酒泥棒
酒泥棒
「組子さん、飲みますねぇ」
ジンのストレートを飲み干して、私は微笑んだ。
「まぁまぁだよ」
アルコールがまわり始めて気持ちよくなってきている。これで10杯目だ。
「先輩は酒豪ですよ。伝説なんですから」
後輩の女の子が酔っぱらって言う。
「なんでも小学生のときテキーラを飲み干したという」
課内の皆が笑う。
この飲み会の会費を払う課長が至極真面目に頷いた。
「工藤君は飲む事だけは真面目だからな」
「それ酷い」
私が笑って言うと、同僚が肩を叩いた。
「お前、まだ酔っぱらってないのか」
にこっと笑って言う。
「しらふ」
大爆笑が起きた。
同僚があきれた風にそこら辺にしとけよと言った。
私は全然と呟いた。
只今アルコールの神様とダンス中だ。
たらふく飲んでふらふらしながら帰宅した。
化粧も落とさずベッドへと倒れ込む。いつもの事だ。
「あーあ」
朝起きて、鏡の前でため息をつくのもいつもの事だ。
35歳の肌はニキビだらけである。
不摂生の為なのか、黄色い肌に赤いニキビがぶつぶつと無数に出来ている。
それを毎朝クレンジングをして、化粧水をつけて、保湿液をつけて、化粧をする。
良くなる訳が無い。
ふと、視界の住みに何かが横切った。
付けっぱなしだったコンタクトを外し、洗って付け直すと何もいないようだ。
しかし我ながら殺風景な部屋だと思う。
酒だけは豊富にあるけど、他はローテーブルとテレビと、ベッドだけ。
「ふん」
息をついてから私は部屋に手を振った。
「いってきます」
私は今日も出社した。
今夜は珍しく飲み会が無かった。
私は着替えを済ませ、ラフな格好でローテーブルの前に座る。
1人飲み会だ。それもまた楽しいものだ。
ローテーブルの下からつまみと焼酎を取り出した。
コップに焼酎を注ぐ。
「ん?」
香りがしない。
ぐいっと飲むと、まるで水の味だ。
「なんだこれ」
この焼酎は極上の芋焼酎だと言うのに。
おかしい。
舌でも狂ったのだろうか。
私はすぐさまワインのコルクを抜いた。
ラッパ飲みするが、これも水を飲んでいるようだ。
しかし昨日まではきちんと味わえていた筈なのに。
「なんで?」
困惑が襲ってきた。全く原因が分からないのだ。
ふとアルコール臭がした。振り向くと飲んだくれの親父が寝転がっている。
やつはぷはぁと気持ち良さそうに息を吐いた。
こんなやつを部屋にいれた覚えは無い。怒りがわいた。
「出てけ!!」
やつは目をつむっていて動かない。
私は思わずほうきの柄の部分で肩を叩こうとした。
柄はとんっと地面へとぶつかる。やつを通り抜けたのだ。
やつは物体ではない。
「幽霊だわ、、、、」
何故ここにいるのか分からない。親父の幽霊に取り付かれるような事をした覚えは無い。
だけど今から部屋を出て泊まる場所もない。
怯えが急にわいてきた。
幽霊と一晩一緒にいなければならないなんて。
そうだ、酔ってしまおうといつもの習慣でかたっぱしから酒を飲み始めた。
日本酒、バカルディ、ウイスキー、ウォッカ、ビール、泡盛、バーボン、テキーラ。紹興酒、、、、。
全部水の味しかしなかった。
この時の私にとって幽霊がいるということより、こちらのが悲惨に感じた。
なじみ深い酒の味がしないなんて、この私にとってこんな悲しい事は無い。
涙がぽろぽろ出る。
なんでこんな目にあわなきゃならないのか、、、、、。
キッとやつをみた。こいつが現れたせいだ。
やつは恍惚とした表情を浮かべている。
ピンときた。やつは私の酒を味わっている。
思わず怒鳴った。
「この、酒泥棒!!」
そのとき、やつの口が動いた。
ゆっくりと。
「、、、け、、、ん、、、、さ、、、、、」
そして跡形も無く消えた。
「検査を受ければいいの、、、、、」
私は余計気味の悪くなった部屋でベッドに潜り込んだ。
明日、検査を受けてみようと思いながら。
次の日、やつがいう、検査さえすれば酒が飲めるのならという一心で病院へ行った。
すぐさま肝機能検査にまわされ、結果を見た医者は眉間をほぐす様にこすっていた。
ふうとためいきをつくと、医者は真っ直ぐに私を見た。
「貴方は肝硬変です。もう治りません。お酒も飲めません」
ゆらり、と身体が揺れた。
そこからはあまり記憶が無い。
気がつくと自宅にいて私は芋焼酎を1瓶買っていた。
じっと手に取る。
皮肉にもやつがアルコールを奪ったおかげで私は助かっているという事か。
だけどと呟き、瓶の蓋をあけた。酒の香りがする。アルコールの神様が祝福している。
「飲まずにいられるか!!」
そして今、私は死亡してから、酒泥棒になってこの世に漂っている。
誰に取り付いてただ酒を飲もうか思案中だ。