バレンタインデーイベント〜アランと石竜子編〜
家に着いた。
さて、石竜子にはいつ、なんて言ってチョコを渡せばよいのだろうか?
自室でチョコを前にウンウン唸る。
「おーい、入るぞ!」
ノックもそこそこにノエルが部屋に入ってくる。
慌ててチョコを隠す。
「何してんだ?」
「いや、別に?ところで何の用?」
ノエルは笑う。
「アランが来たぜ。」
「なんで、アランが!?」
「そんなん、俺が呼んだ」
まじか。てか、バレンタインデーイベントの為にわざわざ呼んだな!?
「ノエル、あんた、私の鞄にチョコ入れたでしょ!」
「おう。それがなにか?どうせ、石竜子にとられたろ?」
「まあ、そうだけど。」
「そのとられたらチョコはここにある!」
ジャジャーンと見せてくる。
「石竜子から回収したのね。」
「その通り。敢えて朝、石竜子に没収させる事によりバレンタインデーイベントを回避したと思わせる作戦だ。」
「実際回避したと思ってたわ。てか、渡さないわよ。」
「ふーん。そう、うまくいくかな?」
ノエルは私にチョコを押し付ける。
「お前はこのチョコをアランに食べさせる!」
「まさか!」
一瞬、ヒロインが言ってたあーんが、頭をよぎる。
いや、この私がそんな事するわけない。
落ち着け!
私はチョコを机に置いた。
とりあえず、夕飯時に来たのだ。
一緒に食事をしろという事だろう。
「アランだけが来たの?」
「ドラゴンはいない。」
不満そうに言う。
「ノエルにとってはラッキーなんじゃない?」
「バレンタインデーイベントでは二人出てくるんだ。それで、チョコ争奪戦がおきる。でも、いないからそもそも争奪戦は起きないわけで。」
「ゲームと違う展開で不安と。」
「そういうこと。」
「ここは現実よ。ゲームと違う展開なんてゴロゴロしてるわ。一々気にしちゃダメ。」
私は言いながらリビングへと向かった。
リビングには石竜子に入れてもらった紅茶を飲んでいるアランがいた。
「良美!」
私を見た瞬間、顔を綻ばせる。
その笑顔を好ましいと思う自分はほだされてきたのだろうか。
「今夜はようこそ」
「良美と会えるならいつでもいくよ!」
そんな事言うアランは勿論、現在日本に住んでる。都内有名ホテルに一年滞在するとの事。
「そういえば、ドラゴンも同じホテルに泊まってるのよね?会った?」
「いや、会ってない。」
アランは首を振る。
「というか、民族衣装を着てなくて、仮面も被ってなかったら気づけないから。」
「ごもっとも」
まさか、あの姿で24時間過ごしているとは思えない。過ごしていたらホテル滞在は無理だろう。
なら、ホテルで私の知らないところで喧嘩イベントを起こす事はないだろう。
そんなイベントあるのか知らないが。
「そろそろ夕飯です。こちらへどうぞ。」
石竜子が優雅に私達を案内する。
ダイニングには珍しくタイ料理が並んでた。
「アラン、辛い料理大丈夫?」
「…」
「ダメなら…」
「いえ、大丈夫です。」
心なしか青白い顔でそう言った。
石竜子は面白そうにアランを見ている。
ノエルはその隣で飄々としている。
執事達はあてにならない。
もし、辛そうなら私がストップをかけてあげよう。
トムヤムクンは辛かった。
グリーンカレーも辛かった。
普段より辛い。
比較的辛いの大丈夫な私もびっくりした。
アランは…やばい、隣で震えてる。
水をかなりがぶ飲みしているが、それでも辛そうだ。
石竜子はアランを小馬鹿にした目で見ていた。
ノエルはやはり飄々としている。
「ねえ、大丈夫?やめてもいいよ?」
「いえ、大丈夫です。普段食べなれてないだけで口に合わないわけではないですし、私の国の文化ですが、招かれた席での食べ残しは大変失礼に当たります。良美の前でそのような事は出来ません。」
うん、日本でも、お残しはダメっていうよね。
でも、そんな青白い顔までして我慢する必要はないんだよ。
「大丈夫だよ。これで無理に食べて倒れたりしたら…」
「倒れたら介抱してくれます?」
「…」
「僭越ながら、その場合は私が対応致します。」
石竜子が、しれっと言う。
アランがふっと笑う。
「絶対、倒れる訳にはいきませんね。」
せめて、もう少しマイルドにならないか?
