もうやめましょう
何も考える事は出来なかったが、周りに心配や迷惑をかける訳にはいかない。私は笑顔で帰り道を行く。道中土産も買って私は自宅に着いた。
自室に着いたら、…ああ、荷ほどきしなくちゃ。疲れたから、お風呂にも入りたい。でも、兎に角何にも考えずに眠りたい。道中はよかった。笑顔を作らなくてはいけなくて、それに集中していれば考えずにすんだから。でも、自宅に着いたらそうもいかない。でも、まだ考えたくない。
私は荷物を放り出して、着替えもせずにベットに潜り込んだ。潜り込んでみると、どうやら本当に疲れていたらしく、睡魔が襲ってきた。うつらうつらしていると、ふと足元に人の気配がした。
…まさか
「まこと!?」
気配の方を見ればそこにいたのは、石竜子だった。…なんで、私は…?
「…まこと?」
ベットの足元に立つ彼は訝しげに問う。
「誰ですか?それは」
「…」
私は答えない。考えたら、私は彼の事、前世の知識を抜きにしたら名前くらいしかしらない。それも苗字も知らない事になっている。
「私と間違う等、あってはならない事です」
石竜子は私の上にのしかかり、顔を近づける。私は抵抗しない。
「ここに入れる男は私だけ。なのに何故、他の男の名前を呼ぶのですか?」
ああ、本当にどうしてだろう。いや、わかっている、何故呼んだのか。そしてわかっていた筈だ。私に近づく人間は男も女も…
「貴方も欲しいの?」
「…はい?」
「北帝が」
くだらない質問だ。今更当たり前の事をきいた。私に近づく人間は北帝が欲しいだけ。次世代の覇者になりたいだけ。誰も私の心を求めてはいない。私が美しかったら別だけど。
「…だから、こんな事をするの?」
「まことなる人間がそうだったのですか?」
「私に近づく人間は皆そうよ。」
例外はヒロインとその周りを取り巻く人間だけ。彼女だけは北帝に惑わされずに貪欲にお金と恋を求めて立ち回る。その周りはヒロインしか見る事ない。物語でも現実でもそれは変わらない。
「違いますよ」
「嘘よ!」
私は泣いた。みっともなく泣いた。醜い女の泣き顔はさぞ、不快だろう。石竜子は顔をしかめた。
「違いません。私が欲しいのは、貴方だけ。北帝はいりません」
指で私の涙を拭うが、後から後から溢れてきてキリがない。石竜子は指をどかして唇を寄せて涙を吸い取る。さすがに驚いて、涙が引っ込む。
「もっと泣いて構わなかったのですが…」
くすくすと笑いながら言われる。
「でも、まことなる人間が貴方を泣かせるのは許せませんね。貴方を笑わせるのも、泣かせるのも私だけでありたいのだから。」
泣かせる事はできても笑わせる事は出来ないだろう。そんなユーモアこの男には無い。
「で、誰なのですか?私を差し置き貴方の心に住み着いた男は?」
「誰か…なんで意味はない。」
私は顔を覆う。ああ、また涙が溢れてきそうだ。
「あの、朝日も手の温もりも、声も、キスも何もかも忘れたいのだから」
瞬間、私の手を握り甲にキスされる。
「この手に触れた男がいる?」
瞼にキスされる。
「この目に映った男がいる?」
そして、ゆっくりと唇が塞がれる。
「この唇に触れた男がいる?」
さらにもう一度。
「貴方に名前を呼ばれた男がいる?」
さらにもう一度。
「その男を殺してやりたい」
さらにもう一度。
「もう、いっそもう一度隠してしまいたい。」
さらにもう一度。
「お嬢様、もうやめましょう。また、その美しい顔が見えぬよう髪を伸ばしましょう。」
髪にそっとキスをする。
「化粧なんてやめましょう。貴方の美しさに周りが不必要に惑わされて不幸になります」
頬に触れながら耳元で囁く。
「体のラインが出る服なんてやめましょう。私以外の男を煽って楽しいですか?」
太ももをさらりと撫でる。びくっと体が跳ねる。
「ねぇ?やめましょう。貴方の事は私が知っていればよいのです。」