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#4 試験場

 第五開発局は軍事専業の部局だと聞いていた。どこか秘密の荒れ地にあるらしいが、目隠しまではされなかったから本当に秘密という事は無いのだろう。およそ20キロほど走っただろうか。


「なんか搬送車、多くないですか」


 繁殖体を粉砕したものを固めてつくった茶灰色の舗装路の上、向こうから搬送車がやってくる。これでもう三台目だ。

 俺たちの今のところ使える最良のバッテリーはみんな産業用の搬送車に使われているとは知っていたが、こんなに数が多かったとは知らなかった。


 俺たちの普段の移動の足はレール幅1メートルちょいの、トロい軽便電車だ。子供の頃はこれが普通の電車だと思っていた。

 レールが敷設されていないところに物を運ぶには搬送車を使うしかない。運転手が一人乗って操縦する乗り物だ。自動運転じゃないから自動車ではない。


「そりゃ戦時下だからねぇ」


 そう答えるのは運転席の、新しい俺の上司だ。カルギナ開発主任は俺より2歳か3歳ほどしか年上に見えなかったが、彼女の給与等級は俺より1つ上だと少佐は言っていた。つまり俺の等級の4つ上だ。

 それが自分の手で下っ端を送迎しているのだから、どれだけ人員不足なのか見当もつく。


 うっすらと雑草に覆われた丘陵を超えると、眼下に風景が開けた。

 縞模様になった地層が道の脇に連なる。大昔からの繁殖体の積み重なって圧縮されたものだ。この地質は下り坂沿いに続き、やがて眼下の平原へと滑らかに続いてゆく。カチカチに圧縮され頁岩のようになった石化繁殖体が平原を分厚く覆っていた。

 おかげでこの辺りは田畑を作るのには全く向いていないし、地球産の植物も根を下ろすのは苦労するようだ。


 そのまっ平に広がる石化繁殖体の平原の真ん中に、何やら建物が固まって建っていた。白や銀色のタンクや配管が建物の周りを這い回り、大きな煙突も数本建っていた。


「あそこですか?」


「端っこの間借りよ。うちらの新兵器は、あそこあっての代物だからね」


    ・


 この惑星の繁殖体というのはDNAのようなややこしい仕組みを採用することなく自己増殖をやっていたが生命体には違いなく、有機物質、つまり炭化水素でできていた。

 つまりこの足元はカチコチに固まったエネルギー源の塊とみることもできた。ただ、それはこのカチカチの塊を溶かすか何か処理をして、燃やせるようにした後のことになる。現状ではほぼ不燃物だ。


 問題は分子結合が頑丈に過ぎることで、それに対してここの燃料開発施設では、高圧と加熱と、そして触媒の魔法でカチカチを分解できるようになったのだという。

 現在、分解に必要なエネルギーと分解して得られたエネルギーの比は、1対1をわずかに超えた程度でしかないという。純粋にエネルギー源としてみるとこれは焚火にも劣る。

 これをもうちょっと改善できる目途がついたところに、水素に代わる可搬型エネルギー源に飢えていた軍が飛びついたというところらしい。


「で、これですか」


 真ん中の膨れた小さな円筒。細い配管が出たり入ったりしている。

 掌の上の代物は、スーツに付いていた奴より倍も大きく、ごつごつと角ばっていた。とはいえこの小ささは立派なものだ。

 動力源、100キロワット出力のメタンガスタービンだ。

 つまり、繁殖体のカチカチを処理して出来るのはメタンなのか。


「やっぱり低温液化が必要だけど、液体水素より90ケルビン沸点が高いからね、すっごく楽になるし、密度が6倍くらい違うからね」


 密度はすごく重要だ。タンクの容量が1/6になるとタンクの径が半分くらいになる。つまり弾の当たり易さも半分になる。


「出力が倍ってことは、デカくするんですか、それとも素早くするんですか」


「両方よ」


 カルギナ主任はキーボードを叩いて、図面を表示装置に呼び出した。表示装置はブラウン管だ。図面はディジタルデータとして脇のコンピュータの中にあるらしい。1メートル四方の唸る箱だ。


 ブラウン管は計測器や軍の最近の機器では見ることがあったが、あまり普及していない装置だ。

 ブラウン管を使った公共動画放送の計画はキャンセルされて、公共コンピュータネットワークの実現が優先されることになっていたが、もし実現していたら俺もブラウン管を一台持っていたかもしれない。