「良美様」
ノエルがここで声をかけてきた。
「インターネットで調べたところ、カレーにチョコを入れるとマイルドになるそうですよ。試してみたらどうでしょう。」
言って、先程確かに置いてきたチョコを私に渡す。
なんだ!?
こ、これを入れろと?
固まる私。
同じく固まる石竜子。
まて、石竜子、貴方が何故固まる。
「良美様?」
息も絶え絶えなアランの声で我にかえる。
くっ!
選択肢がない。
と、いうか、ゲームの良美もカレーにチョコ入れてバレンタインデーのチョコだよとか言ったのだろうか?
「お嬢様、乳製品が辛い料理に効果的と聞きます。お持ちします。」
「あ、牛乳は切らしてる。」
石竜子がぴたりと止まる。
完全に先を読まれた展開だ。
ちらりとアランを見た。
うん、このままじゃ救急車を呼ぶはめになりそうだ。
私は意を決してノエルお手製?のチョコをカレーにぶち込んだ。
「よしっ!」
ノエルのガッツポーズが視界に捉える。
石竜子は無表情だ。
カレーの熱でチョコは溶ける。
スプーンでくるくる混ぜるアラン。
そして、一口。
「あ、少し楽になったかな?」
「本当?よかった。チョコならまだあるよ。」
どさっと置く。
「なんでこんなにあるんですか?」
「今日はバレンタインデーだからね!」
「私の為に用意をしてくれたんですね!」
すごく嬉しそうに言われ、違うとは言い出せなくなる。
ちらりとノエルを見ると彼はにこやかに頷いている。その隣の石竜子はなんだか怖い顔だ。
「これは、もしかして良美の手作り?」
いや、違うと、いうより早く。
「そうなんだよ!昨日の晩、キッチンで頑張ってたのを俺は見た!」
嘘つけ!
声を大にして言いたいが、いうより早く
「本当ですか!?私はとても幸せです。私ばかりが貴方を愛していて、良美は違うのではと不安に思っておりましたが違ったのですね。」
そう言われては、違うなどと言えない。
罪悪感半端ない。
「全部頂けるのですよね?」
「はい、どうぞ…」
私はアランにチョコを渡す。
彼は嬉しそうにそのうちの一つをとって口に入れる。
「とても美味しいです。」
「そ、それはよかった。」
アランはもうひとつチョコを取り出す。
「どうぞ、口をあけて。」
「へ?」
「どれくらい美味しいか教えてあげます」
え、えと…
「アラン様、お作りになった良美様が味を知らない訳ないです。わざわざ食べさせる必要はないかと。」
「私は良美とこの幸せを分かち合いたいだけなんだよ。」
石竜子の言葉を一蹴する。
「それに、使用人風情が婚約者同士の会話に入ってこない。」
冷たくアランは言い募る。
石竜子は無表情でアランを見つめている。
ここで絶対に謝らないのが石竜子クオリティだ。
私は諦めた。
「はい、良美、口をあけて。」
私はおとなしく口を開ける。
アランが私の口の中にチョコを入れた。
思いの外美味しかった。
ちらりとノエルを見た。
口がごにょごにょ動いている。
別に読唇術なんて使えないが、この動きは私もした事あるのですぐにわかった。
やつは確かにこう言ったのだ。
スチルゲット…と。
食事が終わり、アランは帰った。
そして、夜、寝る時間である。
私は目の前のチョコを見つめていた。
結果として、私はバレンタインデーイベントをこなしてしまった。
寧ろ、ヒロインとの一コマを考えれば、ゲーム以上に楽しんだと言える。
だけど、アランに関して言えばノエルにゲームキャラクターよろしく操作された感じがしてすごく嫌だ。
しかも、アランは結局私が作った訳じゃないチョコを誤解したまま嬉しそうに帰っていった。
いつか、この話をしなくてはならないだろう。
心がすごく重たい。
そして、それとは別件のこのチョコだ。
これは私の意思で買ったもので、これを石竜子に渡す行為はゲームにはないはずだ。
ノエルだってきっとアラン以外の男性に例え義理でもチョコを渡すのは良しとしないだろう。
だから、ゲームの意思じゃない。
間違いなく、私の意思で石竜子にチョコを渡すんだ。
私は思い切って、石竜子の部屋へ向かう。
ドアの前に立った。
大きく深呼吸して…
よし、いくぞ!
