婚約者選定イベント開始直前
誰もが主人公。
そう、当たり前の話だ。
私は北帝良美として生きている以上北帝良美が主人公の物語を紡いでいるのだ。
この物語では坂上香織だって脇役だ。
そして、坂上香織の物語では私は最初から脇役だった。
ずっとプレイヤー視点で主人公だのモブだの悪役だのと言っていたが、私はプレイヤーではない。
モブになりたいなんて願いは既に叶っていたと同時に永久に叶わない願いでもあるのだ。
今更ながらその事実に気づき愕然とするしかなかった。
ドレスは嫌いだ。
どんなタイプのドレスを着たって私は綺麗になれない。
アクセサリーも嫌いだ。
何を身につけても私を輝かせてはくれない。
なんて醜いのだろう。
私は姿見を眺めながらため息をついた。
濃紺の上品なドレス
薔薇をモチーフにルビーで作られたヘッドドレス。
合わせた金額は外車が買える程になるが投資に対して回収が追いついていない。
元来顔の造作の悪さは化粧では隠しきれないものがあるし、体型だってこのドレスを着こなす程の細さではない。
お父様が下さったものでなければ絶対に着なかった。
お父様から正式な婚約者を選定せよとの命令を受けて丁度一月。
私は避けたくて仕方のないパーティに挑もうとしていた。
例えばの話。
60歳の男と48歳の女の結婚話と17歳の青年と5歳の幼女の婚約話。
どちらが、話好きの紳士淑女の格好の餌食かと言えば、圧倒的に後者である。
たとえ、諸事情により婚約話が流れても、人の口に戸はたてられないと言わんばかりに、尾ひれ胸びれ、腹びれをふんだんにまとって人の間を魚は泳ぐものだ。
とある男がそんは例え話を思い出した丁度その時、私室に怪しげな男が極秘で訪れる。
男が呼んだのだ。
軽くウェーブのかかった地毛に見える茶色の髪
黒い瞳は男の次くらいに鋭さがある。
今年、30歳になる青年だ。
「久しぶりの民族衣装はどうかな」
本来ならば笑顔で問うてもよいのだが、生憎男はある特定の条件下でしか笑顔が作れないので無表情で問う。
「懐かしく思います」
青年は左手を胸に置き軽く一礼をする。
臣下の礼だ。
この二人には今の所明確な上下関係が存在する。
しかし、今だけだ、と青年は右手に持つ白いナニカに軽く視線を落としながら思う。
「それはよかった。」
男は頷く。
「まあ、君達の我儘をきいて10年待ったんだ。これで失敗とかやめてね?」
言わずもがな。
青年は昰と答える。
青年が二人の間にある上下関係を煩わしいと感じている以上に目の前の男はこの関係を厭うている。
二人の関係を壊す為、そして青年にとって己の生まれより大事なものを得る為に、男にとって命より大事なものを捧げる為に、10年も時を要したのだ。
ここで躓く訳にはいかない。
「そろそろパーティが始まります。」
青年はそう、礼をして右手に持つ白いナニカ…顔の上半分を隠す仮面を被る。
そして、踵を返し男の私室をでた。
これから行われるパーティは仮面舞踏会…ではない。また、彼は月の名の下に正義の鉄槌を下す美少女のお助けキャラクターでもない。
しかし、必要だから、仮面を被るのだ。
昇り竜が描かれた民族衣装によく映えた白い仮面の男の健闘を祈りながら男は見送った。