明け方4時に会いませんか
このホテルには温泉がある。女子はそろって温泉に入りにきた。私は遠慮したかったが、ヒロインと英里佳様に引きずられるようにして来てしまった。仕方ないので、入ることにする。
「うん、良美、いい体だ。」
おっさんみたいな事を言うヒロイン。
「ちゃんと筋肉がついていて、弛みがない。」
「ついでに、足も綺麗ですわぁ。ミニスカとか履けばいいのに」
「履けるか!」
足、太い。履いたら公害だ。
「いえいえ、私と比べて御覧あそばせ?」
英里佳様はざばっと温泉からでて縁に腰掛け足をぬっと伸ばす。
「さあ、良美もやるの」
ヒロインが言う。
「いやいや、なんで!?」
「比べて本当に太いか、どれくらい違うか確認って大事よ?」
言われて渋々英里佳様と同じ体勢をとる。足を比べて
…あれ?
「どう?わかった?」
ヒロインがそれ見たことかと上から目線でいう。私の足と英里佳様の足、違いがあまりないのだ。いや、寧ろ私の方が引き締まっているような?
「良美は要と毎日4時間運動して痩せたんだよ?普通じゃない努力をしたんだから、体全体に綺麗な筋肉が程よくついて、綺麗に引き締まるのは当たり前。」
「ダメに見えたのは服のせいでしたのよ?一度、昔を忘れて自分を客観的にみたらいかが?」
「良美に足りないのは自信よ」
ヒロインと英里佳様が交互に言う。
「一度男に口説かれれば自信がつくのかしら?」
ヒロインがため息まじりに言う。その言葉に英里佳様は顔を歪める。
「男?そんなものにうつつを抜かす必要はありませんわ。」
「あら、やだ、男に口説かれて女は綺麗になるのよ?お子様にはわからないかしら?」
ふふんと笑みを浮かべて英里佳様に言う。
「でも、男なんて。良美が汚れる。」
「いきなり付き合えじゃなくて、口説かれる所だけ貰えればいいのよ。」
「ど、どういうこと?」
ニヤリとヒロインが笑う
「ナンパよ。」
「な、な、な、ナンパなんてふしだらな!」
「あら、ついて行かずに口説かせるだけ口説かせてポイ捨てするのよ。」
ヒロインがゲスい事言い始めた。私の冷めた視線に気づく事なく二人はあーでもない、こーでもないと言い始めたので、そっと気配を消し温泉からでた。
適当にドライヤーで髪を乾かし、ホテルに置いてあった浴衣を着て部屋に向かう。
「みーつけた!」
本日3回目の登場、チャラ男だ。なんだか、執着されている。と、言うかここ客室の階層だよ。マジでなんでいるのか。
「ねぇ、今一人だよね?よかったら、庭でも散歩しない?」
「しません」
即答し、さっさと部屋に向かおうとする。
「そんな事いわないで、君みたいな可愛い子とデートしたいだけなんだよ」
可愛いだって?一体どこが?鼻で笑おうとして先程の会話を思い出す。もっと自信を持てと?本当に私は可愛いくなったのだろうか?ひたりと足を止める。
「は、話、聞いてくれる!?」
「…私、忙しいのだけど」
「そんな事言わないで、ほんの一時庭を一緒に歩いて僕の事を知ってほしいだけなんだ。」
チャラ男が私の手をとる。途端にゾワッと悪寒がはしる。なんか、無理無理!
「いや、無理、しつこい。」
手を振りほどき男に背を向け進もうとして…
ぐいっ
肩を掴まれ男の腕の中にすっぽり包まれる。
「じゃあ、このままで。もう少しいさせて」
「…!」
冗談じゃない!すぐにでも抜け出そうともがいて…
「嫌がってるみたいだし、やめた方よろしいのでは?」
聞いた覚えのある声が響いた。
長い髪を一つに纏めた、長身の男。先日のパーティーで私の唇を奪った男。屋形誠その人だった。なんでいるのだ?
「え、いや、その…」
客室階層というのは意外と人気がない場所だ。まさか、人が来て止められるなんて思わなかったのだろう。チャラ男が慌てふためく。屋形はツカツカとこちらに歩みよりぐいっと私の手を掴み抱きしめる
「!?」
「この人は私の連れだ。とっとと行け」
「…!」
チャラ男は一瞬視線を彷徨わせ…何も言わずに去っていった。すぐに姿が見えなくなる。ほうと息をつき私は屋形から離れようとして…彼の腕に力がこもり離れる事が出来ない。
「何かされませんでしたか?」
抱きしめながら耳元で囁くように問われる。
「いえ、何も…それより…」
離して下さいと言うより早く
「貴方が無事でよかった」
さらに力を込められてしまう。
「あの…」
「もう少しこのままでいさせてください。どうか私を安心させてください。」
熱く言われて顔が火照る。
「で、でも、人が…」
屋形と私の目が至近距離であう。
「私がもっと貴方といたいと言ったら迷惑でしょうか?」
「い、いえ、迷惑など…」
言葉が詰まってうまくでてこない。
「でしたら、私と同じ気持ちであるならば、明け方4時に海でお会いできませんか?」
「う、海で、ですか?」
「お待ちしています。貴方が来るまでずっと」
言って彼は私から離れ、右手をとり甲に唇を落とし、そっと微笑み去っていったのだった。