婚約者選定イベント〜アラン最後の審判編〜
予定では時間通りに会場に到着するはずだった。
しかし、プライベートジェットの機体調整に時間がかかり、国を出るのに時間がかかった。
日本に着いてからも、渋滞にはまり、結果として
遅れて会場に着いてしまった。
兄上に事前に電話で知らせたところ、主役は遅れてくるもんだと笑って言っていたが、やはり、どう考えても遅刻はダメだろう。
私ははやる心を抑えて、会場に入った。
瞬間、目眩がした。
幾多の男達が私の良美に近づき、偽りの愛を囁いているのだから。
彼らは単に北帝が欲しいだけの欲深な者達。
そんな彼らの偽りの愛の囁きに良美は騙されるはずもないが、見ていて気分がよいものではない。
今すぐ、彼女を連れ去りたいがそれは現状不可能である。
「やあ、アラン君」
その声を聞いた瞬間体が硬直した。
ゆっくりと振り向くその先に、良美の父親、覇王がいた。
「…私をご存知で。」
「それは勿論。君…というか、君達兄弟は私の可愛い娘が正式に婚約者を募り出した時に最初に手を挙げたんだからね。」
無表情な為、楽しんでいるのか怒っているのかがわからない。
「光栄です」
私は一礼する。
「でも、振られたからって今回のあの件はよくないなあ」
ぎくりとする。
努めて顔には出さないようにするも、無理があった。
「…これで二度目。」
「?」
何が二度目なのだろうか。
私に心当たりはない。
「次はないよ」
冷たい声で耳元で囁かれ覇王は去る。
どうやら、人を探しているようだった。
私は大きく息を吐いた。
呼吸する事を忘れていたようで、肩が上下する。
覇王の言うところの二度目の意味はわからないが、どうでもいい。
私は呼吸を整え、良美の側へと移動する。
しかし、人が多く良美に近づく事すらままならない。本当に邪魔な虫どもだ。
だが、なんとか、良美の声が拾える程度には近づけた。だが、これ以上前に進むのは難しい。
只々、無秩序に良美に群がっているように見えたが、よく見ると地位や家柄に準じている。
地位や家柄がよい者程前にいて低いと後ろにいるのだ。このルールに則るならば、自分はこの辺りにいるのが妥当である。
しかし、ここでは、彼女と話す事さえ出来ない。無理に前に進もうとすれば、地位や家柄を盾に追い払われる。
私は思わず舌打ちする。
こんな、北帝しかみていない連中を蹴散らす事さえ出来ない自分が不甲斐なくてつらい。
良美が誰かの手を取った。
心が、痛い。
その男に微笑んでいる。
そのような顔を私以外に見せないで欲しい。
男のエスコートで良美はダンスフロアの中心で踊る。
良美のダンス技術もさる事ながら、男の腕前も中々であり、絵になると言ってよいだろう。
音楽が終わり二人は離れ…ない。
正確には、男が良美を離さなかったのだ。
何事かを良美に囁いている。
大方、二曲目のダンスの申し込みであろう。
これはルール違反ではなかろうか?
同じ男と連続して踊るのは普通の社交界でも恋仲でない限りはご法度である。
まして、今は婚約者選定中。
連続で踊ればそれ即ち、彼が婚約者だ。
誰が許すか。
自分以外もそう思うであろう。
しかし、意外な事に周りは落胆ムードに包まれる。
なぜだ…と、思い、男の顔をよく見て合点がいった。
私でも知っている。
確か昨年、世界レベルの映画賞を総なめにした俳優だ。去年の夏に公開されたアクション映画は私も見たが彼の演技は鳥肌ものだったのを覚えている。
彼の家柄については知らないが、良美と踊れる程度には近づけたのだ、私より良いのは明白だろう。
地位。
家柄。
美貌。
これに加えて誰の目にも明らかな才能。
一歩引いてしまった男達の気持ちもわかる。
しかし、私は引くわけにはいかない。
私は子供の頃からの婚約者なのだから。
私は及び腰な男達をかき分けて、ダンスフロアに躍り出る。
男は怪訝そうに、良美は驚いた顔で、私を見る。
「失礼」
私は二人の元に近寄り、良美を掻き抱く。
「な、何を!?」
男は混乱して叫ぶ。
「いえ、良美様がお困りのようでしたので、次は私と踊って頂けたらと思いこうして参りました。」
「困っていた?彼女は今まさに、私とセカンドダンスを踊ろうとしていたところだ。」
「果たしてそうでしょうか?」
言って私は良美を見る。
良美はこの間私の腕から逃げ出す事もなく、じっと私を見つめていた。
「…申し訳ありませんが、次はア…彼と踊ろうと思います。」
良美は男にそう告げた。
「ーーー!わかりました…また、機会があればお願いします…」
そう言って、男はフロアから降り幾多の男達の影へと消えた。
「では、良美、私と踊ってもらえませんか?」
「はい」
良美は私の手をとり流れるメロディにのってステップを踏む。
私は彼女に合わせてリードする。
「久しぶりです。」
「本当にきたのね。」
良美は呆れ半分に言うが来るに決まっている。
「はい、私は子供の頃に約束した貴方の婚約者。今夜ここにいない道理はありません。」
「昔の私は可愛いかったけど、今の私じゃ、北帝くらいしか貴方にあげられるものはないのだけど。」
「北帝?そんなものいりませんよ」
「じゃあ、私と結婚しても何も得るものはないわね。」
「貴方が欲しいのです。貴方がいれば、他に望むものはありません。」
「まさか…」
「貴方はお美しい。」
「まさか!」
良美は笑う。
「いいえ、ここの男達は全員が全員北帝が欲しいだけできた訳ではなさそうです。」
「?」
先程の男は少なくてもそうだ。
目を見ればわかる。
同じ思いを抱いた男同士だから
「貴方に恋をした者もいるのです。」
「そんな馬鹿な!」
「少なくても私はそうです。」
メロディが終わりに近づく。
「貴方の美しさに私は目を奪われました。貴方の優しさに心を奪われました。貴方を手に入れる事ができるならば、世界を敵にしても構いません。
喜んでこの身を捧げましょう。」
メロディが、終わった。
私と良美は離れる。
しかし、手は離さない。
私は良美の手を取ったまま、片膝をつく。
「どうか、私の言葉と思いが一欠片でも届いたならば、いまいちど、この私と踊っては頂けないでしょうか」
先日の誘拐よりもずっとずっと緊張する。
手が情けなくも震える。
最後の審判。
私は下された。
「ーーーはい」