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 売り場へ向かうと、なんだか揉めているようだった。女子中学生二人と小学生の男の子が言い争っている。傍に立つのは柳井さん。目に見えてうろたえている。

「柳井さんどうし……」

「だからこのお店はインチキなんだよ!」

 先生の言葉を男の子が遮った。みんなの視線がその子に向く。インチキって、なんだか穏やかではない。

「え、なに? どういうこと?」

 思わずあたしが声を上げると、こっちを向いた男の子と目が合った。

「お姉さんにも教えておいてあげるよ。これ、このブックカバー。ここに書いてあることウソだから」

 ブックカバー?

 男の子が指差す先には、色とりどりのブックカバーが並んでいる。一緒に本も並べてあって、小さな特設コーナーのようだ。

 ひとつひとつに『わたしを忘れないで』とか『ずっと見ています』とか書かれている。ブックカバーに描かれている花の花言葉かな?

「僕? これはこの言葉のとおりになるということではなくてですね……」

「子どもあつかいいすんなよ! ちゃんとこれ買っていったんだぞ! インチキだったけどな!」

 ははーん? つまりはこの子、ここに書いてあることが叶うと思ってこれを買っていったんだな? 生意気なガキだと思ったけど、可愛いとこがあるじゃないか。

 って先生! 気持ちは分かるけど、そんな怖い目で見たらこの子泣いちゃうじゃん!

 案の定、男の子はびびったようで顔色を変えた。

「と……にかく! みんなだまされちゃダメだぞ!」

 言うが早いか男の子は走り出した。あっという間に店の外に出て、見えなくなってしまう。

 なんだったんだ、いったい……。

「お騒がせして申し訳ありませんね。どうぞ、ごゆっくりお買い物をなさってください」

 柳井さんの言葉に、集まっていた人だかりは散り散りになっていった。

 あたしは棚を見やる。このブックカバー、どこかで見たことがあると思ったら、エス文庫版の夏目作品の表紙をデザインした人のなんだ。一緒に文庫本が並べてあって、同じ柄ではないんだけど統一性がある。

「あれ?」

 床に一冊本が落ちている。あたしは拾ってみるけど、どうやらこの棚に置いてあったものではなさそうだ。棚にあるのは文庫だけど、これは新書サイズだから。

「どうしたの? みちる」

「これ、さっきの子が落としていったものじゃないかな?」

 それは児童文庫版の『行人』だった。

 本にはうっすらと黒いもやが掛かっていた。


   *


 翌日、水曜日。

 あたしは資料館ギャラリーのテーブルに突っ伏していた。静かな空間に、ほのこのタイピングの音だけが響く。

「なにを悩んでいるのよ、みちるは」

 おっと、うんうん唸りすぎた。見かねたほのこが手を止めて言う。

 あたしはベージュのブックカバーをもてあそんでいた。昨日、柳井堂で買ったものだ。あのコーナーにあったもの。結局昨日は、紙とかを買わずにこれだけ買って帰ってきてしまった。

「いやね、あんなに小さな子でも言霊憑いちゃったりするんだなー、って」

 あの本はいま、先生が柳井堂で保管している。どういういきさつのものかすごく気になったけど、あの子が落としたことに気づいて戻ってくるかもしれないのだ。あの本には図書館のシールとかはついていなかった。あの子のものである確率が高いだろう。

「子ども扱いするな」

 聞き覚えのあるフレーズを、ほのこは口にする。

「って怒られちゃうわよ、あの子に」

 確かに、あたしはぷっと吹き出してしまった。

 小さいといっても中学年くらいかな? そのくらいなら子ども扱いされるのを嫌がり始める年齢かもしれない。あたしもそうだった。

「でもそれならなおさら、なんで言霊が憑いているか気になるな。資料館の本じゃないから先生は自分たちでどうにかするって言っていたけど、あんなことがあった手前、あの子も柳井堂に近づきにくいだろうし」

 あれだけ騒いで逃げていった子だ。本を落としたことに気づいても、取りに行きにくいだろう。

「言霊を祓うには、その本人が一緒じゃないといけないんだっけ?」

「うん、先生が言うには。『こころ』のときも、副部長と先輩の言葉が必要だったし」

 言霊憑きの本と、言霊を憑かせた張本人の言葉で言霊は祓えるという。『行人』もさっさと祓いたいところだけど、問題はあの子をどうやって見つけるかだ。

「犯人が現場に戻る」

 ふいにほのこが呟いた。視線を上げると、にやりと笑うほのこと目が合った。

「もう一度柳井堂に行きましょうか。紙も買わないといけないし」

 それだ! そうこなくっちゃ!

 あたしたちは荷物をまとめて資料館をあとにした。


 五月末ともなると、もう日差しが厳しい。日焼け止め塗り直せばよかったかな。とりあえず日陰を選んで歩く。

 うちの高校は大学付属の高校で、通りを挟んだところに小学校もある。小学生もちょうど下校の時間のようで、カラフルなランドセルが横断歩道を歩いていた。

「あぁいうの見るとさ、あたしも可愛いランドセル背負いたかったって思うよね」

「私は赤が気に入っていたかなぁ」

「そう? あたしはピンクが良かったなぁ」

 名前に『桜』が入っているせいか、あたしは色ではピンクが一番好きだ。もちろんモチーフなら桜!

 カラフルなランドセルの中で、オーソドックスな黒いランドセルが目に入った。中江中のセーラー服姿の女の子と歩いていたのだ。弟を迎えに来たお姉ちゃんとかかな?

