女王、狂気の世界
クロキに連れられ長い廊下を歩く。シアターは広いが殺風景だなと呆れながらもユウキは黙って歩いていたがクロキから声を掛けてきた。
「ごめんなさいね、マキナも昔はあんな感じじゃなかったのよ?」
クロキは振り返らずにそう言う。
「ユウキ君は記憶がないからわからないと思うけど…マキナはちょっと前まで名の知れた人形技師だったの」
「だった??」
過去形で話すクロキに聞き返した。
「私もマキナの全盛期をあまり知らないから…詳しいことは言えないけど。とても有能な人形技師で、彼女が作る人形は高値で売れるし。彼女の人形で戦う操り師は負け知らずだったみたいね。でも…」
クロキが何かを言いかけようとした時、誰かが反対側から歩いて来る。身長と体格的に女性だ、クロキよりは背が低く更に華奢である。ダークブラウンのその髪は肩ぐらいの長さで、サラサラと歩く度に揺れていた。
クロキは黙ったまま彼女を睨んだが、そのまま何も言わず通り過ぎる。
女は足を止めた。そしてユウキが通り過ぎようとした時、手が彼女に掴まれる。華奢なその姿から想像が出来ないほどの握力にユウキは思わず立ち止まる。
「痛っ」
「ふぅーん、あんたが新しいマキナのパペッター??」
青い目がこちらを捉え、ニタっと笑う。痛みに顔を顰めたユウキをまじまじと見ながら女はユウキの顔に触れようとした。クロキは異変に気が付き、直ぐに2人の間に割って入る。
「貴方!何してるの!!」
「うるせぇなクロキ、そんなの私の勝手じゃん」
ユウキの手をパッと放してクロキをおちょくるように女は笑った。そして動揺するユウキにずいっと近付き、ユウキを壁際に追いやり耳元で囁く。
「まぁ、誰になろうと…あいつのパペッターなら、ぶっ壊してやるから。楽しみにしとけよ」
髪を揺らしながらクロキとユウキに背を向けて歩き出した。
「ユウキ君大丈夫だった!?」
「あ、はい。大丈夫です」
掴まれた手首を摩りながらユウキは返す、クロキはホッと胸を撫で下ろした。
「良かった…」
「クロキさん、あの人と知り合いなんですか?」
「知り合いも何も…」
クロキは何かを口走りそうになったがすぐに黙る。そのまま歩き出してユウキに振り返らなかった。
とある部屋に入ると鳥頭の男が2人、静かに受付をしている。不気味なその姿にユウキは後ろへ下がった。
「おや?クロキ殿」
「これはこれは珍しい」
鳥頭たちが話しかける。びっくりして動けないユウキに気が付いたクロキが話し掛けた。
「そんな怖がらなくてもいいわよ、この動物の頭は番人の目印なの。本物じゃないわよ」
笑いながら手招きする。ユウキは恐る恐る近付くと鳥頭は被り物だとわかった。細かい羽の一枚一枚がまるで本物のようなリアル感を出している。烏の頭の男と鶏の頭の男たちはじっとユウキを見ている。
「まさか…彼が新しいマキナの専属パペッターですか?」
鶏の男がクロキに問う。クロキは頷き、口を開いた。
「えぇ。やっと見つけたの。試験はパスしているし。問題はないでしょ?」
烏の男は書類を見ながら呟くように鶏の男に言う。
「フレイの奴が試験してたのか、まぁ…いいんじゃないか」
「フレイか、私生活は残念な奴だが腕は確かだしな。大丈夫だな」
「あいつ、また振られたらしいぞ」
「さすが烏。うわさ話は早いな」
「早いも何も…今回の振られた方やばかったぞ。兎の女に告っちまったらしくて、兎と大喧嘩したみたいでな。最終的に兎の彼女が直々にフレイをぶっ飛ばしたらしい。もう有名な話さ」
「散々だな。さすが恋愛運大凶のクマさん、フレイだぜ」
烏頭と鶏頭が話し合っている。散々の言われようにユウキはフレイと呼ばれた青年に同情した。クロキはごほんと咳をし、2人の盛り上がる会話を断ち切る。早く手続きをしてほしいと言わんばかりに。
