モブなんてこの世に存在しない
「婚約者選定イベントきた!」
その日の夜、ミーハーサポートキャラことノエルが私の部屋にやってきたかと思えば浮かれて言う。
「やっぱりイベントなのね。」
対する私は力なく言う。
ゲームではイベントきた!で済むが、現実では気が重いだけだ。自分の人生最大の分岐がイベントで決定するってなんか、嫌だ。
「で、どうなるの?」
とは言え一応聞いておく。
「来月、予定通りパーティが開かれる。数多の婚約者候補が集まる。…が。」
ここで、言葉をノエルは切る。
「ゲームだと、集まるだけ。」
「?」
ゲームだと?
「集まるには集まる。北帝になりたい男など腐る程いるからね。だけど、誰も良美には近づかない。」
ああ、理由はわかる。
「その醜い容姿故、北帝の魅力をもってしても良美を口説く男はいない。さながら、パーティ会場はお通夜状態。」
「うわー、パーティ嫌だ…」
私は早くも及び腰になる。
「ところが、そこに、救世主が現れる。」
「救世主?」
「アランと通称ドラゴンだ。」
「は?」
アランはわかる。
そうか、パーティに合わせてやってくるのか。
しかし、
「ドラゴンって何?」
私達が生きてる世界にファタジー要素はない。
いきなりドラゴンってなんだ。
「俺はアランルートを通ったから、このドラゴンが何者かは明かされずに終わった。」
あ、とりあえず人らしい。
「ドラゴンは通称。本名を明かさず…というより、ゲーム中一度も喋らない。」
「じゃあ、なんでドラゴン?」
「奴が着ていた服に昇り竜が描かれているから、良美がドラゴンと名付けるんだ。」
「ネーミングセンス0ね。」
「名付けはお前だからな。」
ゲーム中の良美と私は別人だと声を大にしていいたい。
「で、この二人だけが、良美に近づきダンスを踊り正式な婚約者候補となる。」
どうやら、それが婚約者選定イベントの概要らしい。
「だけど、ゲームと既に大きく違う点があるからな。」
「何が?」
「このイベントの流れは良美が醜いが故に起こる。でも、今は違うから…」
「何言ってるの?充分、イベントの流れを起こせる外見でしょ?」
綺麗とは程遠い外見だ。
パーティで多少着飾っても流れが変わる程ではない。
「逃げたい。」
逃る訳にもいかない事はわかっているが、本音が漏れる。
「いやいや、これからゲームが始まるんだから、ヒロインが逃げちゃダメだろー!」
ノエルはサポートキャラだが、視点は限りなくプレイヤーに近い。私を動かしアランルートに入れたいのだ。逃すはずもない。
「はあ、わかってるわよ。しかし、私はモブになる予定だったのに、何故こんな事になったのかしら?」
いつの間にやらヒロインだ。
悪役なら低スペックでも許されるがヒロインはダメだろう。何故ゲーム会社はこんな私を隠してまでヒロインに仕立て上げたのか?
「モブ?なんだそれ?」
「匠に振られて前世の記憶を思い出した時に、悪役の役目も果たしたんだし、悪役やめてモブになろうって思ったのよ。」
ちっとも、モブになれてないのが悔しい。
一体何が悪いのか?
「はあ?馬鹿なの?」
言われてちょっとカチンとくる。
「なんですって?」
「前世でこんな言葉聞かなかったか?」
この後ノエルが言った言葉を私は一生忘れない。
「誰だって自分の人生という物語の主人公なんだ」