堂本要2
番犬がうざい。その一言につきる。俺は毎日イラついていた。あの日以降、俺と蛇が二人だけにならないよう常に見張っている。番犬は絶対に俺に自分から話しかけたりしない。だから俺からも話しかけない。だが、よく互いに目があうし、同じものを見つめているのだ。その様を見ていれば、如何に犬が蛇に懐いているかがわかるのだ。その、心酔ぶりは同じ男として褒めてやらないでもない。まあ、しかし、所詮は犬なのだ。どんなに望んでも人間にはなれない。ご主人様に愛を囁く事も抱きしめる事も、必要なものを与える事も犬には許されていないのだ。それをするのは俺の役目。だから焦る必要はない。あの日以降も毎日会ってくれるし、出かけるのも犬とではなく俺と行くと言ったのだから。そう、もう少し打ち解けたら、聞くのだ。あの日のキスの意味わかっているのかと。またしてもいいかと。
蛇の友人という女にあった。なんでも、繁華街で絡まれてる所を俺が助けたらしい。言われて記憶を探れば確かに男を数人伸した覚えがある。女の顔は覚えていなかったが。わざわざお礼に食事などと言うが不要だ。しかし、どうしてもと言うので蛇も交えて行く事にする。蛇、犬、女、俺のメンバーだが、食事の際蛇の横に犬は控えていて席に着く事はないから三人で食事をしたと言ってよいだろう。女は蛇からヒロインと呼ばれているらしい。成る程確かに美人だ。昔の俺なら一目惚れくらいしていたかもしれない。どんな女性が好みかなんて聞かれたから目標に向かい真っ直ぐ努力する女性と蛇を見ながら答えた。蛇は俺と目を合わせなかったし、犬は後ろから殺気を振りまいていた。
女が蛇と同じジムに入ってきた。痩せる必要性を感じないので聞いてみたら体質改善だという。確かにそういうコースもあるが他のジムの方が充実しているし気楽に受講できると伝えると、ここがいいのだと笑う。蛇がいるから通いやすいのかもな。その女が入会して以降毎日先日の食事メンバーでカフェでお茶するようになった。ほんの一時間程度だが蛇との時間が増えて嬉しい。今度礼をした方がよいか?
女が持ち込んだ弁当がジム内で盗まれた。なんで弁当があるのかとか、どうやって盗んだとか疑問はあれど一番最初に思ったのは戦時中かよっ!だった。女は大層落ち込んでいた。受付で盗難届けを出した時大した事ないのにそんなもの書くのかと何度も嫌そうに言われたそうだ。俺は腹がたったのでそいつに厳重注意しておいた。もう、そんなことないだろうと思ったのに翌日も盗難被害にあった。どうやら女は狙われているらしい。それに怒った蛇は明日は弁当に発信機をつけて犯人を追うと言う。なんで発信機なんてもん持ってんだと言うと言葉を濁していた。最初は女と蛇と犬で対応するつもりだったようだが、ちょっと危ない気もしたので手助けを申し出る。くだらない事件だが万一蛇と女が怪我でもしたら嫌だから。
発信機のついた弁当は無事盗まれ俺、蛇、女は後を追う。犬は指示役として留守番だ。そういえばあの日以来初めて犬がいない。だが、隣は女で後ろに蛇だ。おそらく犬の差し金だ。女の指示に従い弁当を追いあるマンションについた。そこで犯人が女の自称彼氏とかいうふざけた奴だと判明する。なんだか、凄くいらっとしたので、乗り込み方がヤクザのようになってしまった。蛇はドン引きしていたが女は何故かキラキラした目で俺を見ていた。怖くないのだろうか?自分でいうのもなんだが、危ない男にホイホイついていきそうで心配になる。一瞬そう思ったのだが、倒れた犯人になんのためらいもなく水をぶっかけてるのを見て、まぁ、大丈夫だろうと感じた。目を覚ました犯人に俺が誰か聞かれる。だから犬もいないし、どさくさにまぎれて蛇の彼氏を名乗ろうとした。しかし、蛇がそれを否定し、あろう事か女の彼氏だと抜かす。あの場にいた全員が惚けたわ。てか腹がたつ。アイツは俺の気持ちを知ってるくせにこの言い草だ。勢いに任せてはっきり想いを告げようとしたら、よりにもよって犬の名前を出しやがった。心臓に鋭い棘が刺さったような痛みに襲われる。なんでそこで犬の名前を出すんだよ。お俺は泣きたくなった。
その僅かな隙をつき、犯人が逃走を図るが、すぐに捕獲する。その反動で弁当がひっくり返って床に落ちてしまった。女がそれを機にマジギレする。そして、どうやらこの弁当は俺に作ってきたものらしい。なんで俺に弁当を作ってきたのかは不明だが、こぼれた弁当を見るに相当手間がかかっているのがわかる。あ、手作りの菓子らしきものもある。普通にうまそう。半泣きで一発殴りたいというので犯人を立たせる。殺気を込めて椅子をふりかざそうとして蛇に止められる。死んだらもみ消しよろしくとか言っていたができるわけないだろう。しかし、蛇も人殺し以外はもみ消し可能みたいな事言ってたが、多分言葉のあやだろう。椅子から手を離した女は犯人をしばし睨みつけ…うん、思わず内股になったわ。犯人比喩表現でなく泡吹いて倒れたし。同じ男として少しだけ同情しておく。犯人は倒れたが女の気は晴れなかったようでグズグズ泣いてる。面倒になったので溢れた弁当を食べた。うん、予想通りうまい。また食べたいと思ったので明日は作るのかと聞いたら勘違いしてもよいかときかれた。素直に俺は蛇が好きだと伝える。蛇は無表情。俺はつくづく報われない。しかし、女は知ってると言う。なんで知ってるんだ?と思ったが見てればわかると言われ、俺はそんなにわかりやすいかと情けなくなる。そんな俺の気持ちを無視して真っ直ぐ俺をみて頑張ると言う。その目は睨んでいる訳ではないが力強さを感じた。目標を見つけて努力する女の目だ。かつてこれと同じ目をした女に俺は惚れたんだよなと蛇を見つつ思う。本当はずっと知ってた。蛇には犬がいて犬には蛇がいた。犬が蛇に懐くように蛇も犬に懐いていた。まあ、蛇は絶対に認めないだろうけど、無意識化の中ではちゃんとわかっていたようだ。
正直まだ色々な感情の整理がつかない。俺はやっぱり今でも蛇が好きなのだから。でも、そう遠くないうちに目の前の女に恋をする、そんな予感がしたのだった。