#1 前哨戦
ニコオンはダス・ムア河中流の入植地で、人口は五十人もいない小村だった。村への入植開始からまだ半年、この惑星産の繁殖体を粉砕したものを固めてつくった殺風景な茶色のブロックで出来た村に、今は誰もいない。
中央政府の軍事活動が活発になっていた。侵襲斥候部隊の上陸の恐れありとされた地方の住人たちは、二日ほど前に既に連合首都に避難していた。ニコオンの住人たちも一緒に避難した筈だ。
5キロの距離を置いて、俺たちは午後の曇り空の下、緩やかな谷に広がる耕作地と、その真ん中のちっぽけなニコオン集落を眺めていた。
「無線にはノイズひとつ入ってこないし、見た感じ何の動きも見られない。ってことで遠隔視察は切り上げて良いんじゃない?」
この任務に付けられた相方は気楽そうに言う。
ニコオンは俺たちの偵察任務の最初の目的地だ。敵が上陸しているのは確からしいと言われていたが、どこまで浸透しているかは定かではなかった。
空軍の無人偵察ドローンはようやく運用が始まった段階だったが、早速1機撃墜されていた。
こちらの技術はようやく500MHzまでの周波数を使えるようになって、ドローンからアナログ画像を無線伝送できるようになったという程度のものに過ぎない。長距離は飛ばせないし遠隔操縦も大変らしい。
それが落とされたのだから、敵は対空兵器を上陸させて、こちらのかなり内陸まで進出させていると見て良かったし、その他の兵力も同様だろう。こうなると有人偵察機も危なくて飛ばせない。
つまり、目の前の村はもう危険地帯なのだ。
「一人が先行し、もう一人がバックアップする。何かあれば、まずはここを目標に退避。行動方針はこれでいく」
俺が告げると、相方は、何かってなんだよ、と言う。もっともな疑問だ。
「要するに敵に数、火力、速度のいずれかで劣勢と思えたら即座に退避だ。そういう代物の相手は俺達じゃない」
そう告げると鼻でせせら笑われた。
「そりゃ逃げられたらの話だな。腹くくろうぜ。
俺が先行する。あんたが指揮者ってなっているんだから後ろでどっしり構えていてくれ」
斥候隊はフラットな組織で、その任務の大半は単独行動だ。今回は二人行動で俺が上位命令権を持つことになってはいたが、実際のところはこんな感じになる。
今回の任務は機材が多かったので、俺たちはスーツを着用していた。脚と腕に動力補助があるが、それを動かすための動力も担ぐ訳で、動きはどうしても鈍くなる。
スーツには小銃程度なら防げる装甲が施されており、装甲プレートの隙間に運悪く弾が飛び込まない限りは安心していられることになってはいたが、正直なところ小銃持った歩兵と出くわすとは俺たちは思っていない。
出くわすとしたら、無人のロボット、ドローンのたぐいだ。
俺たちはスーツのパワーレベルを待機から通常に切り替えると立ち上がって、まず互いの装備の点検をした。この手間がばかにならない。
俺達にはコンピュータが不足していた。まだまともな高集積半導体が生産できておらず、俺たちは高性能部品を徹底的にケチった仕様にスーツを改修して使っていた。元々はスーツ各部に仕込まれた指先サイズのコンピュータ、マイクロプロセッサが自己診断をする設計だったのだ。
「ラクーン1問題無し」
「ラクーン2問題無し、じゃあ、行ってくるわ」
・
「耕作地に入った。芋だろう。まだ芽は出ていない」
先行する相方から状況報告だ。集落まであと500メートルというところか。
食べられる栽培植物を育てることのできる土壌はまだ、集落の付近に限られている。
この惑星ラパスの原住生命は陸上ではショボいネバネバ、繁殖体と呼んでいる放射菌の出来損ないのような奴しかいない。しかし、このネバネバがしつこい上に、地球の生物ではキノコやカビの一部の組み合わせでしか分解できないときていた。
平地を埋め尽くす繁殖体を野火のように食らう巨大なキノコの輪の内側にしか、地球産の植物は存在できない。そしてキノコが食い荒らしただけの土壌は貧しく、地道な土壌改良が農業の為には必要だった。
そんな土壌に植える事のできる作物は限られており、中央政府の特権階級が食うというサラダとかいう奴は俺達には想像するしかない代物だった。
耕作地には身を隠せるものがどこにも無かったが、相方は平気で運んできた機材を設置して、動かし始める。スペクトルアナライザは高価な機材で大きく、操作は面倒だった。だが高いテクノロジーを持った相手には、こちらも少しでも高いテクノロジーを投じなければならない。
「音響周波数の掃引終わり。音の方は何も出ていない。次は電波を試す」
これで電波が出ていないとなっても安心はできない。俺たちの技術では500MHzまでの電波しかとらえることが出来ない。例えば敵が5GHz辺りを使って通信していても俺達にはわからない。
