助けたい気持ち
異世界召喚されてしまった女性は、キワと名乗った。彼女は目を覚まして周囲の状況に驚き、さらに俺と国王から自分が召喚された理由ともとの世界では存在が消されていることを教えられるとその衝撃で熱をだして寝込んでしまった。
次の日、治療術士から回復したと聞き俺は改めて謝罪をするべく彼女が保護されている部屋を訪ねたけれど不在で、部屋の掃除をしていた女官に尋ねると中庭にいると教えてもらった。キワが外に出たいというのを聞いた陛下が中庭ならと許可をだしたのだという。
さっそく中庭に行き、花壇の前に置いてあるベンチに座るキワを見つけたけれど声をかけるのを躊躇してしまった。
ベンチに座っているキワはひざのうえに書物と思われるものに何かを書き込んでいた。あれは、召喚時にキワが持っていたものだ。彼女が持ってきたものや着ていた服はじつに興味深くて回復したら聞いてみようと思っていた。
こっそり見ているとキワはペンを置いて書物と思われるものを閉じしばらく空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「両親も妹も友達も会社の人もみんな私のこと覚えてないんだな……私は覚えてるのに」
そう言うとうつむいて手で顔をおおう。その様子を見て胸が苦しくなる。あの男…ぜってー許さない。自分が俺より優れていることを証明したいからって理由で勝手に異世界の人間を召喚しやがって。その結果、あの男は王国追放になって家が潰れただけですんだけど、彼女は元いた世界で存在を消され、ここで生きていかなくちゃいけない。こんな理不尽があるか。
100年前に異世界人召喚をした魔法使いの長は自分がやったことを激しく後悔してあの部屋を封じた。召喚されたその人はここに適応して穏やかな一生を送ったとは記録があるけど…キワは大丈夫だろうか。
俺がキワを助けることはできるだろうか。彼女からすれば、自分を召喚した人間の上司にあたる魔法使いなんて加害者みたいなもんだよな…でも、俺は彼女を助けたい。
キワが顔をあげて気合をいれるように両頬を軽くたたいたのを見て、俺は声をかけることにした。
「キワ、寝てなくていいの?」
「……ヴィンシェンツさん。気分はだいぶいいですし、寝ている必要もないので」
「それはよかった。今日は謝罪に来たんだ…キワ、本当に悪かった。すまない」
「えっ?!いやヴィンシェンツさん、なんで?頭を上げてください」
「きみを召喚したヤツは俺の部下だった。あいつの自己中心的な理由できみの人生を狂わせてしまった。本当はきみの目の前にやつを引きずってきて土下座させたうえに命をとってもいいくらいなんだけど」
「いや、命とってもいいなんて物騒ですからやめてください。というか、こちらの世界にも土下座なんてあるんですね」
なぜかキワが驚いているので、ちょっとあっけにとられてしまう。
「相手に対して深い謝罪を示す態度だよ。もしかして、きみのいた世界でも同じような意味なのかな」
「ま、まあそういう意味ですけど、私のいた世界では土下座を強要するのは罪になることがあるんですよ」
「罪?!」
今度は俺が驚く番だった。でもそんな様子がおかしいのかキワがちょっと笑ってくれる。
「俺、キワが笑ったのをはじめて見た。そうだよね、あんな状況じゃ笑えないよね」
「……会社帰りにいつもの道を通っていたら、急に地面の感覚がなくなって周囲は真っ暗な闇。どんなに叫んでも誰にも聞いてもらえなくて、今度は急に光にさらされて意識が遠くなって…気づいたら、この世界です。しかも私が生まれて生活していた世界では私っていう存在が消えている。ひどいですよね。
私、もといた世界で結構幸せだったんです。まあ母から結婚をせっつかれてケンカしたり、父が都会で独り暮らししている私と妹を心配しすぎて大変でしたが。妹とは小さい頃はケンカもしたけど昔から仲がよかったんです。会社だって課長はちょっとおじさんで寒いギャグを言うけどセクハラもパワハラもしないとってもいい上司で、同僚にも恵まれて給料も待遇も悪くなかった。彼氏はいなかったけど、何でも話せる友人がいたし。私、幸せだったのに」
いろいろ分からない言葉が混ざるけど俺はいちいち聞き返したりしなかった。こうやってキワが思いのたけを吐き出すのはいいことだと思ったのだ。
「キワは幸せだったんだね。ほんとにあの馬鹿は許せないな…どうしたの、キワ」
なぜかキワが俺のことをすまなそうな顔をして見ている。
「……ヴィンシェンツさん、ごめんなさい。私、八つ当たりしました」
「気にしないで。俺でよければ八つ当たりでもなんでもしてかまわないよ。ところでキワ、これからの予定は国王から聞いてる?」
「はい。女官の皆様からこちらでの女性の常識を教えてもらって、そのあと王宮の方からこの国のことを学ぶと聞いています」
「なるほど、それならこの国のことは俺が教えてあげるよ」
「へっ?!い、いいえ、ヴィンシェンツさんって国一番の魔法使いって聞きました。そんな方に教わるなんて…それに、私が決めることじゃなくて国王様が決めることですから」
「それもそうか。でもまあ、俺が教えるってことに国王から文句なんて言わせないし」
「は?!文句言わせないって変です。相手は国王様ですよ」
「全然平気。俺の親代わりだった人って魔法部の長で国王の教育係だったからさ、俺と国王って王宮で一緒に育ったんだ。それに、一人くらい国王に対して遠慮しないのがあいつもいてほしいんだってさ」
「そ、そういうものですか」
「うん、そういうものだよ。だからキワは安心していい。俺がきみにいろいろ教えることになるから」
そしてきみが今後、ここで楽しく生活していけるように助けるし守るから。