悪役令嬢、頬を染める
長い黒髪を後ろで縛った長身の美形が少し惚けた顔でこちらを見ていた。良美はこの男を知らない。しかし、私は知っている。佐倉コーポレーション子会社の社長にして、ヒロインの恩人、ゲームで真っ先に登場する攻略対象…屋形誠その人だった。佐倉コーポレーションは今日の主役のお嬢様の父親が経営している会社である。その関係で今日このパーティーに来ていたのだろう。そう考えれば納得なのだが、何故こんな人気のない所にいるのだろうか?私が声もなく呆然としていると彼は少し困ったような顔をした。
「失礼、まさか人がいるとは…私はパーティーが苦手で、人を避けてここに来たのですが、先客がいるなどと夢にも思わず…申し訳ない」
くるりと踵を返して…
「あ、待ってください!」
思わず声をかけてしまった。別に用があった訳ではないのだが…前世の推しキャラだったものでつい…。声を掛けられ振り向く屋形。その顔は笑顔だ。ああ、この笑顔!画面でみてめっちゃカッコよくてごろんごろん床を転げ回ったっけ。ふと、懐かしさを覚える。
「あ、えと…こちらこそ休憩を邪魔してしまってごめんなさい。」
「いえ、気になさらないでください。あ、でも…」
彼は頬を指で掻きつつ視線を彷徨わせ、
「お嬢様さえよければ、もう暫くここに置いていただければと…」
「あ、はい、どうぞどうぞ。私はもう行くので!」
「あ、そうではなくてですね。」
去ろうとする私を制する。
「できれば暫く話し相手になって頂ければと思いまして。」
「….」
一瞬言葉につまった。話し相手?私が?
「あ、勿論無理にとは申しませんが…」
「い、いえ、私などでよければ」
「など、とおっしゃらず。私は貴方と話したいと思ったのですから」
優しい穏やかな笑みにあてられ、頬が赤く染まるのを自覚する。
「す、すみません。」
「いえ、所でお名前をきいても?」
すとん。彼はごく自然に私の隣に腰をおろす。顔が近くなり、私の脈拍が速くなる。
「よ、良美といいます」
「良美さんですね。では、私の事は誠とお呼びください。」
「誠さん…ですか」
「はい」
すごく嬉しそうに微笑む。笑顔が眩しすぎて俯いてしまう。
「佐倉のお嬢様のご友人ですか?」
「まあ、そんなところです。」
「私は会社の付き合いでして。普段人が多く集まるような所には顔をださないので自分が浮いているように感じてしまいます。」
「そんな事ないですよ!私の方が浮いてますし。」
言われて彼は首を傾げる。
「どこがです?」
「どこがって…」
言わなくてもわかるでしょう。
「私には素敵なご令嬢にしか見えませんよ。」
鏡を見なくてもわかる。今、私は顔どころか首まで真っ赤だろう。
「いえ、そんなこ…」
「良美ーーー!どこだぁぁぁ!」
ふいに離れた所から私の名前を呼ぶ声が聞こえる。匠だ。
「残念、もう少し話していたかったのですが…」
「あ…す、すみません」
「謝ってばかりだねぇ。ああ、でも本当に謝罪の気持ちがあるなら一つお願いを聞いて貰ってもいいかな?」
「な、なんでしょう」
ドキドキしながら問いかける。ふわりとした笑みを彼は向け、そっと私の顔に手をかけ、唇に親指を這わす。
「願わくば、この唇から私の名前を呼んでいただければと…」
笑顔は消え、ひたりと私の瞳を見つめ 願う。
「ま、誠さん…」
いい終わると同時だろうか?彼の唇が私の唇にそっと触れた。
「!!?」
思わず、立ち上がり、私は先程声がした方へ逃走を図ったのだった。