俺は相方のおよそ300メートル斜め後方に付けている。遮蔽物は何も無い。この距離を保っていたが、俺の銃の技量では何か起きても本当に牽制しかできないだろう。
ヤバい事態になれば、二人ともひとたまりもないだろう。
「500MHz付近に雑音がある。何かいるぞ」
ちくしょう、敵がいたか。しかし、これは楽勝な奴かもしれない。
「ドミニカ、ドミニカ」
俺は構わず前進を指示した。畑の真ん中はまずい。機材はそこに置きっぱなしで良い。さっさと集落に入って身を隠せる場所を探した方がいい。
「ラクーン2、フランス」
相方は肯定を示す符丁を返すと、素早く行動に移った。スーツの許す限りの俊敏さで集落へと近づく。
俺も前進する。
「いた。ソーセージだ。一本確認」
ソーセージは中央政府の運用する、移動能力の無い戦闘ロボットだ。居座っているのは居住地の真ん中を横断する道路の、出入り口を封鎖する位置か。
「こちらには気づいていないように思う。次もこの道沿いだとすると、センサの探査範囲外からチェックできると思う。ドミニカ」
ソーセージは敵の大型滑空ドローンから投下される。
元々は陸上配備の兵器で、12本組のチューブキャニスターと組になっていて、キャニスターからロケットで上空に一度に12本、または6本を発射して広域に降下させて一気に制圧する。そういう仕組みのロボット兵器なのだそうだ。
上空でソーセージは眼下を分析すると、空力舵を動かして戦略的に有望と思える位置に舞い降りてくる。
数があれば、移動すべきところにあらかじめ配置しておけば、ロボットに移動能力は必要ない。
ソーセージは落っこちてくるとき逆噴射もパラシュートも使わない。その下端は着地時に潰れて落下衝撃を吸収するようになっていた。そして移動能力を省略と、とにかくお安く出来ているのだ。
数があれば性能は要らない。ソーセージはそれを体現した兵器だった。
だがソーセージはそれなりにかしこい機械で、お安いとは言ってもこの惑星では事情が違い、消耗品にはできない代物だった。
中央政府の連中はこの東大陸に橋頭保を築けていないし、だからキャニスター運用も無い。空から多くて3本くらい落とすのが精いっぱい、そして強襲攻撃に使った後は回収してたぶん再使用するらしい。俺たちがソーセージについて知っているのは、そういう強襲失敗に伴って敵が回収し損ねたソーセージを拾ったからだ。
おかげでこちらは、見つかることなく対処する方法を見つけることが出来た。ソーセージはディジタル画像認識に音響解析、俺達には手の届かないミリ波レーダーと、贅沢な装備を山ほど持ってはいたが、レーザーレーダーのレーザー光源の波長が可視光域だったのが致命的なミスとなった。
レーザーが周囲の物体に当たって跳ね返される散乱光を見やすい波長の光に変換するフィルムを、俺たちはスーツのバイザー内に仕込んでいた。ソーセージの周りはきれいな光でチカチカと輝いているのだ。
しかし、ソーセージはこんなさびれた村落に投入されるのは明らかにおかしな装備だったが、そもそもこんな地域にやってくる連中もおかしい。
「クロスポイント2、南東の角にもう一本。ソーセージの他には確認できない」
相方は集落のかなり奥まで侵入していた。
おかしい。連中は何のためにソーセージで村を制圧したのか。この村に産業は無く、ひたすら芋を植えているだけの僻地に過ぎない。
方針を固める。
「ラクーン1よりラクーン2へ。チャイナ。ソーセージを制圧したらアルプス」
もう奥へは行かない。停止して攻撃、済んだら退却だ。
ソーセージの潰し方は相手の場所が分かっているなら簡単だ。ソーセージは上空から降下してくる。つまり上空が必ず開けているのだ。
だから距離を保ったまま迫撃砲弾で一方的に潰すことが出来る。真上から降ってくる砲弾に対して移動能力の無いソーセージに逃げる術はなく、一つづつプチプチと潰すことが出来る。
ソーセージの元々の利用法ではそういう攻撃に晒される筈では無かった。市街制圧をソーセージが一瞬で終わらせると、即時に歩兵部隊が安全になった市街に突入して占領する。そういう使い方が前提の兵器だ。
だが今の使い方では、そうはならない。
「ラクーン2、フランス。もう一本、クロスポイント4、これも南東。これで全部だろうな。
……なぁ、これは大攻勢の前触れだよ」
相方が何か言っている。
「連中のほうが頭数は多いんだ。四倍いるわけだから、力押しで勝てると思っているんだろ」
口数が多いのは斥候隊の流儀じゃない。なんでこいつこんなに口数が多いんだ。
答えてやる義理は無い。
耕作地を横切って歩く。一面の芋畑だ。畝が深く、歩行の妨げになる。
