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五十九話

 死は中々訪れなかった。

 魔族が私に向け槍を振り上げた時、私は頭を抱えて蹲り、すぐに来るであろう恐怖から目を背けていた。

 目を開けると、そこには先ほどの魔族が此方を見ている。


「ひ、ひぃっ」


 悲鳴を上げて後ずさり、あらためて気付く。

 そこにあったのは先ほどの魔族の首だけ、である。表情は判らないが若干驚いているかのように見えた。

 そしてその首の横にある魔族とは別の足。決して人間ではないその足の先を恐る恐る見上げて行く。

 そこに立っていたのは、銀の毛並みを持つ獣頭の者。

 コボルトに似た風貌であるが、立っているだけのその身体から発せられる苦しさを覚える程の気迫と高貴さは、昔私が倒したオーガなど足元にも及ばない力を感じさせた。

 それが此方に目を向けただけで、恐怖せずに諦めが頭を支配したほど。


(これに殺されるのならばそれはそれで幸せな最後かもしれない)


 そう思っていたが、その獣頭の者は爪を此方に振るう事もなく、私の後ろを指差した。

 その指に釣られるように後ろを見ると、同じように助けられた者達が、恐らく私も同じであるように力なく後退していくところが見える。


(下がれ、ということか)


 振り返り見ると獣頭の者は音もなく去っていた。


 秋空の雲の間から次々と降り注ぐ獣頭の者達。

 それは天使が救いに現れたとは決して思えぬ荒々しさで、力に行使される者を更なる力で粉砕しに来たとでもいうかのように、魔族の軍を押し返し始めた。


 戦場に闘神の咆哮が木霊する。


               ◆


 咆哮が発せられた地点から東に離れた地。


 そこにもいくつかのグループに分けられた人間、コボルト(フェンリル)ゴブリン(ハイエルフ)が待機していた。

 簡素な櫓が一つ組まれ、そちらにはコボルトが耳をすませて立っている。

 戦場の声が届くと、隣にいた人間に何かを呟く。

 人間は伝言ゲームのように、下に居る人間に指示を出した。


『魔術支援要請。エリアB-8』


 下に集まった人間はそれぞれに動き出す。

 升目が描かれた地図を見る者。

 上空の流れる雲を見る者。


『風向き西へ0.6』


 雲を見ていた者達がそう言うと、紙と筆を持った者が猛然と計算式書き出す。

 3人がほぼ同時に計算を完了し答えを確認すると、椅子に座り天に腕を上げじっとしているゴブリンに伝える。


『距離2330、方位マイナス3、仰角プラス2』


 ゴブリンの横に待機していた者は、そのゴブリンをの向きを椅子ごと置物のようにずらし、腕から垂れている紐と重りによって描かれた線が、半円の目盛に重なるように腕の向きを変える。


『支援開始 撃てー!』


 ゴブリンはその掛け声を聞いて腕に魔力を収束。

 爆炎の魔術は秋空を越えて戦場へと降り注いだ。



 エリシア(ハイエルフの前女王)はグループの仲間を統括して、その光景を見ていた。


 人間は決して強者ではない。

 旅していた頃は前魔王に滅ぼされかけていたし、現在も同じような状況である。

 それでも地に満ちたのは人間であり、あの森でも自分の縄張りを維持している。

 力はフェンリルや魔物に及ばず、魔力はハイエルフや魔王に劣るのにである。

 それが何故なのか興味を持ったために彼等と生活していて知ることになる。


 フェンリルは力を鍛えるために使う。

 ハイエルフは力を磨くために使う。

 人間は生きるために力を使う。


 彼等は力が終着点ではない。その先のために力を利用して奮っている。

 あくまで力を奮うのは目的の為の道具であり、闘いを楽しむフェンリルのようにそれ自体が目的ではないのだ。


 それが最も現れているのが現在の姿だろう。

 フェンリルとハイエルフと人間が協力して力を行使している状況。

 全て力であるが、それを一つの道具として扱い、利用している。


「強いわけだ」


 ロカ、彼女が言っていた言葉が思い出される。

 それを知りながら私達は理解していなかった。理を理解できていなかった。おそらくこれからも…それでも彼女はこう言うだろう。



「協力も力です。そして力とは正義です」

ルビがおかしかったので修正

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