表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

#6 試験

 その後数日にわたって、少しづつシナリオを変えて実地検証は繰り返された。

 レーザの命中精度が高すぎるのではないかと文句が出たが、敵の電磁投射砲の性能から考えると、バレル摩耗が小さい状態ではアホみたいに命中精度が高い、少なくとも2キロの距離ではレーザと変わらないと開発主任は言う。


 ではこちらはどうするのかと言うと、最終日に開発主任はちょっとしたデモンストレーションをした。


「開発先で装甲の評価に使っている電磁投射砲を持ってきました。だいたい2メガジュールの出力、据え置きですが、敵火砲の模擬として使っているものです」


 建屋の中に据え付けられている装置を前にして、主任が解説する。

 出力は同じだが、多分敵の五倍は重いという。ぶっといアルミ電線に絡みつく水冷管の辺りだろうと見当はつく。これは重そうだ。

 電線の先には、屋外の台車に乗ったままの二台のガスタービン発電機、でかい奴があった。この装備全重を俺たちのでかスーツに載せるのは無理だ。


 向こうに置かれているのは、でかスーツの腹部装甲の試作品だ。試作B系列だったか。300メートルほど先に晒されている。


 今回の実験に参加した皆がそれを眺めている。その中には少佐と斥候隊司令もいた。斥候隊の開発協力のあれこれで来ているという。


「耳抑えて、ほい」


 轟音と共に砲が作動し、300メートル先で何か細かいものが弾け飛ぶ。


 俺はでかスーツの中でペリスコープからカメラに切り替えて、カメラをズームした。接眼部に小さなつまみがあって、廻すとちゃちなモーター音がする。これは固定焦点の切り替え式にしたほうが良いかもしれない。


 うん。貫通していない。試作Bはホイップルバンパーとセラミック複合装甲の組み合わせで、バンパーになる表面の薄いアルミニウム板と本体の装甲の間には10センチほどの間隔が開けてある。

 敵の電磁投射砲の投射エネルギーは大きく、だが弾体に密度の高い金属を使っていないため、このバンパーで弾体は砕け溶けてしまう。本来ならステンレスよりずっと密度の高い物質を使うものなのだ。


 弾体はそのままバンパーをテイッシュペーパーのように突き破ってくる。しかし先端は潰れ溶けて、装甲までの10センチで弾体はシャワーのように広がる。もはや最初の貫徹力、狭い面積へのエネルギー集中は無い。しかしまだ運動エネルギーは健在だ。

 装甲の後ろには軽量なセラミックタイルが詰め込まれている。運動エネルギーはこの硬いタイルを砕くエネルギーに変換され減衰する、そういう仕組みだ。

 それでも運動エネルギーは殺しきれない。衝撃はでかスーツを激しく押し殴る。大体、搬送台車が時速100kmで突っ込んでくるくらいのエネルギーだ。だが衝撃の鋭いピークは鈍り、残ったものはただの押してくる力に過ぎない。

 問題の一つは、この装甲一式がとにかく分厚いことだった。


 さて、次は俺の出番だ。


「次はこちらの武器を紹介します」


 足元の砲を持ち上げる。クラシックな火薬を使う30mm砲だ。

 30mm砲はでかスーツのアームに固定できるようになっていた。射撃時にはスーツの各関節をロックして衝撃を受け止める。砲にはスーツから動力を貰う油圧駐退機を追加していたが、それでも結構な衝撃になる。

 残念ながら、こいつの与えることのできる運動エネルギーは250キロジュール、敵の八分の一ほどでしかない。


「こっちの音の方が大きいんで。じゃあ、お願い」


 その言葉の末尾にあわせて撃つ。

 わずかに不規則な弾道を描いて弾は飛んでいた。外れる。修正する。二射目、外す。三射目で命中弾を得た。四射目、再び命中。五射目、命中。


 300メートル先の標的、腹部装甲試作Bは真ん中に穴をあけていた。


「要するに、相手より手数を多くすれば良い」


 主任が解説しているが、皆聞こえているかどうか。まだ耳鳴りが消えていない筈だ。


 実際のところ、このデモンストレーションは、インチキだ。

 試作B系列装甲は、一度攻撃を受けた部位の耐久力が極端に落ちる。ホィップルダンパーを破るのは簡単で、そしてダンパーの無い状態では敵の電磁投射砲なら軽々と装甲を貫通させてくるだろう。

