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兎と犬、錯乱

気を失っているマキナをクロキに任せ、ユウキは前を見る。


『おねぇちゃん』


あの少女はマキナをそう呼んだ。ユウキは察する、彼女がマキナの妹だと。

黒い髪の少女は真っ黒な瞳でこちらを睨んでいる。剥き出しの敵意がユウキに刺さり、息を飲んだ。敵意…いや。限りなく殺意に近い、殺意を抱かれるようなことをした覚えはないのだが。

「おねぇちゃんに触ったなぁ!!」

先に仕掛けてきたのは少女の蛇たちだった。少女の叫び声で一斉に動き出す。蛇はリアンを狙わず、こちらに迫って来た。

蛇という生き物には詳しくないが、とても動きが俊敏な生き物だと認識はしていた。しかしユウキの想像以上の動きだった。だが目にも留まらぬ速さというわけでもない。

(予測して戦えば勝てるっ)

ユウキは緊張を解くためにペロリと舌舐めずりをして構えた。

予測通り、蛇が体をバネにし飛び上がる。おそらく狙いは自分の首、巻き付いて締め上げる気に違いない。

それを前転で避けるとリアンを操り反撃をした。

狙いはマキナの妹である。2匹の蛇はこちらに引きつけられているためマキナの妹はガードができない、もちろん峰打ちに抑えるつもりだった。

しかしそれを見透かさる。

「やっぱり…あいつと同じっ。人を殺せないとか、気持ち悪いね」

そう彼女が呟いた瞬間に蛇の体がばっくりと割れた。ユウキは予想外な動きに手が止まり思考が停止する。体のヒビの中は暗く、何も見えなかったが。キラリと何かが光る、生き物の眼光のようだが。1,2…4つ?

そう気が付いた時には遅く、ヒビの中から新しい蛇が飛び出しリアンに巻き付いた。

「っ!?」

驚くユウキにも蛇が巻き付く。完全に油断していた、気が付いた頃には蛇がぎゅっと首を絞めていた。

「んぐっ!」

「公式用のパペットじゃないんだからなんでもアリだよ。馬鹿じゃないの?」

苦しさの中で目を凝らすと蛇は2匹から4匹に増えている。何がなんだかわからないユウキにニヤニヤとしながらマキナの妹は続けた。

「マトリョシカって知らないの?知らないかぁー」

首から蛇を引き剥がそうとしているユウキにゆっくり近付く。ニヤついた顔は真顔に変わり、低い声でユウキに言った。

「汚いって?なんとでも言いなよ。おねぇちゃんを護れるならなんだってするもん。お前を殺すことだって…」

ギリギリと首が締まり、ユウキの意識が遠くなり始めた。しかしここで倒れるわけにはいかないと涙目で彼女を睨む。無理矢理にリアンを動かそうと手を振り上げようとしたが。マキナの妹は一瞬の隙すら見せない、ユウキの腕に残りの蛇を巻き付かせた。反撃出来ず暗闇の中に引きずり込まれる。

暗闇とは、もちろん死である。

生命の終わり、終焉にズルズルと引きずり込まれ…ここまでかと思ったその時。


「いい加減にしろ、ちびっ子」


誰かの声が彼女を叱ったのだ。

マキナの妹が誰かの声に驚いた瞬間をユウキは見逃さない。緩んだ蛇を引き剥がし、リアンを操った。リアンに巻き付いていた蛇も振り落とすと凄い勢いでマキナの妹に襲い掛かる。

殺さなきゃ、と。

何かがユウキをそう駆り立てたのだ。死の淵に立たせれた恐怖か、怒りか。それはわからないが、ごちゃごちゃの頭で何も考えられずリアンの拳が彼女に迫った。

これにはマキナの妹も驚き、慌ててガードに入るが遅い。

「はーい、ストップ、ストップ」

リアンの拳を小さなウサギのぬいぐるみが包んでいた。衝撃はなく、静かにリアンの拳をウサギのぬいぐるみは受け止めたのだ。

「なんかよくわからねぇが…こういうの止めるの(ガードマン)の仕事だから。仕事増やすんじゃねぇよクソガキども」

ユウキは後ろから肩を掴まれ、振り返る。白い兎頭の男がダルそうに立っていた。動物の被り物、彼はガードマンだ。背はユウキよりも大きく、体系は細身、声からして歳は青年ぐらい。しかし年上だろうがガードマンだろうが、今のユウキには関係ない。

