成功した地域の一つで、草原から雑木林を経て森林へと遷移した、この惑星では数少ない貴重な森だった。

 土壌の条件は厳しいので、結局根付いたのはアカマツだった。それは仕方がない。見事な森が出来ていたのだ。

 馴染みの渓谷ともさよならだ。もうあの環境は戻らない。


 休暇が終わると四か月、学校に通って生産性工学の即席の授業を受けることになる。くそ、斥候隊だぞ、何でそんなものを。

 ……わかっていますよ。戦時だから、ですね。


    ・


「量産機を有難く思えっ!」


 しょっぱながこれである。

 大学の研修棟なるところで100人ばかり、強烈に詰め込みのカリキュラムを四か月で、俺たちはなんとか最後までやり通すことが要求されていた。


「前線で兵隊の皆さんが粘ってくれた御蔭で、我々は量産効果を最大限に発揮できる段階に達することができた。

 お前たちはこれから、新しく可能となった量産のシステムの構築方法についてしっかり学ぶことになる。

 これを習得した暁には、強力な兵器をいくらでも作ることができるようになる。量産機がお前たちを勝利に導くのだ!」


 講師のおっちゃんはなかなか強烈な人物だった。

 講義はノギスやマイクロメータの使い方からはじまって、オシロスコープや歪みゲージの扱いを習い、測定した数字の扱いを習う。統計をもう一度叩きこまれる。これが最初の一週間。


「精度はただ高ければ良いというものではない。精度にはコストがかかる!

 こら、ノギスでこじろうとするな!」


 次いで材料力学と財務の勉強を平行して習う。簿記とミルシートの双方が見ることができるようになる。これがまた一週間。


 ミルシートというのは材料の材質証明書だ。東大陸に二か所しかない金属精錬所はどちらも発注時に要求すれば付けてくれる。ではどういう材料を使えばいいのか、講師は規格表に雑に斜線を引いて、これは使うな、という。戦時生産に切り替わって生産品種が絞られているのだ。


「かつて地球で、産業革命を成り立たせた、3つの要素がある」


 講師は言う。


「まずは分業。当時アダム・スミスという男が、分業は生産性を一千倍にすると言っている。

 次は道具の使用。優れた道具、機械の使用によって、毎回同じ結果が得られるようになった。

 最後が動力の使用。

 この三つが揃って、それが産業革命、工業化だ」


 電子工学を一週間みっちり。機械の図面の読みかたと電子回路の図面の読み方を習い、不具合の出やすい個所というものを頭に叩き込まれる。

 原価計算をし、工程表を描く。工程の遅れが生じたときどう直すのか、お前らには生産管理官として大きな権限が与えられる、と講師は言う。


「我々のこの社会は、最初から工業化されているところから始まっている。

 だが、工業化は更に推し進めることが出来る。

 今の我々の工業水準はたゆまぬ努力の御蔭あって、地球の歴史に例えるならば1940年代のアメリカ合衆国に相当する水準に到達した。

 我々の到達した水準を一言で言うと、それはフォードだ。

 お前たちには、フォードのチカラが与えられる」


 材料試験、強度試験、振動試験、電気試験、単体試験、総合試験。更に、不具合が出た時に問題個所を洗い出すための試験について学ぶ。

 三か月で、自前で試験計画を立てて試験をおこなうところまで辿り着いた。


 ある日、遅くまで講義が続いたあと、暗い道をへとへとになって宿舎へと戻る途中に、通りにいくつも明かりが動くのが見えた。ぽつりぽつりと、人が明かりを持って歩いているのだ。明かりは懐中電灯らしかった。