「おっと、失礼。フレイの試験に合格しているなら君は立派なパペッターさ。あいつの試験に合格した奴はみんな良いパペッターになるんだ。君の活躍を期待しているよ」
そう話しながら烏頭は書類をユウキに渡す。
「この書類をしっかり読んで、ここにサインをくれ」
1枚の書類にはずらりと細かい文字が並び、目がチカチカした。ユウキは目を細めながら唸っていると烏と鶏が顔を見合わせた。
「まさか字が読めないんじゃないか?」
「まぁ、ここに来る奴にはよくあることだしな。最初、俺も読めなかった」
鶏の男がふざけているように手をぶらぶらさせて言うと烏の男はため息を出しながらうな垂れた。しかしそれは一瞬で、すぐに気を取り直すように顔をあげてユウキに手招きする。
「おいおい、仕方がないな…少年、こっちに来い。規約について説明してやるから、しっかり聞くんだぞ?」
烏の男は丁寧に規約について説明してくれた。難しい言葉も噛み砕いて説明し、ユウキが訳も分からず契約を結ばされることはなかった。その後、ユウキは自ら書類にサインをし、烏と鶏が受け取る。
「完了だ。これで君は正式に操り師だ」
「あとはパトロンのクロキ殿の話をしっかり聞くんだぞ」
鶏頭と烏頭にお礼を言い、クロキと共に部屋の外へ出た。
「番人って良い人なんですね」
「えぇ、良い人も居るわ」
クロキは目を合わせずにユウキに返す。
「でもね、番人の仕事は事務だけじゃ無いのよ。あなたも見たでしょ、試験場の血だまり。あぁいう仕事もするの」
クロキのその悲しそうな表情にユウキはなんて声を掛けていいわからず、黙っているとクロキはユウキの方を見た。きつい目付きでクロキは言い放つ。
「あなたに見せたいものがあるの」
クロキに連れられて来た場所にはたくさん人が居た。たくさんの席が大きな円形の舞台を囲み、その席には既に観客が座っていた。何かを待っているようだ。酒と香水の臭いに、タバコと汗の臭いが混ざり…あまり良い気はしない。
「こっちよ」
クロキに導かれ、関係者用の扉に入る。階段を上がり扉を開ければ会場の最上階についた。
「丁度良かったわね。もう始まるわ」
『お待たせ致しました。紳士淑女の皆様。本日のシアター、最終公演時間がやって参りました』
渋い男の声が響き渡り、一番下の席から歓喜の声が上がる。席の階層は3階まであり、歓声は主に1階の方からである。1階は小汚い格好の者が大半で、2階、3階は綺麗な服を着ている者が多く、静かに食事をしているのが見える。説明しなくてもわかる、彼らは上流階級の人間だ。品格が違う。
『さぁ、最後の公演は…。ランキング独走、無敗の女王。シアター設立以来これほど強いパペッターは居ないでしょう。そんな女王を討ち取るために名乗り出た5人の勇者…さぁどちらが勝ちますかね…ふふ』
いきなり舞台に照明が当たり、その者は姿を現わす。光に当てられているのにも関わらず茶色の髪は明るくならず、異様な緊張感を纏っていた。華奢な体に巻きつくように大蛇がとぐろを巻いている。
ここは最上階だ、それなのに。
なぜこんなに汗を流しているのか…ユウキにもよくわからない。心臓がまるで誰かに鷲掴みされているようだ。
『賭け終わりましたか??では、バトルスタートです』
舞台全体に光が集まり、6人の者が姿をはっきりと現した。彼女を囲むように5人の操り師が立っている。
「5対1!?」
ユウキが叫び鉄柵から身を乗り出した。クロキはそんな彼と真反対な表情で答えた。
「シアターは賭け事で金を儲けているのよ。負けて泣きを見る客が居なきゃ儲からない、だからこそパワーバランスが等しくなるように運営側も工夫してるの。彼女の場合は…5対1のハンデマッチ、でもきっと…足りないわ」
舞台に居る彼女は呆れた顔をして言った。スピーカーから流れる声に緊張感はない。