荒い息をしながらユウキは男を睨んだ、まるで邪魔するなと言わんばかりに。そんな彼に兎頭は態度を変えずに立っている。

「落ち着け、感情に流されて人を殺す奴は弱い奴だ。お前は弱者か?」

兎頭の男がそうユウキに語り掛けた。すると自分がしようとしていたことにようやく頭が追いつき、その恐ろしさにユウキは腰を抜かした。床に尻をついて言葉を失う。

そんなことには目もくれず、マキナの妹はイライラしながら兎頭に怒鳴った。どうやらこの2人、初代面ではないらしい。

「ウサギッ!」

「ちびっ子、本当にいい加減にしろよ。いくらランキングトップの専属人形技師でも、これはやりすぎだ」

「お前に何がわかる!邪魔するなぁ!!」

「おー、おー。俺とやるのかい??いいぜ、来いよ」

蛇がリアンの拳を受け止めたウサギを丸呑みにしようと襲い掛かる。が、ピタリと動きが止まった。そのまま嫌がるように身を引いたのだ。

「まぁ、正々堂々とは言ってねぇがな」

兎頭は意地悪い笑い声を混じえて言った。

「ひっ!」

マキナの妹の変な声が響く。いつの間にか、彼女はたくさんのウサギに周りを囲まれていた。赤いクリクリしている目に彼女が写る。

「ほーら、お前が大っ嫌いなウサギだぞー。まだまだ増やさせるが、どうする??」

「ひ、卑怯だぞ!」

迫り来るウサギのぬいぐるみに怯えた声を発したが、ウサギたちはキョトンとしていて皆首を傾げている。マキナの妹は全身に遠目でもわかるくらいはっきりと鳥肌が立ち、本当に嫌そうだった。

「大人はみんな卑怯なんだよ」

からかうように笑い声をあげる兎頭に彼女は逃げ出した。

「はっはっは!正義は勝つ」

大声で叫ぶ彼に後ろから声が掛けられる。

「兎、うるさいわよ」

「よー、リリー。来るのが遅かったな」

その声は女性の声で犬頭の被りを被っている。リリーと呼ばれた彼女は不機嫌そうに兎頭に言った。

「仕事中はリリーって呼ばないでよ」

彼女はユウキに近付くと首の具合を見てきた。

「痕になってるわね。治してあげる、じっとしててね」

リリーがユウキの目の前に出したのはビーグルの子犬、もちろんぬいぐるみだが生きているように見えた。子犬はユウキに興味を持ち、クンクンと匂いを嗅いだ後ペロリと鼻先を舐める。そのままユウキの首を舐め始めたが、くすぐったくて我慢できなかった。

「んっ、ふふ…くすぐったい」

手で避けようとしたが、いくらぬいぐるみとはいえ子犬。強くは引きはがせなかった。

「はい、もういいわよ」

「あ、ありがとう…ございます」

ユウキが首を触りながらお礼を言う。痛みはなく、おそらく痕も消えてるだろう。これが彼女の能力なのだとわかった頃に兎頭が話し掛けてきた。

「全く、ちびっ子は懲りねぇな。おい、クソガキ。ウブいお前にシアターのルールを教えてやる。俺たち番人(ガードマン)は治安を守るのも仕事なんだよ。ケンカ売られても買うな、それから売るな。注意で済まない場合もある」

兎頭が指を鳴らすとたくさんのウサギが集まり姿を変えた。黒いシルクハットにクラシックなベスト、ぬいぐるみの大きさは兎頭の身長ほどに。まるでマジシャンのような姿、そして先程とは大きく違い威圧感がある。まるで別物だ。

ステッキを振り下ろし、先をユウキに向けた。生唾を飲み込み、ユウキはその威圧感から逃げ出せずにいた。

少しの沈黙があったがリリーはそのステッキに手を掛け、下ろさせる。

「やめなさいよ、怖がらせて…またいつも姉妹喧嘩に巻き込まれた子よ。可哀想に」

「うっ。ま、まぁそういう見方も…出来るな!」

「もう、早とちりして…ごめんなさいね?悪気はないのよ?」

リリーはユウキに手を伸ばす。その手を遠慮なく貸してもらいユウキは立ち上がった。

「兎はね、自分の怖さが抑止力になればって怖い人を気取ってるの。本当は1番優しくて、怖がりなのに」

楽しそうに語るリリーにそう言われユウキは兎頭を見た。

「はぁ!?違うわ!!そんなんじゃない!」

照れ臭そうに兎頭は「無い無い」と手を振る。兎頭の顔は見えないが、きっと顔を真っ赤にしているだろう。そして照れ隠しに声を荒らげてユウキに忠告する。

「とにかくだ!厄介ごとを起こすな!!いいな!?」

そう言ってズカズカと歩き出すと姿を消し、リリーはユウキにお辞儀をして兎頭の後を追い消えた。

「ユウキ君大丈夫だった?」

クロキがマキナを抱えたまま話しかけてきた。ぐったりしているマキナに視線が移り、ユウキは慌てて近付いて来る。

「あっ、マキナは大丈夫ですか?」

「えぇ、気絶してるだけだと思うわ。それよりユウキ君は?」

「俺はさっきの人に治してもらったから…大丈夫です」

「そう…2人が来てくれて助かったわね。彼らは番人ガードマンの中でも温厚派で争いは好まないのよ。粛清されなくてよかった。とにかく私の部屋に行きましょうか、すぐに清掃班が来て掃除するから」

クロキに勧められて彼女の部屋に戻ることにした。




「あぁぁぁぁ!!!ウサギが居なかったら!!ウサギが居なかったらぁ!!」

部屋に戻ってくるなり、イトナは部屋にある物を投げ回し叩きつけていた。バンバンと大きな音が鳴り、バリンバリンと何かが割れる。しかし、そんなことはどうでも良くてイトナの動きは止まることはない。

「なんでおねぇちゃんわかってくれないの!?なんで!なんでなんでなんでなんでなんで!」

おねぇちゃんは話を聞いてくれない、どうして?