 しかしブラウン管の写り、解像度は随分と良い。最近の無人ドローンのカメラ画像よりずっと良い。


「ドローンのビデオ偵察システムとは映りが全然ちがいますね」


「それは伝送信号の差よ。軍は何も考え無しにNTSC信号を採用したから色が滲んでいるの」


 はやく液晶が欲しいのだけどね、と主任は言う。でも化学者が足りないから当分液晶は無理、新しいスーツに液晶表示入れたかったんだけどね、と。

 今の発光ダイオード表示で良いですよ、と言ってみたが、


「あれじゃテキスト送れないじゃない」


 今の8ケタ数字を暗記するやりかたとおさらばできるのか。

 

 さて、表示装置に映った内容を検討する。

 首都の中央計算センターの表示装置の高精細画面と比べると残念極まりない解像度だが、操作法は中央計算センターの端末を大胆に簡略化したものだと見当が付いた。

 データを見ていく。


「これ、もうスーツじゃないですよね」


 従来人体のあった所にフレームを入れて大きくなった身体を支え、追い出された人体は背中側に覆いかぶさるようなポジションをとる。逆に背中から追い出された動力源はタンクごとスーツ前面に移動する。

 弱点となりうる動力源を前に晒すことになるが、もうひとつの弱点である人体は背中側で比較的安全、動力源からフレームで隔てられているなど、生存性は増している。


「どう?あなたスーツの評価もやったのでしょ?」


 こうしてみると、俺たちが装着する従来のスーツは、交戦をまるで考えていなかったことがわかる。以前評価した時は、山野を巡って長期のパトロール任務をこなすことができるかどうか、それだけが評価項目だったのだ。


「良さそうには見えますね」


「じゃあ、着てみる?」


 もうあるのか、と驚いたが、聞けば試作フレームに試作ガスタービンを固定した、それだけの代物らしい。

 建屋を出て、別の建屋の工作室のような部屋へ行く。


「どうやって着るんです?」


 試作フレーム背面、さっきのCAD図面では人間が覆いかぶさるか捕まるかする位置には何も無かった。コード類がそこから伸びて床を這い、装置ラックに繋がっていた。そこから制御しているのか。背面には重りも付けてあり、完成時のバランスを再現しようとしているらしい。


「その辺りは、君が作って」


 は?


「……何言ってるんですか」


「人手が無いのよ」


    ・


 冗談でも何でもなく、俺たちは2人きりで新型スーツを開発しないといけないらしい。


「勿論、技術者を付けてくれるよう要求したのよ」


 東大陸の住人のうち恐らく半分は技術者であろう。だがそれでも技術者の需要には足りていなかった。

 東大陸で俺たちは、およそ地球史で100年かかった技術進歩を10年で達成することを目標にしていた。このペースは親父たちの頃には達成も容易だった。一年で百年、それが親父たちのペースだったのだ。

 だが最近では、技術の発展によって技術体系が広がったせいで、すべてをカバーするのが難しくなっていた。俺たちの人口は絶望的に少ない。


 そもそも、人口の半分はいる筈の技術者も、フルタイムで開発に従事しているのは五分の一くらい、五千人くらいだと思われる。それ以外は大抵は学生か教職、教える側か教えられる側か、どちらかの掛け持ちだ。

 俺たちの技術は日進月歩で進歩していたから、技術者も追いつくために頻繁に学校へ戻る必要があった。


 半導体の開発にはどのくらいの技術者が関わっているのだろうか。

 半導体とコンピュータの開発は、この東大陸への植民の最初から開始されたプロジェクトだった。

 人口が、頭数が足りない分を機械の判断で補う。いい考えだが、それはなかなか実現しなかった。

 地球では容易に手に入ったがここでは手に入りにくい資源が結構あった。対応した設計変更はちょっとした手直しの範囲を超えた。


 なにより最大の問題は歩止まり、ちゃんとした良品が出来てくる割合の極端な悪さだった。歩止まりの改善はごくわずかづつしか進まなかった。歩止まり改善には広範囲の周辺機器の品質改善が必要だったのだ。

 歩止まりの改善は一歩一歩、極めて緩やかなものとなり、その為に開発者たちは、その時その時の歩止まり改善に見合った技術を採用して対応した。


 しばらく前、軍では真空管を使った新兵器が色々現れたことがあった。ようやく俺たちは真空管を歩止まり良く作ることが出来る技術水準に達したのだ。

 今俺たちが使っているレーダーは大半がこれだ。地球産の高性能レーダーは損失が恐くて前線には出せない。いつか地球産と同じ性能のレーダを作れるようになったとき、地球産レーダはリファレンスとして役立ってくれる筈だった。

