第1話 異世界に招かれて
「……っ 。……」
何処からか声が聞こえる。
「………る…。」
「……も……な。」
「……お … は × × だからな。」
…どれほど時間が経っただろうか?
気がつくと、空を見上げながら地面に横たわっていた。
木や土の匂いがする。
何処か懐かしい感じがした。
そこに声の主の姿は無かった。
思い出したように彼は自身の身体の状態を手で触れて確認する。
- …俺、生きてんのか…?
彼は、六道 護はたった今確かに、トラックに跳ねられ絶命したはずだった。
起き上がり、周りを見渡す。
少し冷たい澄んだ空気が漂い、生きているようにさえ感じられる木々が生い茂っている。
どうやら、マモルは森で意識を失って倒れていたらしい。
「……何処だ。ここ」
見慣れない場所。
そこはマモルが住んでいる見知った街ではなかった。
明らかな異国の地。
記憶はある。
さっきまでいつも通りジムから自宅へと帰る道を歩いていたはずだ。
そしてその帰り道に起こった、
トラックとの衝突の瞬間までを鮮明に覚えている。
そこから急にここに飛んだ。
「…とにかく、人がいる所に行かねえと」
今はとにかく誰でもいいから人を見つけ、何らかの情報を得なければと思った。
手始めにジャージのポケットを探る。
ケータイ電話 。財布。絆創膏。
バッグにはグローブとパンツ。
ジムにしか通わないため、いつもと何一つ変わらない中身。
開ける前から既に分かってはいたことだったが、
この状況下で役に立つようなものは何一つ入っていない。
ケータイももちろん圏外。
仕方ないのでジャージのジッパーを締め直し、バッグを背負って歩き始めた。
森の中を歩きながらマモルはもう一度身体をあちらこちら触ってみた。
しかしいくら探っても損傷が見当たらない。
ただあるのは昔からあるボクシングの傷や跡。
古いものから新しいものまで数多く。
治りかけた傷の上にまた新たに傷をつくり、もうそれが身体の模様を形作っていた。
全身の骨が折れ、というか砕けていても不思議でないというのに、むしろそうでなければ不思議なくらいだというのに、傷どころか血痕もない。
あの事故そのものが無かったかのようであった。
- 治ったわけじゃない。はじめから傷なんて無かったみたいだ
何度も同じ考えを巡らせる。しかし考えるほどに混乱が増す。
現実ではあり得ない出来事が起きすぎている。
- …これは現実なのか?
にわかには信じ難く、現実ではないと絶対に言い切っていいほどにあり得ない状況ではあった。
が、決して夢とも思えなかった。
あの事故の瞬間、マモルは確かに鮮明な“死”の感覚を味わい絶命したはずだった。
「……わけわっかんね」
「どうかしたの?」
不意に背後から声がした。
少し驚いて振り返る。
少女がうずくまってこちらを見ていた。
- 人だ
マモルは咄嗟の出来事でまともに応答ができない。
「あ、えーと……」
少女は不思議そうに首を傾げる。
「あなた、不思議な格好をしているのね。旅人か狩人かしら?」
「旅人…?ではねぇけど、」
冷静でなかったこともあったが、少女が用いた言葉には明らかに違和感があった。その意図が分からない。
「俺、さっき死んで…てかここは一体…」
「大丈夫?一回落ちついて、何があったの?」
「何がって、そんなん俺が聞きたいところなんだが、」
冷静で在ろうとするために余計に冷静さが失われていく。
少女はマモルをなだめるように落ち着いた口調で尋ねた。
「まず、あなたはどこから来たの?」
「どこ?....どこって、日本だよ、いや日本は当然か、」
「にほん?」
「日本ですらないのか、ここは」
「それ何処かの地名か何か?」
「…マジで?」
落ち着きを取り戻すどころかさらに困惑する。
脳が、思考が追いつかない。
直面した状況に動揺することしかできない。
- あり得るのか。そんな事が
それでも何とか、とても正常ではない思考からようやく一言を吐き出した。
「ここは、どこなんだ?」
精一杯の質問だった。
「どこって…」
少女はさらに首を傾げて答える。
「 神の国、ルガルクロ王国。よ?」
聞いたことのない国だ。
どうやら本当にやって来てしまったらしい。
もといた世界とは別の、
異世界とやらに。