『はぁー、つまらないの。5人相手とか言われたから楽しみにしてたのに…雑魚ばっかじゃん』
ふてくれた表情を浮かべ、彼女は驚きの行動に出た。
『よっこいしょ』
彼女は腰を下ろしたのだ。会場はざわめきを起こした。
『ふざけてるのか!』
5人のうちの1人の男が怒鳴る。男の人形はカタカタを音を立てて威嚇するように震えた。怒りが人形に伝染しているようだ。
そんなペアを汚い物を見るような目で嘲笑う。彼女は目を閉じて足を放り出すように座った。
『ふざけてのはどっちだよ。お前らみたいなクズをまともに相手なんか出来るかよ。ハンデのハンデだよ、ハ、ン、デ』
目を閉じたまま彼女は言う。無防備なその姿に5人が怒りを覚え、そして男は動き出した。
『舐めやがって!!』
次の瞬間、赤い線がビッと男の首に入る。彼女は低い声で告げた。
『うるさいよ、あんた。弱いやつの名前なんて覚えないから。死ねよ』
男が首を摩った瞬間にずるりと視界がずれる。おかしい…首は動かして、ない…のに。
『お前は自分のケツでも舐めてろよ、クズ』
彼女はふふと笑い、落ちる首を見つめながら大蛇を撫でた。男の首は落ち、床に転がれば。男の体がそこに倒れた。そう、丁度男の尻に下敷きになるように。男の人形はぷつりと糸が切れたように倒れた。
『はいはい、次々。こっちが一方的にやったら観客が盛り上がらないじゃん』
4人の操り師が息を飲む、血が床に広がり嫌な臭いが一気に広がった。動け動けと誰もが思った、しかし体は動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
「流石ね、ミーゼ。あそこから一歩たりとも動かなくても彼女は全員殺せる」
遠い目でクロキは呟いた。その目からは冷たい視線が放たれる。
「ミー…ゼ??」
「無敗の女王、シアターの覇者。そして…」
誰も動かないのでミーゼは舌打ちをした。すると大蛇が4人の人形を尻尾で叩き潰していく。それは一瞬のことで4人の操り師は恐怖を感じることすらなかった。
「マキナの大切なパートナーを殺した、憎むべき相手」
『なぁー?ふざけんなよ??お前ら人形ないから戦えないじゃんか、クソつまらん』
ミーゼは立ち上がると観客に向かって大きな声で叫んだ。
『そうーだ!!皆さん、血が見たいよね!?こんなクソみたいな終わり方じゃ、つまらないよね??』
観客は同意するように叫んだ、狂ったその世界に4人の操り師は贄にされてしまう。
『よーし分かった。じゃあ、とっておきに…見せてやるよ!!』
大蛇がいきなり操り師に飛びついた。巻き付き締め上げていく。めきめきと音を立てやがて蛇の中に巻き込まれてたが、悲鳴は観客の声に潰された。
『まずは圧殺。どこまで潰す???』
ミーゼは笑いながら握りつぶすように手を握りしめた。そしてぐしゃりと大きな音を立て赤い血が飛び散る。大蛇は赤く染まり、観客の声はさらに大きくなった。
「ど、どうして…なんで誰も止めないんだ!」
ユウキは叫ぶがクロキは平然と答えた。そう、まるでこれが日常だと言わんばかりに。
「止めただけ無駄よ。この世界は狂ってるの、最初はショックでも次第にその刺激に酔いしれていくわ。
人間ってね、あなたが思うよりも残酷に出来てるの」
『はーい、次は何がいい??あ、撲殺にしよっか』
ぐちゃぐちゃの肉塊から大蛇は離れ、ミーゼに寄り添うよう。真っ赤になるミーゼの服、ミーゼの顔に大蛇が顔を摺り寄せた。
『そうかそうか、お前もそれがいいんだな。よしよし』
大蛇は人形のはずなのにまるで生きてるような表情をする。そしてミーゼが手を振り上げれば尻尾を鞭のようにし、操り師を叩きのめした。まるでトマトが潰されたように真っ赤に人の体がつぶれた。
『ははは、きったねぇー』
