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#5 試作

 そんなこんなで平和裡に始まった開発生活だったが、先に大まかな必要な部品リストを作って発注してしまうと、しばらくは暇になることがわかった。納期が遅い部品が多いのだ。

 部品が揃わなければ完成はしない。つまりそれまでは急いでも無駄だ。


 難しい設計の計算、例えばモータ出力と発熱だとか、電力消費だとか、トルクバランスだとか、そういうものは全て開発主任の担当、俺はそれ以外の細々という雑務という分担だったが、雑務はまだ暇なはずの今ですら多い。

 俺は管理というやっかいな業務を任せられたことに、しばらくして気が付いた。


 開発主任の描いた構造部品の図面をチェックする。技術革新の速さは工作機械にも及んでいて、各工場で受け入れる工作難度というのが指定されているから、図面の工作難度が加工先で可能かどうか確かめるのだ。

 もっとも、加工先の工場でも図面はチェックするので、俺に見落としがあっても問題にはならない。でも、図面を突っ返される手間は減らせるし、単なる記号の書き直しとか数字の書き直しとか、俺にもできる訂正は結構多い。図面の規格も、ものすごい勢いで変わっていた。


 一つわりと複雑な形状の部品があって、これで正しいか問い合わせがあったので、首都まで出かけて仮想現実(VR)スタジオで実寸法を確かめた。こういう地球産の高度機材もあるところにはある。普段はほかの設計確認で忙しい設備なのだが、発注時期が厳しかったので輸送船設計のほうから時間を少し融通してもらった。こういう交渉では主任の顔の広さが効く。


 でかスーツ、というのはどちらが言い出したのかよく覚えていない。


 届いた部品から組み立てて、試験を始める。

 "でかスーツ"は大きいので、目視による全身点検は難しい。従ってマイクロプロセッサによる自己診断システムを組み込むことになった。マイクロプロセッサは例の2MHzでしか動かない代物だったが、ようやくエンジニアリングサンプルじゃない量産品が出回り始めたようだった。


 マイクロプロセッサ用のソフトウェアの開発環境は最初はアセンブラしか無かったが、一か月もするとちゃんとしたプログラミング言語が開発されて供給されてきた。肝心のプログラムだが、センサの値が一定値内にあれば問題無しとしよう。それ以上はこのマイコンでは無理だ。


 最大の部品の一つである歩脚はわりと早くに届いた。

 歩脚は特別な部品だ。今の俺たちの技術水準から遠くかけ離れたハイテク製品、機械の足は東大陸でも少数だが生産することができた。生産する機械を持ってきたからだ。


 俺たちの親やじいさんたちは、東大陸の陸地のほぼ半分を占める山地を利用可能にする歩脚を重要だと考えて、それで地球製の生産装置を東大陸まで運んできた。

 車両では入れない山地も、人間の足のように歩き、登攀する歩脚なら、機械による移動、運搬が可能になる。

 人の手を入れなければ人間に優しい環境になることはないこの惑星では、山地こそモノを持ち込む必要がたっぷりあったのだ。


 計算違いは、その機械が歩脚しか作らないことにあった。


 その機械はきれいな細長い箱で、箱に収まる物しかつくれない。

 箱には専用のAIが搭載されており、対話式に望みの歩脚をつくることができた。つまり歩脚しか作れない。

 このAIを迂回する方法が無いものか何度も試されたが、AIの能力を損なわずに行う方法は無く、強行してもAIの補助によるアクチュエータの作り込みなどの能力は失われるとあっては、強行する理由も無かった。


 機械の微細なビームイメージャーは、その細いビームのつくる近接場トラップをピンセットのように使いながら、オングストローム精度で原材料ペーストから望みの原子を掴んで組み立てていく。


 歩脚のチタン製フレームを一体成型しながら、内部にリニアアクチュエータ用のマイクロ波回路を同時に印刷してしまう。配線も配管もチタンのフレームの中に作り込まれてしまう。

 自己診断ハードウェアを取り付ける指示のある穴もあるが、そういう穴はパテで丁寧に埋めるしかない。配線というのは滑らかなマイクロ波の導波管で、電力も信号もマイクロ波で送る仕組みだった。だが今の俺達にはマイクロ波はまだ手の届かない技術だ。


