#2 評価
相方を殺したのは、中央政府の送り込んだ新型の移動型ロボット、それもかなり大型の代物らしかった。
俺は焼け残った機材の中から磁気記録テープを取り出し、それら記録を抱えて一人荒野を横断し、翌々日に軍の閉鎖線に辿り着いた。
その記録から得られた情報は決して多いとは言えなかったが、それでもある程度の事は分かったようだ。
首都まで戻ると斥候隊司令部で俺は簡単な尋問を受け、そして今レポートを仕上げている。
あれから一週間、ニコオン集落はまだ敵から取り戻せていない。近づくのは軽装備では危険だというのが斥候隊の意見になる。というか、そういう旨の報告の案を今俺が仕上げている。
「おそらく居住地の中にそいつは最初からいたんだ」
少佐は窓際でソイラテを啜りながら言う。
隠れていたとでも言うのか。どこに。
隠れていたなら、おのずと上限も決まる。集落の共同倉庫には横開きの大扉があった。開口部は高さ4メートル幅5メートル。これに収まる大きさだった筈だ。
「だが連中が倉庫の扉の大きさを予め知っていたとは思えない。どこにでもあるガレージに隠れる事の出来る大きさの筈だ」
「ですが、軽車両に積める携行火器の火力ではスーツの装甲をあれほど簡単に無力化できるとは思えません」
俺は反論する。
「しゃがんでいたのだろう」
航空隊の有人機偵察で、集落内に足跡が確認されたという。
画像を見る。建物の大きさは決まっているので、足跡の正確な大きさがわかる。デカい。四足歩行だが体重のかかり方が後ろ脚に偏っていて、前足の間隔は広く、恐らくは地球にいた大型生物、ゴリラのように長い腕を前足のように補助に使っているのだと思われた。つまり実質二足歩行だ。歩幅は2メートル近い。全高は3メートル程度か。
重量は1トン未満、恐らくは800kg程度、その大きさからするとかなり軽い。
そいつは集落の外れまで歩いてきて、その場にあった荷箱を転がして遮蔽物にすると前傾姿勢をとって射撃をおこなったらしい。更にそこで姿勢を変えて、もう一射している。俺の脱いだスーツへの攻撃だ。
その後足跡は乾いた地面の上でわからなくなっている。画像強調でも、舗装路面の方へ向かったことがわかる程度しか読み取れない。
「たぶん長距離移動は動力台車に乗ってこなしているんだろうな。舗装路面でそいつに乗って引き揚げた筈だ」
じゃあ今はニコオンにはいないと?
「だから今は安全だとは言いたくないだろ。何が仕掛けられたか、埋められたかわからない状況に斥候隊を向かわせたくない」
そりゃそうだ。
「だからホラ、脅威をとにかくそこに盛れ」
・
俺は部下を死なせた責任を問われた。
例え作戦命令を受領したその時まで口をきいたことも無く、作戦中はタメ口の関係だったとしても、命令書には俺がたった二人の部隊の指揮官であると明記されていた。
火力とテクノロジーで明らかに優位にある敵と遭遇したという点を割り引いても、俺には何らかの処分がくだってしかるべきだった。
それがどの程度になるか、ゴリラ型の能力分析が進むにつれて、俺が生き残れたのは純粋に幸運だったという分析になったらしく、俺の処分はそこでまた揉めたらしい。
俺の退却命令とそれが無視された点は認めてもらえたが、今度は統率力の無さが問題とされた。斥候隊は伝統的に規律より臨機応変の対応を重視していたが、その点でも俺は問題ありとされた。
最終的に、丸々一級降格ということになった。
軽過ぎる処分だったが、斥候隊の組織は層が薄すぎて二階級も降格させると組織が破たんしてしまう。
なにせ200名しかいないのだ。
一番上が中佐、その下には俺たち下々の面倒を見て下さる少佐がひとり、実質この二人で組織を廻しているのだ。あとは補給や装備を担当する尉官が少々、そしてその下には現場リーダーの資格と資質を持った人間が少なすぎる。
