悪役vs悪役4〜最終回〜
私は走った。私の目に鈍く光る…ナイフが見えた。思考は止まる。ナイフに手を伸ばす。
掴んで抱き込んだ。勢い余って、屋形に体当たりした形になる。
「…!」
言いたい事はたくさんあった。
やめろ!とか何やってるの!とか…だけど、言葉にならない。
「何すんだ!」
屋形の声に我にかえる
「そ、それはこっちの…痛い!」
何も考えずにナイフを素手で掴んだので手がざっくり切れてしまっていた。
それに気付き、屋形が驚く
「馬鹿!何やって…」
屋形はナイフを放し私の手を掴み凝視する。
「病院!」
屋形は叫んだ。
「いや、大丈夫…」
「な、訳あるか!大体、俺はあんたに他にも…」
後半消えてしまったが、言いたい事はわかる。
「大丈夫。」
「いや、」
「大丈夫!」
私は力強く言う。
本当は頭も手も痛い。けど、このタイミングでは言えない。
「大丈夫だから、もう終わりにしよう。」
「俺は香織がいないと…」
生きていけないんだ、と呟く彼はまるで子供のよう。涙に濡れた彼は出会った時の雰囲気は欠片もない。
「だからって心中しようとしない。」
「なんで、止めんだよ」
「後始末が面倒。」
すぱっという私に口をぽかんとあける屋形。
ここはもっと違う感動的な言葉をかけるシーンかもしれないが、脊髄反射でこの言葉が出てきた。
だって、目の前で心中なんてされたら、どうやって片付ければいいの?何をどこまでもみ消せばいいの?正直、私の手にあまる。だから、すんな。
頼むから。どうしてもと、いうなら心中じゃなくて私の知らない所でひっそりと自殺をしてくれ。
別に屋形が死ぬと悲しいとか思ってる訳じゃない。神に誓って屋形を心配なんてしていない。
「迷惑だから、死ぬな。」
ただ、ただ、その一言につきる
きっぱり言う。匠に振られた時に感じた絶望を私は知ってる。屋形が抱く絶望の何万分の1だろうけど、死にたくなる気持ちが全く理解できないわけじゃない。
「嘘だと思うなら、今から家に帰ってごはん食べてふて寝しなさい。死ぬ気なんて綺麗になくなってるから。」
屋形は俯いて無言だ。
「ふて寝して目が覚めたら、前世の1つも思い出して、何もかもどうでもよくなってるわよ。」
笑いながら私はいう。
「いや、前世って…。いや、それはどうでもいい。」
ふらりと立ち上がった。
ちらっとヒロインと堂本を見る。目に生気がない。そしてフラフラしながら車に向かい運転席のドアをあける。乗り込む前に私を見た。
ああ、これ、一人にしてはいけない人の目だ。
でも、私は声もかけないし、ついてもいかない。
ふっと目をそらし、車に乗り込みエンジンをかけた。すぐに車を動かし、ターンを決め私の前にくる。窓を開けて私に小さく囁いて…
アクセル踏んで去っていった。
私はへたりと座り込む。3人が私にかけよる
「大丈夫か!?」
「すぐに病院へ!」
堂本と石竜子が言う。
私はヒロインを見る。
ヒロインは半泣きだ。
「私は大丈夫、それより、今日は何もなかった、て事でよろしく」
「はっ!?何言ってるんだ!?お前を殴って埋めようとして、首まで締めて、とどめにナイフで怪我までしたんだぞ!警察だろ!普通!!」
堂本が言う。
「私の為?」
ヒロインが問うてくる。
「私の知り合いだから屋形さんの事許しちゃうの?」
それもある。ヒロインの両親がクソなのは屋形のせいではない。彼らの近くにいたらヒロインは最底辺の生活を強いられていただろう。やり方は非常にまずいが、彼女を両親から引き離し学校に通わせたのは屋形だ。でも、それは理由の一つに過ぎない。もっと根本的な理由がある。
「違うわ」
「じゃあ、なんで!?」
問われて、私は息を吐く。そして思い切って言った。
「お父様に怒られたくない。」
実にくだらない最大の理由の恐ろしさを理解できるのはこの場所に石竜子しかいないのが残念だった。