「やめさせる!!」
ユウキは握りしめていた鉄の柵から手を放して、扉のドアノブに手を掛けた。
「やめなさい、今のあなたじゃ、肉塊になるだけよ」
「なんでそんなに平然としてられるんですか!!」
『お次は何がいいかなぁー。そうだ!窒息ってどう??』
次々と殺されていく仲間を見て動けない操り師を笑いながらミーゼは大蛇を再び動かした。
『さー、お食べ』
ミーゼの掛け声で大蛇は操り師を飲み込んだ。叫び声が蛇のお腹の中から聞こえ、抵抗している手や足がお腹からくっきり見えた。しかし次第に静かになっていく。
しばらくして蛇はそれを吐き出した、粘液まみれの肉塊にミーゼは目を細めた。
『あぁ、お美味しくなかったんだぁ。ごめんな変なもん食わせて』
蛇の頭を撫でながら笑う。
「私だって」
『斬首、圧殺、撲殺、窒息。さぁさぁ、ラストは…刺殺だ』
大蛇の尻尾が最後の1人を貫いた。体を貫通して、血が止まることなく流れた。
「私だって!!許せないわ!!」
クロキは叫んだが、最後の1人を倒したことによって大歓声があがって掻き消された。
「もう…あんなマキナを見ていたくないの。彼女たちがいることで…まだ苦しんでる」
握った拳が震えて彼女の怒りが伝わってきた。しかしゆっくり力を抜き、拳を開いた。
「…彼女の力が圧倒的なのはわかったでしょ?」
「それは…」
ユウキは静かにドアノブから手を放した。ミーゼの力は異常だ。5人を一気に仕留めるその力に自分が敵うはずがない。
「でも。俺は」
ユウキはもう一度、扉のドアノブに手を掛けた。
「俺は戦います」
空気を震わせるほどの歓声など、聞こえない。怖いという気持ちよりも、許せないと怒りに震える。何が悪か、正義かわからない。ただ、許せないのだ。
「そう、わかった。ランキング戦にエントリーするわ。あなたの本当の覚悟が見れてよかったわ」
クロキは静かに笑い、ユウキの手を取る。
「正式にマキナの操り師としてあなたのパトロンを務めるわ。クロキ・アシェンダよ。再びよろしくね、ユウキ君」
にこりと笑いユウキを強いまなざしで見つめる。
「俺を試したんですか??」
「えぇ、ランキング戦を勝ち抜くためには強い覚悟が必要なの。だから試させてもらったわ」
「ランキング戦?」
「それはまた話すわ。ここはうるさいし…もう用はないわ。私の部屋に行きましょう」
クロキはそう言ってユウキからドアノブを奪い扉を開く。扉を開けてユウキを招くが、ユウキは赤いミーゼを睨んで呟いた。
「あんたは俺が倒す」
その言葉が何かを引き起こしたのかドキリと心臓が動いた。ユウキは振り返る、そしてリアンを見つめた。
なんだかリアンと心を一緒になったような気分がした。
「…ああああああああぁぁぁああぁぁ!!!!!本当につまらない試合だったぜ!!!」
ミーゼは真っ赤なまま大蛇と一緒に控室に戻る。控室の椅子に少女が座っていた。くるくるとした長い黒髪が振り返る瞬間に揺れる。あどけないその顔には表情がない。
「…ねぇミーゼ。おねぇちゃんのところに新しいパペッターが来たんだって??」
「ぉ、イトナ。耳が早いねぇ」
血で真っ赤な顔を白いタオルで吹きながらミーゼは返す。
「うん、そうだよ。私はもう見たし」
ミーゼがそう言った瞬間、イトナと呼ばれた少女の顔が歪んだ。
「へぇ………」
イトナはゆっくり人形を握る。
「ねぇ、ミーゼ」
すると握った人形はすぐに姿を変えた。ミーゼが見たマキナの新しいパペッターの姿の人形の差し出して彼女は言う。
「こいつ、殺そう」
狂気的なその笑顔をこいつと呼ばれたユウキは知るはずもない。
明けましておめでとう…え?
あ、はい。なんか遅くなってしまいました。
ちょっと色々なことがありまして、ドタバタしてました。
またゆっくり更新していきます。
ではまた次回。