堂本vs石竜子
はっはっはっはっはっ!
私は今マラソン中である。走り始めてそろそろ30分経つが未だ5分休憩の声が聞こえない。だがここで文句を言うと10倍になってかえってかるので我慢だ。ちらりと堂本を見る。いつにも増して不機嫌そうな顔をしている。触らぬ神になんとやらだ。
「…なあ」
「!?」
たった今話かけないと決めたのにあろう事か相手の方から声をかけてきやがった!
「なん…でしょう?」
こっちは走りながらなので絶え絶えにこたえる
「お前彼氏いんの?」
「はあ!?」
思わず足を止めて…でもランナーは動いているので蹈鞴を踏み…転ぶ前に慌ててスイッチを切る。てか、こいつ何言ってんだ?私達はそんな話ができるほど仲良くないよね。
「どうなの?」
しかし、相手にとってはそれは些細な問題らしく更に言い募ってくる。
「いたらこんな所で走ってないし。」
「だよなぁ!」
知り合って以来最大規模の素敵笑顔で彼は頷いた。うわ、すげぇむかつく。
「5分休憩入ってもよいのですか?」
「ああ、いいぞ。」
珍しく嫌味も言われず許可が出る。私はランナーの上でペットボトルの水を飲む。その様子をじっと見つめる堂本。なんだか居心地悪いな。
「なんでそんな事聞いてくるんですか?」
「いや、昨日…カフェで男といたから彼氏かなと。」
一瞬言い淀んで答えてくる。
ああ、石竜子ね。
「で、彼氏でないならあれは誰?」
なんでそこまで突っ込んでくるんだよと思いつつ執事だよと言おうとして思い出す。私はここでは都築という名の一般ピーポーという設定だ。専属執事なんている訳ないのだ。はて、なんてこたえよう。
「なに、言えないの?」
声に鋭さが滲み出てきた。え、なんで怒られてんの?
「えーと…友達…?」
あ、疑問系で答えちゃった。
「は?ありえねぇ。」
なんでやねん。あ、年齢か。確かに年が一回り違うもんね。
「何隠してやがる?」
「や、やだなぁ何も隠してなんていませんよ」
てか、仮に隠してても責められるいわれはない。
「お前…そういう態度なら今日はとことん走れよ!」
バンっとランナーを強く叩き動かす。足元がいきなり動きだしもたつきながらも私は慌てて走りだしたのだった。
むかつくむかつくむかつく!
あいつ何隠してやがる?
スパルタタイムを終えて挨拶もそこそこに俺は爪を噛みながらカフェに向かっていた。今日もあいつはいるのか?周りが何故か俺を避けていくのでカフェにはあっさりとついた。そして探すまでもなく視界にあの男を捉える。男は俺の視線に全く気付かず優雅にコーヒーを飲んでいる。蛇は施設内の温泉に入ってからこちらにくるだろうからまだ時間はある。俺はその男に近づき声をかけた。
「こんにちは」
声をかけられ俺に目を向ける。改めて近くで見ると顔立ちの整い方に驚く。しいて難点を言えば目つきが悪い事か。この目つきの悪さは蛇にも言えるがこの男の視線は不快以外の何者でもない。
「はあ…」
なんだこいつと言わんばかりの視線を俺に送ってくる。
「あ、私堂本と言いまして都築様の専属トレーナーをしています。」
「ああ…」
目礼される。
「先日都築様とご一緒にいるところを拝見しましてお声がけさせて頂きました。」
「ああ、そういう事でしたか。」
ようやく言葉らしい言葉が聞けた。
「随分仲が良さそうでしたが、恋人同士なんですか?」
まあ、違うのは知ってるけどお約束で聞いてみる
「ええ、まあ。」
「はっ!?」
まさかの肯定に声が詰まる。落ち着け自分。笑顔を引きつらせるな。相手の顔を見ると先程の目つきの悪さが弱まり代わりに嘲笑の色が見える。この目ならさっきまでの睨み目の方が100倍ましだ。彼は優雅にコーヒーカップを傾ける。
「意外でしたか?」
かちゃんとカップをソーサーに置き問いかけてきた。
「ええ、まあ。」
いやいやいや、蛇は否定してたし。でも何か隠していたが、隠していた物の答えがこれか?
「こう見えて私達は長い付き合いなんですよ。」
にこりと微笑む。
「彼女のご両親も私の事を存じており、大変よくして頂いております。失礼ですが、私の後釜狙いは大変だとおもいますよ?」
体中の血液が沸騰するような感覚を覚える。怒りではない。羞恥心で、だ。このような経験は初めてだ。
「!し、失礼する!」
現役時代騎士とまで言われた誇り高き空手家のこの俺が、生まれて初めて敵前逃亡をした瞬間だった。
このスポーツジムの地下には温泉がある。まあ、温泉とは名ばかりのただの大浴場だ。今日は普段の3割増しで厳しかったのでいつも以上に汗をかいてしまった。ここでシャワーを浴び、着替えて出る。向かうは石竜子がいるカフェだ。私は階段を使い上を目指す。すると踊り場のところで目を血走らせた堂本とばったり出くわす。なんか、過去最大規模で雰囲気がやばい。機嫌が悪いなんてもんじゃない。たった今人殺して逃亡中といった感じだ。声もかけたくないので視線もあわせず彼をさりげなく避けて通りすぎようとしたら
がっ
「!?」
腕をつかまれ強制的に立ち止まらせる。
「な、なに?」
目は怒りに染まり私を睨んでいる。
あ、私殺される?
「お前、嘘ついたな?」
「は?」
話が見えず困惑する
「惚けるな。あの男だよ。」
ああ、石竜子の事か。嘘って友達って言ったあれか?
「さっき会って話して聞いたよ。」
「えっ!?」
石竜子、自分が執事って喋ったわけ?
ダメじゃん、私は一般ピーポーですよ。
「なにが友達だよ」
「いや、これには深いわけが」
言葉の途中で堂本の空いていた手が私の顎にかかる。首を絞められる!?まじで殺される!?
目を見開き逃げようとするが顔も手も動かない。
「動くな」
言われてぴたりと止まる私。下手に機嫌を損ねたら命がない。私と堂本の視線がかち合う。一拍おいて堂本の顔がこちらに傾いてきて…
「そこまでですよ」
凛とした、しかし不機嫌そのものと言わんばかりの声が踊り場に響き堂本は止まる。私と堂本の顔の距離は1センチにも満たなかった。堂本は視線だけを階段の上に注ぐ。かつんかつんと足音をならして私の隣に立つのは全ての元凶石竜子その人だった。
「返して頂きましょうか?」
そっと私の手をとり石竜子の方へ引き寄せられる。堂本は抵抗しない。私と堂本の距離はあっさり離れる。石竜子は私を後ろに隠し堂本を睨む。しばし無言で二人は睨みあい…
「ちっ」
舌打ちして堂本は私達の横をすり抜け階段を駆け上がっていき姿が見えなくなる。
ふう…
私は大きく息を吐いた。石竜子が私をそっと抱きしめる。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫だけど大丈夫じゃない。そもそもなんか私がついた嘘がばれてたんだけど。」
「嘘というと?」
「石竜子との関係」
「ああ。」
「なんか、石竜子に聞いた、嘘つくなって言われたんだけどなんて言ったのよ」
言われて石竜子は肩をすくめる。
「私はただ私の後釜は大変ですよとだけ。」
言われて私は驚いた。
「え!?堂本は私の執事になりたかったの!?」
「…なんでそうなるんですか…」
石竜子は何故か残念な子を見るような目と声でポツリと言うのだった。