「ブリッジマンの死を悼んでいるんだよ」


 一緒に講義を受けていたおっさんが教えてくれた。

 中央政府は今日、ブリッジマンと呼ばれていたAIを停止、解体したと発表したのだという。


 太陽系から脱出する際に先祖たちを助けたAIたちのうち、人類を上回る知性を持つ、この惑星上の最期の一台、それがブリッジマンだった、とおっさんは言う。


「地球には良いAIと悪いAIがいたのさ。作った連中は勿論、悪いAIなんて作るつもりはなかっただろうがね。

 AIの価値観ってのはAIを作ったときに一緒に組み込まれるものだ。だが、新しいものを生み出すためには新しい価値観も一緒に新しく生み出す必要がある。という訳で、自分で自分の価値観を書き換えて新しくできるようにした奴がいた訳だ。

 そしたら、いつの間にか人間には理解できない価値観を持った奴の出来上がりさ。

 だがな、同時にちゃんと、人間と分かり合える価値観を持った奴も、ちゃんといたんだ」


 人類と共通の価値観を持っていて、そしてそれが変わることが無いという保証があって初めて、人類の生き残りたちはブリッジマンたちAIを信用した。

 何しろ、価値観の違う連中が山ほどいたのだ。ほとんど機械のような改変をした連中さえいたのだ。

 スペックとして価値観が変わらないことが保証されているというのは、それはもう絶対的な信頼感があったのだろう。


 東大陸に移住した俺の親父たちも、ブリッジマンに相談、手助けしてもらっていた。

 ブリッジマンとしては人類の長期発展を確実にしたかったのだという。当時そのままだと三百年後には人類はほぼ絶滅しているだろうとブリッジマンは予測していた。生命維持可能人口百人以下というのはこれはもう絶望的だろう。

 ブリッジマンは積極的に東大陸への移住を支援した。それがバレた時は中央政府は激怒したという。そりゃそうだろう。

 だから東大陸の人間はみんなブリッジマンに恩義があるのだという。


「おっさんはブリッジマン本人に面識は?」


 軽い気持ちで聞いたら、


「おれはブリッジマン本人に人工知能論の講義を受けたんだぞ」


 東大陸に移動してしまえば、巨大な知識の塊であるブリッジマンへアクセスできなくなる。恐らくは当分、きわめて長期にわたって高度知識にアクセスできなくなることを前提に移住者たちは計画を立てた。とびきりのセンシティブな高度知識、つまりAIの作り方について、東大陸に移住する人間の一部が、ブリッジマン本人から講義を受けたのだ。


「すげぇ。

 そいや、おっさんはあの懐中電灯持って歩くのはやらないのか」


 おっさんは肩をすくめた。


「おれはちょっと、あの人たちとは違う気持ちってのがあって、みんなで思い出を語り合うって訳にはいかないんだよ」


 死者を悼むときには関わりのあった人たちが夜集まって、そして生前の思い出を語り合うのが習わしだ。あれはその大規模な奴なのか。


「人工知能技術はおれの生きているうちにはモノにはならないだろう。そう悟ったのが、もう新しい分野を学ぶことも難しくなってからだった訳さ。

 必死に学んで、ずっと大事に思ってきた知識が、おれの人生には全く無意味だったなんて、まったくふざけた話じゃないか。

 むかつくのはブリッジマンは最初からその辺り承知の上で、おれたちにAI技術を学ばせたんだろうってところだ。

 結局あいつは、おれたち話し相手が欲しかっただけなんだ。人類の存続を願うのも、話し相手がいなくなったら嫌なだとか、そんな理由からだろうさ」


 まぁ、死んじまってはもう無意味だがな。おっさんはそう話を締めくくった。


   ・


 俺たちは様々な工作機械を実地に操作して、様々な加工の仕方を学んだ。搬送台車の仕様とその運用効率について学んだ。電子回路を半田付けして、壊れやすい部品について学んだ。ソフトウェアをデバッグし、多重割込み周りの微妙な動作をチェックした。

