六十話
突如戦場に発生した爆風と轟音。
それは発生した地点の魔族を焼き払い、消し飛ばし、灰燼とする。
その爆風の間を縫うようにして走る銀の獣達。
「ナ、なんであいつラガ」
その爆風を起こすケタ違いの魔術にも、そんな物の隙間を走る獣にも覚えがあった。
彼等は森からでない。
森でつまらない日々を死ぬまで繰り返す。
そして死後すらそれを望む狂った奴等だ。
それが自分の率いる万の軍団を少数で引き裂きながら向かってくる。
それを不思議には思っていない。自分が知る限りそれ自体は彼等の日々よりさらにつまらない事であるから。
この軍はあとどのくらい持つだろうか。
「に、逃げ…」
『逃げられると思っているのか?』
彼等から身を隠さなくてはならない。
その考えに至ったとき、すでに自分の後ろに立っている者が居た。
『驚いたぞ。成人の義から逃げた者が魔狼を名乗って暴れまわっていると聞いた時は。いつのまに軍を担う程の器となった』
覚えのある声。
まだくたばって無かったのかと思うと同時に、自分では決して敵わない相手であると知る。
逃げるしかない。
『逃げるならば我々が上空に居た時に逃げるべきであったな。昔のように獣の糞尿にまみれて逃げれば、我等とて探しようもなかっただろう』
「クっ…」
『…私も一族の恥を殺すためにここに来たつもりであったが、気がそがれた。逃げるなら逃げよ』
一瞬、言われた意味が判らなかった。
彼等ラインハートが自分を、最も簡単と呼ばれる”ヨーツ”すら守れなかった自分を見逃すと言ったのだ。
だが、チャンスでもある。
見逃してくれるというなら、彼等はもう追ってこないだろう。嘘はつかない。
『ただ一つ言っておく。オーデンバルドの丈夫が静かに猛っている』
「はっ!?な、なんでオーデンバルドがデデ出て来るんだ!」
『オーデンバルドの若者のエンブラに貴様は手を上げた。それだけではなく、つがいの証を奪い取ったと聞いた。怒り狂うには十分だと思うが』
「俺は同属に手を上げたことは無い!」
『同属ではない。彼のエンブラは人間だ。私も会ったことはないが、小さくとも風のように自由で土のように強い娘と聞く』
「に、ん…げん」
そこでつい最近、奪い取った中でもある種異様な品を思い出す。
美しい光沢を放つ鱗、今は魔王に取られてしまったファイアドラゴン鱗。
まだ新しいそれは手に持ってなお、炎の力を感じることができた。
今、気が付いた。
あんなものが世界のどこに居たというのか?
災害のようなドラゴンがその辺にうろうろしているわけが無い。
そして、そんな者を倒せる奴もまた、その辺に居るわけがない。
両方を満たす場所は、自分が知る限り一箇所だ。
あれが、あいつが…
『オーデンバルドの影に怯えて生きるか、ここで死ぬか選ぶが良い』
つまらない日々が嫌で飛び出した森、その中で一際恐れられる最強のフェンリル、さらにその中で最強と名高い一族。
もはや絶望という事場すら生ぬるい。
もう周りには生きている者は自分と、自分を殺しにきた者しか残っていない。
さらにはドラゴンより恐ろしい者が自分を狙っている状況。生きる事を諦めたとして誰も文句は言わないだろう。
濁った目と対照的に、未だ輝く自分の爪を首に当てる。
『自死か。最後まで”ヨーツ”を理解できぬ愚か者め』