トントン
私はノックする。
ガチャ
ゆっくりとドアが開いた。
石竜子が顔を出し、私の顔を見て驚く。
まあ、私が石竜子の部屋を訪れるなんて、いままでなかったものね。
「お嬢様、どうされました?」
「いや、ちょっと渡したいものが…」
「では、中へどうぞ。」
別にここでサクッと渡してもよかっただが、誘われては断れない。
私は中へと入る。
石竜子の部屋は何故か和室だった。
石竜子の服装もいつものスーツではなくて、浴衣である。なんで、そんな日本的なんだ?
いや、人の趣味に口はださないけど。
今更ながら知った石竜子の意外な顔に驚く。
「それで渡したいものとは?」
座布団を勧められて、ちょこんと座った私にお茶を出しつつ問われる。
「えーっと、その…」
おい、ここまできたんだ!
とっとと、渡すぞ!
すごくすごく緊張する。
なぜだ。
相手は石竜子だぞ。
アランにチョコをあーんされた時よりも、匠にチョコを渡した時よりも、何故かずっとドキドキする。
「いや、まあ、うん、これを…」
もっと何か気の利いた事言えないのか、自分!
そっと差し出したチョコ。
添えるべき言葉がなってない。
嗚呼、何故だ。
「これは…」
「いやね、今日たまたま、買い物に行って、買ったの!ヒロインが友チョコってのをくれたからそのお返しにね。で、ついでに、ついでよ?ついでに、石竜子にも買ったのよ。」
凄い言い訳じみてる。
いや、言い訳なんだよね、実際。
「私にですか?」
「そうよ。それ以外に何があるっていうの?」
石竜子の顔が酷く歪む。
あ、迷惑だったのかな?
ずきりと胸が痛んだ。
よし、退散しよう。
私はすっくと立った。
「じゃ、それだけだから。」
だが、逃げる事が出来なかった。
私の手を石竜子が捕まえて離さなかったからだ。
「あ、あの…」
「ありがとうございます。」
「い、いいえ。」
「…」
「…」
暫し沈黙。
見つめ合う。
「こんなに嬉しい事はありません。」
「そんな大げさな。」
「大げさ?とんでもない。あの男がお嬢様からチョコを貰って喜んでいる様を見てどれだけ私が…」
ここで言葉が止まる。
「お嬢様。」
「はい?」
石竜子がじっと私を見つめる。
なんだか、熱が篭っているような?
「食べさせて下さい。」
「はい?」
何か悪いものでも食べたのでは!?
本気で心配する。
「私も食べさせてあげますから。」
「いや、いいよ、うん。」
「ほう?」
石竜子が目を細める。
「あの男にできて私にはできないと?」
「いや、そうじゃなくて。」
「はい、じゃあ、しましょう。座って下さい。」
「….」
逆らえない雰囲気の為、おとなしく座る。
石竜子が私との距離を縮める。
私が渡したチョコの箱を開けて中からチョコの欠片を取り出す。
コーヒーの香りがほのかに香る。
「はい、口をあけて下さい。」
言われて、おずおずと口をあけた。
次の瞬間、石竜子の細く長い指で摘まれたチョコが口の中へと入ってくる。
コーヒーの味がした。
「お味は?」
「….苦い。」
「そうですか?では、今度はお嬢様が私に食べさせて下さい。」
「それ、本気?」
「ええ。あの男に勝ちたい、ただの我儘ですけどね。」
何が、勝ち負けなのだろうか
わからないが、断れない。
私は石竜子から箱を受け取り中からチョコの欠片を取り出す。
そして、おずおずと、石竜子の口元へと運ぶ。
石竜子は口をあけて私のチョコを食べた。
チョコから手を離そうとして…
「!?」
石竜子に手首を掴まれ石竜子の口元に私の指がとどまる。
ぺろり
「!」
石竜子の舌が私の指を舐めた!
そして、指先にキスをする
「な、な、な…」
顔が、赤く染まるのを自覚する
「あの男がお嬢様の手作りで私のが市販品なのはこれでチャラにして差し上げます。」
「て、て手を、離して…」
力ない言葉であったが、石竜子は意地悪そうな笑みを浮かべて手を離した。私は石竜子にチョコの箱を押し付け、逃げるように部屋から出て行ったのだった。