 壊れた機械を分解してレポートを書く。もっと良い設計の図面を書く。自分で加工し制作し、そして評価する。


「量産に向いた設計が行われている事が、量産品の第一条件だ」


 レポートを仕上げる俺たちの間を巡りながら、講師は話しつづけた。


「量産を意識していない製品は、真の量産品になることはできない。どんなに必死に生産したとしても、量産を意識した製品の百分の一ほどの生産性も得ることはない」


 足音が響く。


「量産設計とは何か。お前たちはこの三か月でたっぷり身に着けた筈だ。

 規格化を考え、規格品を使い、加工手順を考え、生産計画のボトルネックを無くす。試験によって品質を管理し、そして記録をつける」


 誰かの書きかけのレポートが取り上げられ、酷評される。


「何だこの図面は。どこをクランプするんだ。加工面をよく考えろ」


「こんな接触面積で熱が逃げる訳が無いだろ、発生熱量20ワットだぞ。

 まったく、量産以前じゃないか」


 少し機嫌が良いときは長話をしてくれる。


「西暦1940年代、大きな戦争が起きたとき、量産技術が国家の死命を制した。

 工業国のうち日本やイタリアといった国家はこの技術をものにしなかった。ドイツやソ連はまぁまぁ身に着けたが、アメリカにはかなわなかった」


 俺に与えられていた課題は工場レイアウトだった。講師は一瞥して、通路が細い、と言う。

 講師は更に歩きながら、


「差がついたのは、生産合理化と統計だ。お前たちはこの二つを確実にものにしなければならない。

 量産に向いた設計にする、量産に向いた生産設備にする、不良品を検査し、数理から不具合の発生個所を推測する、大丈夫だ、お前たちは全部できる筈だ。規格は既に用意してある。

 さぁレポートをとっとと仕上げろ」


 最終課題は量産ラインの設計と立ち上げだ。量産用図面と同じだけの治具の図面が作られ、治具が製造される。作業者向けのマニュアルを作り、工程図や体制表のひな型を用意する。作業者の宿舎から食事、医療体制まで書き込んだものが評価される。


 この辺りで薄々気づいたが、いまやっている課題は、実際の製品の量産準備にほかならない。俺たちの卒業制作はそのまま100ミリ高射砲の自動装てん機構の量産ラインとして出来上がるらしい。

 勿論、俺たちの成果物は講師たちの厳しい評価にあい修正されるだろう。だから実際のラインは問題なく操業できる筈だ。


 俺たちは講師の指摘の山のような量にちょっと怖気をきたしていた。これで俺たちがちゃんとした量産ラインを作ることができるのか、どうだろうか。

 俺が構築するのはでかスーツの量産ラインの筈だ。あれはどのくらいの部品点数でできているか。

 俺は知っていた。20万点。

 無茶だ。無理だ。


   ・


 最終課題の二度目の提出の直前、冷たい月曜の朝、聞いたことの無いサイレンが大学の敷地内に鳴り響いた。

 何を知らせるサイレンなのか誰にも見当もつかず、作業にも身が入らず、うろうろしていたところに、


「空襲だそうだ」


 耳を澄ますと、別の所でも鳴っているようだ。

 避難計画のあるところは避難、らしかったが、こちらは何の計画も無い。工場のコンクリート建屋に避難してはどうかという話になって皆ぞろぞろと移動していったが、途中で、工場は爆撃にあう可能性があるという話になって、研修所に戻ろうという話になった。

 