「ねぇみちる。あれ、昨日の子じゃない?」

「え?」

 ほのこが指差したのは、あたしが見ていた子たちだった。

 ほんとだ! 制服にランドセルだったから気づかなかったけど、確かに昨日の男の子だ。

 男の子は手を繋ごうとするお姉ちゃんに、なにか怒鳴っている。また「子どもあつかいするな!」とか言っているのかな?

 結局男の子は、お姉ちゃんを置いて走っていってしまった。

「みちる、どうする?」

 そんなの決まっている。

 あたしはほのこに向かって頷くと、歩き出した。

「弟さん、元気だねー」

 男の子をしょんぼり見送っていたお姉さんは、振り返ってきょとんと首を傾げた。

「あ、急に話しかけてごめんね。さっきの子、弟さん? あたし昨日ね、柳井堂であの子にブックカバーを見てもらったの。ほらこれ」

 あたしはかばんからブックカバーのついた本を取り出す。もちろん中身は夏目作品デス。今日は『行人』をチョイスしました。

「そうだったんですね。翼くん、センスいいから」

 うっ、ほんとは盛大に貶して帰りました! なんて言えるはずもなく、あたしは良心を痛めながらも話を合わせた。まぁブックカバーを見ていたのはウソじゃないし……。

「でも翼くんは、私の弟じゃないんですよ」

「あれっ? そうなの? 傍から見たら、すっごく仲のいい姉弟かと思った」

「よく言われるんですけどね。幼馴染なんです。ふふっ、久々に『仲がいい』って言われました」

 まぁあの態度なら仲がいいって言うのは難しいかもしれない。

 笑っていたと思った女の子の表情が、だんだん曇っていく。

「本当に、なんであんなに冷たくなっちゃったんだろう」

 ぽつりと呟く女の子に、あたしたちはなにも言うことができなかった。


   *


「ガキの恋バナほど、興味のないものはないんだが」

 明けて木曜日。木曜会の日がやってきた。

 あたしがあの子のことを報告すると、返ってきた言葉がこれである。

 もー! 先生ドライ!

「いや、でもなにが言霊に関係あるか分からないじゃないですか。それに恋バナと決まったわけじゃないです」

「小娘が『きっとあの子はお姉ちゃんが好きなんだ』って言ったんじゃないか」

「それはそうですけどー!」

 でもまだなにが原因か分からないのだ。ただ子ども扱いされるのが嫌なだけかもしれない。

「まぁとりあえずは、あのガキがどこの小学校か分かっただけでも収穫だ」

「ちょっと! まさか乗り込むつもりじゃないですよね!?」

 小学生のこのイケメンは刺激が強すぎるだろう。しかも口を開けば毒舌。いや、ほのこには普通だから、人を選んでいるのか……? ってあたしは罵詈雑言ぶつけてもいい相手って思われているってこと!?

 先生が呆れたような目をあたしに向けた。

「そんなことするわけないだろう。警備の厳しいこの時代だぞ? まぁここにはこうして許可を貰って入っているから、小学校にもできないわけじゃないがな。あのガキはうちの店によく来ていたんだ。あぁいうことがあった手前、しばらく来られないだろうが」

 そうだったんだ。先生、知っていたなら教えてくれればいいのに。

 結局その日はそれ以上進展させようがなくて、木曜会はお開きになってしまった。もうちょっと一緒にいたかったな……。


 なんだかんだでイベント用の材料を買えずにいた。あたしとほのこは土曜日を待って、柳井堂へ向かうことにした。

「そういえば翼くん、お兄さんがいるみたい」

「だからほのこはそういった情報をどこから仕入れてくるの……」

 もう怖くて聞けない。ほのこは気にした様子もなく続ける。

「翼くんは小学四年生、お兄さんは中学二年生。あぁそうだ。あの女の子も中学二年生で、小さい頃は三人仲良く遊んでいたらしいよ」

「え、それって……」

 一つの小説のタイトルが頭に浮かんだ。でもそれを口にする前に、ほのこに遮られてしまう。

「あ、翼くん」

「え?」

 ほのこの視線を追うと、確かに翼くんの姿があった。今日は私服で、柳井堂をこっそり覗き込んでいるようだ。

「みちる?」

 これは行くしかないでしょ。

 あたしはスマホをちょっといじってから、足音を忍ばせて翼くんの背後へと近寄った。

「つーばさくん」

 がしっと肩を掴むと、翼くんは面白いくらいに飛び上がった。うんうん、こっそり近づいたのは悪かったと思うよ。

「えっ、誰……あっ!」

 翼くんはあたしの顔を覚えていたようだ。顔色を変えて逃げ出そうとする。

「まぁまぁ待って。怒っているわけじゃないんだよ? ちょーっとお話聞かせてもらいたいだけっていうか」

 翼くんは暴れるのをやめたけれど、表情は強張ったままだ。まぁそうだよな。悪いことをしたっていう自覚があるなら、この状況がいいと思えないはずだし。

「小娘、なんだこのメッセージは」

「あ、先生」

 そこに柳井堂の制服姿の先生が顔を出した。先生はスマホを掲げている。

 メッセージ伝わんなかったかな? 『翼くん捕獲作戦実行!』って。

 でもこの状況を見て、察したようだ。

「茶くらいなら煎れてやる。入れ」

 先生も人のこと言えない。翼くんが身を固くしちゃったじゃないかー。

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