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一通のメール

 朝、会社に着くと1通のメールが届いていた。

 

 そのメールは、日本時間の夜中の3時12分に送信されており、差出人は西山さんという、かつて僕が大変お世話になった会社の上司である。


 彼は3年前、僕の上海行きが決まる際にとても力を尽くしてくれた方で、こちらに来てからも、陰でいろいろ手助けをしてくれた恩人のような人である。彼がいなければ、今の安定した生活は手に入れられなかっただろうし、僕は彼の、誰に対しても思いやりをもって礼儀正しく接するその姿をとても尊敬していた。


 ---お元気ですか?上海に行かれてからもう2年経ちますが、貴兄の活躍ぶりは日本でも話題になっております。貴兄なら期待にこたえてくれるとは思っていましたが、改めて僕の目に狂いはなかったと大変嬉しく思っています。


 ---さて、本日は貴兄にひとつ相談がありメールいたしました。本来、プライベートなことなので、お願いすること自体すこし躊躇しましたが、貴兄以外に頼る人がおらず、こうしてペンをとらせていただきました。


(オレ意外に頼る人がいないって、どんな相談だろう?・・・)


 僕は、彼の頼みなら出来る限りのことをしてあげたいと思ってメールを読み進めた。


 ---実は、僕には87歳になる年老いた母がいます。体だけは丈夫で病気もせずに来ましたが、最近、不注意で転び、骨折をしてから寝たきりになってしまい、それからめっきり気弱になってしまいました。そんな母が最近うわごとのように口にするのが上海の思い出です。


(上海の思い出?)


 僕は一瞬意味が呑み込めなかった。


(西山さんのお母さんって中国人なのか?・・・)


 その答えは、メールを読み続けるとすぐわかった。


 ---実は母は子供の頃、彼女の父の仕事の関係で、上海に住んでいたことがあるのです。僕が生まれたのはそのずっと後、戦後のことなので、これまで母は上海での生活について話してくれたことはありませんでした。


 ---ところが最近になって、「死ぬ前に、もう一度だけ上海の景色が見たい」と言うようになりました。もちろん、もう飛行機に乗れるような体ではないので、本人も無理なことは承知しているのですが、僕は、母の願いをなんとかかなえてあげられないかと考えました。


 ---そこで僕は、母の住んでいた場所を調べてそこの写真を撮って見せてあげようと思い、早速地図を買ってきて母に見せたのですが、70年以上も前のことですから、現在の地図を見てもぜんぜんわからないのです。


 ---そこで、神田の古本屋を回り、70年前の上海の地図を探し回り、ついにそれを見つけることができました。それを見せると母はとても喜び、当時、外滩ワイタンの北部、黄浦江フアンプージィアンと吴淞江ウーソンジィアンが交わった上のあたりに住んでいたことが何となくわかりました。


 西山さんのメールには、その古い地図のコピーが添付されていた。


 ---僕は、母の住んでいた場所を何とか特定し、その付近の写真を撮って持ち帰り、母に見せてあげたいと思っているのです。ただ、現在の地図と70年前の地図を比べて見ると、なんとなくはわかるのですが、やはり現地の中国人の方の協力を頂かなければ正確な場所の特定は難しいというのが本音で、何とか、手伝っていただくことができないでしょうか?


 メールの本文はそこまでで、最後に、彼らしく何度も詫びの言葉が連ねられていた。僕は、メールを読み終え、胸の奥のあたりに何かとても熱いものを感じ、折り返しすぐ電話をした。


 「悪いね、面倒なお願いをしてしまって・・・」


 彼は、そう言ってから僕の仕事のことを気遣って「迷惑じゃないかい?」と尋ねた。


 「心配しないでください。できればお母さんが昔撮った写真などがあればいいのですが・・・」


 そう言うと、西山さんは「わかった。探して送るよ」と答えた。


 僕は、寝たきりになっているというお母さんの様子が気になり、「ところでお母さんの様子はどうですか?」と尋ねると、「うん、あまりよくない。たぶん、もう長くないかもしれないんだ。仕方ないね、年だからね・・・」と言った。


 そして、彼は「本当にありがとう」と、何度か繰り返して電話を切った。


 ---お世話になった西山さんに恩返しができるかもな・・・


 僕は、早速、準備を開始することにした。



 ※この物語は、フィクションです。

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