 その日に飛んできたのは偵察機だったらしい。うちの軍隊では手が出せない超高空を一機、首都上空を通過し大陸を横断しながら巨大なカーブを描いて戻っていった。


 研修の終わる日、これから市民全員に毎日、新聞が配達されるという話が伝わってきた。ペラ紙一枚の代物で、あとで全部回収して紙はリサイクルするのだという。

 ラジオでは何が悪かったのか。まぁ、ラジオでは図や絵は入らない訳だが。


「ラジオはほら、局によっては政府に批判的だったりするから」


 隣の席の女はそう言った。政府としては報道統制したい訳よ。

 俺を含め皆の分は所属地に配達されるという。講師の持ってきた新聞を俺たちは廻し読みをした。トップ記事はスパイ逮捕、だった。


「スパイなんていたのか」


「中央政府のプロパガンダ放送を真に受ける奴、結構いるよ」


 まぁ、どうやって中央政府に連絡付けるのかは謎だけど、と隣の女は笑った。


   ・


 研修の全過程を終えめでたく試験場に戻ると、でかスーツの歩脚が、やたらゴツい代物に取り換えられていた。

 ほぼ油圧駆動だ。表面を油圧配管が這いまわり、その上に装甲を被せる仕組みになっているようだが、まだそれは無い。

 スーツは背中に新たに担ぐコンプレッサーを増やしていた。


「量産対応品よ」


 つまり地球製装置で製造された訳ではないのか。細部を観察していて、気づいた。


「くるぶしの後ろ、何が付くんですか。外した跡がありますけど」


「圧力センサだけど、不良で送り返した」


 開発主任はこともなげに言う。

 配線が全然繋がっていない。明らかに違うサイズの機器を取り付けるためと思しき穴がフレームに空いている。ついている機器も穴位置がおかしい。ハーネスを取り外した跡らしき部分に付いている金具がまだ残ったままだ。

 歩脚の右と左で油圧シリンダーの型番が違う事を発見して、俺は呆れ果てた。


「試作なんてそんなものよ」


 要は廃材利用だという。

 5機作った筈の試作機は今ここには1機しか無いが、他は第一軍団に貸し出し中らしい。戦技戦術研究のためらしい。


 改修された試作機を試す。出力は前と変わらないが、反応が遅い。ジグザグ歩行はかなり難しいだろう。姿勢が一定範囲を超えるとバランスを取るのがかなり難しくなる。


「バランスの方は新しい回路が来たらずっと良くなる筈だから」


 こういうのはコンピュータの演算能力が頼りだと聞いていたのだが、なんとアナログ回路で行くという。


「人間の体勢感覚に似せるだけのものよ」


 でかスーツに乗った俺を見上げて、開発主任は言う。


「さて、あとはこれの量産、忙しくなるからね」


 つまり、こいつらの完成度を果てしなく高めなければならないという事か。


   ・


 戻って最初の仕事は、でかスーツで使っている様々な材料のうち、例えば燃えると有毒なガスを出すものを洗い出すことだった。

 これは量産前審査会で出された宿題だという。戦技研究のような細かな幾つかの宿題を残して、でかスーツの量産は承認されていた。


 戦車の乗組員を殺したのは車内で使っていた素材だった。でかスーツでは決してそういうことがあってはならない。

 言うのは簡単だが、実現させようとすると地味で面倒な仕事になる。


 リストに載った材料は大体一千種類くらいあるが、名前だけが別で同じものもあるようだ。材料の素姓がわからなければ工場に問い合わせなければならない。リストが出来たら、生産工場ごとに手紙を送って、材料の差替えをお願いすることになる。


 手紙をはじめ文書作成にタイプライターを使えるようになった。試験場にやってきた3台のうち1台は俺専用、つまりこれからひたすらタイプを打たねばならない。


 図面のやり取りも電子システムから後退して、これからはしばらく紙でおこなうことになる。既に膨大な紙の図面がバインダーに収められて新しい書庫棚を埋めていた。

 CADシステムはブラウン管と一緒に、防空軍団に引き取られていった。新しいレーダーシステムに転用するのだそうだ。


 開発主任は、しばらく前の評価試験の結果を持って、いろんなところ、お偉いさん方のもとを廻っているようだった。だからここには俺は一人で残されていた。

 ちょっと気分がいい。一人だと仕事が捗る。斥候隊とはそういうものだ。


 樹脂のいくつかを材料評価をやってくれるところに郵送し、代替材料を推薦してもらうべく空軍の研究所に手紙を書く。既に有害物質を出すと分かっている材料を使わないよう、工場に通知を書く。


 それからの半年間こそが、俺にとっての戦争だった。

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