3255分の1
迂闊だった!
私は一人ホゾを噛みながら走り去る新幹線を見ていた。私の隣には美青年が一人。後ろにも、三人のスーツを着た青年がいた。
見えないが、他にも私を取り囲むようにしているのだろう。
隣の美青年は私の手をとり、先を促す。
その様はまるでエスコートのようにも見え、まさか、誘拐犯とは思うまい。
私は彼らに従い歩いた。駅を出てすぐに一台の車が現れる。
リムジンだった。中へと促され私は乗り込む。
私をエスコートしていた男と後ろを固めていた男も中に入り、程なく車は動いた。
私は彼らを観察する。
私をエスコートした男。
金髪、青目で理想の王子様そのものの雰囲気を醸し出していた。
金髪は染めているのではない。青目はカラコンではない。白い肌を持つ異国の人だった。
そして、スーツの男達。
彼らは茶髪・黒髪・金髪の三人で、目の色は全員茶色。やはり、異国の人のようだ。
「どうぞ、こちらを」
流暢な日本語と共にスーツの男から渡されたのはグラスに注がれたジュースだった。
私は受け取るが飲まない。
隣に座る王子様も同じ物を受け取っていた。
こちらは普通にゴクリと飲み干す。
「嗚呼、やっと会えました。やっと手にいれました。」
グラスをスーツ男に渡して彼はシートにもたれかかった。
「まだです。まだ手に入れたとは言い難い。」
スーツ男は冷静に言う。
「わかってますよ。」
王子様は不貞腐れて言う。
私と王子様は目があった。
彼はにこりと微笑む。私は努めて冷ややかな視線を王子様に注ぐ。
「僕はアラン。アラン・ド・ノブリース。先祖が子爵の爵位を賜っています」
「…」
だからどうしたとしか言いようがない。
貴族という制度がある国は以外と多い。
が、昔は実態のあるものだったかもしれないが、現代では社会のお飾りだ。
まあ、このリムジンといい、王子様といい、金はあるみたいだから、世襲貴族として、それなりの財産をもってるのかもしれない。
「で、なんの用な訳?」
「私の国へ来て頂きたい」
「観光って訳じゃないんでしょ?」
私は飲まないジュースをスーツ男に返して言う。
「勿論。実は僕には兄弟がいてね。」
「跡目争いで、一歩リードしたくて北帝と結婚を思いついたって言ったら指差して笑うよ」
「…」
目を細め、剣呑な雰囲気が混じる。
どうやら図星だったようだ。
「またか…」
私はため息をついた。
「また?」
アランが首を傾げる
北帝に生まれた私は誘拐にあうことも多かった。
お金がなくて、身代金目的のものもあったが、実はそれは少数派であった。
大半は、北帝の姻族になりたい者が一族総出で私を浚うのだ。姻族になりたい理由は様々。
一族の地位を高めたい者。
一族を守って貰いたい者。
そして、今回のアランのように、跡目争いで勝ち抜き、財を我が物にしたい者。
本当に多いのだ。この手の輩が。
石竜子が私の執事になってからはだいぶ落ち着いたが、0ではない。
「まあ、貴方と同じ考えを持ち、実行する人間は意外と多いのよ。」
「仕方ない、君には婚約者がいないのだから。」
そう、まさにそれである。
本来ならば、遅くても高校に入る前には北帝に相応しい家柄と地位を持つ男性と婚約しているはずなのだ。だが、私はしていない。
私は醜い。
私に持ち込まれた縁談は皆家柄、地位だけでなく、外見も素晴らしい人達だった。
美しい男は大好きだが、夫婦として並ぶとなれば話は別だ。
好き好んで、美しい夫の引き立て役になどなりたくないし、北帝ブランドで夫を釣った、騙したなど言われたくない。
美しい夫に愛される自信も、愛する自信もない。
だけど、自分の夫が他の美しい女性を密かに囲うのも許せそうにない。
そういう訳で私には婚約者がいない。
お父様も何も言わなかったから問題ないかと思ったらそんな事なかったようだが。
「私は貴方の婚約者候補なんですよ?」
「それは知らなかったわ」
お見合いの申し込みは北帝ブランドのお陰で山と来ていた。私は手に取る事もなかったが、その中に彼もいたのだろう。
「因みに兄上達も候補です」
「知らないなあ」
「こんなにも恋い焦がれているのに」
私の手をとり甲にキスを落とす。
「色よい返事がきた者が時期当主になれるなら、そりゃ恋い焦がれもするわな」
私は手を振りほどいて言う。
ポッケからハンカチを取り出し、わざとらしく、キスされたところを拭う。
「3255」
「?」
私が述べた数字にアランは首を傾げる。
「高校に入る直前までに私の手元に来た見合いの数よ。今も定期的に来ているらしいけど、報告を受けるのも面倒だから今はどのくらいの数が手元にあるのか知らないわ。使用人が一律断りの返事をしているはずだけどね。」
私はハンカチをポッケにしまう。
「でね、皆家柄、地位、外見、素晴らしい人達らしいのよ。見てないけど。でも、これだけ数があれば断りの返事を出す使用人の目に止まる人も出てくるの。」
ここで、一度言葉をきる。
「そこから、気が向けば私は見合いの資料を見たりするのだけど、貴方の資料は見なかったし、そもそも名前も上がらなかった。」
私は笑みを浮かべた
「元々恋い焦がれても、婚約は愚か会う事すら本来は叶わなかったと思うのだけど?」
「私等眼中になかったと。」
「そういうこと」
言われてアランは笑い出す
「そうですか!では、貴方は覚えていないのですね?」
「何を?」
「覚えていないのなら、よいのです。正規の方法ではダメな事もわかりましたしね。」
ぐっと私の肩を抱き寄せる。
「ずっと、思違いをしていた私が滑稽で仕方ないですが、こうやって会えたのですからよしとしましょう。」
勝手に納得してしまう。
私は何かを忘れてる?
前世の記憶まである私が?
少なくてもこの男はゲームにはでてきていない。
「少し強引ですが、覚えていないのなら仕方ありません。このまま、私の国へ来て頂きます。」
空いている手で私の髪を弄ぶ。
「私の婚約者としてね。」