 セラミック複合装甲は中のセラミックが砕けてしまえばエネルギー減衰効果を失う。

 このデモンストレーションは、実は俺たちの装甲の弱点を晒していたのだ。


 誰も気が付かなければ良いが。


     ・


 一週間後にまた同様のデモンストレーションを、今度は偉そうな人たち相手に繰り返すことになった。先週に試作30mm火砲で穴をあけた装甲は誇らしげに火砲の脇に並べられていた。今回は火砲側の開発関係者も、装甲の関係者も来ていたらしい。

 こんなに軍事技術者がいたのか。これまで一体どこに隠れていたのか。


「よそから動員してるのよ」


 主任は来賓のお茶を用意しながら、俺の疑問にそう答える。俺は椅子を並べる手を止めずに、話の先を促す。


「ずっと前から民間人材を戦時経済へどう利用するか、プランが作られていてね。材料系とか物性系は根こそぎらしいわね」


 おふくろが物性の研究者をしている。粘性流体の研究、要するに繁殖体のネバネバをパイプラインで移送できないかという結構歴史のある研究だが地味極まりない。

 もしかするとおふくろも動員させられているのかも知れない。


 デモンストレーションが終わり、次は二台目の組み立てに入った。

 微妙な所が色々と違う。こっちのほうが生産型に近いというが、部品の雑さは試作一号と大差無いように見える。一から組み立てて完成にひと月半ほどかかった。


 二台目の全体動作試験が出来るようになった頃、陸軍第一軍団から二台目の装着者が来た。


「引継ぎ、ようくやっといて」


 開発主任の口ぶりから言って。俺はどうやら、前から話のあった研修に出されるらしい。


「幾分かましな棺桶だな」


 第一軍団から来た少尉は、でかスーツを見てそんな感想を漏らした。


 マニュアルも何も無いから、とりあえず動くところを見てもらう。粉砕繁殖体のボックスで出来た障害物をよじ登るところはあまり感心して貰えなかったようだが、方向転換と30mmの指向の素早さには思うところがあるようだ。


「今すぐこいつを基地(ベース)に持っていきたい。これを見れば連中目の色が変わるぞ」


 陸軍の士気は今、どん底にあるらしい。


「11人、11人死んだんだ。

 上は目を剥いて大騒ぎ、下は鬱病棟、実際結構な数の発症があったそうだ」


 少尉が言う。以前噂された大敗か。


「装甲は充分だって話だったんだよ」


 陸軍というのは暇な連中と思われてきた。中央政府とのいざこざは長いこと海軍と空軍の領域だったのだ。

 海軍は陸軍より一桁多い人員を抱えていたし、空軍も千名を超えている。これまでは船を衝突させたり小銃で威嚇したり、領空侵犯して撃ち落としたりと、まだ本格的な戦争ではないという雰囲気の中、最前線で緊張感の中にいたという自負がある。

 そして陸軍にはこれまでそれが無かった。


 上陸し東大陸内地へ浸透を図っている敵を放置するわけにはいかなかった。

 俺が封鎖線に辿り着くころには派遣部隊の編成が始まっていて、連合首都でレポートを書いている事には派遣部隊はニコオンに向けて出発していた。


 ニコオンと連合首都の間は広い荒れ地と山地で隔てられている。戦車は山には入れない。行軍は細い道を進むことになった。

 ニコオンには誰もいなかった。あっけなく確保に成功した派遣部隊は、更に先へ、敵の上陸した海岸へと向かう事になった。


 ニコオン集落から河口までの50キロほどの間は、台地を削った浸食地形だった。特に川沿いは渓谷になっていて幅が狭く、道も川沿いにしか通っていない。

 その道を海岸へと主力、戦車とスーツを着た歩兵と搬送車が進み、渓谷左右の崖の上にはスーツの歩兵が追従していた。つまり、スーツで歩く速度、毎時5キロ程度での進出速度になる。