 製造にかかる時間、つまり生産数は歩脚の大きさで差が出た。人間が着る動力補助スーツ用だと8時間、これがでかスーツ用だと丸3日になる。しかも2本要るから一体作るのに倍の時間がかかる。ひと月で5体分しか生産できないなら、こいつは俺たちの役には立たない。歩兵全員分のでかスーツを揃えるのに10年以上かかってしまう。


 歩脚は便利な機構部品だったが量産はきかない。


「そう、量産機にはこいつは使えないわよ」


 梱包を解きながら主任は言う。しかし、今作っている奴にはこれを組み込むんですよね。

 じゃあ、こいつ同等品をどうにかして自力開発するんですか。しかも量産できるものを。そりゃ無茶だ。


「よそで開発してるから心配はいらないわよ。開発に失敗しても、まぁこれで少数は作れる訳だし」


 同等品って、全く違うものを使ってちゃ参考にならないのでは?


「コンセプトの実証と設計パラメータの検証がこいつの目的。だから検証すべきパラメータが合っていれば何でもいいのよ」


 しかし、量産機って、いったい幾つ造るつもりなのだろうか。

 陸軍とその歩兵部隊はこれから大幅に拡張される筈だった。でかスーツはそれに合わせて生産されなければならない。


「たくさんよ、たくさん。なにせ、戦時下だからね」


   ・


 戦時下というのは、この開発現場に寝起きしている分にはピンとこなかったが、荷物運搬の手伝いや買い出しの手伝いなどで連合首都に出ると、嫌が応にもその変化には気づかずにはいられなかった。

 まずでかでかと張り出されるスローガン。


「防衛意識を高めよう」


「勝てば生産再編は終わる」


「故郷防衛に志願しよう」


「趣味を戦時増産に割り当てよう」


 最後の奴は週24時間労働、24時間学習の他の時間帯も労働して欲しいという奴だ。まさか、戦時体制で痩せた経済を時間外の個人生産が支えているのをご存知ないのだろうか。


 商店からは商品の種類が減った。生産統合と言う奴らしい。一部必需品は配給制に切り替えられるという噂があり、買い占められたらしき棚の空きが目立つ。


 避難指定所と書かれた看板が立っているのを目にするようになった。航空攻撃されたときには急いでこういう所に逃げ込むのだそうだ。


 シャッターを降ろして閉めてしまっている店が多い。生産転換に従って海沿いの造船所へ行っている人も多いと聞いたが、その影響か。


 遠くをゆっくりと、長大な貨物列車が走ってゆく。


 戦争そのものはまだ小競り合いの段階だったが、敵の後方では巨大な物資集積が出来ているという。いずれ本格的な侵攻があるのはほぼ確定した話だった。


     ・


 開発現場では、いざ脱出するときに背部装甲板をガスカートリッジで吹き飛ばす、その試験に明け暮れていた。

 装甲板が変形するとうまく吹き飛ばない問題を解決するために、背部装甲そのものを二層化した。内側の第二層が大きく変形すると脱出は難しいが、たぶんそんな状況では内部の人間は死んでいる筈だ。


 同時に正面装甲も仕上がって、外見だけはそれらしいものが出来上がってきた。


 でかスーツには腕っぽいものも付いていた。役目は二つ。銃などの火器の取り付けと指向のため、それと他人のでかスーツの面倒をみてやるため。

 但し、肘に当たる部分は無く、手首から先も無い。代わりにバヨネットマウントと呼ばれるねじ込み式の結合装置と、鉤爪がついていた。これで一体どうしろと。

 バヨネットマウントに装具の取り付け方式はほぼ統一されるらしい。鉤爪はロープで縛るようなやりくちにも対応できるよう、という要望からだとか。


 地球製機械が作るロボットアームみたいな、指の付いた手先が欲しいところだったが、そんな複雑な機械の量産は無理だ。まぁ、いざとなれば自分の手で色々やることになるだろう。


