悪役vs悪役1
うん、予定外だな。屋形にエスコートされながらそう、思う。食事後、ホテルの一室に彼を誘導する。簡単なお仕事だと思っていたが、そうではなかった。まさか、食事先がホテルの一室でルームサービスを利用するなんて思わなかったよ!ここは日本でも有名な外資系ホテル。残念ながら北帝の傘下ではない上に、急いで調べさせたところ、反社会的勢力が出入りしているとのこと。私はルームサービスのメニューを見つめながら、あ、詰んだなと思った。
内線でルームサービスを依頼して、彼は微笑んだ。ソファに座る私のところにやってきて隣に座る。そして横からぎゅっと抱きしめる。
「やっと会えましたね」
「は、はい…」
「緊張してる?」
私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「は、はい…」
俯く私に屋形はクスリと笑う。
「大丈夫ですよ、誰にも邪魔されず、ゆっくりお話できたらと思っただけなので」
「そ、そうでしたか」
「それとも…期待しましたか?」
「な、なにを!?」
「冗談ですよ。」
全く、笑えない冗談だ。いや、そんな事よりどうするかを考えよう。もう、予め用意していたホテルの部屋に屋形を連れて行くのは不可能だ。と、いう事は堂本をこの部屋に呼ぶしかない。隙をみてスマホで連絡するしかないな。
「でも、本当に夢のようです。良美と二人きりだなんて。このまま時間が止まればいいのに」
そう言った直後着信音が鳴る。私ではなく、屋形だ。屋形はチッと舌打ちしてスマホを取り出し出る…ではなく、拒否して、電源をオフにしてしまった。
「い、いいのですか?仕事の電話だったのでは?」
「どうせ大した事はありませんよ。それより二人の時間は短いのに、邪魔されるのが我慢なりません。」
「そ、そうですか…」
「それより、お願いが…」
「なんでしょう?」
「どうか、貴方もスマホの電源を切って欲しいのです。」
「!」
「二人の時間を邪魔されたくないのです。どうか、私の我儘を聞いてもらえないでしょうか」
聞きたくないわ。そう、突っ込む訳にもいかず私は諦めてスマホの電源を落とした。と、いうか、さっきの電話私のスマホの電源を落とさせる為の自作自演なんじゃ?
「スマホはこちらに置いておきましょう。」
鞄にしまおうと思ったスマホを屋形はベットの横にあるサイドテーブルに置くよう指示する。うわっそこまでされると、こっそり連絡も無理。益々やばい。な、なんとかしなくては!でも、何をすればよいのかわからないので、とりあえず時間を稼ごう。
「あ、あの、」
「なんだい?」
「ま、まことって苗字はなんて言うのですか?」
問われて、屋形は目をパチクリとさせる
「そういえば、言ってませんでしたねぇ。…屋形といいます。良美は?」
北帝と名乗ろうかと思ったが、もし、私が屋形の事を何も知らなかったとしたら絶対北帝なんて名乗らないので、やめておく事にする。
「都築といいます。」
屋形は目をすっと細めてじっとこちらを見る。
「本当に?」
「…え?」
「本当にその苗字で合ってる?」
きたきたきた!屋形は私に北帝と名乗らせたいようだ!なら、私のとるべき道は一つ
「ごめんなさい。本当は北帝といいます」
言った途端、ふわりと私の頭を屋形は撫でる。まるで、よくできましたとでも言うように。
「いや、北帝なら、よく知らない人間に偽名を名乗るのはありだよ。」
「まことは、最初から私が北帝だって知っていたの?」
困ったような笑顔を屋形は見せる
「うん、知ってた。」
敢えて私は驚いたような顔をする。そして、俯く。
「でも、僕は良美が北帝だから近づいた訳じゃない。良美だから話したい、こうやって抱きしめたいとおもったんだ。」
その言葉が本当だったら幸せだろうな。ふと私は思った。
「…本当に?」
「勿論。」
私と屋形は暫し見つめ合う。やがてどちらからともなく動き…口づけを交わす。こんな気持ちのない嘘のキスができるようになるなんて信じられない。自分が汚れたような気がした。でも、汚れても大丈夫だろう。なんとなく、そんな気がするのは先日の石竜子のせいか。
「…愛してます。貴方と初めてお会いした時から、この気持ちを、もっておりました。」
「…私も…」
…愛してます…とは言えなかった。嘘のキスは出来るのに、愛しているという言葉は言えなかったのは、どこかでその言葉を嘘偽りなく言える人を探しているからだろうか。
「…私と良美が同じ気持ちだったなんて…夢のようだ。信じられない。」
うっとりと言われると本当にそう思っているのではと錯覚してしまう。
ピンポン
ふいに部屋のベルが鳴る。ルームサービスが来たのか?屋形は私を離して部屋のドアをあける。
「うわっ!」
屋形の声がした。私は彼の様子が気になってひょいと覗く。そこには数人のわかりやすい反社会的勢力がいた。
ああ、自作自演ですね。