終わりよければ、すべてよし
昔、イギリスでは2月29日だけは女性から男性へのプロポーズが公認されていて、しかも申し込まれた男性は断れなかったそうです。
(出典:ウィキペディア)
長文になります。ご了承ください。
私の部屋には召喚時に持っていたものが入った箱がある。ヴィンが防腐に防塵、防虫の魔法をたっぷりかけてくれて、箱にほこりがつくこともなく中身もそのままだ。
だけどひとつだけいつも机のうえに置いてあるものがある。それは日記代わりにつけていた10年手帳だ。日記なんてごたいそうなものじゃなく、仕事の予定やその日に食べたものなどを書いていただけなんだけど、こちらに召喚されてからは付属されているカレンダーを見ることが習慣になった。
自分が召喚された日から毎日1日の終わりに斜線を引く。戻れないのが分かったときは、この斜線でカレンダーが全部埋まる頃には心からこの世界を楽しめるようになっているといいと願いをこめていた。
そんな殊勝なことを思っていたはずなのに、異世界生活にいつの間にか馴染んでいる私。うん、ヴィンと過ごす日々が楽しくて充実している証拠だな。
明日はヴィン情報によると国王様が正妃様を発表するらしい……あれ、このカレンダーだとあの日だ。
今日、国王様が正妃として第1側室のグロリア様を迎えると発表があった。好奇心からヴィンにそうなった理由を聞いてみた。
「グロリア様はあいつ(注:国王)の幼なじみだからな。本当は最初からグロリア様だけを正妃として迎えたかったみたいだけど、大人の事情がいろいろあってさあ」
ふむ、権力争いとか派閥の問題ですな。世界が変わっても人の思考はさほど変わらないようで。それにしても国王様、側室6人もいたのに実は純愛一直線だったのか。
「他の側室様たちは皆さんどうするんですかね~。例えばベルナデット様とか」
「あの女はキワに絡んだ日に即実家に帰されたよ。俺を怒らせ、あいつも父親の公爵に不快な思いを告げたからね。今じゃ実家に軟禁状態だよ」
「…ヴィン、何もやらかしてないですよね」
「何もやってないよ。まあ、今後俺やキワの視界に入ったら分かってるよねとは伝えたけどさ」
それは何もやっていないと言えるのか、という私の無言のツッコミがヴィンに伝わったらしい。
「実際、俺なんにもやってないもーん。それよりキワ、お腹すいた」
「はいはい」
「側室様といえばさ、あいつが望んだグロリア様と押し付けられた3番目の側室以外は、将来の夢をかなえるために自ら側室に立候補したらしいよ。
普通、側室っていうと大人の事情で集められても国王の好みの外見ばっかりなのに、あいつの場合は一貫性がなくてさあ。俺、理由を聞いて納得しちゃった」
「じゃあほとんどの側室様は“国王様の元側室”という箔をつけるためだけに側室になったってことですか」
自分が正妃に選ばれるかもというリスクは考えなかったのか。すごいなお嬢様方。グロリア様も増える側室に心穏やかじゃなかったろうな~。何しろベルナデット様みたいのもいたんだから。
「これは俺の憶測なんだけど、側室様たちはグロリア様があいつの本命だってこと知ってたと思うよ。だってさ、皆グロリア様と仲がよくてさ。あの女さえもグロリア様の前では猫被ってた」
もしかしてまた私の心を読んだのか?そう思ってヴィンをみるとぶんぶんと勢いよく首をふった。
「読んでないよ!!キワの顔に出てたのっ!ほんとだってば!!」
「…そういうことにしておいてあげます。ところでヴィン、このあと話があるのですが」
「え、なに?」
なぜかヴィンの顔がちょっと強張ってる。
「ヴィン、白状するなら今のうちにどうぞ?」
「……冷蔵庫に入ってたハムをつまみ食いしました。それとキワがおやつにと持たせてくれたお菓子をあいつに食われそうになったのでちょっとケンカしました。ごめんなさい」
「……あなたは子供ですか」
そう言うと私は、部屋から持ってきておいた10年手帳をテーブルの上に広げた。
「これは私が召喚されたときに持っていた10年手帳というものです。10年分の予定が書けるもので、私のいた国のカレンダーもついてるんです」
「10年分も書けるの?!すごいね~」
「で、今日はこのカレンダーでは2月29日なんですよ」
「へ~、そうなんだ…って、え、2月29日?!キワ、ちょっと待って!!心の準備するから!!」
ヴィンはそういうと深呼吸を何度かして私の目の前に立った。うわ、今まで片手で数えるくらいしか見たことのない真面目な顔だ。なんか、急に恥ずかしくなってきた…。
「さあキワ。どうぞ」
「そ、それでは。…ヴィン、私が」
続きを言おうとしたとき、玄関の呼び出しベルが鳴った。私が玄関に行こうとするとヴィンが腕をつかんで止めた。
「ヴィン、出ないとまずいのでは?王宮から急用かもしれませんよ」
「最近は平和だから、俺がいなくても対応できるはずだよ。でもキワが気になるなら…」
お、玄関に行くのか?と思いきやヴィンがさっと腕をふると急にベルの音が聞こえなくなった。
「聞こえなくなりましたね。いないと思ったんでしょうか」
「違うよ。この部屋に結界を張ったの。これで外部の音は聞こえない。さあキワ、続きを……いてててっ!何するんだよお」
「ヴィン、もし仕事だったらどうするんです?あとで国王様にネチネチ言われても助けてあげませんよ」
「ううっ…キワの容赦なし~」
私が引っ張った耳を半分涙目でさすりながら、ヴィンはしぶしぶと玄関に向かうとさらにしぶい顔をして戻ってきた。
「…あの空気読めないぼけなす野郎(注:国王)、ぜってーゆるさない。あの金髪を白髪…いや世にもおぞましい泥沼色にしてやる」
ヴィンが不機嫌を隠さずに物騒なことを言う…いや、国王様にここの状況が分かるわけないから。逆に知られているほうが怖いって。
国王様が八つ当たりで泥沼色の髪になるのは気の毒だ。私は出かける支度をしているヴィンの側に近寄って背伸びをして内緒話をするように耳に手をあてた。
「キワ、遅くなるから寝てていいよ。えっ、どうしたの?」
「…ヴィン、さっきの続きです。いつも私のそばにいてくれてありがとう、大好き。これからもずっと一緒にいてくれますか?」
ヴィンの顔が真っ赤になって熱い目をして私を見る。顔が赤くなっている私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「もちろんだよ!!キワ、愛してるよ。ずっと一緒に生きていこうね」
「はい、ずっと一緒です……私も、愛してる」
ものすっごく恥ずかしいけど、きちんと伝えることは大切だから。
ヴィンはどうやら泥沼色はやめたようで、これから彼が出かけるときはもれなくキスがついてくることになりそうだ。
~はるか未来の王国に伝わる話~
むかしむかし、国一番の魔法使いが異世界からやってきた娘に恋をしました。でも娘は彼の求婚になかなかうんと言いませんでした。なぜかといえば娘は彼の家政婦として働いていて充分幸せだったからです。でも魔法使いはあきらめず、彼の真心にうたれた娘はようやく求婚を受け入れました。
結婚後の魔法使いの魔力はますます充実し、国はますます平和で豊かになりました。彼らはずっと幸せに暮らし2人の子供に恵まれて、子供たちも立派な魔法使いになりましたとさ。めでたしめでたし。
初掲載:2016年02月29日