第40話 重く、思い
- 分かってる
森を抜け中央街に出た。
マモルは勢いを止めずに中央街を走り抜ける。
- 分かってる
夕刻。既に日が落ち始めていた。
辺りは暗さを増し朧げな灯りが中央街を薄らと照らす。
- 分かってる
「…あるわけない」
- そんなこと分かってる
足が止まった。
気づけば既に中央街の外れ。
日は落ち、完全な暗い世界に光が点々と浮かぶように視界に映る。
フィリア神殿。
- 分かってるから、俺はそれを確かめに来たんだ
マモルは神殿に足を踏み入れた。
そのまま奥へと進む。
そこには扉。
リトートピアの神のような存在である妖精王オベロンと妖精姫ティターニアが降臨し、“ヌシ” が眠るという遺跡へ続く大きな扉。
マモルはそれに手を触れた。
妖精族を表す特殊な紋様が刻まれている。
「…何もない、よな」
前日訪れたときと特に変わった様子は見られなかった。
マモルは安堵した。
「そうだよな。何もない。あるはずないんだ」
- 分かってた。何もないはずなのに何か焦っちまってたんだ
ただの思い過ごし であったのだ。
考えてみれば何の根拠もない。本来あたりまえの答えだった。
「…“ヌシ”か」
- そんなものいるわけないのにな
直感と、そう呼んでいいのかさえ分からないただの思い過ごし。
ひどく馬鹿げた話だとそう思った。
神殿に月明かりが指す。
- …帰ろう
日が沈みきっていたのを忘れていたかのように思い出した。
マモルは扉に背を向けた。
「っ!!……おまえ」
フード付きのポンチョのような体全体を覆う布切れを被った少女。
振り返るとそこにいたのだ。
顔を見るまでもない。
リザの姿をした少女である。
- なんでこんなところに、?
困惑する気持ちが抑えられない。
あまりに突然だった。
「おまえは、誰だ?」
ようやく口にした言葉がそれだった。
少女は問いに答えない。
ただ黙ってそこに立っていた。
マモルの顔をはっきりと見つめて。
「………」
しばらく沈黙が続いた。耐えかねてマモルが新たに口を開こうとしたときだった。
「…あなただけなの」
そう、少女が言った。
「…え、何て、?」
マモルには訳が分からない。
少女が何者なのか。何を求めているのか。
「あなたにしかできない」
「…何だよそれ、?」
マモルの問いに、少女はまたもや沈黙を決め込むかと思われた。
少女は答えた。
「…たすけて」
「…え、?」
力の無いか細い声で
「…私を、たすけて」
少女はマモルに助けを求めた。
「……助けてって。おまえは、誰なんだよ?」
「…私はリザ」
「おまえがか?けど、リザはもういるんだ。おまえじゃない、本物のな」
「私だって本物。どちらも同じ私だよ。同じって言うのは少し違うけど」
「…リザもおまえも、同じリザだって言うのか、?」
「そうだよ」
「…ありえない」
「それでも本当のことなの」
「……どういうことなのか、説明してくれ」
マモルはどうにか自身の心を落ち着けようと努める。
「…わたしは、リザの感情の部分。そういう存在」
「リザの感情だって?」
「そう。そういう存在として生まれたの」
「何が起きたんだ」
「“ヌシ”が目覚めようとしている」
「…何、だって、?」
目の前の少女は“ヌシ”が目醒める。と、そう言った。
「“ヌシ” はずっと封じられていたの。けど “ ヌシ”は感情を吸収して徐々に力をつけ、永かった封印から目醒めた」
「感情を吸収って、じゃあおまえは、」
「私は“ヌシ”の影響を受けて生まれた」
「…っ、。」
「リザは、わたしは思いが強過ぎた。あらゆる思いが、」
マモルはそれを聞いて全てを悟った。
リザが抱え込んでいたもの。
それは生きていく上で避けられない非情で残酷な現実。
そう容易に解決などできるはずがなかった。
重荷を軽くすることは気休めに過ぎない。
リザを縛るものは余りに強い。強く絡みついて、足掻けば、抗えば、より強固になって縛りつける
マモルはリザを救えてなどいなかった。
「…そうか。リザは、ずっと…」
「……今も」
リザは、感情を吸う化け物に餌にされた。
そうしてその強い感情は貌を成し、今こうしてマモルの前に立っている。
「………マモルは、分かってない…」
「……っ、?!」
少女はマモルに歩みより、か弱い力でそれでも強く抱きしめた。
「……つらいよ。つらかったよ。…ずっと怖かった。生きる意味も希望も理由もなくて、誰からも疎まれて、世界が憎かった。私は何もしてないのに…っっ」
ひとりの少女のあまりに虚しくあまりに哀しい嘆きであった。
「……それでも、変わったんだよ。変われたんだよ」
「……」
「……マモルがいたから」
「…え、?」
「マモルが助けてくれたから……」
少女は泣いていた。
悲しみとは違う涙を流していた。
マモルは分かっていなかったのだ。
本当に、何も。
「……私の思いは…、マ、
ギュヲヲヲヲンンンッッッッ!!!!!
瞬間、聞こえた耳をつんざくような咆哮。
「…っ、今のは、!?」
扉の方を振り返る。
「……これは、!!」
遺跡への扉が大きく開かれていた。
禍々しく、万物を飲み込み闇へと誘う門。
マモルは直感で悟った。
「目醒めたんだな。“ヌシ”が……」
気づけば、マモルの傍にいた少女の姿はない。
小柄な少女の体を包めるほどの大きさの布切れだけが残っている。
マモルはそれを拾い上げ、強く握りしめる。
「……リザ、
…………今度こそ、おまえを救ってみせる 」




