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『アンジェリーナ』

作者: 小岩井

その春、大学一年の春休み。

僕は仲間たちと毎夜、街へ繰り出していた。ある時は居酒屋、またある時は英国風パブ、イタリアンの店やジャズ喫茶など。そこで騒ぎ散らかしたり、ガールハントしたり、あるいは文学、音楽や演劇について語り合い夜を明かした。


ある日、背が高くスレンダーなブルネットの髪の異国の少女が街に現れた。

彼女の噂は瞬く間に広がった。

聞けば、ニューヨークからやって来たらしい。まだ17歳、しかし憂いを帯びた表情は彼女を大人に見せていた。

なんでも彼女の母方の祖母が日本人で、その祖母を頼りに日本へやって来たそうだ。


喫茶店でコーヒーと煙草と共にケルアックの文庫本を読んでいたら、唐突に彼女が向かいの席に悪戯っぽく笑いながら座った。僕は驚いたが苦笑いしながら本に栞を挟んで、彼女と話し始めた。


彼女は少しだけ日本語を話せた。

僕は少しだけ英語を話せた。

筆談を交え、いろいろなことを話した。

お互いのいまのことに将来のこと、世の中に対し異議申し立てをしたいことなど、話は尽きることがなかった。

そこから、僕と彼女の交流が始まった。


やがて彼女の日本語、僕の英語が上達した頃には目を見つめ合うだけで気持ちが通じ合い、あえて言葉にする必要もなかった。その感情は、世間では「愛」と呼ばれるものだったのかもしれない。


ふたりは街でも評判のカップル。

もっとも、僕は冴えない男だったけれど…。


しかし、僕らの関係は然程長く続かなかった。

彼女は元々バレエをやっており、その才能を見込まれてフランスへ留学することになったのだ。

彼女自身も悩み抜いた末の結論。

いまなら、自分の夢を追いなよ、と快く言えるが、若過ぎた僕にそんなことを言えるはずもなかった。

来る日も来る日も彼女と喧嘩した。彼女は、また戻ってくるというが、待ってなんかいられない。一時も離れたくなかった。


やがて僕は彼女からの電話に出なくなった。日に日に彼女からの電話も減っていき、とうとう電話はかかってこなくなった。


二週間後、人づてに彼女が旅立ったことを耳にした。それを聞いたとき、きっと僕は怒りながら泣くような、相反する感情の混ざりあった顔をしていたと思う。


ただただ悲しかった。

そして、あんな行動しか取れない自分が情けなく、落胆した。しばらく生ける屍として時を過ごした。


そうしていても、時は過ぎていく。

彼女との思い出は一時も忘れなかったが、日々の暮らしに追われ、悲しみの感情は輝く思い出へと変わっていった。



あれから37年。

僕はいま、成田の到着ロビーにいる。


僕は20代半ばに結婚し、一男一女の父になった。子らは二人とも結婚し、今年の秋には祖父になる予定だ。


彼女はその後、バレリーナとして活躍した後、いまではバレエを教える側に回っている。


あの頃の仲間、いまだ付き合いのある者、もう二度と会えなくなった者、会おうと思えば会えるけれど会わない者、それぞれだ。

同じものを見ていた仲間でも、いつか違うものを見る時は来る。それは仕方のないこと。


けれど今日は、まだ残っている数少ない溜まり場だった店に当時の仲間が何人か集っている。

僕はエスコートを買って出たので、いま成田にひとり。もう10分もすれば懐かしい顔との再会だ。どんな顔をしたものか迷うが、きっと自然に笑ってしまうだろう。


いつだったか、曇ったフロントガラスの車の中「二人でいれば大丈夫だぜ」と彼女に言ったのを覚えている。時は流れても思いは変わらない。


もう来る頃だ、長い長い間の話は抱えきれないくらいだろう。お互い何も変わっていない、37年という時間を飛び越え、あの頃のまま成熟している筈だ。


ようやく君に言える。

おかえり、アンジェリーナ。

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