旅立ち
リムジンはあっという間に空港についてしまった。プライベートジェットが準備できるまでと通された部屋で着替えを促され、私は内心舌打ちした。
服に仕込んだ発信機が外されるからだ。人工衛星を利用した最新型であり、世界のどこにいても私の居所を正確に捉える。けど、制服と一緒に発信機は廃棄された。代わりに与えられた服を私は着る。有名海外ブランドのワンピースだった。
「とても似合ってます」
「そうか?」
私には甘すぎるテイストだと思う。
どうにも落ち着かない。
「靴があってませんね」
私はローファーを履いていた。
さっきまで制服だったんだから当たり前である。
アランは私の前で跪く。
そして、ローファーを恭しく脱がし、足の指先にキスをする
「な!何を!?」
「可愛らしい足だったので、つい…」
悪戯成功とでも言いたげな顔で言われ、羞恥心で顔が赤く染まる。
アランの横に茶髪のスーツ男が箱を持って現れた。
アランはその箱を受け取り中から靴を出す。
このワンピースにあいそうな華奢なデザインのパンプスだった。
アランはパンプスを履かせる。
さらに、金髪と黒髪のスーツ男も箱を持って現れる。
アランは箱を開け、中身を取り出す。
ピアス、ネックレス、ブレスレット。
全て華奢で可憐なデザインだった。
それらを一つ一つ丁寧に私につける。
「似合ってますよ」
全て飾り終えるとアランは満足したように笑った。
「そろそろ、ジェット機の準備が終わります。さあ、私の国へ行きましょう。」
アランは言って私をエスコートするのだった。
異変に気付いたのは、香織達とさして変わらない時間だった。気高き私の主人が身につけている発信機がありえない動きを示したのだ。
こうなると、もう、私は考える事が出来なくなる。私は車を出して、発信機を追うことにした。
追う途中、空港に向かっている事に気づく。
良美様の身に何かあった…おそらく誘拐だとあたりをつけ、警察へ連絡を入れる。
良美様は無事だろうか…。
いえ、おそらく命は無事でしょう。
死んでしまっては利用価値がなくなりますから。
しかし、良美様は少々口が過ぎるきらいがあります。犯人を怒らせ、殴られているかもしれません。もしかしたら、それ以上に酷い事をされているかもしれません。
自分で勝手に想像しておきながら、怖くなり身を震わせた。
空港に在中する警察、警備員総出で空港内にいると思しき女子高生を探すことになる。
「本当にいるのかよ」
若手の警備員の一人田中は愚痴る。
休憩に入りさあ、食事だと箸をとった所で呼びだされたのだ。愚痴るくらい許されるべきである。
しかも、自分が下っ端だからか、詳しい説明すらない。顔写真がデータで渡されその人物を探せとの事だった。なんで、こんな大人数で探すのかすら知らない。一体なにやったんだ、このガキは?
やる気はまったくないが、見つけて保護した者には金一封との事だったので、探すふりくらいはしていた。
彼にもう少しやる気があれば。
彼に渡された顔写真のデータがもう少し新しいものだったら。
あるいは、女子高生という先入観がなければ。
彼は気付けたに違いない。
すぐ横を通る外国人にエスコートされた、可憐な少女が探し他人だという事を。
当たり前だが、私はパスポートをもっていない。
従って外国にはいけない。ところが今、自分はプライベートジェットで旅立とうとしている。
どうせ、途中で頓挫するだろうと思っていたら、普通に行けそうなので、さすがに慌てた。
そんな私の様子を楽しそうに見ていたアランは
私に手帳を見せてくる。
まごうごとなき私のパスポートだった。
すわ、偽造か、と思ったが、正規品で間違いなさそうだ。
なんであるんだよ。盗んだのか?
それとも、使用人の誰かが横流したかのどちらかだ。アランの表情からして…うん、後者だな。
「安心して下さい。私の国へは問題なく行けます。また、貴方に不自由な思いはさせません。
大切にいたします」
私の隣に座ったアランが言う。
「ずっと恋い焦がれておりました。やっと私の国へ来て頂ける…そう考えるだけで、私は幸せです。」
アランは耳元で囁く。
「兄上達には貴方を渡しません。貴方を幸せにするのは私の役目。大切にいたします。ですから、どうか、私を貴方の婚約者にして下さい」
「そして、跡目争いに勝たせろと?」
鼻で笑う私。とんだ茶番だ。
これから、なんという国へ行くのかは知らないが、まぁ、大丈夫だろう。
私は石竜子を想う。
きっと彼なら世界の果てに連れて行かれても迎えに来てくれるだろうから。