#10 後始末
H型1号スーツの量産が終盤に差し掛かった頃、準戦時体制へと移行するという通達があった。軍隊規模は保ったまま、生産体制の方で民需に応える生産を一部復活させるという事らしい。
スーツ量産に関しては一部消耗品の生産が絞られるが、既に必要な分の生産は終えており、影響はあまり無いか。
陸軍からは、残りの生産バッチについて耐水性を強く求められ、対策部品が設計、生産される見込みとなった。入れ替える部品と付加する部品がおよそ200点ほど、それで軍の求める耐水性を実現できる見込みだった。
恐らくは上陸作戦用だろう。
レーダーを搭載したスーツの開発も行われている。マイクロ波レーダーの開発に気をよくした連中が、スーツにも搭載してスーツ部隊に随伴させようという考えを起こしたらしい。対空防護用だ。勿論簡単には搭載は出来ない。装甲を外して荷物搭載個所に機材を山積みにすることになる。
更に操縦席の横に操作員の席を作ることになる。PPI表示ブラウン管というものを初めて見たが、簡単な仕組みで機能を実現していて面白かった。
隣のプラントからは、しばらく前からときおり轟音が響いてくる。メタンと液体酸素を使うロケットエンジンだそうだ。連中はもうメタンの物性はお手のもので、今燃やしているのは打ち上げ前の認定試験エンジンだという。
打ち上げって。
「いきなり衛星打ち上げは無理だよ、そりゃ。とりあえず上空100キロまで飛ばす試験機用さ。ロケット特有のアビオニクスや構造もこれで試験する」
うまくいけば二年後には衛星打ち上げだと、メタンプラントの連中の食堂で聞き出した。もしそうなると、当然弾道ミサイルとしても使えるということになる。
「実際に兵器として使えるかというとそりゃ難しい訳だが、政治の世界の口先だけの連中にとっては大いに違うからな。時に中央政府の連中が核開発してるって噂が流れている時にはな」
初耳だ。
「噂だよ。出所は不明。でも、ありそうな話じゃないか」
中央政府が高度AIであるブリッジマンを停止したのは、価値観が固定された、つまり特定の原則について説得不能であるブリッジマンの検閲を避けるためというのが最近の見方らしい。
地球製機器に組み込まれたAIは、殺傷能力を持つ機器の製造を拒否する。しかし、組み込みのAIの能力は限られているから、兵器も部品にバラして製造させるとAIの検閲をかいくぐることが出来る。
高度AIにはその手は通じない。ブリッジマンは核開発を阻止するために密かに様々な手段を弄していたらしい。その干渉を排するのがブリッジマン停止の目的なのだそうだ。
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そろそろ任期の終わりが見えてきたところで、更にとんでもない噂が流れてきた。聞いたのは例によってメタンプラントの食堂だ。
中央政府が、人工冬眠中の十万人の、人工冬眠装置の電源を落としたという。
「兵器級の同位元素濃縮に必要な電力をどうやって捻出するか、謎と言えば謎だったんだよ」
中央政府は起きている二十万人の人口のほかに、十万人の眠る人口を抱えていた。
惑星環境がもっと良い条件になってから起こしてもらうことにした人々が大半だが、二万人ほど、将来更に良い治療を受けられることを期待して人工冬眠する人々も一緒だった。
十万人となると寝ているだけであっても、収容する設備も消費する資源も莫大になる。特に電力は問題だった。人工冬眠者の体内を満遍なく不凍温度に保つ機構は外側に更に様々な装置を必要としたし、消費電力も莫大にのぼった。
核融合炉はこの電力供給の要だった。
もし、十万人分の人工冬眠に必要な電力が他に転用できるなら。
極端な話、大電力を投入したレーザ濃縮で海水からのウラニウム濃縮も可能なのだという。海水を蒸発させてその蒸気にレーザを照射し、ウラン235だけを電離させて電極に集めるのだという。
