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人類退化論

歯車人間

 俺の夢は良い学校を出て良い仕事に就き、良い給料を手に入れ、良い人生を送る事。単純だが、その価値は計り知れない。

 幼稚園の頃から良い小学校へ入る受験勉強をした。

 小学校もまた同じだ。良い中学校へ入る、その一心で勉強する。テストは毎回どんな教科でも百点だったな。図工や美術や音楽、体育といった実技系は無理だったが。

 どうでも良い事だが、勉強ばかりする俺を見て変に思った奴は俺を嘲笑い、いじめの対象にまでする奴だって居た。「ガリ勉野郎」なんてまで言われたが俺は挫けなかった。何故なら奴らは俺の才能と努力に勝つ事が出来ないから嫉妬したのだ。殴り、蹴り、暴力で何が出来るとでもいうのか。

 運動が出来なくたって俺は気にしない。体力が何かの役に立つものか。何せ現代は科学技術が発展し、人類は労力を使う必要が無くなる。力仕事をする奴なんてきっと近い将来の内仕事が無くなるだろう。ざまあみろ。

 才能は努力だ。どこかの偉人もそう言っていたな。努力が素晴らしい才能を生み出すのだ。その事を俺は短い人生の中で知った。生まれ持って才能があるなんて俺には信じ難いものだな。

 誕生日に買ってもらった物は必ず本にしてもらった。俺は自前の知識で人を判断し、友人を選んだ。

 中学はエリート連中の集う学校に入った。周りも俺と同じ様に賢い奴らばかりだ。類は友を呼ぶって奴かな、良い奴だらけだった。

 分からない所を教え合い、お互いを高める。いじめる奴も居ないから俺にとっては良い事ずくめだ。

 ただ、成績が良いと浮かれて遊び呆ける奴も居たが、見放してやった。悪い事には悪い結果が起きる。すぐにそいつは成績が落ちたとか言っていたっけ。

 気は抜いていられない。落ちる奴は居るが、俺がその立場になるとも限らない。常に成績は一位二位を争い、成績競争で友人と仲が険悪になる事もたまにあった位だ。

 まあそれは例外みたいなものだ。俺は特に問題も起こさず、中学でも随一の優等生として卒業した。

 高校も更に良い高校に入ったのは言うまでもない。学年が進むと更に周囲もずば抜けて頭の良い奴ばかりになってくる。そしてこの頃になってくると得意分野や苦手分野がはっきりしてくる。

 俺は数学や理科が得意な理系だったな。毎回一位だったっけ。国語英語で点数は悪くない筈だが、成績順位はそうでもなかった。どの教科も欠かさず努力していた俺も得意不得意はあるのだ。

 ただし俺は諦めない。特に英語はグローバル化の進んだ現代において最も重要だ。逆に国語は廃れるものだろう、と俺は思う。闇雲に勉強するよりも社会に応じる事が何よりも重要だ。努力は間違ったって駄目だ。努力は人を裏切らない、なんて誰がそんなクソみたいな言葉を作ったんだ?

 しかし、やけに凄い高校だったな。それぞれ専門の知識を持ち、それぞれの長所を磨く。皆の個性が輝いている。没個性時代とはいうが、個性なんてない奴は俺達みたいに努力していないだけのクソッタレだろうな。努力が個性をもたらすのだ。俺だって得意な数学理科を更に伸ばし、興味のある機械系のエンジニアを目指していた。

 良い学校に間違いはなく、良い友人も持てた。専門は同じでも違っていてもそれぞれの強みがあるのだ。

 大学はかつてないまでに努力した。国内でも一位二位を争い、国際的にも名門の学校だ。国内は勿論、外国からの優秀な奴らを相手にするのだ。

 努力は執念だ。最後まで諦めない奴が勝つ。努力のやり方だって間違ってはならない。

 苦闘の末、合格だ。その通知を見た時は、俺のどこからこんな声が出たのか、という位に叫んだ。

 それからの大学の生活は充実したものだった。

 自分のしたかった勉強や研究が出来るし、俺と同じ志を持つ奴と協力したり議論を繰り広げるのも楽しかった。

 最高だ。自分の夢が届くところにあるのが目に見える。成功者の持つビジョンってのはこういうものなのかな。

 楽しい時は過ぎ、俺は問題も起こさず、成績優秀で大学を出た。就職はある企業からの申し出があり、俺の入りたい所だったので快く受け入れた。

 産業用機械を開発・製造する、国内でも有数の大手企業だ。俺は念願だったそこの開発部署に回された。

 やりがいのある仕事だ。他の企業や公共機関、更には軍や政府からも仕事が来る。俺は張り切って勤しんだ。

 仕事の為なら休みだって惜しかった。何せ俺の作ったマシンが世の中に売れるとは、何とも光栄じゃないか。

 人一倍仕事へ情熱を注いだ俺は昇給も早かった。

 中には俺を見て「働き過ぎだ」とか「もっと休め」とか言う同僚や上司も居たが、これは俺の好きな事だ。お前らなんかに止める権利なんて無い。

 昇給すれば仕事も更に来る。もっとやりがいのある奴がな。軍相手にパワードスーツを実用化し、世界中に販売、社の莫大な利益に繋がった事もあった。

 俺は友人や同僚や上司からの、遊びだの飲み会だの下らん誘いを断る様になった。俺の生きがいの為なら何だってする。あいつらには情熱が足りないのさ、誇らしい仕事をしているという。

