地鳴り、そして妹
真っ白な部屋には真っ白なものがたくさん置いてある。その中に観葉植物がたくさんあって、なんだか植物園に居る気分になった。花の良い匂いがして気分が良くなる。さっきまでの血生臭い世界とは別世界のようだ、ユウキがキョロキョロと植物を眺めて居るとクロキに声を掛けられた。
「好きなところに座って、お茶入れるわね」
部屋は広くて明るい、ここが地下の世界だと思えない。ふと、植物から目を離すと気になる物が目に入った。
「ん…?」
ユウキは棚に置いてあった写真を見つけた。少女が笑いながらピースをして、たくさんの人形に囲まれている。その横に…少年がいる。少年をよく見ようと写真立てを手に取った。
「これって…」
「お待たせ、アールグレイでいいかしら?」
クロキに声を掛けられて、びくりと肩を震わせた。そのまま写真立てを落とし、木製のフレームがフローリングに当たりコンっと音を立てた。
「あ、ごめんなさい」
ユウキはすぐに写真立てを拾う。写真立てに傷は入っておらず、壊してないとわかると少し安心した。クロキはユウキの手元を見て少し低い声で呟く。
「あぁ…それね」
ユウキは元にあった場所に写真を戻した。そこへクロキが寄ってきて横から指を指してユウキに言う。
「この子がマキナ、凄い人形の数でしょ?彼女が全部作ったのよ。隣にいるのが、彼女の専属パペッター…」
「この人が?」
ユウキが写真に写った彼を見つめる。綺麗な茶色の髪の少年は控えめに笑っていた。
「座って。話はそれからよ」
紅茶の良い匂いに誘われてユウキは静かに席に座った。すっと紅茶をユウキの前に差し出してクロキはゆっくりと口を開く。
「マキナはもともとスラム街の出身でね。シアターに来たのも、たった1人の妹のためだったみたい」
「スラ…ム?」
首を傾げるユウキにクロキは少し困った顔をした。もちろん迷惑そうな顔はせず、彼女はユウキに言う。
「本当に何も知らないみたいね。スラムっていうのは貧民層が住むところでね、はっきり言って女が生きてく方法は身売りぐらいしかないのよ。でもシアターで働けば生活が一転するわ、だからシアターに来た。結構そういう人多いのよ。ほら、受付をやってた鶏の人とかもそうなの。文字の読み書きができない子も少なくないの」
クロキは紅茶の入ったカップを取り、揺れる紅茶の波を見つめる。湯気が揺れてアールグレイの優しい香りに包まれた。そしてまた語り出す。
「マキナがシアターに来て、才覚を見せるのに時間は掛からなかった。すぐにパトロンがついてバトル用の人形を作って売れっ子になったわ。でも、彼女はあんまり満足してなかったみたい。たくさんのパペッターと意見が対立して何人もクビをしたらしいわね」
波が収まると紅茶を静かに飲んだ。ユウキはそんなクロキを見て自分もカップに手を伸ばした。
「どうしてですか?」
「パペッターっていうのは人形を理解するのが仕事だからよ、それができないならパペッター失格だと。マキナの作る人形を完全に理解できる人なんてほとんど居なかったのよ。彼女の作る人形にはたくさんの表情があって、心がある。私が彼女のパトロンになったのも、もう一度そんな人形を作ってほしいからなの」
「クロキさんはいつから彼女のパトロンになったんですか?」
そう言ってからゆっくり紅茶に飲む、なんだか不思議な味がして優しい気持ちになる。体が温まり気持ちが落ち着いた。彼女が話す前にカップを戻す。
「彼女の専属パペッターが亡くなってからね。ショックで仕事をしなくなって前任のパトロンが彼女を見放したのよ。それで私が」
そう言うとユウキは眉間に皺を寄せながら呟く。
「…ミーゼがすべての元凶」
シアターで圧倒的な力で残酷ショーを行ったミーゼの顔を思い出し拳を握る。あの光景を思い出して、手汗を掻き悔しい思いに震えた。
「そう、無敗の女王…そして残忍で人の命を弄ぶようなファイトをする実力者。正直、ランキング上位陣が束になって戦っても彼女が勝ち残ると思うわ」
カップを置いてクロキは足を組んだ。少しため息をついてカップの中の揺れる紅茶を見つめた。
「あの、ミーゼの使ってる…蛇って生き物…ではないんですよね?」
ミーゼが使う蛇のあまりのリアル感にユウキはクロキに尋ねた。
「ユウキ君の気持ちはわかるけど、あれはバトル用に作られた非生物よ。作り手が秀才なの。天才のマキナとは真逆」
天才と秀才、どちらにせよ凄い人に変わりないのだろう。ユウキには人形の作り方はわからない。きっと2人とも優秀なのだ、そう思って呟いた。
