元悪役通し仲良くしてみる
一体誰が私を突き落としたのだろう?
私が考えていると、石竜子が戻ってきた。
「お嬢様、手配完了しました。」
「ありがとう。」
「…」
あれ?
「…帰らないの?」
「私はお嬢様専属執事ですよ?」
…いや、でも入院先にまでいなくてもよくないか?
「用は特にないよ?」
あっても看護師さんに言えば大抵の事はなんとかなるよね?
「用がなくてもお側にいます。」
「いつからそんな忠犬になったんだか?」
私は笑う。
「ところで、医師からは本日の入浴は可能と伺いました。準備致しましょうか。」
「ああ、お願い。」
私は個室に入院しており、風呂も備え付けられている。
普通は看護師さんがするのだが、まあ、石竜子がやると言うのだ、やって貰おう。
石竜子は一礼して風呂の準備へと向かう。
暫くすると、風呂に湯を張る音がする。
石竜子が戻ってくる。
「林檎剥きます?」
「定番だな。」
私は笑いながら頷いた。
石竜子は果物ナイフを器用に操り林檎を切る。
…う、うさぎさん…だと?
ガラスの器にうさぎカットの林檎が4切れ。
剥いたのは石竜子だ。
もう一度言おう。
剥いたのは石竜子だ。
似合わね!
「何、にやついてるんですか?」
「いや、まさかうさぎさんとはね?」
「お嬢様、意外と元気ですよね?」
「ぐふ!?」
口の中にうさぎカットが突っ込まれる。
ムグムグ…ごくん
「いきなり何すんの」
「いきなりではいけませんか?」
「当たり前です!」
私は力強く言う。
言われて石竜子は小さく頷く。
器に残ったうさぎさんを手に取り、私の口の近くに持ってくる。
「はい、あーん」
「えええ!?….ぐふ!」
もぐもぐ…ごくん
「いや、何!?」
「何って、あーんです。」
「なんであーんなの!?」
「いきなりはダメと仰ったではありませんか。」
「いやいや、そもそもなんで食べさせるの!?」
「怪我人だからですかね?」
無表情で首を傾げる。
「あーんしてもらうほどの怪我はしてない!」
「ダメですよ。」
石竜子は私のツッコミを無視して三たびうさぎカットを手に取る。
「お嬢様なんですから。…はい、あーんして。」
私はそのうさぎを奪い取りしゃりしゃり食べる。
小さな反抗だ。
石竜子はむっとした顔をする。
「…」
無言で石竜子は左手で私の頭を撫でる。
「!?」
「お嬢様は怪我をされているのですよ?
どうか、私を安心させると思って私の手から食べてください。」
無表情だが懇願するように言う。
長い付き合いなので、そう言われると弱いのだ。
「お嬢様、口をお開けください」
石竜子は左手で頭を撫でながら右手でうさぎさんカットを私の口元に運ぶ。
「うぅ…」
私は暫し迷った後、口を開けた。
中にうさぎカットの林檎がそっと入ってくる。
噛むと甘い味が口に広がった。
「4つ切って3つ手から食べた…」
「ん?なんか言った?」
「いえ、なんでも。片付けますね。」
石竜子は器とナイフを片付けに行く。
すぐに戻ってきた。
「お嬢様、お風呂が沸きました。」
「そう、ありがとう。」
「….手伝いますか?」
「今すぐ、でてけ。」
石竜子は冗談は言わない。
奴は本気だ。
本気で私とお風呂に入る気だ!
私は全力でお断りした。
お風呂から上がると、テーブルの上に食事が準備されていた。
とても病院食とは思えない。
ホテルのルームサービスのようだ。
石竜子は椅子をひき私が座るとそっと押す。
「石竜子は食事どうするの?」
「お嬢様がお休みになりましたら頂きます」
「そうなると、だいぶ先になるよね。」
「…」
石竜子は無表情で無言だ。
「一緒に食べる?」
「私は使用人ですし…お嬢様と同じ席に着くなど恐れ多く。」
「こんな時くらい、一人で食事は嫌なんだけど。」
じっと見つめてみる。
「…私の食事の準備をしている間にお嬢様の食事が冷めてしまいますが?」
「かまわないわ。」
私の言葉を聞いて石竜子は自身の鞄からコンビニパンを出してくる。
その時間僅か10秒。
冷めないから!
石竜子は私の内心のツッコミを無視して前の席に座る。
「では、頂きましょうか。」
「う、うん。」
まるで私がそう言いだすと知っていたかのような夕飯のチョイスぶりである。
…なんか、一生石竜子には勝てない気がする。
「てか、方やルームサービス並みの食事、方やコンビニのパンってやりにくいわ」
「では、分けてください。」
「…」
この人、さっき使用人だからって同席を拒否したよね?
何、ご主人様のご飯ねだってんの?
私はジト目で見てやる。
石竜子はじっと私のご飯を見る。
「…」
「…」
「…何が欲しいの?」
「肉」
「よりによってメイン狙うか!」
私は思わず叫ぶ。
「ダメですか?」
「…わかったわよ」
私はため息まじりに肉を切る。
さて、この肉どこに置こう。
ちらっと石竜子を見る。
「食べさせてください。」
「なんで私が!?」
「いえ、置くところないですし、カトラリーもないですし。」
何か変なこと言いましたかと言った感じで言われると、私が変なのかと思えてくる。
「わかったわよ。…ったく…覚えてなさいよ?」
私は石竜子の口元に肉を持っていく。
「ええ、一生忘れませんよ」
普段無表情な癖に何故か微笑み石竜子は口を開ける。
私は口の中に肉を放り込む。
…ったく。
入院などという、非現実な状況に私も石竜子も酔っているのかもしれない。
でなければ、こんなことしない。
絶対だ。
私も食べようと再び肉を切り、口の中に放り込もうとして…ふと、気付く。
これって、間接なんちゃらでは!?
え?まじ??
気づかなければ気にならないのに、気付くと妙に意識してしまって…
「どうされました?」
「なんでもない!」
ぱくっ!
私は勢いで食べる。
視界に入った石竜子の口元は上がっていた。
こいつ…気づいてやがったな!?
なんだかんだで疲れる食事を終えたら寝る時間だ。
消灯の時間は病院故早いのだ。
私はベッドの中に入る。
石竜子は横の椅子に座る。
「いや、もう寝るから帰っていいよ。」
「寝付くまでいますよ?」
「いや、逆に寝れないから。」
横でじっと見られたら寝れないって!
「おや、出会った頃は私がいないと寝れなかったではありませんか?」
「一体いつの話よ!」
私の顔が赤くなる。
「さあ、ゆっくりお休みなさい。
明日は朝から検査ですよ」
石竜子が私の頭を撫でる。
冷たい手だ。
このひんやりとした手が私は昔から好きなのだ。
なんだか、気にするのが馬鹿らしく感じてくる。
すると、やはり疲れていたのか、頭を打った影響か眠くなる。
瞼を、閉じて…私は夢の中へと旅立つのだった。
「…お休みなさい、良美。」
石竜子の声が聞こえたような気がした。
額に何か柔らかいものが落ちてきたような気もしたが、もう夢うつつな私は深く考える事は出来なかった。