 俺に声を掛ける奴は少なくなった。まあ気にする事はない。

 月日が経ち、両親から「そろそろ結婚したらどうだ」と言われた。知るか。俺にはやりたい事がある。妻子なんて持てば存分に出来なくなるだろう。

 会社には朝早くから夜遅くまで働く。計画を進める為に宿直する事だってあった。

 建設作業用の登場型万能作業ロボットを作った時もあったな。瞬く間に世界へ普及し、社への貢献は広がり、俺の役職は上がり給料は増える一方。まあ必要は無いんだがな。

 最高の人生だ。自分のやりたい事に没頭する、昔から変わらず好きだ。そういやガキの頃、ロボットの組み立てに熱中して、親が飯を食いに来ないと心配していたっけ。まあ笑える過去だ。

 過去か……これまで充実したものだった。

 小学校も中学校も高校も大学も、望む人生を送れた気がする。

 回転椅子に座ったまま後ろの窓を見る。真夜中の都会の夜景が綺麗だ。ちょっと背伸びし、正面のデスクに向き直った。

 ふと、仕事場のデスクの上にあったオモチャのロボットを手に取った。

 こいつは昔から俺のお気に入りだ。五歳の誕生日の時に買ってもらったっけ。それ以来捨てる事なく今まで俺と共に居た。

 このボタンを押せば歩くんだよな……

 しかしロボットは動かなかった。電池が切れたのか、それとも壊れてるのか。

 整理されたデスクには文房具の隣に工具類がある。迷わずドライバーを取った俺はネジを外しゆく。やがて蓋が開いた。

 原因はすぐに分かった。動力を伝える歯車が擦り切れて摩耗し、壊れていたのだ。

 その時だった。何かが俺の中で起こった。

 急に俺の身体がデスクに突っ伏した。動けない。

 そして俺は為すがまま目を閉じた。開けたくても開かない。何故だ。




















 次の日、ある大手ロボット会社の机の上に一つの死体が発見された。

 一番最初に出勤し、発見した社員はすぐに救急車を呼んだが、既に死亡していた。

 死因は過労死。それを聞いた社員は皆納得した。

「そりゃああんな働き詰めだもんな」
「だから止めとけって言ったんだが聞かなかったよ」
「気の毒としか言えないね。誰よりもこの会社の為に一生懸命頑張っていた人なのに」

 死亡現場からは歯車の壊れたロボットの玩具も発見されたという。どうでも良い情報だったが、誰かがこう言った。

「きっとその歯車と同様にガタが来たんだな」

 その冗談を聞く者は居なかった。

「まあ彼の死は悲しいけど、きっと他にも代わりの優秀な人材は居るさ」




















 とある工場にて、製品の生産に重要な役割を担うある機械があった。そこから微かに何かが折れた様な音が聞こえた。

 それと同時に機械は作業を停止した。先程の音は破損だったのだろうか。

 機械が停止した事で作業員達が立ち往生し、騒ぎながら皆が原因の元へ集まった。

 技術者が内部を調べてみる。原因はすぐに分かった。

「これですよ、この部分だけ壊れてます」

 技術者は精密な機械の中から何か小さな物を取り出した。折れ曲がった歯車だ。きっと機械の動作で消耗して遂にガタが来たのだろう。技術者はそれをゴミへ捨て、新たな歯車と取り換えた。

「この前メンテナンスを行ったのにもう壊れたのか。欠陥品の歯車だったのか?」

 騒動に駆け付けた工場の責任者らしき人物が責める様に言った。技術者は答える。

「でしょうかね。滅多に無いとは思いますが……他の替えの歯車は確かめましたけど、大丈夫な様でしたよ」

「だと良いがな……ところで、お前らは何をやってるのだ。皆さっさと持ち場に戻れ。ちゃんと仕事せん奴はあの歯車みたいにおさらばだ。この工場に製品にも人員にも欠陥品は不要だ」

 厳しい責任者の言動に散り散りになる作業員達。疲れた様に、そして不満げに文句を呟きながら仕事に戻った。

 機械が始動し、何事も無かったかの様に作業は再開された。作業員達は日々の労働に疲れ、笑顔どころか者によっては虚ろな表情をしていた。

 そんな作業員達の顔を見ながら修理にあたった技術者はふと思った。

(この工場の皆もまるで歯車だな。皆仕事の事だけを学び、仕事の為だけに生きている。壊れるまで酷使され、まるであの歯車と同じじゃないか。所謂ブラック企業だろうなあ……)

 しかし彼がどうこう出来る立場にはない。彼もまた仕事に戻る。そして通常の労働時間を超す疲労だけが存在する毎日に戻る。機械修理というスキルを持っている為他の従業員たちよりも給料が高い事だけはせめてもの救いだった。もっとも、超過労働で金を使う暇も無いが。

 この就職難のご時世、他に入れる企業も無さそうだ。それに企業側からリストラされるかも知れない。何せ職を求める人間は腐る程に居るのだから。能力のない人間や言う事を聞かない人間が居ればあの歯車みたいに取り換えが効く訳だ。

 彼は日々働き続ける、他の作業員達と共に。そして、この工場は歯車をはじめとしたあらゆる部品を作るのだ。

 彼は、自分と同じく働き疲れた同僚達を心配する様な目つきで、機械から生み出され過酷な社会に出るであろう歯車達を見送るのだ。

 社会に応じて作り続けるが、終わりがない。

 いつから俺達はこんな歯車になったのだ。そして歯車はこの先も絶え間なく増え続ける。

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