斥候隊の隊員は大抵、技術下士官の資格を持っている。俺はそれに加えて上級隊員の資格を得て、少尉相当の給与等級を得ていた。これが厳重な訓告という奴を受けて下級隊員に降格となり、給与等級も2ランクほど下げられた。
俺は技術下士官扱いとなり、司令部で敵の戦力分析という名の書類仕事に追われることになった。
司令部は平屋の木造建築で、初期の植林を伐採したもので造られていると聞いた。材木加工が出来るほど森林資源が育った、それを記念してのものだったそうだ。
つまり、作った奴は木材の加工に慣れていなかった。要するにガタガタな訳だが、記念すべき建造物なのだそうだ。
床を軋ませないよう強く言われながら、俺はペンを握った。
確認された敵のハードウェアはゴリラ型一機とソーセージ3本だけだが、理屈で考えていくと倍以上の機材、戦力が投入されていた筈だという結論になる。
敵の新型の最大の問題点は、新型である事だ。
中央政府側の開発能力は従来大きく見くびられていて、新規に大型兵器の開発なんて出来る筈がない、と思われていた。
しかしこの五年ほど次々と新たな兵器が現れていた。どれも過去の太陽系にあったものとは思えず、皆この惑星上で開発されたものと思われた。
開発というのは複雑で面倒な仕事だ。そして新しいものを作ったならば、最後には実地テストが必要になる。
ニコオンは敵の新型兵器の実地テスト、試験運用でもあった筈だ。もちろん敵はその本国でみっちり試験を行なっているに違いないのだが、それでも敵地の運用というものは問題を生じやすい。
もし問題が起きたら俺たち斥候隊を遠ざけながら撤収するために、かなり大勢の戦力がニコオンには潜んでいた筈だ。
撤収時に仕掛けられたものも考える必要がある。センサや地雷、小型のロボットまで、考え得る仕掛けは多い。敵の方がバッテリー技術で遥かに優位なのだ。
対してこちらは、入植時に持ち出す事のできた技術に限りがあったせいで、安全で高密度な硫化塩バッテリーの代わりに水素ガスタービンを背負う羽目になっている。
さて、まとめだ。
俺は敵のゴリラ型を無人の可能性と有人機の可能性に分けて、その推定される能力を表に起こした。
無人機の場合、無線の能力がその運用システムと運用能力を決める筈だった。もし無人機をリモコンで動かしているのなら、操縦者はかなり近くにいないといけない。
連中の使っている周波数は恐らくはGHz帯で、まだこちらの技術では妨害も出来なかったがそれだけ直線性が高く、視線が通る位置までしか届かない。
つまるところ、どちらにせよ敵は人間をこちらの大陸に上陸させている筈だ。
この報告書は敵の新型という本来の内容とは別の部分、中央政府側の軍事部隊が東大陸に上陸している、という部分で大きな反響を呼んだ。
こちらの本拠、東大陸内陸に戦火は及ぼうとしていたのだ。
・
陸軍第一軍団、つまり正面装備を持っている唯一の軍団が総がかりでニコオン奪還に動員された。これまでお飾りのように思われていた陸上部隊に出番が来たのだ。
陸軍の主戦力は戦車や自走砲、装甲車や野砲といった、どのくらい古いのかもわからない構成で出来ていた。
唯一、歩兵がスーツの動力補助の恩恵を受けているのが外見上の進歩の印だった。それ以外は考古学的遺物と言われても反論できないような装備だ。
もちろん、30年しか歴史の無い東大陸連合政府がわざわざ考古学的遺物で装備を固めていたのには事情がある。優先順位という奴だ。
この惑星には大陸が3つに群島が2つあるが、うち大陸の1つは氷に閉ざされていた。中央政府の支配する主大陸はこちらの東大陸のおよそ倍の広さがある。
東大陸に俺たちの親たちが、中央政府と袂を分かって入植してから30年。以来、中央政府は嫌がらせをしつづけていた。連中はこちらの連合政府を承認せず、俺たちを不法占拠者と呼んでいた。