「だからさ、要ると思わないか?」
「何が」
つい答えてしまう。
「新兵器さ。四倍強い新兵器なら、それで頭数の差は埋められる計算だろ」
なるほど。計算は合っているかもしれない。
機材の一部を降ろし、芋畑の真ん中に三脚を広げる。測位パラメータを割り出すのだ。
この惑星を周回している測位衛星はみんな敵、中央政府の管理下にあって、俺達には測位信号は暗号化されていて使えない。しかしこちらは東大陸は精密に測量していたから、測量済みの集落との相対位置さえ厳密に分かってしまえば、地図を持っている俺たちは精密攻撃が出来る。
相方の三脚の上、300メートル先の小型セオドライトを捕まえる。集落の測位済み基準点に対する角度を告げる。距離も自動で出る。
相方は話し続ける。
「新兵器はデカいのが良いな。パワーというのは結局、目方だよ。
さて、6、6、8、8、1、じゃあこちらから行く。ソーセージ1を目標」
しゅぽん、と間抜けな音がして、迫撃砲弾が飛んでいく白煙が見えた。
次は俺だ。手元の筒を調整する。筒にはプリズムが幾つか仕込んであって精密に向きを測ることができた。スーツに組み込まれた数少ないコンピュータの算出した値に目盛りを合わせる。
「ソーセージ2を目標」
迫撃砲弾を筒の中に投入する。
轟音とともに飛んでいくのを眺めるが、何かおかしい。
「バーストノイズが無いな」
そうだ。こういう場合、ソーセージたちが緊急時に連絡し合うのが聞き取れるのだ。ソーセージが緊急時に送出するバースト通信は、周波数がこっちの短距離通信のものと被っている。嫌なノイズの筈だが、聞こえないとなると不安になる。
「全部ぶっぱなして考えよう。案外偽ソーセージ、デコイかもしれん」
同意して二つ目を発射したところで、無線に強いノイズが入った。パチパチと続くそれはソーセージのバーストノイズとは違う。
「何かヤバいのがいるな」
高強度脅威があるものと推定。俺は本部に高優先度通信を送ったが、周波数の高い通信は届くかどうかわからない。この惑星の電離層は当てにはできないのだ。丘の上に置いてきた中継器が拾ってくれることを期待するしかない。
退却だ。
「ラクーン1よりラクーン2、アルプス、アルプス」
俺は最後の迫撃砲弾の発射準備をしながら退却を指示する。
しかし、
「視認したい。集落に侵入してみる」
相方は制止するよりはやく、集落の奥へと進んでいく。
だが、すぐに、
「やべ、デカい。ラクーン2アルプス」
何が。
敵が、に決まっている。
迫撃砲弾の狙いを相方の位置前方に移動、即座に発射した。うまくいけば牽制か目くらましになるか。動く相手には対しては効果は期待できない。
俺は迫撃砲のコントローラを放り出し、一目散に畑の中を走り始めた。逃げるのだ。
斥候隊の中でもわかっていない奴が多いが、こちらは絶望的な弱点を背負わされている。
俺たちのスーツは動力補助が入ってはいるが、これは長距離行軍の補助に重点が置かれていて、機動性の方はと言うとあまり頼りにはならない。
そのエネルギー源は液体水素ガスタービン、つまり俺たちは危険な極低温液体を背中に背負っていた。これがやられたら大爆発だ。
恐怖に駆られてヨタヨタと走る俺たちの視野を一瞬まぶしいレーザ光が奪う。敵のレーザーレーダーがこちらをスキャンしたのだ。
即座に畑の畝のなかに倒れ込む。畑の作物はまだ芽を出しておらず、この一日30時間の惑星の夕方の長い影のなかで、スーツもまだ影を長く落としているのが見える。
やばい。倒れてもまだ丸見えだ。スーツは嵩があり畑の畝の中には隠せない。
ゴロゴロと転がりながら強制離脱ノブを廻し、引く。衝撃とともにガスカートリッジがハーネスを全部切断して、俺はまだ動力が入ったままのスーツを脱ぎにかかった。地べたで必死に身をくねらせる。立ち上がって脱げば簡単だが、今ここで立ち上がる訳にはいかない。
「ラクーン2、バルカン、バルカン」
バルカンは交戦の符丁だ。
無茶だ。ノイズを出すという事は、相手は高テクノロジー機械だ。俺たちの豆鉄砲ではかなわないに決まっている。
突然辺りが明るく輝き、ドンという衝撃、そして恐れていた爆発音が響いた。スーツの液体水素タンクが爆発したのだ。勿論あいつのスーツだ。
土を掴み体をくねらせてスーツから足を抜く。
畝を這って進む。急峻な窪みに出くわす。用水溝だろうか、身を伏せることが出来た。頭の上を再度レーザーレーダーがスキャンするのが見える。
すぐに爆発はやってきた。衝撃に頭をきつく叩かれ、熱波が用水溝の乾いた土を焼く。
俺は生き残った。
符丁一覧
アルプス 退却
バルカン 交戦
チャイナ 停止
ドミニカ 前進
エジプト 否定
フランス 肯定