 50キロの行程なら日没前には河口、つまり敵の揚陸地点を見下ろす位置に進出できる筈だった。


「戦車って奴は150年にわたって陸戦の王者だったんだ。

 戦車というのは硬くて火力がデカい。およそ見積もって敵の火力より硬いとなれば恐れる理由は無い、という話だったんだよ」


 勿論、抵抗なく事が進むとは思ってはいない。渓谷のような狭い地形で戦闘になる事は容易に想定できた。そのために戦車を押し立て、歩兵を随伴させているのだ。


 空に関しては、敵は地対空ミサイルを持っていて、空から近づくことは問題外だった。こちらは防空軍団の500MHz帯の防空レーダーと対空機銃を積んだ搬送車が随伴していた。

 防空レーダーには何も怪しいものは検知されていなかった。俺たちの防空レーダーでは地表の物体はノイズにしか見えない。



 敵のゴリラ3機は待ち伏せしていたらしく、渓谷の上の台地、荒れ地のどこか隠れ場所から現れた。渓谷の上で警戒しながら歩いていたスーツ歩兵が例の電磁投射砲に2分で全滅すると、渓谷の下では大騒ぎになった。

 戦車は増加装甲を付加され、攻撃に耐える筈だった。各車両の間隔は広く取っており、渓谷の広さも、擱座によって閉鎖されるほど狭くなかった。しかし、砲は渓谷の崖の上まで仰角を上げることができなかった。

 この時点で当てにできた火器でもっとも威力があったのが30mm対空機銃だった。


「んで、待ち構えていると、上から火の玉が降ってきた訳さ」


 ロボットアームで放り投げるのも、その制御管制がちゃんとできるなら十分に兵器になる。ゴリラの長い腕が投げてよこした焼夷弾は、狙いたがわず戦車の上に落ち、そして点火した。


「ああ、液体水素をあっためようとしたのか」


「戦車はそんな危ない物つかってないよ。高圧タンクだ」


 やっぱ液体水素は危険だったんだな。くそ。戦車の水素タンクは80メガパスカルといかいうよく分からない圧力で水素を貯蔵しているという。


「タンクは無事だったんだ」


 焼夷弾はガラスのボトルを束ねたもので、どちらかと言うと火炎瓶に近い。中身はメタノールに何か添加してゲル状にした代物、点火には黄燐を使っていた。

 連中がどのようにして、とろみのついたメタノールを生産できたのかは不明だが、まぁ地球製機器で何とかしたのだろう。


 問題はこういうローテク系の技術を敵が使ってきたことで、これは敵が戦争について考え方を大幅に改めた証かも知れなかった。


「問題は人間だ。人間はそんなに強くない。熱にも、ガスにも」


 戦車の上面に落ちた焼夷弾は跳ねて辺りに火のついたゲルを撒き散らし、辺りを即刻火の海にした。

 戦車はこの程度の火では何の影響を受ける事も無く、消火活動を歩兵のかける土砂程度に頼りながら、かまわず行動していた。だが、焼夷弾の熱によって戦車の車内で有毒なガスが発生し、これによって戦車の搭乗員から6名の死傷者を出した。

 高熱で有毒なガスの出る材料を知らずに戦車に使っていたのだ。


 敵に対して僅かなりと有効打を与えたのは30mm対空機銃だけだったという。これは崖の上からゴリラ型のものと思われる破片等が採取されており、当たり所によっていい結果が出せるかもしれない。ただ敵は3機ともそのまま逃げ帰る事に成功している。

 

 2日後、敵の使っているレーダーの5GHz帯の発振が停まっていることがわかり、偵察に飛行機が出された。海岸はもぬけの殻で、敵は既に撤退したあとだった。敵は特殊な潜水艦で揚陸してきたものと推測された。

