英里佳様と石竜子のお話
「…と、言う訳で力を貸して欲しい」
俺は彼らをホテルの部屋に呼び出して事情を説明する。
「な!?そんな事になっていた訳!?」
そう言うのはこのゲームのメインヒロイン坂上香織。
「石竜子…初めて会った時からやばい奴とは思っていたが…」
苦い顔して言うのは攻略対象であり坂上香織の恋人堂本要。
「まあ、ほっとくには寝覚めが悪いな。」
ちょいツンな台詞を吐くのは坂上香織の弟、雪平。
「あ、盗聴器、隠しカメラは完全に破棄されてる。」
犯罪行為をしれっと暴露するのはイケメン設定の長谷川匠。
「私はあの男とは関わりたくありませんわ」
口元をハンカチでおさえて涙目で言うのはハイスペック悪役令嬢佐倉英里佳。
そう、いつかのクリスマスパーティメンバーだ。
「でもさ、本当に犯人は石竜子なの?
確かにこのままだと一番得するのは彼だけど、
そんな事するような人なの?」
半信半疑なのは雪平だ。
彼はあまり石竜子と関わりがなかった為、確かな証拠がない限り石竜子を犯人と断定するのは気がひけるのかもしれない。
自分だって彼が犯人だという動かぬ証拠でもないと犯人呼ばわりなんてしたくないが、人となりがああだからどうしても疑ってしまうのだ。
「彼奴はおかしいから犯人でいいと思う。」
「あいつならやる。」
「証拠なんで必要ないレベルだと思う。」
「石竜子ならやるわ。」
…石竜子、人望ねぇな。
誰か信じてやれよ。
雪平も困惑気味だ。
「そこまでな人なの?」
「ああ、あいつは異常だ。」
「私は関わりたくないのです。
今回は私の良美がピンチときいて来ただけですわ。」
雪平の疑問に堂本と佐倉が同時に肯定する。
「俺的には佐倉さんがそこまで石竜子を嫌うのにびっくりだな。」
雪平の次くらいに関わりが薄い佐倉が石竜子をここまで毛嫌いするのはちょっと解せない。
口元をハンカチでおさえた佐倉は俺を睨む。
「あまり思い出したくない事がありましたの。
今回の話を聞いて、遂にやったかと思いましたわ。」
「遂に?」
「ええ、遂に、よ。」
苦々しそうに、佐倉は昔話を始めたのだった。
本当に辛そうで、挫折長谷川の手をぎゅっと握りながら。
「私が小学一年の時に石竜子とは会いましたの。
良美の紹介で専属執事だと言っていたし、第一印象は悪くなかったわ。」
そう、これは昔々のお話。
「英里佳!私のせんぞくしつじを紹介するわ!」
私の理想の外見を持つ幼馴染が紹介したのはまだ若い男だった。
あ、カッコいいな、と思ったのは今思えば黒歴史だ。
「はじめまして、佐倉英里佳です。
良美の親友です。」
「石竜子と申します。
お嬢様のお知り合いですね。
宜しくお願いします。」
礼をする男にカチンときた。
親友だと言ったでしょ?
何、知り合いレベルに格下げして覚えようとしてるの?
「親友よ。」
「知り合いということで間違いないようで。」
「…」
「…」
「二人ともどうしたの?」
一人なんにもわかってない愛すべきお馬鹿な親友の声に我に返った私はこの後一緒に彼女の家の部屋で遊んだ。
子供の頃は私達は同じ学校に通っていて、しょっちゅう一緒に遊んでいた。
べったりと言っていいだろう。
毎日手を繋いで学校に通い、一緒に宿題をして、時にお泊まりまでしていた。
私達は今とは違って本当に仲がよかった。
だけど、石竜子はそれが気に入らなかったみたいで、しょっちゅう邪魔をしてきた。
予定を合わせないようにするだけで簡単に距離があいてしまったし、石竜子は直接私に良美に近づくなと言ってきた。
オブラートに包んで、じゃなくて、きっぱり、はっきり言うのよ。
今でも覚えてる。
『お嬢様に相応しいと思っておいでですか?
目障りです。
お嬢様も本当は貴方を嫌っておいでです。
いい加減気づいてさっさと消えてください』
って言われた事。
今なら百倍にして言い返す自信があるけど、当時は子供よ?
大泣きしたわ。
それを笑ってこづくのがあの男よ。
でも、それでも元々仲がよいし、良美の態度は石竜子が来る前と変わらないし、頻度は減ってもお互いの家を行き来していたの。
私も大概へこたれない女だからね。
それが悪かったのでしょうね。
私はある日誘拐されたの。
今までも身代金目的の誘拐の経験はあったけど、…って、そこ、引かない。
ある程度の家柄ならよくある話だから。
でね、身代金目的の誘拐なら経験あったけど、目的がお金でない誘拐はこれが初めてだったの。
お金が目的でないなら何が目的?
犯人は誰か?
もう、わかるでしょ?
犯人は石竜子で目的は私の殺害よ。
まさか?ですって?
ふふ、私も信じられないわ。
あの男は大人なのよ。
大人の男が子供の女の子に本気で嫉妬して殺そうとしたのよ。
正気とは思えないでしょ?
あの男は地方にある樹海の奥深くに連れていかれて捨てられたの。
捨てられる前に殴られて、蹴られて、ボロボロにされたわ。
『お嬢様に近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな近づくな』
ずっと言いながら暴行を受けて捨てられたの。
無事に帰れたのは運がよかったとしか思えない。
それが原因で私は男の人がダメになり、今もほらハンカチ越しでないと話せないの。
最近ようやく長谷川君に触る事が出来るようになったのよ。
無事に戻ってから後日石竜子に会った時、彼は笑って言ったの。
『お嬢様に近づけばもっと酷くする。
殺されたくなければ、お嬢様から離れろ』
私は良美が大好きだけど、まだ子供な私はあの男が怖くて仕方なく、すぐに転校したわ。
そして、物理的に距離があいてふと気づけば良美は見た目も心根も変わってしまっていたの…
あんなに可愛かったのに醜く太り、それがコンプレックスになり根暗になり、かと思えば怒りっぽくなり…彼女が、彼女ではなくなってしまったの。
そんな彼女の側に顔にこそでないが嬉しそうに側にいたあの男に子供ながら恐怖したの。
当時から狂っていたのよ、今も当然狂っているに決まってるわ…
佐倉の話はゲームではでてこなかった。
その話に戦慄を覚えたのは俺だけではなかっただろう…
そう、石竜子は遂に良美を囲い込んだのだ。