「秀才…ですか。でも使い手が…あんなんじゃ、可哀想ですね」
操り師の使い方によってあんなにも血まみれで悲しい姿になるのかと悔しい気持ちになった。どんなに美しい姿の人形も使い方次第では、狂気的で悲しい姿になる。
あの蛇はしなやかで、美しい。血で汚すなんてもったいない気がした。例え、大蛇の作り手が血で加工され、狂気的なその姿が作品として完成だと言っても。そう…大蛇が言っていたように見えた。
ずっと後ろに居るリアンを血で汚したくないと静かに決意し、ユウキは黙る。
「そうね…それを、望んでいないなら。ね」
「どういう…意味ですか?まるで人形技師までそれを望んでいるような言い方に感じます」
クロキの鋭い目がユウキを見る。
「…えぇ。人形作りの才覚なんて全くなかった、秀才と呼ばれるミーゼの人形技師…いえ、マキナの妹はそれを望んでいる。はっきり言って…彼女は異常よ」
コンコンと扉を叩く音がしてマキナは目を開けた。またクロキかと思いながらも面倒臭そうに起き上がる。しかし、扉を叩く音だけで声が掛からない。不審に思いマキナは扉を睨んだ。
「誰?」
次の瞬間、扉が吹き飛ぶ。風圧、衝撃、驚くことなくマキナは視線をはずさない。平然と部屋に入って来るその物をマキナは睨んだ。大きな蛇2匹がぬっと顔を現し、狭そうにしている。1匹は入るのを諦めて出て行ったが、もう1匹はゆっくりと入ってきた。大きさはマキナの身長の倍ほど、太さもかなりある…大蛇だ。気味の悪いこと蛇の体にはたくさんの目がついている。瞳の形も色もたくさん種類があり、マキナは顔をしかめた。
「あれ?おねぇちゃんが居る。おねぇちゃんの新しいパペッターは??」
のんきな声を上げて彼らを作った主人が部屋に入ってくる。クルクルの毛先を揺らしながら黒い髪はなびき、白い肌が見え隠れする。あどけないその顔にはクマがあって目が気持ち悪いほど輝いていた。背の低い少女はじっとマキナを見ている。マキナは苛立ちながら言った。
「何しに来たの?私に殺されたいの?」
拳を握りしめ唇を噛み締めた。今まで部屋でバラバラだった人形のパーツが集まり出す。大きな塊になり、人形の手を作り出した。ゴゴゴと低い音が響きながら手は少女に近付いて来た。
「酷いなぁ、イトナはこんなにおねぇちゃんが好きなのに」
唇を尖らせて少女は手を伸ばした。その手に合わせ蛇がとぐろを巻く、蛇の戦闘態勢だ。それとは対照的に少女はニコニコと笑っている。その笑顔は狂気的に見えた。理由のわからない笑みに鳥肌が立つ。
「あ、殺したい程愛してんだよね?嬉しい」
満たされたように笑う。マキナは振り絞るような声で言い放った。
目の前に居る彼女が憎くて憎くて仕方なかった。抑えきれないその感情のまま、従順に手を伸ばす。大きな手が振り上げられた瞬間が合図のように彼女は叫んだ。
「殺すっ!!」
「妹?」
ユウキは信じられないことを聞いた気分になった。それを気にもせずクロキは淡々と語る。
「そうよ、マキナのたった1人の妹。彼女はね…マキナに憧れていたの、不器用だけれど姉の真似をしてよく人形を作っていたわ。マキナは褒めてたわね…」
話がそのまま進みそうだったのでユウキは慌てて確認をする。
「ちょっと待ってください、彼女の専属パペッターは実の妹が作った人形によって殺されたってことですか?」
「そうよ…マキナのパペッターは。彼は、間接的にマキナの妹に殺された」
「でも故意ではないんですよね?ミーゼのやったことでしょう?」
空になったカップを置いて、クロキは黙ってしまう。
「え…?」
黙ったままのクロキに答えを求めるようにユウキは訊いた。背中に冷や汗が走り、鳥肌が立つのがわかる。さっき紅茶を飲んだばかりなのに喉が渇いた。おそらく、紅茶を飲んでどうこうできるような渇きではない。ティーカップに手は伸びない。
クロキはティーポッドを持ち上げて紅茶を注ぎながら口を開いた。
「彼女の望んでいた結末になってしまったことに変わりはないわ」
「どういう…意味ですか?」
「そのままの意味よ」
「…まさか」
ユウキは掠れた声を上げたが、それ以上言えない。息を吸い込んでもう一度言い直そうとした瞬間に大きな地響きで尻が浮いた。ティーカップが揺れ、ガシャンと高い音を立てる。
「地震!?」
ユウキは立ち上がるとクロキは眉を曲げて答えた。
「シアターで地震はありえないわ。揺れは…マキナの部屋から!?」
クロキが立て上がり、部屋を出た。
ドンッ!!