 アームの操作には慣れが要る。操作用の3軸ティーチングフレームには反力のフィードバックがあったが、反力も入力も、アームの動作は十倍近くに増幅される。つまり、ちょっと動かすだけで良いという事だが、操作がすごく細かいという事でもある。少なくとも自分の腕代わりには程遠い。


 脚の操作もマスタースレイブではなくペダル式だ。ペダルの反力もフィードバックされてくるが、このペダルのフィードバック比も恐ろしい程大きい。


 カメラアイと状況表示装置を試す。視野が狭すぎる。だが暗視機能が付いているのは嬉しかった。増幅管の立ち上がりが遅いのが玉に瑕だ。


 ペリスコープを付けて、ようやくでかスーツを歩かせる準備ができた。

 こいつはスーツとして着ることはできない。装着者はでかスーツの背中のかごの中にいるから、前方視野を得るには何らかの補助が要るのだ。量産機はもっと視野を広くしたペリスコープを使う事になるだろう。


 最初の日は満足に立ち上がることもできなかった。


 翌日はでかスーツが掴まり立ちをするための手すりを製作した。

 結局、仕上げるのに三日かかった。天井から安全帯で機体を釣った上で、手すりを掴み歩きさせる。理学療法でリハビリするようなものだ。


 翌週には任意の地点でしゃがみ、立ち上がり、物を拾う事が出来るようになっていた。コツがあるのだ。

 アームの肩に当たる部分は屋外産業用ロボットアームのうち一番軽いものを改修していたがトルクが足りておらず、立ち上がろうと力を掛けるとブルブルと震え出す。これはモーターを交換したいところだ。


 屋外に出る許可を得たのは更に翌週のことだった。

 

 でかスーツの肩に反射体を付けて、歩いたり走ったりする。速度の測定だ。周囲の丘を歩く。開発施設から見える範囲でうろうろする。

 こいつはスーツとはまったく別の代物だ。俺はそう結論した。装着ではなくこれは搭乗になる。訓練もスーツのものとは全く違うものになる。

 しかし、


「あのロボ、そろそろシミュレータも作った方が良いですね」


「でかスーツ。ロボチガウ。いいね、スーツだよ、少尉」


 念押しされる。

 ロボじゃなくてスーツと呼ぶのに拘るのは、企画趣旨と予算の出どころのせいらしい。兵士の個人装備の研究という事になっていたのだ。


 転属に際して臨時昇級されていたのだが、少尉と呼ばれるのにはまだ慣れない。斥候隊では俺はずっとただの隊員だったのだ。

 軍共通階級は給与体系の一部として存在していたし、自分が技術下士官に該当するとは理解していた筈だが、呼ばれたことはあまり無い。

 ただ、この仕事は他所との交渉が、打ち合わせが多くなる。交渉相手と釣り合うだけの最低限の肩書は開発主任が要求したものだった。


 戦域通信機と火器制御計算機が取り付けられると、搭乗スペースは恐ろしく狭苦しくなった。既にデータ収集装置が両膝の間を埋めていたし、開発テレメトリ用の無線機は頭のすぐ横にあって、これに頭をぶつけると以降の試験はすべてデータ不良扱いにされる。


 前日にでかスーツ用の武器が届いていた。陸軍の対空車両からもぎ取ってきたらしき30ミリ砲だ。

 午前中に丘の上に標的を設置すると、午後に実射試験をおこなった。火器管制システムの中のデータはまだ適当なもので、これを今採取した値で修正していくことになる。


 俺は30ミリの構え方を色々と工夫したが、これは砲尾になにか固定用マウンタを工夫したほうが良いという結論になった。

 砲尾に簡単なストックを付けて試したデータも添えて報告書を作成する。砲は開発している部署が違うから、修正するにしても色々面倒になる。というか、誰か来てほしかった。


 いろんなものを持って運んだり積んだり、そして壊したりする。腕のモーターはまだ交換されていないが、制御モードに関節角度固定が付いた。これをどうにかしてごく自然にON/OFFしたい。


