側室様と家政婦
初掲載:2016年01月11日
国王様が6人の側室様から正妃を選ぶらしいという噂を聞いたのは、市場で買い物中のことだった。そこで帰ってきたヴィンにさっそく聞いてみることにした。
「市場で聞いたんだけど、国王様が6人の側室様のなかから正妃様を選ぶってほんと?」
「なんだよー、帰ってきてからびっくりさせようと思ったのに。市場で聞いてくるなんてさあ」
ヴィン、大人の男が口を尖らせるなよ。一瞬かわいいって思ってしまったじゃないか。
「そんなことより噂の件を聞いてもいいですか」
「キワってつれない。あいつ(注:国王)の正妃の噂は本当。何番目を選ぶかはまだ本人が明言してないんだけど、“もう側室は選ばないよ”って言ったからね」
なるほど、まだ誰が選ばれるかは決まってないのか。
「そうですか。それでは正妃様に選ばれなかった側室様はどうなるのですか?」
「んー、臣下が希望すれば下賜とか実家に戻るとかが多いよ。でも、そのまま王宮に学者や役人として就職したり、研究に没頭して名を成す人もいたよ。あ、商人になって成功した人もいたなあ。とにかく正妃が決定したら側室は置かない決まりなんだよ」
「なるほど、無駄な争いを避けるって感じですね。それにしても側室引退後は自由なんですねえ」
「うん。国王の元側室ってなると箔がつくからさ、別にその後結婚せずに仕事や趣味に没頭していても“元側室様だから”って周囲の目も温かいんだよ」
「へえ~、そうなんですか」
ここでふと思った。もし私が側室になってそのあと暇をもらっていたら……まあ、王宮に雇ってもらって普通に生活だな。なにしろ元の世界に帰れないしな。
「……キワが元側室になったら俺が下賜を希望したに決まってるでしょ?」
「……人の考えを読まないでくださいよ」
このとき、私たちは本当に他人事のように話していたんだけれど。
「―おまえがヴィンシェンツ様のところで働いてる家政婦?」
国王様に招かれた王宮で声をかけてきたのは淡い金髪に緑色の瞳が印象的な女性。着丈高な物言いだがかなりの美人さんだ。誰だろうと思って黙っているとフンと鼻をならして私を見下すように笑った。
「わたくしはベルナデット。陛下の3番目の側室ですわ」
「そうなんですか」
側室様は確か王宮の奥にある一角からめったに外に出ないと聞いている。ここはヴィンの部屋に近い応接間の一つなので、側室様スペースからは遠い。えー、じゃあなんでここに。
私の考えなどまったく気にしてない様子のベルナデット様は人のことをじろじろと見ると勝ち誇ったようにふふんと笑った。うっ…確かに彼女はスタイルがいい。肉感的というやつ。国王様は彼女のどこがよかったのかなー。やっぱり胸と見事なスタイルか?それともきつい感じだけどきれいな顔?人のことをじろじろみてあざ笑う時点で私はこの人の性格はいかがなものかと思うんだけど、男って美人に弱いから。
「生意気な口の利きようだこと。でも異世界人ですものね。行く場所もないでしょうから、わたくしがヴィンシェンツ様のもとに下賜されても引き続きおまえを家政婦として雇ってあげるわ」
「………はい?ヴィンシェンツ様のもとに、ですか?」
おいおい。きつめの美人に弱かったのはまさかのヴィンかっ。それにしても、もうちょっと、こう…女性を見る目というのを誰も教えなかったのだろうか。彼女はちょっと微妙だぞ。
「そうよ。わたくし、王宮からお暇をいただいたらヴィンシェンツ様のもとへ行きたいと願いでるつもりですの。我が公爵家の後ろ盾があればあの方だって今後安泰ですもの、さらに陛下から命令されれば断るはずないわ」
なるほど、その驕慢な物言いは公爵令嬢だからか。いやそれは全国の公爵令嬢に失礼か。でも下賜って臣下から願い出るだけじゃなくて、自分から希望もできるのか~。私が元いた世界で読んだヒストリカルロマンスよりも自由じゃないか。
あ。でも一つだけ確実に分かったことがある。国王様の正妃は間違いなくベルナデット様じゃないな。
私が衝撃を受けたと思っているらしいベルナデット様はさらにぺらぺらと話始めた。
「おまえには別に家を与えますからそこから通ってちょうだい。だいたい、こんな異世界人の家政婦があの方と一緒に生活してるなんて。どうして通いにしなかったのかしら」
そんなこと言われても、と言おうとしたときにドアがバタンと開いた。
入ってきたのは珍しく怒りの表情のヴィンだった。
「第3側室殿、私は陛下にそのようなことを言われても断りますよ」
「どうしてですの?!わたくしの家はロメール公爵家ですのよ。ヴィンシェンツ様にとっては有力な後ろ盾になりますわ。そこの家政婦よりよほど………」
「…うるさい方だ。私はこれ以上世迷言を聞きたくないのでね」
言葉を続けようとしたベルナデット様が顔を青ざめて口をぱくぱくさせ苦しげな表情になった。
ヴィンの口調は私が聞いたことがない冷徹さを漂わせていた。
「ヴィン、何したんですか?!」
「ああキワ、大丈夫だったかい?あの馬鹿野郎(注:国王)が仕事を押し付けてきてこちらに駆けつけられなかった。何もされてない?」
私に対してはいつものヴィンだから、その落差に驚く。
「何もされていません。そうではなくて、ベルナデット様に何をしたんですか!」
「もうキワ怖いよ。大丈夫、ちょーっと口を封じただけで呼吸はしている。なんなら呼吸も止めてあげるけど?私のキワを侮辱したからねえ」
「“私のキワ”ってなんですか、それ。じゃなくて、魔法を解いてあげてください」
「え~」
「え~、じゃないですよ!!ほらさっさと解いてくださいっ」
「そうだよ、魔法使いヴィンシェンツ。さっさと解きなさい、命令だ」
あとからやってきた国王様がため息混じりに苦笑いをして、ヴィンに命令した。
口が利けるようになったベルナデット様は顔を真っ青にしたまま、怯えた様子で外に待機していたお供の方たちに支えられるようにして部屋を出て行った。
あとに残ったのは国王様とヴィンと私。国王様の供の方は“私たちは置物です”といわんばかりに存在感を消している。
「おまえって、いったい何を基準に側室を選んでるの。あんな性悪女を側室なんてさ。キワだって呆れちゃうよな」
私に話を振られても“そうですね”なんて言えるわけないだろうが。だから黙ってお茶を飲んでごまかした。
「あれはもともとヴィン目当てだったんだ。おまえが向こうの申し出を全然相手にしなかったから私を経由して嫁がせようとしたんだろ」
「げー、なんだよそれ!俺にだって断る権利はある!!」
「私にはっきり物申すのはおまえくらいだよ。だから私はヴィンが好きなんだ」
ここで見つめ合えばそこにはBとLの世界なんだけどな~。美形同士いいと思うんだが。なんてことを思っているとヴィンがこちらをじろっと見た。
「……キワ、そのロクでもない考えは今すぐ捨てようね?」
「だから人の考えを読まないでくださいよっ。…でも、よかったです」
「え、何が?」
「いろいろです。ヴィンには内緒です。心を読んだらヴィンの嫌いなおかずが1ヶ月続きますからね」
「ううっ…キワのケチ」
まだ私はヴィンと暮らしていていいんだっていう安堵感で私は心が温かくなっていく。そしてヴィンのそばにいたいという気持ちがいつのまにかものすごく強くなっていることも自覚してしまった。