元悪役執事、元悪役令嬢の婚約者を自称する。
「え?それで大丈夫だったの!?」
ヒロインは私の話をきいて驚きの声をあげた。
学校を休んだので、何があったのか聞かれて素直に答えたらこの慌てぶり。
こんな可愛い女の子に心配して貰えるなんて役得である。
「まあ、なんとかね。」
「でも、その階段、結構段数あったんでしょ?入院もする程だった…って一歩間違えれば死んでたんじゃ?」
「実はそれ私も思った。」
私は素直に頷く。
「ボディガードを雇ったら?」
「ボディガードねぇ。」
私はつぶやく。
なんとなくゴツい黒人さんが頭をよぎる。
「石竜子がいるしね」
「役に立ってない。」
ヒロインが鋭く突っ込む。
「そうは言うけど、石竜子は強いんだよ?」
専属執事は私のお世話係ってだけじゃない。
ボディガードだって兼ねているのだ。
まあ、強いんだよとフォローしてはみたが、実際強い所は見た事ないんだけどね。
「強くても危険な時に側にいなければ意味なくない?」
ごもっとも。
でもね、会社内で誰が危険と、思うよ?
「うちの貸そうか?」
「うちのって…」
ヒロイン、彼氏の貸し出しはよくないよ。
「明日から石竜子を離さず側に置く事にするよ。」
私はそう決めた。
「と、いう訳だから、暫く私の側から離れないように」
会社に向かう途中、石竜子にそう命じる。
「かしこまりました。」
石竜子は笑顔で了解する。
って、笑顔!
無表情がデフォなのに!
特に笑顔にするような事言ってないのに!
バックミラー越しでもこう…くるものがある!
「な、なんで笑顔!?」
目を逸らしつつ、問う
「私、笑ってましたか?」
無自覚か!?
「めっちゃいい笑顔だった!」
「まあ、守りたい人に守れと頼られて嬉しくない男はいませんよね?」
「お、おぅ…」
私はたじろぐ。
守りたいって、私、ただの雇い主の娘ですからね。
それがお仕事ですよ!
誰に言いたいのかよくわからない事を思う。
「あの男ではなく私を選んだ…」
「何か言った?」
「いいえ、なんでも」
にっこり
「!!?」
自分の中で一人わたわたしていた為聞き逃した台詞を問えば返ってきたのは笑顔。
どうした、石竜子!
明日は槍でも降るのか!?
会社に着いた。
私に着いてくる石竜子。
何、こいつ?
と、いう目線をものともしない石竜子。
社長と目があう。
ちょっと、来いや、と視線で合図され、私は荷物を置き次第社長室に向かう。
当たり前についてくる石竜子。
社長室に入り席に着くと同時に聞かれる
「この方は?」
「先日の件でボディガードとして来てもらいました。」
「ボディガード…」
天を仰ぐ社長。
「まずかったですかね?」
「うちの経済力でボディガードはないねぇ。」
「そういうものなんですか?」
小首を傾げる。
石竜子は常に側にいる存在。
お金とか考えた事なかった。
「…高いの?」
「薄給です」
石竜子はきっぱり言った。
金遣いが荒いのか、私の我儘に付き合うには安すぎる給料なのか…きっと前者に違いない!
「とりあえず、彼をボディガードと紹介するのはダメですね。
私の娘設定が一発で嘘とバレます。」
「じゃあ、なんて紹介すれば?」
「婚約者でいいのでは?」
「はい!?」
石竜子がしれっと入ってくる。
なんでやねん!
「恋人が怪我をして心配性な婚約者が付き従っている…まあ、ありがちな設定かと?」
そうかな?
いや、石竜子が言うんだ、ありがちなんだろう。
ちらりと社長を見る
「まあ、それでいいのでは?
仕事の邪魔にならなければ…」
「石竜子は邪魔なんてしないから平気よ」
「…いや、…うん、そうだといいな」
社長ははぎれが悪い。
なんだというのか?
ともかく、石竜子は偽物婚約者として周りに紹介された。
結論から言おう。
石竜子は仕事の邪魔になった。
別に石竜子が何かした訳ではない。
「石竜子さん、こちらに席を準備しました。
どうぞ、お座りください」
「石竜子さん、お茶どうぞ」
「石竜子さん、甘いものはお好きですか?
うちの会社は3時のおやつがでるんです。
今日はクッキーなんです。…あ、実は私の手作りなんです」
etc…。
すんげーもててる!
私は唖然とした。
わ、忘れてたけど、石竜子は攻略対象!
最難関攻略対象としてこのゲームに君臨し、攻略対象なのに攻略不能すぎて巷じゃバク呼ばわりされていたキャラだ。
高身長。
柔らかい黒髪。
無表情ながら整った美形ぶりは銀色の眼鏡程度では隠れる事もなく。
長い指からは色気を感じる。
そんな男をこの会社の女性がほおって置く事はなく。
てか、婚約者って紹介したのに、皆肉食系だな。
私は呆然としていた。
ちらりと視界に入った社長はやはりなという顔をしていた。
「あ、良美ちゃん」
よ、良美ちゃん!?
いつもちょっと呼ばわりだったのに!
もしくは社長の苗字呼びだ。
「お客様が第二会議室に入ったからお茶出しよろしく。」
「はい。」
私は席から離れる。
着いて行こうとした石竜子を女性陣は離さない。
何もない事を祈って私は行こう。
私は給湯室に入る。
誰もいなかったので安心してお茶の準備をする。
ガチャリ
ドアが、あいた。
石竜子が入ってきた…のではなく。
女性従業員が一人入ってきたのだった。