誰かが裏で糸を引いてる気配がする
「えーと…」
堂本がぼんやりと言葉をこぼす。事態についていけてないようだ。
「もしかして、これが噂の?」
ヒロインが引きつりながら問う。
「多分、噂のだと思うよ。」
「噂ってなんだよ…」
力なく問う堂本。
噂の内容は単純明快。北帝の当主は娘を溺愛しており、娘の願いを叶える為なら全権力財力の行使を厭わない、だ。
「良美がシロと言えばシロになり、クロと言えばクロとなる、よ。」
時に彼女の言葉は神にも魔にもなる。今回、まさにその一旦を垣間見た形になったのだ。
「そんな馬鹿な…」
「いや、北帝ならこれくらい出来て寧ろ当然だよ。」
「北帝!?」
堂本ならず選手の方々も目を剥く。あ、そういえば堂本には都築って名乗ってたな。
「あ、都築って母方の苗字ね。」
フォローを入れておく。
「って、まじで北帝のお嬢様かよ」
堂本は天を仰ぐ。確かに殺人以外はもみ消せそうだと呟いていた。
「で、真面目な話なんだけど。」
ちらっと連盟の人を見る。その視線に気付き退出する。
「ガチでやってないよね?」
「やってねーよ!」
堂本が吠える。だよね。堂本、悪人顔だし、口は悪いし、喧嘩早いけど、空手家としての矜持はきちんと持ち合わせている男だ。その弟子たる選手も同じだろう。薬なんかに頼る面子はここにはいない。
「わかってる、一応聞いただけ。だとしたら、今回の事件は誰かに嵌められたって事になるんだけど、心あたりはある?」
「ないけど、勝負の世界だからな。不意打ち、逆恨みそういったものが常に横にある所だ。こっちが何もしてなくても嵌められる時は嵌められる。」
じゃあ、嵌めた奴を探そうと思ったら手がかり0でやらなくてはならないのか。
「検体提出前に普段口にしない物を食べたり飲んだりはしませんでしたか?」
珍しく…というか初めて石竜子が堂本に聞く。
「んー…特には」
選手の顔をちらりと見ながら堂本は答える
選手も頷く
「はい、いつもの食事、飲み物以外口にしてません!」
「皆さん同じ食事内容なんですか?」
「量の上下はありますが基本大会直前という事もあり、合宿形式での稽古でしたので同じものを食べます。」
「念の為食材を購入している業者を調べた方がよいかもしれませんね。」
石竜子の言葉に頷くしかない堂本一同だった。
「結果の取消ができなかった?」
男は報告を受けて眉間に皺を寄せる。今回の仕掛けでかなりの金を投入したにも関わらず失敗の報告が齎されたのだ。不機嫌にもなる。
「なんで、ここまでお膳立てして失敗する?」
「それが、報告によりますと…その…俄かには信じられないのですが、北帝が関わってきたと…」
「北帝が?」
なんで、関わってくるのだ。脈絡がなさすぎる。
「どうやら、北帝の娘が堂本の知り合いらしく、助けた模様で…」
別にこの男は悪くないのだが、どんどん深まる不機嫌オーラに息苦しくなり、冷や汗がでる。
「北帝の娘…」
男は会った事はない。しかし、上流階級と言われる所を住処にする人間なら噂ぐらいは聞いた事がある。曰く、父親の溺愛が行きすぎた醜い女王様だと。そういえば、堂本は美しい男だった。それこそ人の価値観を変える程に。大方醜女が堂本に身分不相応にも入れあげ、いい顔したくて助けたのだろう。そうとしか考えられない。だとしたら
…。
「北帝の女王様に会う必要があるな」
男はぽつりと呟いた。きっと男と女は手を取り合える。そう信じて。