悪役令嬢、密会する
明け方4時
正直夜は殆どねむれなかった。何故か興奮状態だった二人も今は力尽きて夢の中だ。私は静かに起き上がり、パジャマから洋服に着替えてそっと部屋をでた。
行くべきか、行かないべきか。迷いに迷って私は約束の時間を30分程過ぎて海に着いた。いなければそれでよい…。なのに、彼は一人で海を見つめて立っていた。
さく
砂を踏む音に彼は気付き振り向いた。そして、優しい笑みを浮かべる。
「来て頂けないかと思いました…」
切なげに吐き出される声に私は身震いした。
私はなんて答えていいのかわからず曖昧な笑みを浮かべて彼の目の前に立つ。
「少し歩きませんか」
「はい…」
いつもの気の強い私は何処へやら、まるで乙女ゲームの主人公にでもなったかのように私はしおらしくなっていた。そっと私の手に彼の指が絡まる。はっと息を飲んでいるとあっという間に私の手は彼の手の中に収まってしまった。手から体全体に熱がはしる。波の音を聞きながら私達は海辺を歩いていた。
「あの、昨夜は助けて頂きありがとうございました。」
「いえ、気がついたら無我夢中でした。」
彼は恥ずかしそうに言う。
「でも、何故あそこにいたのですか?」
問われて彼は少し困ったような顔をする
「あの先に私は泊まっているのですよ。」
「ああ、そうなんですか?奇遇ですね。」
「…ええ。お陰であなたを…良美を助ける事が出来ました。」
良美と名前を言われて顔が赤くなる。そろそろ太陽が昇る。顔が赤いとバレそうだ。
「良美、と呼んでもよろしいですか?」
「は、はい」
「でしたら私の事も是非誠と。」
「ま、誠さん」
「ま、こ、と」
「ま、まこと…?」
ふわりと彼は笑う。よくできましたと言われたような気がした。
少し眩しくなってきた。
「朝日が昇るようですね。」
彼が足を止め、私はも止まる。繋いだ手を引っ張り私の体を彼に寄せ肩をだく。途端に体が硬くなる。
「…嫌でしたか?」
「い、いいえ…」
「よかった。」
私達は見つめ合う。ああ、明るくなってしまったので顔が赤いのがバレバレだ。極、自然に彼の顔が近づいてきて、唇が私の唇に触れる。
「嫌でしたか?」
「そ、そんな事…」
「でしたら、またしても?」
「えっ!?」
まさか聞かれると思わず声がうわずる。そんな私を楽しげに見つめて額に優しいキスを落とす。
「冗談ですよ…でも…」
「また、お会いできませんか?今度は食事でもどうでしょう。」
私は屋形さんと連絡先を交換し、また会う約束をしたのだった。
彼は私を部屋まで送ってくれた。部屋の前で名残惜しげに私の頭を優しく撫でる。
「早く貴方に会いたいです。今度はこのような形でなく堂々と」
「はい」
「では、必ず近いうちに」
頬にキスをして私達は別れた。部屋の中に入りドアを閉めた途端、腰が抜けたように力が抜ける。
「うわぁぁあ」
だ、誰にも気づかれてなくてよかった。もう、心臓バクバクだ。膝がわらって力がでない。這うように部屋の奥に入る。まだ夢の中の二人を見てほっとするのだった。
ねぇ、良美ぼんやりしてるけど大丈夫?と周りが心配するが、ちょっと疲れただけよと笑ってやり過ごす。あっという間にチェックアウトの時間になり、荷物 をまとめて部屋の外に出る。ヒロインと英里佳様はまだ時間がかかるようだ。部屋の入口で待っている。
ガヤガヤ
途端に騒がしくなる。
「…?」
そちらに目をやると沢山の人がなんだか、部屋から出ようとしていた。体つきの立派な男性集団で荷物も多く戸惑っているようだ。あちらこちらの部屋から男性が出てくる。
…まて。ちょっとまて。働かない頭を必死で働かせ今の状況に突っ込みを入れる。今朝方彼はどうしてここにいるかとの問いにこの階層の部屋に泊まっていたからだと答えた。だが、今。彼が歩いてきた方角の全ての部屋…と、いっても大した数はないのだが…がこの男性集団で埋まっていたとわかってしまった。
彼との甘い時間が急に冷たく感じる。彼は嘘をついていた。それも致命的な嘘を。