中央政府とのいさかいはその当初からあったと言うが、実際に戦争をできるだけの装備も人員も、双方とも持ち合わせていなかった。そして両者の間には広い海が存在した。
争いは自然、海の上で行われることとなった。
やがて、大洋の真ん中、群島が主な争奪の舞台となる。ここでは海軍の兵士が組織されて海兵として小競り合いに参加もした。だがすぐに、海域の支配権はコロコロと変わり、どちらも上陸占領を続けるのは困難だった。
装甲と大砲を持つ軍艦が現れ、魚雷を持つ小型の高速艇が現れ、フロートを持って海面に降りる事の出来る有人飛行機とその母船が現れた。これがおよそ最近10年で次々と起きた。
曲がりなりにも維持されてきた戦力バランスは、敵中央政府側が潜水艦を実用化したことで今や完全に崩れていた。
爆雷やソナーの開発で、こちらもようやく潜水艦に対抗できるようになっていたが、その間に群島の支配権は奪われ、そして敵の潜水艦は、中央政府の宣伝放送によると第三世代が就役しているという。
第三世代がどういう潜水艦であったのか、今となっては明らかに思える。
揚陸能力を持つ、大型の潜水輸送船だ。
広い大洋を越えて、こちらの東大陸に揚陸して、地上戦でこちらに止めを刺す気でいるのだ。
当然連合政府の首脳、そして軍はそう受け取った。
だが、潜水輸送船の揚陸能力にはおのずと限界がある筈だった。何しろバッテリー駆動なのだ。恐らくその巨体の半分はバッテリーが占めていることだろう。
この惑星の資源には色々と足りないものが多かった。一つは原子炉や核兵器の素である放射同位元素、一つは銅、そして最後の一つが化石燃料だ。この惑星にはメタン産生菌がおらず、メタンハイドレートが地層深くに潜り込むことが無い。有機物質で炭化水素をたっぷり持っている筈の繁殖体は難燃プラスチックのように扱いづらかった。
動力源はこうなると、水を電気分解して得られる高圧水素ガスや液体水素が主なものになる。特に高性能バッテリーを生産できないこちらは特にそうだ。
空軍の有人機は液体水素燃料のターボプロップ機で、危なっかしいにも程がある代物だった。空軍の連中は全く勇気のある奴らばかりだ。
二酸化炭素と反応させてメタンを作る努力も行われていて、液体メタンのジェットエンジンも開発中だとは聞いていたが、なにせ燃料の供給量が限られる。
・
しばらくして、ニコオン村奪還に向かった陸上部隊がひどくボコられたという噂が聞こえてきた。
死者が出ている。それも複数。戦車が撃破された、それも例のゴリラ型に。
詳細は秘密にされていた。俺は既にレポートを出してしまった身であり、そして情報管理権限はクリアしていなかった。
だが、聞こえてくる噂はある。
新兵器が必要とされていた。
敵に対しては、陸軍の古めかしい装備では太刀打ちできない。だが、偉い人たちは新しく開発するスーツで対抗できると思っているらしい。そんな無茶な。
そういう噂は斥候隊司令部の机に座っていると、どこからともなく耳に入ってくる。
ほどなく、俺に転属の命令が下された。
「ウチとしては厳しい話だが、お前を第五開発局に転属させることになった」
俺の転属がその話絡みだという事は、この狭い社会ではすぐに察しが付く話だ。
少佐はすぐに行けと言う。
「紙の命令書とか、そういうのは無いんですか」
「そんな贅沢なもの、ある訳ないだろ、戦時下だぞ」
そう、戦時下なのだ。
舞台について。
主星 ロス128
太陽系から10.91光年離れた位置にある近距離恒星。M型の赤色矮星。太陽活動は極めて安定しており、惑星系を持つ。
第一惑星 ラパス
軌道長半径0.05AU 公転周期10日 惑星半径7300km 重力は1.4G
海洋と大気を有している。人類が入植して40年が経過している。




