そして彼女を連れて行く
キワが最近俺に対して優しい。いや前から優しかったけど、以前はなんとなくあった壁が最近なくなった感じがする。もしかして俺の気持ちが少しは伝わってるのかなと思うと嬉しい。でもそれが男女間の愛情になったのかどうかは俺に分からないから、やっぱり苦しい。
そんなひとの苦しみなどどこ吹く風で、国王がとうとう正妃を決めることを俺や宰相などの重臣たちに内々に打ち明けてきた。それが城下でも噂になった頃、腹の立つ事態が起こった。
第3側室がキワに因縁をつけてきたあげく妄言を吐いたのである。確かに、この女が側室となる前に俺との縁談を望んで、女の父親がもちかけてきたことがあった。すぱっと断ったはずなのにまだ諦めてなかったのか。正妃を選ぶより、この女の処遇を決めることのほうが先になった。
「ヴィン、私からも苦情は伝える。だから公爵家の息の根は止めるな」
「ヴィンシェンツ殿。陛下からの苦情が出れば、公爵家だって令嬢に甘い処分などしないだろう」
「魔法使いの長たるもの、引き際が肝心だぞ」
基本的に俺は国王をはじめ話の分かる人間の言うことは聞く。国王の人柄か重臣たちはそんな人間が多いんだよな。ちっ、息の根をとめることはやめてやる。
「じゃあ、今後俺とキワの視界に入ったら分かってるなということを直接伝えるくらいにしておく」
俺の発言を聞いたときの国王と重臣たちの顔は、なんとも言えない顔だった。
その後、元第3側室はすぐ実家である公爵家に返されそのまま屋敷で軟禁となった。確かに国王から苦情を言われ、魔法使いを怒らせたらそうなるか。
そして国王の正妃として正式に発表されたのは第1側室のグロリア様だった。まあそうだろうなと俺は思った。グロリア様は、あいつの幼い頃からの純愛の相手だ。2人でいる姿を見てると互いに信頼してるのが分かるし、何よりあいつがリラックスしている。
本来ならすぐに正妃にしたかったんだけど、大人の事情があるらしく側室として迎えられていた。まったく権力というのは能力が伴っていないと害しかないというのに、分からないやつが多い。
正妃が決まったので第2から第6までの側室様に今後のことを決めてもらわねばならず、宰相たちはさっそく側室様たちの意向を聞くことにしたようだった。
俺のほうも正妃が発表された日に嬉しいことがあった。ちょうどこの日はキワの持っている手帳で2月29日だったらしい。以前に話していた「女性からプロポーズされると男性が断れない日」ということで、せっかくキワが打ち明けてくれようとしたのに……あの空気読めない馬鹿国王が。
だけどキワがそっと打ち明けてくれてキスもできたから、髪の色の変更はやめてやった。感謝して欲しいもんだ。
びっくりするくらいのスピードであいつからの用事を終わらせ家に戻るとキワが起きて待っていた。
「寝てていいと言ったのに」
「ヴィンを待っていたかったんです。たまにはいいでしょう?」
「うん。キワ、改めて言います。俺と結婚してください。2人で幸せになりたいんだ」
手をそっと握れば、にっこり笑ってうなずいてくれるキワがいる。
次の日、うきうきと国王にキワとの結婚を決めたことを報告するとあいつも嬉しそうだ。
「それはよかった。でもヴィン、キワと結婚するのは私とグロリアのあとにしてくれ」
「はあ?!なんでだよ」
「国一番の魔法使いの結婚は王宮で盛大に祝ってあげたい私の友情かな」
「お前、気持ち悪いぞ」
「失礼だなあ。とにかく、そうしてくれ。命令だよ」
命令だよ、といいつつ黒い圧をかけてくるんじゃねえよ。やっぱり髪の色をおぞましい泥沼色にしてやったほうがいいのか。いや、結婚届だけでも先に出すってのもいいな。
「魔法使いヴィンシェンツ、結婚届は盛大に祝った後にするんだよ」
あいつの魔力は俺より少ないけど、真っ黒さかげんは絶対上だ。
国王肝いりの俺とキワのお披露目パーティーが終わった後、俺はアイボリー色の清楚なドレスを着たキワを連れて、王宮の外にある墓地に来た。そこの奥にある大きくて真っ白な石の墓標の前に立つ。
「キワ、この人は俺の魔法の師匠で親代わりだったんだ。俺は生まれたときから魔力が強くて、育てられないと思った両親は俺を王宮に住む魔法使いの長に預けた。ヴィンシェンツと言う名前をつけてくれたのも、面倒を見てくれ魔法を教えてくれたのも俺が“じいさん”と呼ぶ長だった」
「ご両親とは会ってないの?」
「うん。俺が成人した日にじいさんが“お前が知りたいんなら教えてやるけど、どうする~?”とお気楽に聞いてきたけど特に知りたくないから断った。俺にとって親はじいさんだけだから。ごめん、結婚前に話せなくて」
キワはこんな俺を冷たいって思うだろうか。でも、結婚前にはどうしても話せなかった。おそるおそる彼女を見ると、俺をじっと見つめたあとにっこり笑った。
「そう…じゃあ、私はヴィンの新しい家族だね。私たち、一から家族をつくろうね」
「うん。家族をつくろう」
そう言って彼女をぎゅっと抱きしめた。俺より小さいけどキワに守られている気がした。