 平原の真ん中に建物らしいものがどんどん建てられていった。実際の建物じゃない。外見だけの模型だ。しばらくしてピンと来たが、これはニコオンの集落だ。


    ・


「久しぶりだな。ところでトイレはどこだ」


「表に出て向かいの建屋の奥」


 久しぶりの斥候隊の仲間だ。仲間と言うほど話したことも無い奴だが。

 もう一人いる。新入りか。そいつの視線を追うと、でかスーツに当たる。


「中で水も飲めるし飯も食えるぞ」


 そう言うとちょっと目を輝かせた。


「こら、要らん情報を与えるな。もう一人はどこにいる」


 トイレだと告げると主任は床にチョークで地図を描き始めた。ニコオン集落に似せたセットの概略図だ。


 でかスーツの開発は、パラメータの妥当性を評価するための試験をおこなう段階にさしかかっていた。今日はスーツの助けを二人借りて、でかスーツをゴリラ型に見立てての評価環境確認試験という奴だ。

 もしニコオンの状況を再現できるなら、同じ環境セットを使ってその先の状況、でかスーツの戦いぶりも予測評価できるだろう。


 トイレに行っていた奴が戻ってくると主任は説明を始めた。


「16週前の状況を再現する。敵ゴリラ型の携行砲をレーザで模擬するため、君たちのスーツには受光器を付けてもらう。レーザが入射したら受光器は周囲にランダム反射するので命中したと知れる仕組みになっている。

 君たちは模擬榴弾を使って、きょうはまず実際に起きた状況の再現に努めてほしい。

 もし再現できると判断したなら、状況を少しづつ変えて試してみる。

 これが試験の概要だ。何か質問は?」


 ひととおり質問が済むと、それぞれ準備にかかった。


「あいつは、どうしても助からなかったのか」


 昼飯を食っていると、斥候隊の知った顔が聞いてくる。あいつとは、ニコオンで死んだ相方の事だ。


「何もできやしなかったよ。俺の報告は読んだろ。俺が生きているのはただ単に、あいつの方が敵に近くて、敵の攻撃順位で先だったという、ただそれだけの理由だ」


 時間さえあればあいつも脱出できたのだろうか。


 何か反撃はできなかったか、考える事もある。

 だが火力の違い以前に、相手の居所もこちらはわかっていなかった。相方は掴んでいたのかもしれないがデータの共有は行えなかった。

 音声通話以上のディジタルデータ交換には戦略通信システム、後方のコンテナ一台分が必要だった。



 昼過ぎから実際の状況再現を始めた。

 ニコオン集落の模型は何もかもそっくりという訳じゃない。舗装路や用水溝は白い消石灰のラインで代用されているし、畑の畝も当然存在しない。背後の丘陵も無い。

 シナリオ通りに状況は進み、俺が機体を動かす番がくる。


 敵のゴリラ型が持っていたのは2メガジュールほどの威力の、細いステンレス鋼の針を撃ち出す電磁投射砲だった。砲の方に大容量キャパシタを持たせて、一分以内に再射撃可能になるタイプだろう。つまり撃ってすぐは使えない兵器、距離をとるのが前提の兵器だ。


 推測はできるがこっちは同じものは作れない。まずバッテリーの性能、次いで大容量キャパシタが作れない。高耐圧スイッチング素子も無い。

 代わりに今俺が持っているのは繁殖体を固めて作った棒と、その先に低出力レーザ発振器をくくりつけただけの代物だ。


 無線機からの指示に従って、近くの張りぼての家屋の脇からコンテナを引き出して積む。ちゃんと掩蔽として役に立つか。棒を構えて狙いを付ける。ペリスコープで2キロ先のスーツが確認できる。

 当たり前だが、二人の姿は小さい。スーツは人間が着用する等身大の代物だ。でかスーツとは背丈だけで倍近く違う。


 無線の指示でトリガを引く。レーザの散乱光で命中したと知れた。向きを変えて二射目の準備をする。走っていくもう一人のスーツ姿を照準で追うのは難しくなかった。無線の指示でトリガを引く。一射目で命中を得たのが散乱光で知れた。


 なるほど、敵にとっては俺たちは容易いターゲットだった訳だ。

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