 敵は、新兵器評価の全ての項目を終えて帰ったものと思われた。


    ・


「じゃあ、そのうち火あぶりにされるのか」


「そうだろうな。焼夷弾に耐えるだけの耐火耐熱性は要求のうちに入っている筈だ」


 俺たちはでかスーツに乗り込むと、互いに評価項目を埋めていった。


 最初はニコオン集落の状況再現からだ。

 俺がゴリラ役で、しかしスーツの代わりにでかスーツがあったら、というifのシチュエーションだ。

 近づいてくるでかスーツは大きく丸見えで標的としても大きい。少尉のでかスーツはあっさりとレーザに捉えられた。

 二度目は射撃戦になったが、俺が命中打を与えるほうが早かった。遮蔽があるのと、30mm砲には弾道のばらつきがある。


 終わると、二人してレポートを書く。手書きだ。開発主任はタイプライターを持って来てくれると約束してくれていたが、まだ先の事らしい。


「でかスーツの装甲って、あの程度って評価なんですか」


 疑問を開発主任にぶつけた。


「あれで充分なんだよ」


 陸軍の戦略を考えている頭のいい連中は、2メガジュールの砲撃を一撃でも耐える個人兵装を揃えれば、勝ち目はあると踏んでいるという。


 磁気テープに記録された試験時のデータをオシロスコープで読み出して、数値を書き出す。電圧電流のディジタル変換器はまだ生産できていない。グラフも幾つか書く。

 少尉はレポートを、戦技戦術の研究が重要であると締めた。俺は、真っすぐ突っ込んで勝てるまで装甲を盛るべきだと書いた。


   ・


 こういう仕事がひととおり終わると、どうやら開発はこのまま進めて良いという話になったらしい。

 一応動いているから既に出来た気になっていたが、実際には歩脚を始め大半の要素がまだ開発中、今はまだ概念実証のフェーズに過ぎない。


 機構と電装それぞれの技術者がやってきて、これから試作機の面倒は彼らが見てくれることになった。試作機はあと3機は増えるらしい。

 少尉とはしばしお別れだ。俺は例の生産工学の研修に行かねばならないが、その前に俺も少尉も休暇が数日貰える。


「どっか遊びにでも行くのか」


 そう声をかけると、怒られた。


「お前ら斥候隊と一緒にするな。結婚してんだよ」


 なんと。軍みたいな不人気職で結婚してるなんて。しかも陸軍。

 俺たちの社会は技術職の需要が高すぎるのと技術革新の頻度が早すぎることもあって、五年働いたら二年学校で新しいことを学ぶ、みたいな暮らしをしている。

 そういう暮らしをしている連中からすると軍勤務は社会から外れた感覚が強い。


 その中でも群を抜いて浮世離れしているとよく言われるのが斥候隊だ。


 普段の仕事はと言うと荒れ地をひたすら歩いてまわること。ほとんどの場合単独行動で、迷子探索や人命救助に駆り出される場合を除けば、ひたすら野外生活するだけの生活だ。

 まぁ、それが良いのだが。


 斥候隊の業務には、目まぐるしく移り変わる技術革新はほとんど入り込んでこない。10年後には時代遅れになると分かっている技能習熟に必死になることもない。

 装具は年々少しづつ良くなってきてはいる。屋外用品の開発製造は斥候隊OBが一手に引き受けており、除隊後の就職先として人気がある。しかし、木炭バーナの鉄板の材質が少し良くなるとか、ザイルの品質が良くなるとか、大抵はその程度のもので、屋外生活を乱すものでは無い。


 という訳で、久しぶりに独りで北の山脈の森を満喫するつもりだったのだが、首都に出てきて愕然とした。

 いつのまにか、首都周辺に植林されていた豊かな森が、消えている。


「紙にするんだとさ」


 屋外用品を製造販売する斥候隊OBの店は首都の郊外にある。消耗品を買い出しに行った俺はそこで森が消えた訳を知った。


「戦時だからな。大量の文書の需要があるんだと」


 北の山脈の森も伐採予定だという。


「二次予定地域に入っていたな。来月にもやられちまう。今のうちに行けるなら行っとけ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