この惑星の海にも結構な量のウランが溶けているという話ではあったが、実際どのくらい海水を蒸発させ、どのくらいのレーザを照射すればいいのか、色々と桁が違う話だ。
更に、人工冬眠設備を解体すれば、それこそ数千万個の地球製レベルの品質の部品が手に入る。
核兵器製造は、十分に可能だろう。
だが、これは同時に、核融合炉を攻撃目標に含めて良いかという、従来からの俺たちのジレンマを解決する話だった。
俺たちはこれまで十万人の命を人質に取られていた。核融合炉は明確な中央政府の弱点だったが、これを攻撃することは大量虐殺を意味したのだ。
だが、その十万人の虐殺を中央政府が先にやったとなると、核融合炉を攻撃しない理由はもう無い訳だ。
という訳で、大急ぎで準備が行われていた一連のオペレーションは主大陸を強襲して核融合炉を破壊するミッションなのだとばかり、みんな思っていた筈だ。
皆大っぴらに核の脅威を語るようになっていた。たとえどんな低威力のものでも、核一発で俺たちのこの東大陸の社会は終わる。否応なしの強制終了だ。
だから皆、この不安を解消する作戦を暗黙のうちに支持していたのだと思う。例え実際にどんな軍事作戦が予定されているか明らかにされていなくても。
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出向任期の終わり間近の頃、俺は斥候隊の司令部に呼びつけられた。
準戦時体制とは名ばかりの、事実上の戦時体制がまだ続いていた。基本的な消耗品は生産が復活していたが嗜好品生産は無く、在庫が枯渇したのかソイラテすら出回らなくなっていた。
「ひどいもんだ。最近は司令部からの申請も通らない」
少佐は苦々しげに言う。彼はソイラテの愛飲者として、斥候隊司令部のほぼ全需要を占めていた。
俺は、休暇の際にどこへ行ったのか説明する書類を書かされていた。
「お前が業務でうろうろした分については、開発主任殿がこうまとめて下さっているんだ。だからほら、その一枚だけだろ、さっさと片付けろ」
俺の名前の書かれたバインダーが二冊、少佐の前の机の上に積まれていた。他にも見知った奴の名前入りのバインダーが並んでいる。
「スパイ狩りって、そこまでパラノイアなのですか?」
少佐は後ろを向いて、
「俺たちが一番疑われているんだよ」
心外なことを言う。
「そもそも、スパイが中央政府とどうやって連絡をつけるのか、ルートは極めて限られる訳だ。その点斥候隊は辺境へ行くから」
人里離れた場所で敵と連絡が付けられるという訳か。
「だから行動履歴を提出せにゃならん」
「えーつまり、スパイはまったく見つかっていない訳ですか」
そういうことだ、だからあまり変な所へは出歩くなよ、と少佐は言う。俺の書き上げた一枚紙を取り上げて眺めると、まぁこんなもので良いだろ、という事で俺は解放された。
建物を出て、聞き慣れない音に上空を眺めると、白く細長い雲が真っすぐ、上空に伸びていくのが見えた。あれが新聞のプロパガンダのいうところの新型ジェットか。
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H型1号スーツの生産が改修を含めて全て終了し、当分先までの補修用部品と消耗品を組立棟に山積みして書類一式を仕上げたところで、大きな会戦の結果が突然発表された。
奇襲だったそうだ。但し、目標は主大陸の核融合炉では無く、群島の奪還占領だったという。
群島は多くの島から構成されてはいるが、一番大きな島に中央政府の基地建設が進んでいた。この一番大きな島を制圧するために、敵基地から遠い海岸に船からH型1号スーツで揚陸したのだ。
勿論この作戦意図は数日前には察知されており敵前上陸となったが、敵は要塞化が間に合わなかった。数日で出来る事は限られる。