部屋の壁を轟音を立てながら腕が突き抜ける。しかしその拳が少女を捉えることはない、素早い動きにマキナの作り出した巨大な手は追いつけない。埃が舞い上がるその中、少女の蛇が空間を裂くように大きな手に飛び掛かる。人形の指に巻き付き締め上げ、メキッと指を圧し折った。
しかしマキナはそんなの関係がないように瓦礫に触れる、瓦礫が一気に人形のパーツに変わりそこからまた人形の大きな手が作り出された。
「凄ーい!!おねぇちゃんの力凄い!!」
少女は喜びながら蛇を操った。手から飛び退き、距離を取った。その瞬間に掌と掌をぶつけ合って蛇を潰すそうとした。少女の判断が遅れたら蛇は潰されていただろう。
「あぶなーい、もうーせっかく作ってあげた子を蚊みたいに潰そうとしないでよ。おねぇちゃんの意地悪」
「うるさいっ!!」
人形の両腕が揃い、マキナの目付きが変わる。空気が冷たく張り詰めた。しかし、少女はその雰囲気に気が付かない。いや、気が付いていてもどうでもいいのかもしれない。
「あんたなんて…あんたなんて。あの時死んでればよかったのに」
マキナの言葉に少女は首を傾げた。
「そうかな?イトナが死んでたらおねぇちゃん、可哀想なことになってたよ?だってあの男、屑なんだもん。どうしてわかってくれないの??」
「屑は…お前だ…っ!!」
人形の手が今までの速さを超え、その速さに蛇が叩き潰される。床がひび割れてその威力が目に見えて分かった。
「もう、乱暴は…良くないよ」
しかし少女はニヤリと笑う。少女の後ろから先ほど部屋に入れなかったもう1匹の蛇が現れた。その蛇はさっきの蛇とは違い、口がたくさん付いている。随分とおしゃべりな口が揃っているようで思い思いに叫んで騒々しい。
「でも、イトナ嬉しいな。だって、暴力を振るほど愛してくれてるんでしょ??」
さらに手の下敷きになっているはずの蛇がにゅるりと指の隙間から顔を出した。潰せていなかったのだ。
「おねぇちゃん、イトナの愛も受け取ってよ」
2匹の蛇が同時に飛び掛かる。1匹は掴み取ったが、もう1匹は腕をすり抜けマキナに迫る。人形の手が視界を遮っていたせいでマキナの反応が少し遅れてしまう。
「っ!?」
ぐるりと蛇が一周し、体に巻き付いて離れない。抵抗しようにももう遅い。手に力を入れようが暴れようが無駄になるだけであった。
「おねぇちゃん独り占めしたい、これも。愛だよね??あんな男の手に渡るぐらいなら、ねぇ…」
ぐっと締め上げ始める。人形の手を動かそうとしたがもう1匹の蛇が腕をすでに叩き潰していた。即席で作ったものだ、脆く壊れやすい。
「ぎっ…ううぁ」
「苦しい??大丈夫だよ、すぐに楽になるもん」
少女は締め上げられるマキナの顔を覗き込んだ、「はぁ…」と感嘆の息を出して何とも言えないような顔でこちらを見ている。
「イトナに簡単に捕まっちゃってさぁ。頭に血が昇り過ぎたね、おねぇちゃん。あんな男のために…ねぇなんで??」
少女の顔付きが変わってしまう。癇癪を起したように表情が豹変した。
「イトナはこんなにおねぇちゃんのことを想ってるのに!!」
圧が体全体に掛かり意識が遠のいていく、息をしようにも肺が押し付けられて空気が入らない。
「おねぇちゃん死んでも、イトナが愛してあげるからいいよね??」
暗い瞳が生き絶え絶えのマキナを愛おしそうに見つめて言う。すっと気が遠くなると力が抜けた。
「!?」
瞬間、少女は飛び退く。そこへ拳が振り下ろされた、拳が床を砕き鈍い音がする。拳の主はそのまま間髪入れず蛇に手刀を入れた。蛇の腹を切り裂くと蛇は逃げ、マキナを開放する。
「リアンっ!!」
少女は睨んだ、赤い髪の人形は当然のことながら無表情でそこにいた。
あの男が使っていた人形、忌々しい。
倒れ、床に頭を打ち付ける寸前でマキナの体を誰かが抱き止めた。少女はその者を捉えると、かつて死んだあの男の顔を重ねた。顔がそっくりだった、まるで生き写し…腹が立った。あの男が生き返ったようで。
「…そっか。お前が。新しいおねぇちゃんのパペッター」
傷付いた蛇を撫でながら、その者を睨んだ。シュルルと舌を鳴らしながら2匹の蛇が少女の傍でとぐろを巻き、その者を威嚇した。
なんで邪魔をする。なんでこいつが生きてる。
なんで?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
おねぇちゃんを騙して傷付ける。おねぇちゃんを泣かせて傷付ける。
なんで生きてる。
なんでまた現れた。
邪魔するな、おねぇちゃんを私から。奪うな。
「…おねぇちゃんに触るなっ」
少女が手をその者に向け、蛇が襲い掛かる。
マキナの妹が登場しましたね。
狂気的でその感情の波を表現するのは難しく、作者振り回されてる感が否めないです。
パワフルで謎めいているキャラクターなので、今後に…はい。
期待していただいて…。はい。
一番謎めいてるのは主人公ですがね。
では、また次回。