 ブラウン管もその頃に現れた技術だ。俺たちはレーダーの信号波形をまんまるなブラウン管で眺めていた。


 半導体は早い段階で開発の始まっていた技術だったが、真空管が現れてすぐに半導体の開発は成功して、俺たちはラジオを手に入れる事が出来るようになった。無線機が軍の全員に装備できるようになったことは大きな意味を持っていた。

 しかし、半導体の性能は期待したほどにはまだ良くなっていなかった。

 ゆっくりとトランジスタの時代、ICの時代を通り過ぎて、今ようやく高集積半導体を実現する時代に到達したのだ。


「出来立ての32ビットプロセッサ、なんと10メガヘルツ水冷だからね」


 開発用にCAD機を一台まるまる使えるという。

 机の横の立方体は電源を入れると10分くらい水冷装置の慣らし運転が要るらしい。その間にコーヒーの準備ができる。


「でも、スーツに使えるのは8ビット演算のマイクロプロセッサなんですよね。2メガヘルツ動作の」


「今の歩止まりではその辺りしかまだちゃんと量産できないのよ」


 CAD機のプロセッサは事実上の開発失敗、歩止まり5パーセントの生き残りなのだそうだ。

 机と椅子を調達してくる。飯はとなりの工場に配達される分を取り分けて貰えるから、時間になったら取りに行かないといけない。


「私の分も」


 へいへい。


 兵舎はどこかと聞いたが、そんなものは無いと言われる。それは困る。斥候隊の兵舎は引き払ってきた。そもそも長期偵察の多い斥候隊では兵舎は共用、交代で部屋を使っているのだ。


 無いと言われれば作るしかない。俺は空き部屋の隅に寝床を確保した。どこかでベッドを手に入れよう。

 問題は朝晩の飯である。工場に水はあったし加熱装置も手に入れた。隣の工場では余ったメタンを様々に使っていた。手に入れた手作りらしきメタンバーナは火力も充分だ。


 あとは定期的な買い出しで事足りるだろう。リストを作って主任に渡す。買ってきて貰おう。自前の交通手段を持っているのは主任だけなのだから。

 主任はリストを一瞥して、顔をしかめた。


「麺類だけなのかい」


「斥候隊の飯なんてそんなものです」


 仕事の方はしばらくはのんびりしたものらしい。人が少ないというのも、考えてみれば良い環境だともいえる。割と普段通りの暮らしができそうだ。


「野菜も食べなよ」


「ところで」


 ちょっと考えていたことを尋ねる。


「これ、勝ち目のある話なんでしょうね」


 俺は別に、与えられた仕事をこなしてあとは自由に出来ればそれで良いのだが、流石に戦時下だと言われると、戦争への貢献も考えたい。

 これから開発するこの新兵器がどのくらい役に立つのか、見込みだけでも聞ければ、やりがいも高まるというものだ。


「勝ち目って?戦争の?」


 開発主任は少し唸って、そして、ランチェスターの第二法則は知ってるよね?と言う。


 名前は憶えている。上級隊員への昇格研修で色々と聞かされたことの一つだった。

 確か、要するに頭数の多い方が勝つという話だったか。


「頭数の二乗よ」


 そう言って主任は、コンクリートの床にチョークで数式を描いた。


 X^2   Y^2

----- - ----- = C(一定)

  A    B


「AとBが等しく1として、Xが400でYが100なら、定数Cは15000。XとYの交戦の結果Yが半分の50に減っても、Xは16しか減らない。Xは圧勝。

 頭数は二乗で効くから、兵器の性能みたいなAやBの変数はあまり効き目が無い」


 じゃあ、初めから負けるって決まっているという話ですかね、これ。


「面白いことにこの法則は、どんな状況でも当てはまる。

 たとえこちらの頭数が100でも、相手の一部が分かれて10ばかりノコノコやってくれば、袋叩きにして第二法則通りに圧勝できる。局所的な状況でもこの第二法則は成立するの。

 この状況を作るのが私たちの仕事。

 全体でみれば劣勢でも、前線を分割した狭い範囲一つ一つをとってみれば優勢にすることは不可能じゃない。そして全体とは結局、部分を全て足したものでしかない」


 彼女は部屋の隅の試作フレームを見る。


「部分の最小単位があれよ。

 こちらのYの頭数一人につき一つづつ、強力なBを用意してやるのよ」

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