恐らく敵は、主大陸への上陸を警戒していたのだろう。敵の準備は明らかに万全ではなかった。
事前の艦砲射撃と焼夷ロケット弾、そして敵の大抵の火器を受け付けないH型1号スーツは目的通り上陸地点での阻止攻撃を排除した。
投入されたH型1号スーツは200機づつ9隊、つまり生産されたH型1号スーツほぼ全機、これが上陸すると2日かけて丘陵地帯を真っすぐ超えて敵基地を蹂躙した。
基地を放棄して退却した敵も、翌日にはほぼ全員が降伏した。
記録映像は圧巻だった。岩の大群のようなスーツが荒れ狂う波のように押し寄せ、向かっていく。
スーツは灰色のカニか何かのように見えた。生物的な、しかしちぐはぐな動きをするものが群れているように見えた。機械生物の群体だ。
考えてみればスーツはヒトの動きをトレースできるほど動きに自由度が高くない。ヒト以外の生物に見えてしまうのは仕方のない事だった。
周囲には真っ黒い煙、真っ白い埃、衝撃波と破壊が充満していた。
死がそこにはある筈だった。
群島の飛行場を抑えた方が勝つ。そういうことらしい。
核を開発してもその運搬手段は限られる。中央政府の持つ大型飛行機械の航続距離は核爆撃をおこなうには足りない。だが群島辺りで燃料補給もしくは充電ができれば話は別だろう。
という訳で、群島を抑えられて今、中央政府は東大陸までの核運搬ができなくなったのだと政府は説明する。
勿論、中央政府の核開発は続くだろうから不安は残る。そもそも中央政府が核の運搬手段を失ったという説明を疑う向きも多い。
いずれは何らかの軍事作戦なり交渉で核開発を終わらせる必要があるだろう。
「早くて2年後、かな」
開発主任は、そもそもこの社会には戦時体制を一年以上は維持していけるだけの体力が無いのだという。
「西暦1940年代の地球の国家、アメリカの人口は当時、一億四千万人。四万七千人の社会が真似するのは最初から無茶だったのよ」
戦時体制といっても、普通は民生品もちゃんと作るのよ、と開発主任は言う。
だが、東大陸の社会体制では全力で生産力を軍需に振り向けないと、戦争らしい戦争もできないのだ。
大規模に動員して戦争できるだけの貯えが出来るまでには、当分かかるだろうと開発主任は予測する。それまでは少人数による小競り合いに逆戻りだ。
但し、内容は大きく変わるだろう。弾道ミサイルや特殊部隊の侵入がその主力になる。
政府は主大陸に向けてプロパガンダ放送を開始した。ただ、主大陸では誰も短波のラジオなんて聞いていないからあまり意味は無い。中央政府はディジタルTVを全市民に配給していて、これには電波がどうあっても届かない。使っている周波数が高くて直進性が強いから、電波が水平線を越えることが出来ないのだ。
仕方がない。もしかすると誰かがこっそりラジオを製作して聞いているかもしれない。群島に作られた大出力アンテナから、人工冬眠中の十万人を殺した中央政府を非難する内容などを短波で送信している。
実は十万人の電源を切った件は、情報統制で主大陸の市民には知らされていないのだという。
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やがて、準戦時体制もようやく解除され、徴兵されていた人たちも生活の中へ帰ってきていた。
既に組立棟は倉庫に名前を変え、陸軍の委託した業者の管理下に移っていた。試験場を後にした日、俺は開発主任の荷づくりを手伝うと、そのまま開発主任の運転する搬送台車に荷物と一緒に乗せてもらった。
「主任はこの後はどうするんですか」
何度か聞いたことが有るがちゃんと答えてもらえなかった質問だが、今日は流石にもうちょっと答えてくれるのではないだろうか。
「軍事研究所に戻る事になっているけど、まだ席あるかねぇ」
実は新しい部署名の入った辞令をまだ受け取っていないのだという。