あの男は屑なのに。あの男はおねぇちゃんを悲しませるのに。

なんで?なんでイトナの話聞いてくれないの??

部屋の壁に穴が開いて床に亀裂が走った。言葉に出来なかった、姉には届かなかった言葉は怒りに変わり破壊衝動に終わる。破壊する音、衝撃に感覚を支配され怒りは増幅されていく。

埃が舞い上がり呼吸を忘れるぐらいに暴れ…部屋が崩壊する手前で後ろから声が掛かった。

「うるせぇーなぁ。くそつまんねぇファイトの後なんだから静かに寝かせろよー」

機嫌が悪そうな声の持ち主は顔が真っ青なミーゼだった。体調も機嫌も良くないらしい。下着に近い格好であくびをしながらイトナを見ていた。

「うるさいうるさいうるさい!」

「うるさいのはお前だろうに。何してんだよー」

ミーゼは静かに「またいつものやつか」と慣れたような反応したで彼女を見る。そして黙ったまま荒れきった部屋に足を踏み入れた。ガラスの破片が足の裏に刺さりなかなか歩み寄れない。近付いて来る彼女を見ることなくイトナは耳を両手で覆いながら叫んでいる。

「だってだって!おねぇちゃんが、おねぇちゃんがぁ!」

「あぁ、大好きなおねぇちゃんに会いに行ったのか。で?新しいマキナのパペッターに会ったのか?」

それが感情を逆撫でしたしたのか、イトナは更に声を荒らげた。

「あいつなんで生きてるの!?ミーゼ殺したよね!?あいつ殺したよね!?なんでなんでなんでなんで!」

「あれは生き写しみたいなもんだろ。似てるだけだ」

そうだ、あの日。息の根を止めた。

かつてシアターで最強とうたわれていた赤髪の少年。マキナのパペッター。

顔はよく似ているし、声も背格好も似ているが同一人物だとは思えなかった。理由は簡単だ、あの日に殺したからだ。

「似てるっ?違う、同じだ!!あいつと同じッ!!みんな同じ!!おねぇちゃんが!おねぇちゃんがまたあいつに!!なんで、なんでおねぇちゃん話聞いてくれないの!?」

しかしイトナは止まらない。ミーゼの言葉など耳を貸さず、バタバタと暴れ出す。椅子だった残骸を掴み上げて振り下ろして何もかも壊していく。

「あぁもう。これは何言っても駄目だな」

ミーゼはようやくイトナの傍まで寄ってくるとため息を吐きながら拳を振り上げた。

「餓鬼は寝る時間だよ」

イトナの頭をに拳を振り下ろし、ゴンッと部屋に響くような鈍い音が鳴る。その後、崩れ落ちるイトナを抱き止めた。

「全く…うちの専属人形技師は本当に手が掛かる」

抱き上げると静かに部屋を出ようとした。さすがにこんなめちゃくちゃな部屋に置いていけない、ミーゼは脱力しているイトナを見つめながら「本当に手が掛かるなぁ」と再度実感していた。

そこへ声を掛けられる。

「また例の発作か」

太い男の声だ。ミーゼは嫌そうに声の方へと顔を向けた。黒いスーツの男が立っていた、背はミーゼよりも高い。スーツも靴も腕時計も、高そうなものばかり。ミーゼはこの男が生理的に苦手だった。

そもそも、金持ちが苦手なんだが。

「そうだよ、でも治まったから。その注射器こっち向けないでくれないか?」

睨まれた男は微笑んで注射器を下した。

「要らなかったか。ふふ、お前の拳の方が良く効くらしい」

「鎮静剤とか言いつつ…なんか混ぜってるんだろ?気色悪い。いくらパトロンのお前でも私の人形技師に危害を加えるなら、どうなるかわかってるんだろうな?」

そう言って男に背を向け、自分の部屋へと戻っていた。

「やれやれ、勘が鋭い操り師だ」

男は不気味な笑みを浮かべながらしまったはずの注射器を取り出し静かに見つめた。

「まだまだ働いてもらわないと…」

くすりと静かに男は笑い、姿を暗闇の中に消えた。



ミーゼとイトナサイドにもなにかありそうですね。


どうでもいい話ですが。

兎とリリーは付き合ってます。

そうです、リア充です。


リア充…ちくしょう…。


では次回にお会いしましょう。


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