「せっかく開発した油圧サーボだけど、今後は電動サーボに一本化するって話だから、大学で基礎研究からやり直しかな」
「主任って功績ちゃんと評価されていないんですか。偉くなるとかそういうのは」
「ボーナスはちゃんと付いたよ。偉くなるほうはホラ、油圧サーボやる人間がいないんだから、そういう人間を管理する必要も無い訳だね」
そういや軍は終身雇用だったっけ、年功序列って言うの?アレでしょ、とか聞かれたので、違うとは答えた。
軍もよそと同じで10年任期で更に10年延長できるが、大抵はそこで除隊になる。残るのは僅かな将官のみだ。ただ、その任期の間に小刻みに昇進や昇格があるし、偉くなって将官になると更に20年働くことができるから終身雇用と同じ意味になる。
俺はというと、斥候隊の任務は本当に気に入っていたが、任期が切れたらどうしようかというのは本当に悩みどころだった。多分転換支度金で辺境に土地を得て、農業か牧畜か、それとも何か、とにかく、人とあまり喋らなくていい仕事につくつもりだった。
遠くに首都が見え始めた頃、主任はぽつりと言った。
「もうずっと基礎研究やろうかしらね。完全に新規の科学研究とか」
どういう意味だろうか。
科学研究というのは基本的にこの惑星上では当分縁の無い言葉だ。
科学的知識はこの惑星に植民船がやって来た当時のものから全く更新されていない。更新する手段が無いからだ。巨大な超高精度観測装置も超越計算機も超重力実験設備も全く無いのだから、新しい知識を付け加えることは出来ないし、そもそも付け加える必要も今は無い。
科学の地平を切り開いても、いまだ低い水準の技術しかない俺たちにとってそれで広がる可能性は遠い遠い先の話であり、目先の話として全くの無意味だ。
政府の定めた技術再現工程表に無い研究には補助金が基本的に出ない。給与等級もプラスされない。無職、学生と同じ扱いになる。
だから怪訝な顔をしていると、
「太陽って、ここまで近い所で観測された事って、実は無いんだよね」
彼女は頭上の太陽を指さす。
「この惑星は、太陽系の太陽では絶対無理な、近づくこともできない筈ってくらい、太陽のすぐそばを廻っているけど、太陽の観測って、今は全然やっていないよね。
みんなあの星が凄く安定なM型恒星だと信じているけど、こういう近距離から長期間にわたってもっと良く観測したら、別の特徴も見えてくるかもしれない。もしかすると時々強烈なフレアがあるとか。
そうなったら大変だよ。この近さだとひとたまりも無いよね」
不安になることを言う。
「まぁ、気にする事無いからね。仲間内の冗談みたいなものよ」
他にも冗談みたいな話は色々あるよ、と言う。
「例えばさ、海洋研究は海軍の所掌になってて、そして研究成果は機密事項、って事になっているけど、実は海軍では海洋研究をそもそもやっていないんじゃないか、って説があってね。
ヘンジの代議士がひと頃盛んに広めていた陰謀論だったんだけど、今ではヘンジ港が潰れて、海洋進出なんて話も低調になったから忘れられたようになってるけど、原住知的生命との取り引きなんて与太、そもそも面白過ぎた」
そこで主任は、少しだけ声のトーンを下げて、
「まぁ実際には海軍で海洋研究、ちょっとは、しているらしいんだけどね」
ここしばらく海軍も手広く色々やったから漏れてきた話なんだけど、仕方がないって奴だろうね、リソースには優先順位って奴があるからね、と主任はその会話を締めた。
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割とぎりぎり、危険域に近い話題だった。
相手が違うだけで、取引そのものは存在するのだ。出来たてほやほやの対潜機が大洋の真ん中で偶然敵の敷設送電線を見つけたなんて与太を、俺は信じてはいなかった。
海には、いるのだ。
俺はその相手を知っていた。